ORANGE RANGEのギタリスト、コンポーザー、アレンジャーのNAOTOです。今月も、アルバム『Double Circle』に収録した楽曲「トカトカ」を例に、AVID Pro Toolsを使って、どのように楽曲を制作しているかを紹介していきたいと思います。今回は本番のボーカル・レコーディングについてのお話です。
3人の声に合わせた録音機材セレクト
前々回の最後の方で仮歌の録音について書きましたが、この段階で楽曲のアレンジはほぼ固まっていて、曲の構成や長さも完成形に近い状態になっています。仮歌を録った後に不要と感じたトラックを削除したりはするものの、録音しているパートはプリアンプやコンプで音作りして録っているので、そのまま本番として使える状態です。あとは前回解説したようにドラムとベースを打ち込みからオーディオに差し替えたら、楽曲としてはかなり最終形に近づいたことになります。そこで、次に録音するのが本番のボーカルです。
僕たちの場合、本番のボーカルを録る前に3回くらい練習や録音機材のテストを兼ねたレコーディングを行います。その過程で、どのマイクやマイクプリ、コンプを使うかといった組み合わせなどを試すのです。ですから、本番自体は多くても5テイクくらい録れば終わります。ちなみに曲によっては、練習のときの歌を超えられない場合もあり、そういうときは本番ではなく練習時のテイクを使います。
マイクなどの機材はボ−カリストとの相性や、メロディかラップかによって組み合わせを変えています。「トカトカ」の場合はメインのメロディをYAMATOが歌っているのですが、マイクはNEUMANN M 149 Tube、マイクプリはMANLEY Slam!、コンプはRETRO INSTRUMENTS Retro 176を使いました。M 149 Tubeはクリアでナチュラルに録れる印象なので、YAMATOの高音と相性がいいですね。Retro 176はコンプレッションのかかり方が自然なところが気に入っています。HIROKIは声が繊細なタイプなので、ガッツを出すためにマイクはCHANDLER LIMITED Redd Microphone、マイクプリはSlam!、コンプにはUREI 1176を使いました。Redd Microphoneは元気の良い感じに色を付けたいときに合うマイクだと思います。RYOもRedd Microphoneで、マイクプリはAMEK System 9098 DMA、コンプは使っていません。RYOはラップを安定した音量で歌ってくれるので、録りではほとんどコンプをかけなくて済むのです。
録音とテイク選びはプレイリストを活用
テイクは各ボーカル・トラックのプレイリストに録音していきます。その中で最も良いものをベーシックなテイクとして選び、あとは差し替えたい部分を各プレイリストの中から選びます。Pro Toolsではこのコンピングと呼ばれる一連の作業をとても素早く行うことができます。shift+上下の矢印キーで、メインのトラックに配置するベーシックとなるテイクを切り替えて確認できますし、各プレイリストの差し替えたい部分を選択してoption+shift+上矢印キー(WindowsはAlt+Shift+上矢印キー)を押すだけで、メインのトラックにその部分が反映されます。
マルチバンド・コンプを利用してボーカルの存在感を出す
テイク選びの次は、ボーカル・エディットです。どんなにうまく歌えた場合でも、エディットによってさらに良くなります。タイミングもピッチもぴったり合っていれば良いというわけではなく、例えば、ボーカルがスネアやギター、キックなどとかぶる場合もあるので、そういうときはどちらかをずらす必要が出てきます。またピッチは直しすぎたら味がなくなるので、一緒に鳴っている音の倍音も含めて聴感を大事にして慎重に判断する必要があります。一度エディットしてみて、少し寝かせて移動中などに聴き返し、また少しいじってということを数回繰り返すことが多いです。当然、ボーカリストの意見も聞いて、シビアに詰めていきます。
ピッチのエディットには基本的にWAVES Tuneを使っています。これは音質的に気に入っているからです。また細かいニュアンスの修正にはCELEMONY Melodyneを使う場合もあります。
ボーカルのエディットが終わったら、次はボーカルのミックスに進みます。その際に使うEQはFABFILTER Pro-Q 3のみで、使い方としては軽い補正がほとんどです。痛い部分を切るのがメインで、ブーストはほとんどしません。
コンプレッサーは、WAVES Renaissance Axxをラップに使っています。アタックがバキっと出て、リリースが速いので、ラップを滑舌よく聴かせられるところが好きですね。
メロディはIZOTOPE Neutron 4のCompressorを2段がけしています。1段目はマルチバンド・コンプとして200〜300Hz辺りの低域を抑えて安定させる役割、2段目は普通のコンプとしてレベルをそろえるためのものです。
低域をEQで切らずにコンプで抑えているのは、フェーダーを上げずに存在感を出すため。EQで切ってしまうと存在感が薄くなってフェーダーを上げたくなってしまうのですが、マルチバンド・コンプで抑えれば、その心配はありません。また録りでもコンプはかけていますが、やはりオケに入れたときにもう少し安定感が欲しくなることが多いので、2段がけが基本となっています。Neutron 4のコンプはナチュラルな音色で、かかり方も数値通りでコントロールしやすいという印象です。
ボーカルのリバーブは短いものと長いものの2種類を1つのボーカルにかけています。「トカトカ」では短い方はAVID D-Verbで、リバーブの種類はHALLのLARGE。これを1.2sで薄くかけました。
また長い方はWAVES Renaissance Reverbで、リバーブの種類にはPlate 2を選び、2.4sに設定して、短いリバーブよりもさらに薄くかけています。
加えて、WAVES H-Delayで8分音符のピンポン・ディレイもかけました。これも隠し味に近いかけ方で、ほとんど聴こえないと思いますが、このディレイによってフェーダーを上げずに存在感を出すことができているのです。
ほかの曲でも大抵、この3つをボーカルに使っていますが、ラップには長いリバーブやディレイはかけないことが多いです。
実は、このボーカルのミックスに進む前に、本番のボーカル録りと同時進行で、別のセッション・ファイルを使って、オケのミックスも進めているのですが、そのお話は来月にさせていただきます。お楽しみに!
NAOTO
【Profile】沖縄出身の5人組ロック・バンド、ORANGE RANGEのギタリスト/コンポーザー/プロデューサー。イアン・ブラウンへの楽曲提供をはじめ、リー“スクラッチ”ペリー、アキル(ジュラシック5)、ホレス・アンディらと共演。国内アーティストのプロデュースや楽曲提供も行う。本誌2023年1月号では沖縄にあるプライベート・スタジオを公開。ORANGE RANGEとしては2021年に結成20周年を迎え、2022年9月に12枚目のオリジナル・アルバム『Double Circle』をリリース。
【Recent work】
『Double Circle』
ORANGE RANGE
(スピードスターレコーズ)
AVID Pro Tools
LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:12,870円|Pro Tools Studio:38,830円|Pro Tools Ultimate:77,880円
(Artist、Studio、Ultimateはいずれも年間サブスクリプション価格)
※既存のPro Tools永続版ユーザーは年間更新プランでPro Tools Studioとして継続して新機能の利用が可能
※既存のPro Tools|Ultimate永続版ユーザーは、その後も年間更新プランでPro Tools Ultimate搭載の機能を継続して利用可能
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)