ストリーミング時代のオルタナティブ!〜その(1) 高橋健太郎(OTOTOY)が推す「ハイレゾ・ダウンロード配信」

音楽配信サイトOTOTOYの創設メンバーにしてシニア・プロデューサー。1970年代から音楽評論家として活躍するほか、プロデューサー/エンジニアとしての顔も持つ。 高橋健太郎●音楽配信サイトOTOTOYの創設メンバーにしてシニア・プロデューサー。1970年代から音楽評論家として活躍するほか、プロデューサー/エンジニアとしての顔も持つ

AWA、LINEミュージック、そしてApple Musicと、今年に入って次々サービスが開始された「定額制の音楽ストリーミング・サービス」。その圧倒的な利便性ゆえ、これからの音楽聴取のデファクト・スタンダードになりそうな気配が濃厚だが、“いや、そんなことはない!”と、別のサービスや方法を提唱している人たちがいる。そんな人たちの声を、数回にわたって伝えていくのがこの連載だ。1回目は、ハイレゾ配信をいち早く開始したことで知られるOTOTOYのシニア・プロデューサーである高橋健太郎氏にご登場いただこう。

現状ではSNSが音楽のレコメンドとしてはいい形で働いていない

──まずは定額制ストリーミング・サービスが相次いで日本で始まったことについての感想からお聞かせください。

サービスそれぞれに特色がありますね。僕個人はPCでの再生が主ですから、Apple Musicを使っています。ただ、何十年も洋楽の世界で仕事をしてきた人間ですから、今さらApple Musicのプレイリストで提示されて初めて出会った音楽はないです。たまたま自分の著書『スタジオの音が聴こえる 名盤を生んだスタジオ、コンソール&エンジニア』が発売になったタイミングでもあったので、そこで取り上げたトライデントやコンパスポイントといったスタジオで作られた音楽のプレイリストをApple Musicで作ってみたら楽しかったですけどね(笑)。

──健太郎さんにとってApple Musicは新たな音楽との出会いの場にはなり得ず、ほかの人へ音楽を紹介する場であったということですか?

そうですね。僕自身が聴いたことのない音楽と出会う場としては、むしろYouTubeの方が新しい音楽や入手困難だった幻の盤を聴くことができたりするので役立っています。あと、今は日本では使えないですが、知らなかった良い曲に出会う確率としてはPANDORAが抜群に高かったですね。僕は聴くジャンルが広いけど、もっと範囲が狭い人……例えばR&Bとかレゲエが好きな人なら、1週間もあればPANDORAを“自分のきらいなタイプの曲はまずかからないけど、知っている曲ばかりというわけでもないラジオ局”にすることができます。僕も音楽の仕事を引退して、一日中ぼーっと好きな古い音楽だけを聴いている生活になったらPANDORAだけがあればいい(笑)。

──PANDORAのコア・テクノロジーである“ミュージック・ゲノム”って、実は人力なんですよね?

そう(笑)。Apple Musicもレコメンドは人力。ただ、Apple Musicは今のところSNS機能を付けていませんよね。eMusicもリニューアルする前はSNS機能があったけどなくしちゃった。そういえばOTOTOYも最初はSNSとして始めたサービスだったのに取り去ってしまった(笑)。

──現状ではSNSが音楽のレコメンドとしてはいい形で働いていないというのが各社の判断なのでしょうか?

そうなんでしょうね。ただ、アマゾンの“この商品を買った人はこんな商品も買っています”というやり方が有効なので、OTOTOYもそれは使っています。

──レコメンド機能以外に定額制ストリーミング・サービスで気になったところはありますか?

配信業者である僕らにとって、Apple Musicが256kbpsのビットレートでストリーミングしていて、iTunes Musicが同じ256kbpsのAACで配信しているのはバッティングしないのかということは気になりました。なのでディストリビューターにヒアリングしてみたんですが、始まってまだ2週間のころですからそれほどの答えが得られたわけではないですけど、今のところApple Musicが始まってiTunes Musicのセールスが落ちたということはないらしい。なおかつApple Musicは今は無料期間で、この先、毎月千円近く払って加入し続ける人と、そうじゃない人とに分かれるわけですから、短期的にはそれほどiTunes Musicの売上に影響はないように思えます。

──アップルはApple MusicとiTunes Musicが共存していくと考えているのでしょうか?

でしょうね。ただ、現状ではApple MusicとiTunes Music、iTunes Matchは整合性が良くないですよね。最終的にアップルはありとあらゆる音楽を自分のデータ・センターに入れ、それをクラウドに上げていくということを考えているわけで、それをベースにどういうサービスを考えていくのか……まだ途中段階なのかもしれませんね。

定額制ストリーミングで100%満足しない人は、ダウンロードで購入するしかない

 ──定額制ストリーミング・サービスが一気に押し寄せる中、OTOTOYが展開しているダウンロード配信はビジネス的に存続できると考えていますか?

