
200種類以上の波形を備える
新インストゥルメントのWavetable
Live 10はMac/Windowsで動作するDAWで、使える機能やサウンド・ライブラリー、Live付属デバイス(音源やエフェクトの総称)の違いにより、Intro(市場予想価格13,704円前後)、Standard(同55,370円前後)、Suite(同89,630円前後)の3つのエディションに分かれています。Liveが登場した当初はリアルタイムにタイム・ストレッチができるWarp機能が売りでしたが、その後は直感的な操作性と、さまざまなジャンルで使用できる高い柔軟性を持つDAWとして進化。近年ではWi-Fi経由で複数台のコンピューターやiOSアプリを同期させるLinkというユニークな機能や、Liveに完全統合する専用ハードウェアのPush 2もリリースされました。
さて、このLive 10では何が新しくなったのでしょうか? 主な変更点は3つです。
①内蔵音源やエフェクトの追加/アップデート
②アレンジメントビューを中心としたワークフローの改善
③Max for LiveやPush 2との連携強化
なお、使いやすさを追求したユーザー・インターフェースはLive 1.0から大きな変更は無く、Live 10でもその哲学は貫かれているので従来からのユーザーにとっても一安心です。
まずは気になる新搭載の音源からチェックしましょう。今回追加されたインストゥルメントはSuiteに付属するWavetableです。新しく開発された2オシレーターのウェーブテーブル・シンセで、音を生成するオシレーターがサンプル波形になっており、その再生位置を変調させることで特徴的なサウンドが生まれます。

Wavetableは200種類以上の波形を内蔵しており、今までのLive内蔵シンセに比べて音作りの幅は格段に広くなりました。その一方でユーザー・インターフェースはオーソドックスなシンセを踏襲しているので、ウェーブテーブル・シンセになじみが無い方でもすぐに使いこなせるでしょう。モジュレーションを多用するとCPU負荷が高くなりますが、音質も良くリードに向いた抜けの良いサウンドです。
付属のサウンド・ライブラリーも充実しました。個人的にはLive 9付属のサウンド・ライブラリーはカテゴリー分けがあいまいで、音も使いどころに悩む代物でしたが、変化し続ける音楽スタイルに対応するべく、Live 10ではジャンルごとに即戦力となるようなライブラリーを追加。これらはPack(Live専用の音源/エフェクトのパッケージ)という形で、“Build and Drop”や
“Chop and Swing”といったさまざまな種類が用意されています。さらにドラム/エレピ/シンセといったスタンダードな楽器の新しいライブラリーも追加されました。
自己発振可能なディレイのEcho
温かみのあるひずみを得られるPedal
次はエフェクト類です。StandardとSuiteにはドラム向けのエフェクト=Drum Bussが付属しています。Drum Bussはドラム音源をまとめる用途に特化したオーディオ・エフェクトで、ダイナミクスやトランジェントのコントロール、サブハーモニクスの追加などが可能です。エフェクト単体を組み合わせても似たような処理はできますが、シンプルなインターフェースにまとめることで、直感的な使い心地を実現しています。音を汚す処理にも強いので、ドラム以外の楽器を加工する用途にも使えるでしょう。

新エフェクトの中でお気に入りなのが、名機と呼ばれるテープ・エコーを現代に合わせて再構築したEcho。Suiteに付属しています。DAW付属のディレイというと発振しない上品なものが定番ですが、このEchoはダブ処理向きの発振する“ワルい”ディレイです。ディレイ・タイムを変えたときの音程変化や、発振したときのサウンドの汚れ具合、アナログ的な揺らぎが実に気持ち良く、ディレイ・マニアの方でも納得するデバイスと言えるでしょう。

Pedalはペダル・エフェクトを模したオーバー・ドライブ/ディストーション/ファズを内蔵するひずみ系エフェクトで、Suiteに付属しています。デジタルっぽい冷たいひずみではなく、温かみのあるキャラクターです。シンセに使うときは、Pedalの前段にEQ Eightをインサートし、狭いQ幅でブーストして周波数をスウィープさせると、ひずみのキャラクターがさまざまに変化して面白い効果が得られるでしょう。

