
オーディオ素材をドラッグするだけで
MIDI演奏が可能なサンプラー・トラック
STEINBERGは昔からHalionというソフト・サンプラーを作ってきました。現在はこれが高機能なエンジンに発展し、Retrologue、Padshop、Halion Sonic、GrooveAgentなど、現行の同社のVSTiは全部Halion 5のエンジンをベースにしていると言っていいでしょう。
ところが、そもそもの原点である“すぐサンプルを張って使えるサンプラー”が無くなってしまっていたのです。Halion 1のように、とにかくサンプルを置いてすぐに弾ける簡単なサンプラーが欲しいというのは、多くのユーザーが願っていたことだろうと思います。きっといつか機能を絞った簡便なVSTiを出してくるだろうと想像していたのですが、今回意外な、というか理に適っているアイディアで実現してきました。それがサンプラー・トラックです。
トラックにいちいちオーディオ・ファイルを置いていって、必要なところでピッチを変えていくくらいなら、ぱぱっとサンプラーに読み込んで弾いてしまった方が実は全然速いわけです。ドラムのサンプルを1つずつトラックに置いていく手法が普通になる以前はそうしていたようにです。サンプラー・トラックはとにかく簡単で素早く使えるようになっています。
サンプラー・トラックを作り、プロジェクト・ウィンドウにあるオーディオ・イベントを画面下部へ1つ落とせば、もうMIDIキーボードでそのオーディオ・イベントを演奏することができます(画面①)。ウィンドウを行き来したりアウトのトラックが別だったり、みたいな煩雑な操作は一切無しです。また、メディアベイやサンプル・エディタ—などでのメニュー選択により、サンプラー・トラックを作ることもできて、ものすごく直感的な操作性になっています。

操作が非常に簡単なので機能が限定されているかというとそうでもありません。マルチサンプルこそできませんがマルチモード・フィルター、アンプ/ピッチ/フィルター・エンベロープなど普通にサンプラーとして使うには十分な機能を備え、Halionと同様にピッチを変えた際に長さを変えないAudioWarpモードも搭載しています。エフェクトは一切ありませんが、これはあくまでトラックなのですから、普通にミキサーにプラグインをインサートしていけば幾らでもエフェクトを追加できるわけで、なんの不都合もありません。むしろそこをシンプルにした結果、信号の流れがとても分かりやすくなりました。
ループを組んだときには、ループされた状態の波形がリアルタイムに表示され、どんなふうにループされるのか、直感的に確認できます(画面②)。最近Halionに導入されたAlternate Loop(ループの終わりまで行ったら逆再生で頭に戻り、また繰り返す)もこの方法で表示され、感心させられました。

また、サンプラー・トラックに限らず、画面下部のエディターはプロジェクト・ウィンドウから別ウィンドウとして表示することもできますし、こうして自分で作ったサンプラー・トラックをさらに細かく編集したければ、HalionやGrooveAgent、Padshopなどにパッチとして移動できるようになっています。
サンプルとして使ったオーディオ・ファイルは、オーディオプールではサンプラー・トラックが使ったオーディオ・ファイルとして登録され、当然プロジェクトを保存すればそれ以外何も保存する必要はありません。ソフト・サンプラーで使ったオーディオ・ファイルが無くなってしまうのは意外とよくある話だと思いますが、トラックとして扱い、使用ファイルをオーディオプールで管理することで、サンプラーの煩雑さを一つ解消していてとても理に適っています。サンプラーというのは万能な楽器で、元さえあればどんな音でも出せるものです。これがプロジェクトに紐づけされ、トラックとして扱えるようになり、Cubaseだけで基本的な楽器やプラグインは全部そろったということですね。複数人で曲をやり取りするとき、全部デフォルトでできるっていうのは本当に便利だと思います。簡単なプラグインを作るのではなく、トラックにしてしまえって、誰が考えたのでしょう。いいアイディアですね。
ミキサー操作の履歴が残り
編集系とは独立したアンドゥが可能に
どんなDAWを使っている人でも、何かの拍子にフェーダーの位置が変わってしまったとか、ちょっと前までとどうもパンが違うとか、知らないうちにミキサーを触ってしまう経験したことがあるでしょう。また、意識してプラグインをエディットしたとしても、ちょっと前の方が良かったとか、さっきまでもっといい音だったとか、そういうふうに思って前のバージョンに戻ったりもすると思います。
もちろんCubaseはオーディオやMIDI、オートメーションの編集に関してはプロジェクトを開いた時点まで戻ることができますが、Cubase Pro 9ではミキサーやプラグインに対して行った変更もアンドゥできるようになりました。地味ですが、とても有益な変更です。オートメーションできるパラメーターはもちろん、プラグインを追加/削除したり、ルーティングの変更を行ったりといったような操作がすべてミキサー・ウィンドウ左側のヒストリーに記録されていくので、任意の時点のバランスへいつでも戻すことができます(画面③)。もちろん、リドゥもできますから、ある時点まで戻してプラグインの設定をコピーしておいて、現在のプラグインに設定をペーストし直す、みたいなことも可能です。
これは編集のための履歴とは別の系列として記録され、例えば歌のバランスを変えて編集をしばらく行い、出来上がった時点で前のバランスに戻すといった使い方もできます。
いったんこれを頻繁に使うようになり、“戻れて当然”ということに体が慣れたら、無しでやる場合に苦痛に感じるようになるかもしれません。慣れたころにはきっと今では想像の付かない使い方をしていると思います。

