ヨルシカ Live Tour 2021「盗作」のサウンド・プロダクションをレポート!【コンサート見聞録】

ヨルシカ Live Tour 2021「盗作」のサウンド・プロダクションをレポート!【コンサート見聞録】

ボーカルのsuisとコンポーザー/ギターのn-bunaから成るヨルシカ。彼らのライブ・ツアー最終公演が東京国際フォーラムで行われた独自の世界観を持つ楽曲のサウンドがどのように届けられたのか音響スタッフの話を交えてレポートする。

DATE:2021年10月2日(土)
PLACE:東京国際フォーラム ホールA
TEXT:今井悠介 PHOTO:小原啓樹

観客が求めるものに合わせた音作り

 今回のライブで目指したサウンドについて、「“できるだけ録音作品に近い再生をする“ということを、n-buna君とスタッフの間で事前に話していました」と、FOHエンジニアを担当したライブデートの佐々木優氏が語ってくれた。

 

 「ヨルシカのライブでは、“人生で初めてライブを見に来た”という観客が多くて。ライブに慣れていない若い世代の人たちが何を求めてライブに来るのかというと、昔のライブ感ではなくて、“普段聴いている音源の音を大きな会場で同じファンたちと盛り上がって共有する”みたいなことなんじゃないかって、オペレーターの間でも話になったりするんです。そういった観客の思いをわざわざ裏切る必要は無いですし、音源のイメージをそのままライブで伝えようと。普段音楽を聴く環境もスピーカーとかではなくてワイアレス・イアフォンが基本だったりしますし、そういったリスナーの環境での曲の聴こえ方を意識して、そのニュアンスに近付けていくようなイメージでした」

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音響に携わったスタッフの方々。左から、ライブデートの佐々木優氏、アーチドゥーク・オーディオの村山亮氏、ライブデートの鈴木朝佳氏、アーチドゥーク・オーディオの佐藤希氏、シュア・ジャパンの澤口宙也氏、大坂楓氏

 suisの繊細な歌声をとらえるマイクには、SHUREのデジタル・ワイアレス・マイクAXT Digitalが採用された。その特徴について、シュア・ジャパンの澤口宙也氏に解説いただいた。

 

 「広いダイナミック・レンジを転送するために圧縮を行う必要があるアナログ方式と比べると、デジタルのAXT Digitalでは音の再現性が向上しています。また、2つのアンテナを使って信号の受信を安定させるダイバーシティの性能も高いです。さらに、デジタル方式ならではの機能も追加されており、4つのアンテナを使うことでカバーできる範囲を広げるクアッドバーシティ、限られた帯域幅の中でも多くのチャンネル数を使えるようになるハイデンシティ・モードがあります。近年ではステージ演出も多様化していて、メインのステージだけでなく、花道を通って会場中央のステージへ移動するようなこともありますよね。クアッドバーシティ機能では、ボーカルが移動しながら歌うような場面でも電波が途切れることなく、安定した受信を行うことが可能なんです」

 

 送信機のADX2FDはSM58のカプセルが使われたが、グリルのみBeta 57Aに交換された。佐々木氏が理由を語る。

 

 「suisちゃんのささやくような声やブレスをなるべく拾いたかったので、マイクは指向性を鋭く、近接効果による音の変化も少ないようにしました。微妙な差ですが、SM58よりもBeta 57Aのグリルの方がカプセルと口の距離を近付けられます。でも、カプセルまでBeta 57Aにすると、Beta 57Aの持つピークが女性ボーカルのピークとかぶってしまい、とてもピーキーな部分が出てきてしまいます。そうするとそこを無理矢理削らなければいけなくなったりするので、SM58の方が音を作りやすいんです」

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ワイアレス・マイク・システムはSHURE AXT Digitalを採用。ボーカル・マイクの送信機はADX2FDで、周波数ダイバーシティという機能を備えており、同一の送信機から2波同時に音声を送信することで、片方のチャンネルに干渉が発生しても音切れを起こすことなく演奏を続けることが可能だ。カプセルはSM58、グリルはBeta 57Aがセットされた

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n-bunaのギター。エレキギターはFENDER StratocasterとTelecasterを使用し、アコースティック編成での楽曲ではMARTINを演奏していた

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n-bunaのエフェクター。ボード上にはWALRUS AUDIO SLO、ORANGE Kongpressor、FISHMAN Platinum Pro EQが並ぶ

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エレキギターは、ギター・プロセッサーのFRACTAL AUDIO SYSTEMS Axe-FXIIIからラインで出力された。写真はフット・コントローラーのFC-12

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一部の楽曲でn-bunaが演奏したポリフォニック・アナログ・シンセ、KORG Minilogue XD

大切なのはアーティストに寄り添うこと

 コンソールはAVID S6L-24Cを使用。WAVES SoundGrid Extreme Serverも用意され、同社プラグインが活用されていた。基本的には楽器側での音作りを演奏者と相談しながら詰めていき、そのイメージを変えないようにPAするようにしているとのことだ。ボーカルの音作りについてを聞いてみると、「大切なのは彼女に寄り添うことなんです」とモニター・エンジニアの鈴木朝佳氏が話す。

 

 「suisちゃんは歌詞を意識して泣いちゃうようなタイプで。モニターの音が歌にかなり影響するので、今彼女が何を感じて歌っているのかを読み取ってあげて、楽曲の雰囲気をイアモニの中で作ってあげることが大切ですね。suisちゃんを泣かせたら勝ち、私が泣かされたら負けみたいな(笑)。お互いにお互いを“今日は泣かせにいく!“という感じになっていましたね。最後は負けました(笑)。本番はステージ袖でオペレートすることになりますが、リハではsuisちゃんの立ち位置に立って、自分が歌っているような状況で音を作り込むんです。あとは彼女のパフォーマンスを見ながら調整していきます」

