
トニー・ヴィスコンティ監修。マイクの位置と指向性でアンビを得る
デヴィッド・ボウイの実験的作品群、ベルリン3部作では、ディレイ+ピッチ・シフターのH910がアルバムのカラーを決定づける特徴的な使い方をされています。例えば、『ロウ』のスネアは原音の後にピッチが落ちたサウンドがやや遅れてブレンドされ、生ドラムでありながらベンド・ダウンする不思議なサウンドに。このころの話をEVENTIDEの技術者がヴィスコンティに聞いていたところ、ハンザ・スタジオで制作された『ヒーローズ』では距離を変えたマイクをボーカルに複数本立てて、それぞれに違うエフェクトをかけ、あの独特のサウンドを作っていたという話が出てきたそう。それにインスピレーションを受け、ならばそのときの作業工程をプラグイン・エフェクトとして作ってしまおうと開発されたのが、Tverbなのです。
Tverbはルーム・リバーブ+αといった機能の製品で、ハンザ・スタジオを模した画面内のルームにマイクを3本立てて音作りを行います。マイク1はボーカル用としてごく近めにセッティングしてあり、マイク2&3を任意の位置に移動することでリバーブとして機能します(画面①)。可変幅は左右に50フィート(約15m)、奥行きが5〜70フィート(約1.5〜21m)です。

マイク1の位置を動かすことはできませんが、マイクの指向性を単一指向から双指向や無指向に変更することが可能(画面②)。

このマイクのチャンネルには、コンプレッサーが搭載されています。マイク2&3は、マイクの画像をドラッグすると位置が決められるようになっており、こちらのチャンネルにはゲートを搭載。それぞれのマイクはプラグイン内のフェーダーに立ち上がっており、好みのバランスで混ぜることができるほか、個別にパンを設定したり、逆相にすることも可能です。リバーブは微調整のためのEQと、ディフュージョン、ディケイのみのシンプルな操作系になっています。
ゲートの開閉でリバーブの付加が可能
オフマイクのサウンドを後処理で生み出す
使ってみてまず目に付くのが、プリセットの充実ぶり。もちろん、トニー・ヴィスコンティ作成のものもあり、デヴィッド・ボウイのボーカル・エフェクトのシミュレーションが入っていました。遠くに立っているマイクのゲートがボーカルの音量で開き、リバーブがかかったり、かからなかったりする仕組みです。『ロウ』で多用していたデジタル・エフェクトを封印して、『ヒーローズ』では空間の響きだけで音作りをしたとインタビューで語っているのを読みましたが、こういうことだったのかと勉強になりました。デジタル・リバーブ的なサウンドではありませんが、要はゲート・リバーブです。いわゆるゲート・リバーブのプリセットもありますが、デジタル感は薄いので、ピーター・ガブリエル『メルト』のような方向の音になります。
Tverbの説明を読んだときには、ずいぶんニッチで飛び道具的なものを出したなと思いましたが、実際に使ってみると素性が良いサウンドなので、王道的な使い方ができました。特に良いと思ったのは、マイク1の指向性を変える機能です。最近、アンプ・シミュレーターなどが進化して、ラインのギターもそれらしい音は出るようになったものの、毎回気になるのがサウンドののっぺり感。違和感を消すためにリバーブをかけると、ごく薄くかけても音が遠くなり過ぎてしまうのです。ところがTverbで指向性を双指向や無指向に変えると、ほとんどドライのままマイクを立てただけというくらいの微妙な空気感が出せます。これは便利です! また音像が近過ぎるドラム素材を、オーバーヘッド・マイクを混ぜたような音にしたり、ドライだと定位がはっきりし過ぎる音に自然な広がりを持たせるなど、通常はマイク複数本を立てて録音しないとできないことが、後処理でできてしまいます。打込みで生鳴りのオーガニックさを出したいケースでは、特に役に立つプラグインだと感じました。
製品サイト:http://www.tacsystem.com/products/eventide/tverb.php
(サウンド&レコーディング・マガジン 2016年8月号より)