evalaが描く聴覚の拡張〜Synesthesia X1 - 2.44 波象(Hazo)@Media Ambition Tokyo 2021

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体験者そのものがメディウム(媒介)となる音楽作品

 六本⽊ヒルズ森タワー52階、東京シティビューで開催されるべく準備が進められてきた『Media Ambition Tokyo 2021』。シナスタジアラボ feat. evala(See by Your Ears)のインスタレーション作品「Synesthesia X1 - 2.44 波象(Hazo)」を体験してきた。

 

 Synesthesia X1は、水口哲也氏(Enhance)が主宰するシナスタジアラボが手掛けた“共感覚体験装置”。リクライニングした状態の椅子のような装置には、44の振動子が組み込まれており、身を委ねると音と振動、光に全身が包み込まれていくというものだ。

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Synesthesia X1

 

  この『Media Ambition Tokyo』では、サウンド・アーティスト/音楽家のevala(See by Your Ears)がそのサウンド/振動/光を統合した“体験”の創作者として招聘された。2019年の同イベントでのSynesthesia X1初披露や、東京国際クルーズターミナルでの『Back TOKYO Forth』(2020年)にもevalaは参画しており、これまでのSynesthesia X1作品の体験をすべて創作してきた。


https://cruise-terminal.culture-gate.jp/process/?artist=Synesthesia_Lab

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evala

 evalaは、無響室での立体音響作品Anechoic Sphereシリーズやインビジブル・シネマ『Sea, See, She -まだ見ぬ君へ』、インスタレーション“聴象発景”シリーズなど、さまざまなサウンド・コンポジションを精力的に手掛けてきた。彼の作品はいずれもリアリスティックでありながらそれを超え、現実的には有り得ない体験を聴取者に与えてきたように感じる。それは、水滴や波音、動物の鳴き声などの現実音を使いながら、電子音や現実には有り得ない音場も組み合わせ、聴覚のみならずさまざまな人間の感覚を揺さぶり、現実とその先にあるものを接続するという試みであると思う。アートは本来、そうした機能を持つものであるかもしれないが、evalaの作品はよりダイレクトな体験として人間の感覚へアクセスしているように感じてきた。

 

 「Synesthesia X1 - 2.44」については、“体験者の身体そのものがメディウム(媒介)となる新たな音楽体験を提案。意識が研ぎ澄まされていくフロー状態へと、体験者を誘う。”とアナウンスされている。これまでのevala作品を鑑みても、用意された舞台としてはまさに彼の得意とするところだろう。

コロナ禍で忘れかけていた“体感する音”をさらに一歩進めて呼び起こす 

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東京シティビューに設置された「Synesthesia X1 - 2.44 波象(Hazo)」

 さて、この「Synesthesia X1 - 2.44 波象(Hazo)」、See by Your Earsの厚意で内覧に招いてもらった。リニューアルしたばかりの東京シティビューへ足を運ぶと、東京湾や東京タワー、東京スカイツリーが見渡せる広い空間に、鏡張りのキューブが置かれ、その中にSynesthesia X1が控えている。装置に身を委ね、ヘッドフォンを装着。徐々にサウンドに合わせ、背中や手脚に振動が伝わってくる。閉じたまぶたの向こうに、光の明滅が起こっている。

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内部に置かれたSynesthesia X1

  最初は“音と振動、光がリンクしている”と感じられるのだが、次第に没入感が増してくる(むしろ序盤は、私たち体験者の身体が慣れていく過程とも言えるだろう)。音像の動きに合わせ、振動が背中を通り抜けていく。徐々にその境界面があいまいになり、音と自分が一体化していくような感覚だ。自分が発音体となり、そこから音が鳴っているかのような気さえしてくる。Synesthesia X1のデザインも相まって、どこかSF的な感じもあるが、身体にはリアルな感覚がある。サイエンス・フィクションの中に入り込んだら、それはサイエンス・ノンフィクションになるのだろうか?

