周波数ポイントの数が多く
M/S処理やチャンネル・リンクに対応
このプラグインのモデルとなったTG12345 Curve Benderは、1969年に開発されたアナログ卓EMI TG12345のEQを2000年代にアウトボードとしてリイシューしたもの。アビイ・ロード・スタジオ75周年を記念し、CHANDLER LIMITEDのサーキット・デザイナー、ウェイド・ゴーク氏とアビイ・ロードのエンジニア、ピーター・コビン氏が現代的なマスタリング・スタジオに向けて機能を追加し作り上げました。その元になったTG12345は、EMIの技術者が設計/製作し、アビイ・ロードの第2スタジオに納入されたオール・トランジスターの卓です。ザ・ビートルズ『アビイ・ロード』やピンク・フロイド『狂気』などが、これを使ってレコーディングされています。
TG12345 Curve Benderに新規搭載された主な機能は、ハイパス・フィルターとローパス・フィルター、そしてより多くの周波数ポイントです。パネル上部には周波数ポイントを設定する赤いノブが並び、その周りに白色と黄色の数値が書かれています。白い数値はオリジナルのTG12345にも採用されているポイントで、黄色の方はリイシューにあたり追加されたものです。今回レビューするプラグインは、このTG12345 Curve Benderを精緻にモデリングしつつ、M/S処理モードやチャンネル・リンクといった機能を新搭載しています。
詳しく見ていきます。画面中央には4つのスイッチがあり、それぞれLchまたはミッド・チャンネルのオン/オフ、Rchもしくはサイド・チャンネルのオン/オフ、それからM/Sモードやチャンネル・リンクといった機能のオン/オフです。M/SモードがオンのときはLch(画面左側)のEQでミッドを、Rch(画面右側)のEQでサイドを制御する仕様。チャンネル・リンク機能は、通常のステレオ・モード時にはL/Rchをリンクさせ、M/Sモード時はミッドとサイドをリンクさせます。これらのスイッチの下には0.5dBステップの出力ゲイン・ノブがあります。
各チャンネルのEQは4バンドです。BASSとTREBLEの2つのバンドはシェルビングとベルの2種類のカーブを切り替えて使用でき、あとの2つ(PRESENCE 1/2)はベル固定です。周波数ポイントは赤いノブで選び、BASSには35/50/70/91/150/200/300Hzという選択肢がスタンバイ。その隣のPRESENCE 2は0.3/0.4/0.5/0.8/1.2/1.8/2.8/3.6kHzで、さらに隣のPRESENCE 1は0.8/1.2/1.8/2.8/3.6/4.2/6.5/8.1kHz、TREBLEは3.6/4.2/6.5/8.1/10/12/16/20kHzというバリエーションです。既にお気付きの方も居るでしょうが、各バンドでかぶっている周波数ポイントが多いです。これは使いやすさにつながっており、例えば6.5kHzと12kHzを触りたいならPRESENCE 1とTREBLEを併用すればOK。またTREBLEをシェルビングにして3.6kHz以上を上げ、PRESENCE 1で8.1kHz辺りだけを下げるようなことも可能です。昨今のDAWに備わっているパラメトリックEQなら簡単に行えるコントロールですが、周波数ポイントが連続可変でないEQ(例えばAPI 550Aなど)では難しい場合が多く、このプラグインが名機の再現にとどまらず、現代のニーズに合わせた追加の設計をしていることが分かります。
ハイパス・フィルターのポイントは20/30/40/50/60/80/100/160/200/320Hz、ローパスは30/20/18/14/12/10/8.1/5/3/2kHzで、スロープはいずれも−6dB/oct。特に、このパス・フィルターのポイントが多いので、ビンテージ的な音でありながら現代でも使いやすいです。マスタリング時の微細な設定だけでなく、積極的な音作りも行えます。
増減幅を±10dBと±15dBから選択可能
大胆な設定にしても音色が崩れにくい
周波数ノブの下にある黒いノブは、ブースト/カットに使用します。その下のトグル・スイッチは増減幅を設定するもので、ブースト/カット・ノブの表記は−5〜+5dBなのですが、トグル・スイッチを下にしたとき(×1モード時)は1dBステップで±10dBの調整が行え、上にしたとき(×1.5モード時)は±15dBのコントロールが可能。
例えば、ノブを+5の位置に設定すると×1モードでは+10dB、×1.5モードだと+15dBになります。このトグル・スイッチがユニークなのは×1.5モード時にQ幅が狭くなるところで、×1モード時と同じ増減量にしても音は別物です(BASSとTREBLEはベル・カーブ選択時にQ幅が変化します)。また、トグル・スイッチを真ん中の“OUT”に合わせると、各バンドを個別にバイパスすることが可能です。
筆者は既にUAD-2のChandler Limited Curve Bender Mastering EQをかなりの数のミックスに使ってきましたし、とても気に入っています。用途は、マスターにインサートしてミックスを整えるというもの。今回のChandler Limited Curve Benderも、マスターやドラム・バスへ使うのに良いと思います。また、ピアノやボーカルといった各トラックにも非常に使いやすく、素早く設定できて良い感触。どの帯域を調整しても“EQしています”という感じにならず、自然な雰囲気でまとまります。極端に持ち上げたりしても、その楽器の音色が破たんしにくいように感じました。高域を上げたときは耳に痛い音にならず自然に持ち上がり、低域ブースト時もダブつかず音色全体が良い質感になります。
使い勝手が良く、筆者好みの質感(例えばザ・ビートルズの後期のような感じ)になってくれるので、今後も使い続けると思います。高品質なプラグインEQを購入検討している方は、候補に入れてみるといかがでしょう。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年12月号より)