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FOHのコンソールはAVID S6L-24C。できるだけ客席を占領しないよう、コンパクトに設置できるセットアップを考えて選んだそうだ

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S6L-24Cの右隣に置かれたラック。I/OのAVID Venue|Local 16や、オーディオ・プロセッサーのLAB. GRUPPEN Lake LM44、オーディオ・インターフェースのMOTU 896 MK3 Hybridなどが用意されている

 ヨルシカは活動を始めてからまだ4年ほど。ライブ経験が多いわけではないため、suisもモニターへの要望を伝え切れない部分はあるようだ。そこをカバーするため、彼女に寄り添ったモニターの音作りが大事なのだろう。それを踏まえた上で、佐々木氏のボーカルの処理についても聞いた。

 

 「WAVES Primary Source Expanderの後にQ10、バンド数が足りないとき用のQ4、それからF6が2つ、Vocal Rider、最後にCLA-2Aというプラグインの構成です。CLA-2Aはナローで、アタックもリリースも遅いコンプなので、ボーカルではよく使っています。Vocal Riderはちょっと遅いときがあるので、最終的には中指でのフェーダーの調整が重要。この“佐々木Rider”が欠かせないんです(笑)」

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モニター・コンソールはYAMAHA CL5を採用

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マニピュレートの機材。MOTU Digital Performerからシーケンスを再生していた。MOTU 828ESと828Xをオーディオ・インターフェースとして使用し、YAMAHA 01V96Iで各トラックのバランスを整えた上で出力している

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キーボーディスト平畑徹也はKORG Arp Odyssey(写真上)、HAMMOND XK-3C(写真下)のほか、SEQUENTIAL Prophet-5やCLAVIA Nord Stage 3を演奏した

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XK-3CはLESLIEのロータリー・スピーカーからも鳴らされていた。マイクは側面にSHURE SM58、背面にSENNHEISER MD421を立てて収音している

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ギタリスト下鶴光康はMARTINのアコースティック、FENDER Stratocaster、Jaguar、GIBSON Les Paulを使用した

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下鶴のギターはORANGEとFENDERのギター・アンプから出力された。マイクはSHURE KSM32だ

均一な音を届けるArrayProcessing

 スピーカーはD&B AUDIOTECHNIK KSLで構成された。シミュレーション・ソフトウェアArrayCalcにてプランし、今回はArrayProcessingを使い、各階の座席で均一な音圧レベルが得られるように調整されている。「東京国際フォーラムの1階席の一番後ろまで均一に音を届けるのは難しいのですが、ArrayProcessingを使った成果は出たのではないかと思います」と語るのは、システムを担当したアーチドゥーク・オーディオの村山亮氏だ。

 

 「SLシリーズはすべての帯域において指向性制御が秀逸であり、無駄な反射音や回り込みをコントロールできます。全体の音圧を下げられたにもかかわらず、2階席でも1階席と同じくらいのバランスに整えることができました」

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スピーカーはD&B AUDIOTECHNIK KSL。片側につき、1階席用にKSL8×9台(写真左端)、2階席用にKSL8×5台(写真右上)、サブウーファーのSL-Sub×4台+イン・フィルのY12×2台+アウト・フィルのY8(写真下)という構成になっている。写真中央のアレイは会場常設のものだ。また、ステージ前方にはフロント・フィル用のY12が4台置かれていた

 KSLの回り込みの音の少なさにより、ステージ上もかなり静かとなる。そのため、会場が本来持つ反響音が顕著に聴こえるようになり、その響きがモニターでも生かせたという。鈴木氏がこう続ける。

 

 「SLシリーズとArrayProcessingの効果によって得られた純粋なホールの響きを活用できたので、卓でのエフェクトは切って、マイクに入ってくる反響を使って音を作ったんです。良い感じのリバーブ感になってくれたので、本番はやりやすかったですね」

 

 村山氏も「まさにSLシリーズのコンセプトである“More art, Less noise”が生きたライブでした」と語った。

 

 ライブ本番、印象的だったのは分離良く響くサウンドだ。それはKSLやArrayProcessingによる調整、音源再生をコンセプトにしたPAの効果だろう。アーティストに寄り添うことで生まれたそのサウンドは、ヨルシカの繊細な世界観をしっかりと再現し、訪れた多くの観客へ感動を届けていた。

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ベーシストのキタニタツヤはFENDERのエレキベースのほか、アコースティック編成の曲ではアップライト・ベースを使用した。内蔵するピエゾ・ピックアップから出力されている

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Masackのドラム。マイクはスネアにSHURE SM57、タムにSENNHEISER E904、シンバルにAKG C451B、オーバー・ヘッドにAKG C414 XLIIなどが使われている

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アコースティック編成でMasackがたたいたパーカッション。ジャンベにはSHURE SM57とAUDIO-TECHNICA ATM230、シンバルにAT4040、ウィンド・チャイムの下にAKG C451Bが用意された

 

 MUSICIAN 
suis(vo)、n-buna(g)、下鶴光康(g)、平畑徹也(k)、キタニタツヤ(b)、Masack(ds)

 MUSIC 
①「追憶」 ②春ひさぎ ③思想犯 ④強盗と花束 ⑤「バスを降りて」 ⑥昼鳶 ⑦レプリカント ⑧花人局 ⑨「山の草原」 ⑩逃亡 ⑪風を食む ⑫夜行 ⑬嘘月 ⑭「夏祭り」 ⑮盗作 ⑯爆弾魔 ⑰春泥棒 ⑱花に亡霊 ⑲「前世」

 STAFF 
企画/制作:レインボーエンタテインメント/AIR FLAG 主催:DISK GARAGE PA:LIVE DATE、Arxiduc Audio

 

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