「RETRO 2A3」製品レビュー:名機をベースに独自機能を追加した2Uサイズの2ch真空管EQ

RETRO2A3
PULTECのEQは、1950年代から多くのレコーディング現場で使われてきました。近年のDAW環境でも十数社がプラグイン化を行っているほど有名なEQです。もちろん現在もオリジナルのPULTECのEQが数多く残っていますし、TUBE-TECHをはじめ、数社が幾つも同類のアウトボードを作ってきました。今回のRETRO 2A3は、真空管EQの名機PULTEC EQP-1Aを基本に設計。2006年に設立されたRETROは、コンプレッサーのSta-Levelなど、個性的な真空管のビンテージ・アウトボードを現代によみがえらせています。さてさて仕上がり具合はいかに。

PULTEC EQP-1Aがベース
HFブースト・ポイントを3点追加

では実際に、RETRO 2A3を見ていきましょう。筐体は同社の機材すべてに共通する薄めのメタリック・グレー色で、電源スイッチをフロント・パネルのセンターという意外な場所に配置。その下に真っ赤なラベルで“RETRO”と同社のロゴ・マークを記した大胆で印象的なデザインです。そしていかにもビンテージ機材らしい大型のトグル・スイッチを採用し、ゲインなどのノブが並ぶ説明書要らずのシンプルなレイアウトになっています。

EQは3つのセクションに分かれていて、低域(ブースト/周波数セレクト/アッテネーション)、中高域(バンドワイズ/ブースト/周波数セレクト)と高域(アッテネーション/周波数セレクト)の組み合わせで構成されています。オリジナルのEQP-1Aとの違いも幾つかあります。まずは、2Uサイズにもかかわらず2chの仕様になっていること。モノラル・トラックでのアプローチは言うまでもありませんが、マスターのインサートや、ステレオ・トラックで使う場合はとても重宝することでしょう。それから、低域のピークをコントロールし、可聴域以下の過度な低域を処理するSUBSONIC FILTERを実装。OFF/40Hz/90Hzの切り替えが可能で両チャンネル同時に動作します。そして、本機にはHFブースト・ポイントが新たに3ポイント(1.5kHz/6kHz/14kHz)追加されています。それ以外の周波数ポイントやHFバンドワイズなどの設計は、EQP-1Aと同じ仕様となっています。

低域の強い量感とパンチ力を演出
倍音をたっぷり含んだ高級感あるサウンド

では実際にいろいろとチェックしてみましょう。まずは“ガツン”と入る電源スイッチおよびSUBSONIC FILTERのトグル・スイッチ類の操作は、いかにも機械を動かしている感じで楽しいです。上段に配置された各ゲイン・ノブは、とてもスムーズですが、触っただけでセッティングが変わるほどの繊細な感じではなく、ちょうどよいタッチ。また、すべてのゲイン・ノブの周りには、100スケールが刻まれているので、超アナログな手法ですが各ゲインの値を数字でメモすることができます。マスターでのEQなど、シビアで繊細な設定をする際は大変重宝しそうです。また、本機は真空管を使用した機材ではありますが、比較的ウォーム・アップの時間も短めで安定します。さすがに現代の設計ですね。

ステレオ・トラックではドラムとピアノに、モノラル・トラックではベース/ギター/ボーカルにインサートしてチェックしてみます。全体的に低域のブースト感と高域の倍音の伸びが良く、想像より高級感がワンランクほど増したサウンドになりました。また、同じ周波数上で行えるローブーストとアッテネートの組み合わせは、低域のモタつき感をぬぐい去り、強い量感とパンチ力を演出します。ドラム/ベースでは特にその効果が絶大ですね。

ローブーストとアッテネートの効き具合については、同じ数値にした場合は若干ブーストが優位になるようで、“上げて下げて”の相殺作用は働かず、同時に中低域寄りのゲインが抑えられていくようです。つまり、低域のブーストと中低域のカットを同時に行う“PULTECのEQ効果”(肩特性と言う)が再現されています。

また、新たに追加されたSUBSONIC FILTERとの併用でさらに多くの組み合わせ、例えば“90Hzのローカット/60Hzのブーストとアッテネート”など、PULTECのEQにはできなかった低域のサウンド・メイクが可能となっています。

中高域のブーストでは、10種類の周波数とバンドワイズを変えられます。選んだ周波数帯のゲインが上がるだけでなく、真空管による効果で倍音成分が足されている印象です。選択できる周波数が3つ増えたことにより、現代の録音/ミックス環境では大変使い勝手が良くなりました。ギターのアルペジオやストローク、メロディックなフレーズのほか、男女ボーカルの存在感やツヤまでもが足された感じがします。また、ドラムやピアノなどのレンジが広い楽器でも、低域の存在感と中高域のアタック感/抜け感が増し、心地良い印象を受けました。

続いて何曲か2ミックスのマスターにインサートして使ってみました。真空管ならではの若干スローな音の立ち上がりですが、設定次第でこれまでの印象通りの倍音をたっぷり含んだサウンドになり、各楽器の輪郭と存在感が増しました。2ch仕様なので、各チャンネルの設定をとてもスムーズに行えますが、ブーストを多用すると当然出力レベルのコントロールが難しくなるので、マスターでの使い方には注意が必要ですね。

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“レトロ”と聞いて、皆さんは何を思い起こすでしょうか。意味を調べてみると、アンティークやビンテージとは違い、“現行の技術で作られた見た目の古い物”とのことでした。本機は、1950年代の真空管技術や新たに追加された機能も含めて、見た目以上に実力のある現代の機材という印象。最近の至れり尽くせりな機材やプラグインとは違い、細かい設定はできないですが、その代わりに“実に音楽的なポイント”を押さえています。全体的に非常によく考えられていて、必要以上の機能を付加していないところが好感触。こうなると同社のほかの機材にも興味がわいてきます。それにしてもやっぱりアウトボードの実機はワクワクしますね!

▲真空管やトランスがむき出しになったリア・パネル。右端にはCHANNEL A/Bの各インプット/アウトプット(XLR)が並んでいる ▲真空管やトランスがむき出しになったリア・パネル。右端にはCHANNEL A/Bの各インプット/アウトプット(XLR)が並んでいる

製品サイト:https://miyaji.co.jp/MID/product.php?item=Retro%202A3

サウンド&レコーディング・マガジン 2016年2月号より)

RETRO
2A3
オープン・プライス(市場予想価格:489,000円前後)
▪周波数特性:20Hz〜20kHz(±1dB) ▪SN比:76dB未満 ▪ひずみ率:1%未満(20Hz〜20kHz) ▪外形寸法:483(W)×89(H)×229(D)mm ▪重量:7.9kg