「EHRLUND EHR-M」製品レビュー:軽量ボディと三角形のダイアフラムを採用したコンデンサー・マイク

EHRLUNDEHR-M
読者の皆さんは“マイクのダイアフラム”といったらまず、どんな形を連想するだろう? 多くの読者は一番に“円形”を連想するのではないだろうか。もちろん、筆者もそうであるが、そんな中“三角形のダイアフラム”を搭載したマイクが開発された。その名はEHRLUND EHR-M。“トライアングル・カプセル・メンブレン”(三角形振動板)という世界でも珍しい技術を用いたハイエンド・マイクとのこと。早速スタジオに届いたのでテストしてみたい。

航空機グレードのアルミニウム製ボディ
周波数特性は7Hz〜87kHz

EHRLUNDはスウェーデンのダーラナに本社を構えるマイク・メーカーである。日本ではまだなじみの薄いメーカーではあるが、そのマイクは最近よく海外で見かけるようになってきており、燦然(さんぜん)と輝く三角形ダイアフラムは筆者も気になっていたところであった。

北欧製品らしい温かみのある木箱に丁寧に収められていたEHR-Mは、箱から取り出すとちょうどNEUMANN U47 FETをふた回りほど小型にしたくらいのサイズ感。高靭性ステンレス銅製のグリル部分と航空機グレードのアルミニウム合金製ボディで頑丈に作られている印象だ。手に取ってみると340gと見た目よりとても軽い。スペック表を見ると、指向性を表すポーラー・パターンはトゥルー・カーディオイド、最大入力音圧レベル125dB、そして周波数特性は7Hz〜87kHzと驚異的なスペックを誇る。

EHR-Mの最大の特徴は、そのダイアフラムにある。EHRLUNDが独自開発した“トライアングル・カプセル・メンブレン”は、名前の通り“三角形のダイアフラム”という意味。この技術は1980年代に音響エンジニアのヨハン・アーランド氏によって開発されたもので、EHRLUNDのWebサイトには“ベルやゴングのようなラウンド型の金属を打ち鳴らすより、トライアングル形状の方が、打振の残響が75%も少ないことに着目。最初に入力された音声信号の振動が早く収まることで、次の音声振動に余計な成分が重なりづらく、正確に音声をとらえることができる。また、瞬間的な信号の変化にも素早く追従できるトランジェント特性を実現できる”という内容が説明されている。“うむむ、そうなのか”と感心しながら、まずはEHR-Mをボーカルでテストしてみよう。

▲EHR-Mに採用されたトライアングル・カプセル・メンブレン(三角形振動板)。ダイアフラムを三角形にすることで、一般的なラウンド型のカプセルと比べて自己共鳴が減少し、短い振幅で音声をとらえることができる。この技術は特許取得済みで、世界でもEHRLUNDのマイクにしか搭載されていない ▲EHR-Mに採用されたトライアングル・カプセル・メンブレン(三角形振動板)。ダイアフラムを三角形にすることで、一般的なラウンド型のカプセルと比べて自己共鳴が減少し、短い振幅で音声をとらえることができる。この技術は特許取得済みで、世界でもEHRLUNDのマイクにしか搭載されていない

低域から高域までバランス良くとらえる
クリアかつ繊細な音質

今回のマイク・テストに協力してくれるのは、低域が魅力的でありながらつややかな歌声を聴かせてくれる、筆者とも付き合いの長いベテラン・アーティスト。あえて名前は伏せさせていただくが、賢明な読者であればお気付きであろう。

まず一番最初に感じたことは、高域から低域まで極めてバランスが良いこと。次に、クリアかつ繊細な音質ということだ。倍音も明りょうで、言葉の一つ一つをきちんととらえてくれる印象。また輪郭をきちんと押し出し、音の鮮度もとてもよく表現してくれているように感じた。

少し残念だと思ったのは、声を力強く張り上げて歌ったときも、極めて冷静で余裕のある感じにキャプチャーされてしまうということ。これはEHR-Mのキャパシティが広過ぎるためなのであろうか……。本人も“とても歌いやすく、自分の声の位置感がつかみやすいけれど、歌の熱量がグッと来ない感じかな”という印象であった。とは言え“歌いやすい”ことと“位置感がつかみやすい”というマイクはそうそうあるものではない。

次はアコースティック・ギターで試してみた。ギターは極めてコンディションの良い1940年代製のMARTIN D-45を使用。このギター自体、とても引き締まった低域と“枯れた音”がするのだが、EHR-Mでとらえた音は、まさに“実音そのもの”であった。

アルペジオ奏法のレコーディングでは、6弦の音が奇麗に減衰し、1〜2弦の音と見事にバランスする。イメージ的には低域で反応したダイアフラムの振動が無駄無く収束し、次の音をしっかりととらえているような印象である。

同様に、ストローク奏法でのレコーディングでも6弦から1弦までの音のバランスが極めて良く、ボディの鳴りもタイトにキャプチャー。適度に引き締まり、決して膨らみ過ぎることはない音像だ。こういった音像は、大きなラウンド形のダイアフラムではあまり聴くことのできないサウンドだろう。

EHR-Mの実力をさらに垣間見たのは、フルートとピッコロでのテスト。筆者はポップ・ミュージック以外にも、オーケストラなどのクラシック編成の録音も多いのだが、現場ではポップ・ミュージックのような要素を含んだサウンドを要求されることも多い。

そんな中一番苦労するのが、フルートやピッコロといった楽器である。それらの楽器特性のためからか、オンマイクではその音像や音のフォーカス具合が不安定で、WAVES C4などのマルチバンド・コンプレッサーを必要とすることが多い。

今回このEHR-Mで録音してみたところ、全帯域において倍音が落ち着き、音の距離感も安定した。これはあくまで筆者がその音を聴いて感じた“想像”でしかないが、先述したように、“音がダイアフラムに入った瞬間、そのダイアフラムは最低限の振動で正確に音をとらえ、またすぐに次の音をとらえる”……まさにそんな働きをしているように思える。果たしてこれがすべて“トライアングル・カプセル・メンブレン”の恩恵であるかどうかは正直断言することはできないが、少なくとも今までに聴いたことのないサウンド・キャプチャー感と切れ味を体験できたことには間違いないだろう。

短期間ではあったが、今回EHR-Mを使ってみて残響成分や微弱な音までがリアルで美しく、繊細に表現されていることに感心した。また、今までの定番マイクとは違ったサウンドを確認することができたと同時に、“三角形のダイアフラム”という発想がユニークなだけではないという根拠を実体験を通して感じることができた。

北欧的なサウンドを基調とするEHR-Mは、清潔で透明感のある真の新世代マイク。音を正確にとらえ、再現するリアリティを体感できる注目モデルの誕生だと感じた。

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サウンド&レコーディング・マガジン 2018年7月号より)

EHRLUND
EHR-M
オープン・プライス(市場予想価格:213,000円前後)
▪形式:トライアングル・カプセル・メンブレン・コンデンサー ▪電源:48Vファンタム(2.0mA) ▪指向性:トゥルー・カーディオイド ▪周波数特性:7Hz〜87kHz ▪セルフ・ノイズ:7dB以下(A-weighted) ▪最大音圧レベル:125dB ▪構造:アルミニウム(本体)、高靱性ステンレス鋼(グリル) ▪外形寸法:60(φ)×155(H)mm ▪重量:340g