 “音に合わせて振動が伝わる”と言えば、PIONEERのボディソニックなど、古くからそうしたアイディアやデバイスはあった。しかし、Synesthesia X1がもたらす体験は“音に合わせて震える”という一次元的なものではない。それは、例えばかつては“超低域”とまとめられたサブベース帯域について、ウーファーの解像度が増したことによって近年わずか数Hzの差をピックアップして語ることが増えたように、Synesthesia X1の持つ振動&振動域の解像度がハードウェア面でのブレイクスルーをもたらしている。

 

 一方で、そうした装置のポテンシャルを生かしたコンテンツをどう作るかというソフトウェア面も重要だ。作品名にある“2.44”とは、2台のスピーカー(もしくはヘッドフォン)と44個の振動子チャンネルを意味する。数々の立体音響作品を作り上げてきたevalaは、Synesthesia X1を使い、その手法をAR/XR領域にまで拡張。聴覚と触覚を等しく扱うことで、視覚では到達できない新しい分野を見出している。そこには、微細なタイミングの調整や音像と振動の定位の作り方など、一昼夜ではできないさまざまなノウハウがあるのだろう。そんなことをつい想像してしまうが、体験しているうちに作品へと没入していき、背景にあるテクノロジーのことはどうでもよくなってきた。

 

 コロナ禍にあり、実際のコンサートや劇場に足を運ぶことが少なくなってきた昨今、例えばアリーナでラインアレイ・スピーカーが震わせる空気や、ステージ上の演者の間に走るやり取りなどを直接感じ取る機会が少なくなってきた。もちろん「Synesthesia X1 - 2.44 波象(Hazo)」はそれらとは全く違う性質の作品ではあるけれども、振動も波である以上、音と共通した物理現象だ。そうしたリアルな感覚と似た体験……そしてさらに一歩進めたものを、evalaはSynesthesia X1を通して、全く違う形で呼び起こしてくれているように思う。

 

 『Media Ambition Tokyo 2021』、本来は4⽉27⽇からの開幕を予定していたが、緊急事態宣言に伴う東京シティビューの休業を受けてスタートを遅らせ、5⽉12⽇(⽔)〜6⽉8⽇(火)で開催される予定だ(体験の事前登録は下記ページから)。スタッフによればSynesthesia X1は会場に合わせた微細なキャリブレーションが求められるため、簡単に移設できるようなものではないとのこと。現在常設施設は無いので、ぜひこの機会に!

Synesthesia X1 - 2.44 波象(Hazo)

Creative Direction: 水口哲也 (Enhance)
Audio & Haptic Compose: evala (See by Your Ears)
Product Design: 清水啓太郎 (Flowplateaux)
Produce: 佐藤文彦 (Flowplateaux)
Technical Management & Haptic Environment Design: 花光宣尚 (Enhance)
3D Haptic Design Software & Experience System Development: 磯部宏太 (Enhance)
Lighting Design & System Development: 田井秀昭, 元木龍也 (Rhizomatiks)
Visual Programming & System Development: 2bit (石井通人プログラム事務所), 浪川洪作
Technical Support: 西本桃子, 毛利恭平 (Rhizomatiks), 神山洋一 (Cidre Interaction Design)
Audio Engineering Support: 久保二朗(See by Your Ears)
Audio Production Management: 長村圭乃 (See by Your Ears)
Product Structure Design: 吉原慎助 (Demold)
Product Advisory: 佐藤栄作 (Demold)
Product Support: 辰巳正彰, 清瀬光広 (FIELD CLUB), 清水隆行 (Demold), 八代直紀
Space Design & Construction: 博展
Special Thanks: 齋藤精一 (Panoramatiks)

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前列中央、evalaの左が水口哲也氏

Media Ambition Tokyo 2021 開催概要

【会場】東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)[六本木]、他
【会期】2021年 5⽉12⽇(水)~ 5⽉23⽇(日)
 ※状況により、開催期間を変更する場合があります

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