WARM AUDIO WA-MPX レビュー:ビンテージのテープ・マシンに範を取った多機能な1ch真空管マイクプリ

WARM AUDIO WA-MPX レビュー:ビンテージのテープ・マシンに範を取った多機能な1ch真空管マイクプリ

 リーズナブルな価格でありながら、多くのクリエイターに愛される名機の魅力が詰まった製品をリリースするWARM AUDIOから、ついに真空管マイク・プリアンプのWA-MPXとWA-2MPX(オープン・プライス/市場予想価格198,000円前後)が発表されました。前者は1ch、後者は2chのモデルですが、ここでは1chのWA-MPXをレビューしていきます。

HIGH GAINスイッチで20dBアップ インピーダンス切り替えで音色変化も得られる

 メーカーのWebサイトには、“ビンテージ・テープ・マシンの真空管プリアンプを再現”“351スタイルの真空管プリアンプのサウンドは〜”という記述があります。ここから推測すると本機の設計は、AMPEXのテープ・レコーダーである351の録音/再生アンプに内蔵されているマイク・プリアンプを元に、現在の録音シーンにフィットする機能の追加、回路の変更が行われているようです。

 AMPEX 350や351の内蔵マイクプリは、これらがテープ・レコーダーの録音/再生アンプとして使用されなくなった後も、その音質の良さからアメリカを中心に単体のマイクプリとして数々のレコーディングで使用されてきました。それを考えますと、今までこのような製品が出なかったことが不思議なくらいで、WA-MPXの登場は現在のクリエイターにとって非常に喜ばしいことではないでしょうか。私は351のマイクプリを複数台所有しているので、それらも参照しながらチェックしていきたいと思います。

右側上段がWA-MPXで、左側が筆者所有のAMPEX 351×2台。WA-MPXの下のラックに収納されているのは、AMPEXのライン・ミキサー、AM-10×2台

右側上段がWA-MPXで、左側が筆者所有のAMPEX 351×2台。WA-MPXの下のラックに収納されているのは、AMPEXのライン・ミキサー、AM-10×2台

 真空管は、オリジナル351と同じく12AX7/ECC83と12AU7/ECC82が使用されており、初段管にはノイズ特性が優秀なロシア製のTUNG-SOLブランド製品が採用されています。また、トランスにはCINEMAG製を採用するなど、リーズナブルでありながら音質面にはかなりのこだわりが感じられます。さらに、WA-MPXにはオリジナルにはない機能も多数搭載されていますので、実際に特性も測定しながら、チェックしていきたいと思います。

①INPUT SELECT:フロント・パネル左端にあるマイク/ライン/インストゥルメントの各入力を切り替えるスイッチです。リア・パネルにはマイク(XLR)とライン(TRSフォーン)、フロントにはインストゥルメント(フォーン)の各入力が備えられています。マイク入力は600Ωと150Ωを切り替え可能(詳細は⑤TONEの項で後述)。351では200/50Ωの接続替えとなっていますので、現在のトランスレス出力のコンデンサー・マイクにはWA-MPXのほうが相性が良さそうです。

リア・パネル。左から出力端子(XLR、TRSフォーン)、入力端子(マイク入力/XLR、ライン入力(TRSフォーン)

リア・パネル。左から出力端子(XLR、TRSフォーン)、入力端子(マイク入力/XLR、ライン入力(TRSフォーン)

 ライン入力は、マイク入力に約−25dBのPADを追加したバランス入力(フローティング)。入力インピーダンスは実測で約1.4kΩです。351は50dB以上のPADが入り、インピーダンスは約100kΩ(アンバランス入力もありますが、詳細は割愛します)。WA-MPXは比較的インピーダンスが低いので、接続する機器の推奨負荷インピーダンスは確認しておいたほうが間違いなさそうです。

 インストゥルメント入力はオリジナル351には無い入力です。インピーダンスは実測で約95kΩでした。プリアンプを積んでいないパッシブの楽器には少々負荷が重そうです。アクティブの楽器に相性が良さそうな仕様になっています。

