ピッチ・シフト付きディレイとIRリバーブ
ユニークに広がるDELAY BLUR機能
クリアマウンテン氏のミックスは空間系エフェクトが特徴的で、1980年代にパワー・ステーションの階段室にスピーカーとマイクを設置して、エコー・ルームとして使用していたのは有名な話です。現在ロサンゼルスにある氏のスタジオ、ミックス・ディス!にもエコー・ルームがあり、AUDIO EASE Altiverb 7に収録されているそのエコー・ルームのIRを私も愛用しています。そんな私にとってこのプラグインの発売は非常にうれしく、既に数十曲のミックスで使っています。
Clearmountain’s DomainはMac対応のAAX/AU/VSTプラグイン。ステレオ・ディレイ、ディレイ用のピッチ・シフト、IRリバーブという3種類から構成されています。このページの画像は、ホームとなるFXビジュアライズ・ビュー。中央部にサウンドを可視化したウィンドウを配し、その上部でプリセットの選択、左右のフェーダーで入力レベルとエフェクトのブレンドが可能です。左端のブロック・ダイアグラムをクリックすると、エフェクトの設定画面が出現します。エフェクトは4つのタブに分かれているので、一つずつ見ていきましょう。
まずはINPUTタブ。入力されたシグナルはディレイとリバーブのセンドに分けられ、それぞれの最上段にディエッサーと3バンドEQが割り当てられます。
次はDELAYタブ。Lchのディレイ・タイムを遅くするとRchのディレイ・タイムがその分速くなるLINK OFFSET機能が特徴的です。また、左右にクロスするディレイが簡単に作れるLINK SPINという機能も搭載。一般的なディレイのフィードバック・パラメーターは左右を絡めた複雑な信号の流れをするので、ここではSPINと呼んでいます。DELAY BLURという見慣れない名前のフェーダーにカーソルを持っていくと、“Something diffuse and magical!”という説明文が出現。この機能はサチュレーションで、フェーダーを上げると説明の通り“どうやっているの?”と感じられる広がりが得られました。
PITCH/REVERBタブは左がピッチ・シフトで右がリバーブです。PITCHは±1オクターブの可変幅を持ち、最大500msのディレイもかけられます。指定した値に従う通常のFIXEDモードに加え、指定した値を最大として0セントからピッチが無作為に上下するRANDOMモードも用意。RANDOMモードはFIXEDモードより、自然なダブル・トラック・エフェクトを実現します。
一方リバーブはAPOGEE STUDIOとMix This! CHANBERS、6種類から1つを選べるリバーブの合計3系統がスタンバイ。各リバーブはINPUTタブでディエッサーとEQの処理をした後の音と、ディレイにピッチ・シフトをかけた後の音をブレンドできます。ここでも最大500msのプリディレイをかけることが可能です。
最後のMIXERはディレイ/ピッチ・シフト/リバーブ×3のフェーダーが5本、原音とエフェクト音のバランスとアウトプット用のフェーダーが2本用意されています。各チャンネルはミュートとソロ・ボタン付きです。
往年のサウンドが再現できる
名曲のプリセットを多数収録
それではプリセットを見てみましょう。ボブクリ・ファンにはなじみ深い名曲を連想させる名前が並んでいます。ロキシー・ミュージックの名盤『アヴァロン』のバックグランド・コーラスに用いられたエフェクトをはじめ、ザ・ローリング・ストーンズのライブ・ミックスに使われていたエフェクトやブルース・スプリングスティーン「ハングリー・ハート」のリバーブ、デヴィット・ボウイ「レッツ・ダンス」のギター・ディレイ、ブライアン・アダムス「ラン・トゥ・ユー」のギター・ソロのエフェクト……など、聴いたことのある音色がプリセットを呼ぶだけで再現されます。
実際に使ってみて“クリアマウンテン氏はこんな複雑なチェインをハードウェアで組んでいたのか!”と驚きました。今回はプラグインということで新たに組み込んだパラメーターもあると思うのですが、中でもDELAY BLUR機能はこのプラグインでしか出せない効果だと思います。
使っていて難しいなと思うのは、ミキサー画面にメーターが無いこと。しかし、この不自由さすらクリアマウンテン氏が“目で見るな、音を聴け”と語りかけていると思ってしまう私は……。1980年代や1990年代のサウンドを少しでも良いと思うなら手に入れて損は無い、というか手に入れないといけないプラグインです。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2020年2月号より)