「RETRO 176」製品レビュー:名機をベースに独自の機能を追加した1ch真空管コンプレッサー

RETRO176
今回レビューするRETRO 176、もう既に愛用されている方も多いかもしれません。本国アメリカでの発売は数年前になるのですが、今回国内代理店での取り扱いが決まり、このタイミングでのレビューとなりました。都内でも幾つかのレコーディング・スタジオで既に導入されており、世界的にも評価の定まった近年では優秀な機材の一つです。非常に魅力的なデザインで、かっこいい!と思わず触りたくなるルックスを持つ本機、サウンドの方ももちろん裏切りません。あらためてさまざまなソースでテストしてみました。

UREI 1176の前身モデルがベース
アタック/リリースは速めの設定

RETROは米サンフランシスコのいわゆるブティック・メーカーで、ビンテージの名機の基本設計をベースに現代的な改善や機能追加などの改良を行った“リクリエイション・モデル”を手作業で生産しているメーカーです。詳しくは先月号「製品開発ストーリー」で詳しく紹介されています。

本機の原型となったUNIVERSAL AUDIO 176はビル・パットナム設計の真空管コンプレッサー。ご存じUREI 1176の前身モデルです。RETRO 176も基本的なパラメーターは共通しているので、1176に慣れていれば操作は簡単に行えるでしょう。

本機は真空管コンプには珍しくアタック/リリースともに連続可変。アタック・タイムは0.1〜2msと速めの設定です。リリースも27〜572msと、最速ではかなり速い設定も可能。レシオは2/4/8/12:1という4つのセッティング。これらはオリジナル176と同じです。さらに本機独自に追加されたパラメーターとして、サイド・チェインのハイパス・フィルター(HPF)、インターステージ・トランスのON/OFF、アシンメトリー機能、ハード・ワイアー・バイパス・スイッチなど、耳慣れない機能も含め多くのモディファイがなされている様子です。

太さを増して前に出る音像
どんな設定でも破たんなく奇麗にまとまる

まずは男性ボーカルの録りに使用してみました。かなり声量もありダイナミクスもあるボーカリストなのですが、サビでかなりリダクションしても音像が小さくなることもなく、太さを増して前に出てきます。レシオが2:1の設定ではかなりナチュラルなコンプレッション。柔らかく甘めのトーンで個人的にはかなり好みの音色です。レシオの値を上げていくとややアグレッシブな方向へ音色変化がありますが、もちろん破たんはなく、割とどんな設定でも奇麗にまとめてくれる印象。素晴らしいです。

ここで幾つかの機能を試してみます。まずインターステージ・トランスをIN。高域の抜けが良くなり、よりオープンなサウンドに変化します。パンチも出てくる印象です。これは常時INで使って、甘い音色が欲しいときにOUTにするのがよいかもしれません。IN/OUTできる選択肢があるのがうれしいですね(写真①)。

▲写真① フロント・パネル右端。上がインターステージ・トランスのIN/OUT、中段が正相または逆相信号のみをリダクション検出に使うためのアシンメトリー。下段は全体のバイパス・スイッチ ▲写真① フロント・パネル右端。上がインターステージ・トランスのIN/OUT、中段が正相または逆相信号のみをリダクション検出に使うためのアシンメトリー。下段は全体のバイパス・スイッチ

アシンメトリーは、本機以外で見たことがないのですが、リダクション検出を信号全体に対して行うか、正相の信号に対して行うか、逆相の信号に対して行うかという機能。正直理屈はよく分からないのですが、ソースによっては確かに変化します。テスト時のボーカルの場合センター位置が良かったですが、あまり変化が無い素材もありました。一方、ホーンや、アコギなどでは変化が大きかった印象でした。

速めのリリースでもひずみにくい特性
かかり過ぎを防ぐサイド・チェインHPF

ミックスでは、ベースにインサートしてみました。リリースをやや遅めに設定したのですが、甘く太い音色でやはり良いサウンドです。今回の素材では176のアタック・タイムが速いせいもあり、コンプがかかり過ぎてしまう傾向があったため、サイド・チェインHPFを入れてみました。ここは周波数固定の機種が多いですが、本機は連続可変のためミックスの中で据わりの良いポジションを正確に探すことができて重宝しました(写真②)。設定の幅も広く、高域は2.2kHzまで設定することが可能。ボーカルではディエッサー的な使い方も可能でしょう。

▲写真② リダクション検出信号にフィルターをかけ、低域にコンプが反応しないようにするサイド・チェイン・ハイパス・フィルター。周波数選択は連続可変式でポイントが探りやすい ▲写真② リダクション検出信号にフィルターをかけ、低域にコンプが反応しないようにするサイド・チェイン・ハイパス・フィルター。周波数選択は連続可変式でポイントが探りやすい

速めのリリース・タイムにもかかわらず、本機はかなり激しくコンプレッションしてもなかなかひずみません。インプット・アッテネーターがインプット・トランスの後にあるせいでしょうか、1176的な暴れたひずみ感を求めるのはお門違いのようです。これはこれでほかに無い個性ですので、個人的には大歓迎です。

続いてドラム素材へインサート。オンマイクではスネアが暴れ気味の中高域を押さえてくれ、重心も下がり好印象。アタックのノブを引っ張るとSingleというモードになり、恐らくアタック/リリースともにさらに速くなるのではないかと思います。よりアグレッシブなサウンドとなりひずみ感も出てきました。ほかにもさまなソースに試してみましたが、やはりボーカルとベースに最適なコンプレッサーだと感じました。

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決して安価な製品ではないですが、その素晴らしいサウンドとデザイン、製品の作りや仕上げのクオリティ、パーツへのこだわりなどを加味すると適正な価格に思えてきます。素晴らしい機材です。

176Rear ▲真空管やトランスがむき出しのリア・パネル。右端にLINE IN/UT(ともにXLR)と、ステレオ・リンク用のCOUPLE端子(RCAピン)が並んでいる

製品サイト:https://miyaji.co.jp/MID/product.php?item=Retro%20176

サウンド&レコーディング・マガジン 2015年12月号より)

RETRO
176
オープン・プライス(市場予想価格:409,000円前後)
▪周波数特性:20Hz〜20kHz(±0.5dB) ▪SN比:76dB以上 ▪ひずみ率:1%未満(0〜15dB GR) ▪外形寸法:483(W)×88(H)×262(D)mm ▪重量:約8kg