前後カプセルの音量バランスや
位相を調整して指向性を変化させる
EHR-Tを一見しての特徴は、銀色に輝く大型の三角形ダイアフラムです。EHRLUNDの資料によると、水を張った円形の容器に水滴を垂らすと波がしばらく収束しないのに対し、三角形や四角形の容器ではより速く収束するそうで、それを応用したとのこと。それならなぜ、世のダイアフラムの多くは円形なのでしょうか。何事も角が立たないよう丸く収めるため……というのもあながち間違いではなく、四角形や三角形といった鋭角部を持つ形状だと、角に応力が集中するという問題が発生します。そのためか、EHRLUNDのダイアフラムも三角形とは言いつつ、よく見ると角が丸くなっており、応力の集中を防いでいるように見えます。
実際に音を聴いてみましょう。EHR-Tには専用のケーブルが付属し、端子は5ピンのXLR(メス)/二股に分かれた通常の3ピンXLR(オス)という仕様。2つの3ピンXLR端子は、それぞれ前方カプセルの出力と後方カプセルの出力です。これらを卓のヘッド・アンプに接続しチャンネルに立ち上げ、双方のゲイン・バランスを変えたり、後方チャンネルの位相を反転させるなどして録音後(ミックス時)に指向性のバリエーションを得ます。
例えば、前後カプセルを同位相かつ等しいゲインでサミングすると無指向性となります。後方のゲインをゼロにすると単一指向性、後方の位相を反転させて前方と同じゲインにすると双指向性が得られ、その後方のゲインを下げると鋭指向性になります。前後カプセルのゲインのバランスをフェーダーでいろいろと変えてみると、マイクの指向性というものは単に音源の方向を定義するだけでなく、音色の印象も随分と変えるのだなと実感。そう思いながら試すだけでも実に面白いです。
また、前後カプセルの信号をパンで左右に振れば、本機1本でステレオ音像を作れます。位相反転をかけず単純に左右へ振り切ると、予想以上に自然でワイドな音像になりました。スモール・ダイアフラムのX/Yステレオ・マイクと比較しても高域のディテールにそん色が無く、そればかりか超高域まで伸びている印象。音源に対してマイクが真横を向くセッティングも試してみたところ、やはり思いのほか自然に収音できて感心しました。位相特性に優れるため、楽器の距離感や雰囲気がリアルです。ラージ・ダイアフラムの特徴である低ノイズと、超低ノイズという増幅回路の効果を試すために紙を丸める小さな音を至近距離で拾ってみたところ、まるで顕微鏡で拡大した世界のように精密な音像が得られました。
きらびやかで伸びのある高域
音の強弱や質感までよく見える
どんな楽器に立ててみても、一聴して感じる特徴は低域への応答です。空気の流れまで分かるような(まるで風のような)超低域を拾っていることに驚きました。一方、高域はブーストEQの必要性を感じさせない音色。スモール・ダイアフラムのマイクのようにきらびやかで、よく伸びています。声やギターなどの収音において、特に中高域の位相特性の良さが際立って感じられました。高域の抜けが良いとされる従来の円形ラージ・ダイアフラム・マイクは、往々にしてスピーカーに張り付くような平たい音像でした。EHR-Tはそれらとは違い、音の強弱やディテールの質感までも見えるサウンド。原音の細部をリアルにとらえます。ただし、従来の円形ラージ・ダイアフラムに慣れていると、場合によっては物足りなく感じられるかもしれません。例えば力強さや量感、張り付くような音像を求める場合は任意の帯域をEQでブーストするなど、音楽によって調整してもよいでしょう。
ラージ・ダイアフラムは高感度&低ノイズである反面、大きくて重いため、高い周波数に対してスモール・ダイアフラムのように素早く応答することができません。しかしEHR-Tのダイアフラムは、大型で感度が高いにもかかわらず87kHzという超高域まで収音できます。マイクのダイアフラムは、気圧変化に対してリニアにピストン運動することが理想ですが、多くのラージ・ダイアフラムは入力に対して表面が波打つように変形を繰り返し、池に石を落としたときのように反射した波が収束するまでに時間がかかります。これに対してEHR-Tの三角形ダイアフラムは振動が収束するまでの時間が短いため、ひずみが少なく、原波形に忠実な収音が可能なのでしょう。また、円形のラージ・ダイアフラムは位相特性が個体によって大きく異なるため、ステレオで使用する際は特性が似た個体を選ぶ必要があります。三角形ダイアフラムは、原理的に位相特性に優れているので、EHR-Tは個体差を気にせずステレオ使用が可能とのことです。
EHR-Tのおかげで、私自身、マイクにおいても時間領域の忠実性(音の立ち上がり〜減衰までを忠実に再現する性能)こそ重要だと再認識できました。皆様にもぜひ、本機を手に取ってみていただき、違いを感じてもらえたらと思います。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年1月号より)