サステインや特殊奏法など
アーティキュレーションを8セット収録
HPBに収録されたサンプル素材はハリウッドのEASTWESTスタジオにてレコーディングされ、多くのグラミー受賞歴を誇るエンジニアのムーギー・カナージオによって監修されているとのこと。筆者は日ごろからEASTWESTのソフト音源を幾つか愛用しているが、音色はもちろん、収録場所であるスタジオの響きもリッチで気に入っている。またクラシックとポップスで分けた場合、ブラスはほかのパートと比べて奏法などが大きく異なるため、クラシックに特化した音源をポップスに併用するといったことが難しいことが多い。これまで筆者はポップスに特化したブラス音源をいろいろ探し求めてきたので、今回のHPBには興味津々である。
HPBには数種類のサステイン・アーティキュレーションを収録した“Sustain”、スタブやスタッカート/マルカートなどのショート・アーティキュレーションをまとめた“Short”、フォールやトリルといった特殊奏法を含んだ“Effects”、モジュレーション・ホイールを使って複数のアーティキュレーションをコントロールできる“MOD Combo”、そのほか“Legato”“Phrase” “Licks” “Keyswitch”の合計8フォルダーが格納されており、さまざまな演奏スタイルに対応することが可能だ。
HPBは、同社専用再生エンジンであるEASTWEST Playに読み込んで使用する。Playerタブでは画面右側のミキサー・セクションに5つのチャンネルが用意され、それぞれ音量やパンニング、ソロ/ミュートなどの調整が可能だ。これらのチャンネル振り分けは、選択したパッチによって自動的に設定される。ちなみにPlayerタブの左隣にあるMixerタブをクリックすると、画面にインジケーターを伴ったチャンネルが出現する。より細かいミックスを行いたい場合は、こちらのタブで作業することがお勧めだ。
近年の洋楽ポップスで聴かれるような
リアルでワイド・レンジな響き
それではSustainフォルダーのパッチをロードし、試奏してみよう。サウンドは、近年の洋楽ポップスで聴かれるブラス・サウンドのようにワイド・レンジな響き。過度にEQ処理されたような感じもなく、プレイヤーのリアルな演奏をコントロール・ルームで聴いているような印象も受ける。ちなみにミキサー・セクションにある5つのチャンネルの振り分けは、左からトランペット/トロンボーン/サックス/ルーム/サラウンドとなっている。
またブラスの表現に欠かせないクレッシェンドにおいては、音の長さ別に3種類のパッチが用意されているほか、モジュレーション・ホイールでダイナミクス間のクロスフェードが行える“Xfde”専用パッチも装備。まさに自由自在だ。
次にLegatoフォルダーのパッチを試してみる。オーケストラに特化した同社のソフト音源=Hollywoodシリーズで蓄積されたであろうレガート技術が、HPBのコンセプトでもあるポップスに特化した形で磨きがかけられているように感じた。
続いてPhraseフォルダーもテスト。ここには名プレイヤーたちが演奏したフレーズが、さまざまなキーやボイシングでテンポ別に収録されており、楽曲内で使用すればさらに躍動的な印象を与えることができるだろう。また、ここにはほかのパッチよりも厚めの音色が収録されている傾向だ。
Licksフォルダーには120BPMで演奏されたショート・フレーズが収録されており、それらはDAWのテンポに追従する。さらに、MIDIノートでルート音を指定したり、モジュレーション・ホイールでボイシングをコントロールできるというユニークな仕様にもなっている。
HPBを駆使すれば、米国のファンク/R&Bバンド、タワー・オブ・パワーのようなグルービーでリアルなブラス・サウンドが表現可能だろう。惜しい点を挙げるとすれば、Sustainのパッチにてノートを1つ押すとオクターブ・ユニゾンで再生されるところ。これで3声などを組むと、オクターブで音が重なってしまうのだ。恐らくEASTWESTは、録音時の響きや空気感に重点を置いているためあえてこうしたのだと思われる。いずれにしても、世界レベルのホーン・プレイヤーの息吹を詰め込んだHPBは、歌モノにはもちろん、CM音楽、劇伴、テーマ・パークの音楽などあらゆるシーンにおける音楽制作の現場で活躍することだろう。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年12月号より)