こうしたデバイスをロードするときに使うLiveのブラウザーもアップデートされました。待望のタグ式にも対応して、プリセットに“お気に入り”“ライブ用”といったタグを付けることができます。また、Packの管理機能も強化され、LiveのブラウザーからPackのアップデートやダウンロードが可能になった点も便利です。
さらに、従来のデバイスもアップデートされていて、個人的には地味だけどよく使うUtilityが大幅に強化されているのがポイント。また、Live 10を使っていると音質がLive 9に比べてクリアになった印象を持ちました。恐らく内蔵デバイスの音質が向上したと考えられます。

Max for Liveの動作を最適化
サラウンド・システムのミックスも可能に
Live 10の新機能の一つに“スムーズな制作”が挙げられています。ABLETONのWebサイトでは“Stay in the flow”と書かれていて、直訳すると“フローを保つ”という意味です。フローとは1つの作業に没頭してインスピレーションが湧きやすい状態だと考えられています。それではこの“フローを保つ”新機能を紹介していきましょう。
Liveのアレンジメントビューは長い間大きな変更がありませんでした。特に筆者が不満を感じていたのはオートメーションで、たくさん書くと画面がオートメーションで埋めつくされ、その後アレンジを変更する作業が大変になってしまいます。しかし、Live 10ではその問題を解消するべく、コンピューターのキーボードでAキーを押すと、オーメーションの表示/非表示を切り替えられるようになりました。オートメーション非表示のときは、アレンジの構築やオーディオ編集に向いた操作体系となり、フェード・イン/アウト、クリップの再生開始位置の変更、タイム・ストレッチなど、“よく使う機能だけど従来のLiveでは一手間かかる操作”もワン・アクションで行えます。

また、目を引く機能の一つとして、録音していないときでも演奏したMIDIデータを記録する“Capture”が挙げられます。試しに弾いたコードが良い感じだったのに、RECボタンを押した瞬間に頭から飛んでいったという経験はありませんか?(筆者はよくあります)。そんなときに画面上部のCaptureボタンを押すと、演奏内容をMIDIクリップとして後から生成できる魔法のような機能です。RECボタンを押す直前に演奏したMIDIノートを呼び出せるので、弾いたコードを再現できずに行き詰まることもありません。

読者の中には、Live 10で新規に搭載された音源/エフェクト類では物足りないと感じる方もいるかもしれません。そんな方にはSuiteに付属するMax for Liveの世界が待っています(画面⑧)。これは従来からある機能で、CYCLING '74 Maxで作成したパッチをLive内で動作させてLiveの機能を拡張したりカスタマイズできる開発環境です。開発というと難解に思うかもしれませんが、Max for Liveは有償/無償問わずさまざまなデバイスが豊富にそろっているので、必ずしも自分で作る必要はありません。

もともとLiveの原型はMaxのパッチでしたが、ついにABLETONが2017年にCYCLING '74を買収しました。そのおかげかLive 10ではMax for Liveの動作が最適化され、従来より安定して軽快に動作します。また、MIDIシステム・エクスクルーシブの送受信やサラウンド・システムのミックスに対応するなど、機能面でも強化が図られています。
一方、ABLETONのコントローラー=Push 2もよりLiveとの連携を強化しました。シーケンスやオーディオ波形、スペクトラム・アナライザーなどグラフィカルな情報も、Push 2のディスプレイ上に表示されます。以前のPushもコンピューターの画面を見ずに操作できましたが、その視認性を向上させ、ますますコンピューターの存在を意識しなくてもLiveを操作できる方向に進んでいます。
さて、ここまで一通りLive 10を見てきました。紹介したデバイスや機能以外にも、1つの画面上で複数のMIDIクリップを編集できたり、グループ・トラックをさらに別のグループ・トラックにまとめることができる機能なども追加されています。Live 10をテストしていて感じたのは、Live 9で手の届かなかったかゆい場所に手が届いたアップデートが施されているところ。また、テストしたバージョンの10.0.1の動作が安定しているのも印象的でした。Live 9では5年の間にさまざまな機能が追加されましたが、Live 10も“リリースしたところで完成”というよりは、今後数年間かけて進化するための基礎ができたという感じでしょう。これからABLETONがどんな展開をしてくるのか楽しみなアップデートとなりました。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年5月号より)