②HIGH GAIN:フロント・パネル左側にまとめられたスイッチ類上段の左端には+48Vのファンタム電源スイッチがあり、その右側にこのスイッチが配置されています。オンにすると、アンプを1ステージ(3段目)追加して、無理なくゲインを20dB増やすことが可能です。また第二次高調波がかなり増えるので、後述するTAPE SATスイッチとは違った倍音を足すこともできます。注意点は1ステージ追加になるため位相が180度反転するところです。

③POLARITY:WA-MPXはHIGH GAINスイッチがオフの状態では位相が反転(逆相)で出力され、その場合はHIGH GAINスイッチの右にあるPOLARITYスイッチがオンの状態で正相になります。

④TONE:スイッチ類上段の右端にあり、入力トランスの1次側巻線の直列/並列を切り換えて、入力インピーダンスを600Ωから150Ωに変更できます。NEVE 1073や1081のリア・パネルにあるHi/Low切り替えと同じ機能です。本来はWESTERN ELECTRIC 639やSTC 4038などのローインピーダンス・マイクとのインピーダンス・マッチングを取るのに最適なスイッチですが、通常のマイクで使用すると負荷が重くなり特性が変化しますので、それにより音色の変化を得ることができます。出力が大きいマイクでは、入力トランスのコアの飽和もサウンド・メイクに生かせるかもしれません。

サチュレーション機能を装備するほかアッテネーターでひずませる音作りも可能

 続いて、スイッチ類の下段を左から見ていきましょう。

⑤80Hz HPF:インストゥルメント入力端子の右に、80Hzのハイパス・フィルターがあります。マニュアルにはスロープが記載されていませんでしたので実測したところ、1st order(−6dB/oct)でした。緩やかなスロープですが、その代わりに位相は90度までしか変化しませんので、2nd order(−12dB/oct)のフィルターよりは位相の問題が出にくく使いやすいように思います。

⑥2kHz LPF:ハイパス・フィルターの右には、2kHzのローパス・フィルターもあり、こちらも1st order(−6dB/oct)でした。ミッド・レンジに寄せた音作りが可能です。

⑦TAPE SAT:スイッチ類下段の右端にあります。“SAT”はSATURATIONのことで、オンにすると約12dBゲインが上がり、主に第三次高調波が増加します。

⑧Output Level:600Ωのアッテネーターが出力トランスの後に入っています。これを絞ることで意図的に出力をひずませることができ、よりホットな音作りが可能です。なお本機のノンクリップ最大出力は実測で約20dBuでした。

 肝心の音質ですが真空管らしい適度な解像度があり、リボン・マイクなどゲインの低いマイクでゲインを上げても音痩せしないためかなり良い印象です。

 私が所有している複数台のオリジナル351と比較すると、そのサウンドはもちろん違うものではあるのですが、351はクローズド・マイキングでゲインの高いマイクを使った際には、適切な減衰量のPADを入れる必要があり、そのような場面では本機の方が取り扱いも、そして音質面での相性も良いように思いました。

 

松下真也
【Profile】エンジニア。宝塚サウンズアトリエ、Studio Dedéを経て、PICCOLO AUDIO WORKSを設立。アコースティック音楽を中心にレコーディング/ミックスのほか、レコードのカッティングも手掛けている。

 

WARM AUDIO WA-MPX

オープン・プライス

(市場予想価格:99,800円前後)

WARM AUDIO WA-MPX

SPECIFICATIONS
▪周波数特性:20Hz〜20kHz ▪真空管ゲイン:90dB ▪マイク入力:600Ωトランス(定格6,000Ω)/TONE作動時:150Ωトランス(定格1,500Ω) ▪ハイパス・フィルター:80Hz ▪ローパス・フィルター:2kHz ▪入力端子:マイク(XLR)、ライン(TRSフォーン)、インストゥルメント(フォーン) ▪外形寸法:480(W)×86(H)×182(D)mm(突起物含む/実測値) ▪重量:4.15kg(実測値)

製品情報

WARM AUDIO WA-MPX

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