
ビンテージ感満点のルックス
インプット/アウトプットにトランスを搭載
製品を箱から出してみると、本体は2Uサイズで奥行きは300mm弱、1ch仕様のチューブ・マイク・プリアンプとなっています。フロント・パネルの色はビンテージ・モジュールで有名なSIEMENS(TELEFUNKEN)の色合いをほうふつさせる落ち着きのあるグレー。つまみ、スイッチ、電源ランプはビンテージ風のデザインで、操作しやすい大ぶりなものとなっています。操作子のレイアウトは、左からマイクとDIの入力切り替えスイッチ、その下にDIインプット、インプット・ゲインつまみ(6dBステップで16〜52dB)、20dBのPADスイッチ(マイク入力のみ有効)、ローカット・フィルターつまみ(30/45/60/70/90/110/130/180Hz:マイク入力にのみ有効)、その下にアウトプットつまみ(-10〜0dB)、位相反転スイッチ、ファイン・ゲインつまみ(-5〜5dB)、ファンタム電源スイッチ、電源ランプ、電源スイッチとなっています。
インプット/アウトプットには特注のトランスが使われているとのことで、真空管はEF86、E88CCが各1本ずつ。トータル・ゲインは+57dBで、製造はイギリスではなくアメリカ製となっています。
ファイン・ゲインつまみで
豊富な音のバリエーションを演出
真空管を使用した製品なので、音を安定させるため本体の電源を入れてから1時間ほど経ったところで試聴を始めました。今回は生ピアノ、エレキベース、ボーカルでチェックしてみました。10万円クラスのラージ・ダイアフラムのコンデンサー・マイクをアコースティック・ピアノの縁あたりに立て、本体の初期設定としてはローカット・フィルターをオフにし、アウトプット・ゲインとファイン・ゲインを0dBに設定した後、インプット・ゲインを適正レベルまで調整して試聴してみました。まず、ピアノのタッチをごく普通にプレイしてもらったところ、聴き覚えのあるサウンドにすぐピンときました。ビートルズの楽曲でよく耳にする“あの”ピアノ・サウンドなのです。これまで、ややつぶれ気味のアタック感はFAIRCHILDのコンプで作られていると思っていましたが、このマイクプリを使うと、いとも簡単にそのニュアンスが得られるので驚きました。ピアノのタッチを強めに弾いてもらえば、心地よいアタック感とパンチが自然に出てきます。
本機にはトーン・バリエーションを変える機能が備えられており、ファイン・ゲインつまみを右(プラス)方向に回すとエンハンサーとオーバードライブを足して2で割ったようなニュアンスでサウンドが変化し、倍音が増えていきます。マイナスの方向に回せばフィルターをかけたようなクールなサウンドになり、倍音の雰囲気がダイナミック・マイクのそれに近い雰囲気となります。また、アウトプットを-8dBぐらいにしてインプット・ゲインをプラス方向に回せば、さらにオーバードライブの効いたサウンドになります。このようにファイン・ゲインつまみでサウンドは大きく変化しますが、その分楽器の強弱のニュアンスやマイクとの距離感は伝わりにくくなるので、全体のバランスを考慮しながら調整するとよいでしょう。
次にCOLESのリボン・マイクをピアノから少しオフ気味に立て、本体を初期設定にして試聴してみたところ、ハイエンドが普段より伸びているように聴こえ、不思議な感覚でした。リボン・マイク特有のまろやかなニュアンスは残しつつ、自然と伸びる高域が心地よいです。また距離感は、通常より近めに聴こえる傾向になります。
次はDIインプットにしてFENDER Jazz Bassをつないでみましたが、アタックがまろやかでソフトな音質傾向でした。ちょうどJazz Bassがバイオリン・ベースのような音に変化する感じです。なおDIインプットにローカット・フィルターは効きませんので注意してください。
ボーカル・レコーディングでは
言葉のニュアンスが細かく伝わる
最後にボーカルをピアノで使用したものと同じコンデンサー・マイクでチェックしてみたところ、男性/女性とも言葉のニュアンスが細かく伝わり、なおかつ倍音も奇麗で、まるでビンテージ・チューブ・マイクを使用しているような感覚になりました。マイクとの距離は通常よりかなり近めに聴こえるため、近付き過ぎた際の低音の処理のためにローカット・フィルターを使用しますが、がっつり切れるタイプではなく、滑らかでカーブが緩い感じの効き方です。この状態で、男性ボーカルの場合はファイン・ゲインつまみをマイナス方向に回せばさらに音色を太くでき、女性ボーカルの場合はプラス方向に回すことで倍音が増し、透き通るような音色にできます。比較的低価格のマイクが高級なマイクに変身してしまう、まるで魔法のような音色変化です。本機は今回試聴した中では特にボーカル・レコーディングで効果があり、個性的かつ新しい発見もあって楽しかったです。
ボーカル録音時は機材選択で頭を悩ませるものです。一つの解決法として高価なチューブ・マイクを買ってしまう選択肢もありますが、今回紹介したような真空管マイクプリとコンデンサー・マイクの組み合わせを工夫するのもさまざまな方向性を試せますし、良い結果が出るのではないでしょうか。トータルの予算を考えながら製品を選ぶ中で、本機を選択肢に加えることをお勧めします。

(サウンド&レコーディング・マガジン 2015年7月号より)