M/S対応EQのFrequencyを新規搭載
既存VSTエフェクトもアップデート
今回幾つかのVSTプラグインがアップデートされました。Maximizerには新たなモードが追加され(画面④)、Brickwall Limiter、Compressor、GateはGUIが一新されました。これらはあくまでアップデートなので、今までのプロジェクトを開いたら、そのままの音で鳴ってくれます。

また、WaveLab 9に搭載されていたFrequencyという8バンドのM/S対応EQが追加されています(画面⑤)。Cubase付属のStudio EQはシンプルですが素直な特性なので、これに加えてFrequencyがあれば、音作りの幅はもっと広がります。

もう一つ、これはとても地味だと思うでしょうが、Auto Panが完全にリニューアルして、Monoモードと、パターン・シーケンサーのようなLFOが付きました(画面⑥)。“そもそもAuto PanでMonoって何のこと?”と思う方が大半でしょう。でもAuto PanをMonoにしたらL/Rが同時に同じLFO(ステレオだったら反対の極性のLFOです)。しかも、任意の波形のテンポ・シンクして動かせるってことです。要するに、今はもうみんな使うようになった4つ打ちのキックをサイド・チェインでコンプに送ってベースやらシンセやらをダッキングとか、例えばドラム・ループの3拍目だけボリュームを下げたいとか、2小節ごとに1拍目のアタックを弱くするとか、こういうのが全部できます。今まで細かいボリュームのオートメーションを書いて、小節単位でコピーして、みたいなことしたことがある方、これでできますよ。つまり、テンポ・シンクしたウェーブテーブルのLFOでレベルを動かすダイナミクス系のエフェクトになったわけです。アイディア次第で多くの用途に使えます。今回アップデートされたプラグインの中で一番使いでがありますよ、間違いなく。

目立つ機能の追加はほかにもありますね。例えばサンプラーのところでちょっと触れた、プロジェクト・ウィンドウ下部に、キー・エディターやミキサーが出るようになったこと。その下にトランスポート・ウィンドウが出せるようになり、アプリケーションの画面をフルスクリーン表示にして使いやすくなりました。違和感があるという方は、初期設定やプロジェクト・ウィンドウ上のアイコンでオフにできるので、今まで通りに使えます。
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ほかに、地味ですが、Windows版ではCubaseを立ち上げた後からUSB MIDIデバイスを認識できるようになりました。Macでは既に当たり前かもしれませんが、ものすごく便利です。個人的には十分これだけでアップデートする価値がある気がします。発売と同時にCubase Pro 9.0.1がリリースされていますが、クラッシュする/しないという点では既に相当頑丈です。ぜひ使ってみていただきたいアップデートだと思います。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年2月号より)