ARNIS SOUND TECHNOLOGIES SoundLocus For Mac 65,000円
SoundLocusはモノラル/ステレオ/マルチチャンネル音源を独自のアルゴリズムでバイノーラル・エンコードし、360度の音像空間に対し、音像定位や音像移動を可能にするオーサリング・ツールです。今回Windows版から機能が追加・改良された、Mac版(Snow Leopard対応)が発売されたので、早速紹介していきます。
ジョイスティックなどの入力デバイスでゲーム感覚でパンニング可能
SoundLocusにはモノラル音源の軌跡をリアルタイムで書き込むモードとサラウンド・モードがあり、再生トラック数は最大で8トラックまで作成可能です。またムービー・トラックも1トラックあるので、映像を見ながら作業を進めることが可能です。ムービー画面は3Dビュー・セクションのダミー・ヘッドがムービー画面を見る角度と連動しています。映像内のターゲットに対し、あらゆる角度から視覚的に軌跡をモニターできる機能を備えており、今までにない新感覚の作業環境を提供してくれるので、サラウンド・ミキシングのアイディアに貢献してくれそうです。
サラウンド・パンニングを行うときは、ジョイスティックなどの入力デバイスがあると、リアルタイムで音源をコントロールできるので、パンニングの作業効率が格段に向上します。その点、本製品はUSB経由でSONY Dualshock2などのゲーム・パッドや3DCONNEXION SpaceNavigatorに対応しているので、安価で直観的に軌跡を入力することが可能です。
ゲーム・パッドは入力デバイスとしてとても優秀で、ゲーム開発でも普段からよく使用しているのですが、感度やアサインもユーザーの好みにカスタマイズでき、さらに操作性を向上させることも可能です(画面①)。また本製品には"Smoothing機能"を備え、記録した軌跡を自動で滑らかにしてくれるので便利です。近い将来、Bluetooth経由でNINTENDO Wiiリモコンにも対応する予定とのことなのでこちらも期待したいですね。また、APPLE Magic Mouseにも対応しており、波形トラックを指1本で縦横スクロールが可能です。このようにSoundLocusのパンニング操作は拡張性に優れていて好感が持てます。
次にSoundLocusのアルゴリズムを説明します。本製品はトラックごとに以下のような4種類のHead Related Transfer Function(以下HRTF)を設定することが可能です(画面②)。
●Referential01.HRTF→音源の定位範囲をフルに使った軌跡を使用する場合に適しており、音源までの距離が離れても、音量が落ちないように設定されているHRTFで、後でDAW上で長さ調整やフェード処理を行う場合にマッチしやすい。
●Referential02.HRTF→01に比べ、距離を大きくとり、より遠近感が出しやすいように設定されていて、ゲーム中の音場のような広めのフィールドに合う減衰処理となっている。
●Theoretical01.HRTF→Referential.HRTFに対して、頭部近傍での物理的変化について独自のアルゴリズムに基づいた補正がされている。
●Theoretical02.HRTF→Theoretical01の頭部近傍補正したアルゴリズム。
ゲーム・サウンドの場合、リア側に音源が移動した場合はサウンド・ドライバー側で逆相再生させる場合が多いのですが、本製品のアルゴリズムはリア側に音源移動させても逆相感がなく、自然な感じに聴こえます。
そして何より特筆すべき点は、音像の上下感が分かりやすいことです! 特に耳より下の位置表現がリアルなので、崖の上から見下ろして会話するシーンのダイアログなどに使えそうです。さらにトラックごとに、ドップラーのスイッチと補正係数を設定できるので、救急車のサイレン音のような音像加速に対しピッチ・シフトさせることも可能です。例えば落下時のエフェクト処理や空に物体が飛んでいく効果音に使用するととても効果的で、スピード感のあるパンニングも表現可能となっています。これらの効果を確認するときに使用するヘッドフォンは、脳内定位がはっきり聴こえるカナル型ヘッドフォンがお薦めです。
サラウンド・モードを使用し最大7.1chの音源をステレオ化象
本製品はトラック側のHRTFだけでも3D表現は可能ですが、さらにOutportフェーダーにポストプロセス処理を付加することもできます。Windows版ではアップデーターを配布していた追加HRTFが、Mac版では次の4種類がプリインストール済みとなっています。
●HP-Enh-Normal-01→ヘッドフォンで聴くときの脳内定位を頭外まで音場拡大させる。
●HP-Enh-Fat-01→Normal-01よりファットな音でキック辺りの帯域を強調したサウンド。
●SP-Enh-TV15-01→ステレオ・ソースをスピーカーのさらに外側まで拡大させる。
●SP-VHP-15TV-01→バイノーラル素材をスピーカー再生用に最適化処理。
聴いた感じはリバーブ成分が付加されるようなタイプではなく、ギター・アンプ・シミュレーターを通したようなニュアンスです。ライン録りした音源にあたかもマイクで収録したときのような奥行きが出てくるので、空間になじませたい素材を作成する際に使用してもよさそう。ポストプロセスのアルゴリズムはWebサイトで順次提供されるそうなので、さまざまな再生環境に合った処理を施すことも可能になりそうです。
またSoundLocusはサラウンド・モードを使用することで、最大で7.1chのマルチチャンネル音源をステレオ2chにエンコードし、イメージに合ったダウン・ミックスを行うことができます。携帯型ゲームではメモリーや容量、搭載しているスピーカーなどが据置き機に比べ貧弱なのでディスクリートの状態でサラウンド・データを再生させることはほとんどないですが、本製品のサラウンド・モードを使用すれば、容量の大きいサラウンド・ファイルも2ch分の容量でサラウンド再生が可能になります。このモードでは軌跡記録ができない代わりに7個のスピーカーが表示され、任意の場所に配置することができます(画面③)。スピーカーを遠くにすると、ドライで目立つ音は前方に残ったまま、ウェットな音は遠くに奥まっていくような効果が得られます。音楽素材ではポストプロセス処理のスイッチが入っていると音が曇る傾向があるので、バイパスさせた方がクリアにミックスできました。素材によって使い分けステム・ミックスを作成した方がよいです。
SoundLocusはミキサーでのボリューム・オートメーションや波形のフェード処理が行えないので、複雑なミックスを行う際はDIGIDESIGNPro ToolsなどのDAWとReWireで接続することをお薦めします(画面④)。ReWire接続中はSoundLocus側のOutport8チャンネル分をDAW側で受信することが可能です。またDAW側からのMIDIテンポデータの受信と再生・停止の同期が可能で、ストレスなく操作できました。ただ現行バージョンではSoundLocusのインプット側との接続ができないので、DAW上の波形をプラグイン・エフェクトのように流し込むことができないのが残念です。画面上には表示枠は存在しているので、いち早く対応してほしいですね。
3Dテレビ元年となった今年ですが、3D映像にマッチした3D音響制作にSoundLocusは一役立ってくれることでしょう。今後の3Dコンテンツの発展にも期待したいです。
(『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年7月号より)