定額制ストリーミング・サービスに関してOTOTOYがどう対処するかは、何年も前から話し合ってきました。それこそ社長の竹中(直純)はかつてタワーレコードでナップスタージャパンという定額制ストリーミング・サービスをやっていた人間だし、取締役の三野(明洋)はイーライセンスで著作権の分配システムを作っているわけですし、ストリーミングのいろいろな状況を見てきている。だから、日本でApple Musicが始まったからといって慌てていません(笑)。それこそOTOTOY自身がストリーミングに打って出るということも検討していたくらいですが、現時点での僕らの判断としては、乱立する定額制ストリーミング・サービスについては静観し、ダウンロード配信をきちんとやろうということです。

──ダウンロード配信でまだまだ行けるぞ、と?

ええ、定額制ストリーミングで100%満足しない人は、ダウンロードで購入するしかないですからね。

──どういう人が、どんな理由で満足しないのでしょうか?

一つはDRMの問題。結局、Apple MusicだったらPCはiTunes、スマホはMusicというアプリでしか聴けないわけで、アプリにしばられるのはストリーミング・サービスのボトルネックでしょう。そしてもう一つはラインナップの問題。現状、Apple Musicを見ても新譜を出しているのはユニバーサルミュージックだけで、ほかのレーベルは旧譜だけ。旧譜も全部ということではなくて、ある時期より前のはないとか、細かく分けて考えているようです。

──レーベル側がストリーミングへの出すものを選んでいるのですね?

考えた結果そうなっているのかは分からないけど、新譜に関して躊躇しているというのはある。“販売”というのはやはり新譜が中心だし、発売後一週間の勝負だったりする。だから新譜をスマートフォンに入れて聴きたいというニーズに応え得るダウンロード配信は簡単にはなくならないだろうと。逆に言うと、大手は旧譜で商売しようと思ったからApple Musicに乗れた。でも、インディペンデントなレーベルは複合的にやらないといけない。アナログを500枚、CDを1,000枚作って、配信は発売から1年間はダウンロードだけにして、2年目からはストリーミングに出すとか、そういう形を模索せざるを得ないでしょう。ただ、一方ではYouTubeに全部の音源を上げているレーベルもある。ブラジルのレーベルなどは最初からフリー・ダウンロードにしているところも多いですね。タダで配っても、それこそ人口が4億人もいるからライブ・マーケットだけで食べていけるんですよ。

──一時期、中国のアーティストがコンサートの動員を増やすため、CDを名刺代わりに配っているという話がありましたが、それに近いですよね?

そうですね。だからそういう国の人たちはApple Musicの衝撃もさほど大きくないと思います。

256kbpsとハイレゾとでは明らかにクオリティの差がある

32ビット/384kHzのPCM、5.6MHzのDSDファイルを再生できるASTELL&KERNのポータブル・プレイヤーAK380。高橋氏もその圧倒的な高音質ゆえ愛用している 32ビット/384kHzのPCM、5.6MHzのDSDファイルを再生できるASTELL&KERNのポータブル・プレイヤーAK380。高橋氏もその圧倒的な高音質ゆえ愛用している

──OTOTOYは日本におけるハイレゾ・ダウンロード配信の先駆的な存在ですが、ハイレゾはストリーミングに対してのアドバンテージになり得ますか?

はい、それは確実に。やっぱり256kbpsとCD以上のフォーマットとでは明らかにクオリティの差があって、僕個人で言えば256kbpsでは満足できない。オーディオ業界も256kbpsがデフォルトになるのは勘弁してくれという感じでしょう。ただ、そのすみ分けがどうなるか、現時点で先行きを見るのは難しい。ハイエンド・オーディオに親しむような人しかCD以上のクオリティは聴かないのか? ミドルクラスの人はどうなのか……?

──ストリーミング自体のスペックが上がっていく可能性についてはどうでしょうか? Jay-Zが買収したTIDALはCDクオリティでの定額制ストリーミング・サービスを行っています。

OTOTOYはCDクオリティを越えた24ビットや32ビットのPCM、あるいは11.2MHzまでのDSDといったハイレゾをやっていますので、ストリーミングのクオリティが少しくらい上がってもそんなに影響はないと思う……でも、オノセイゲンさんが押しているDSDストリーミングが普及してくると分かりませんが(笑)。

──SPやLP、そしてCDといった音楽を格納するメディアが音楽の尺に影響を与えてきたというのは、それこそ健太郎さんがサンレコ誌上で連載されている「音楽と録音の歴史ものがたり」でも触れられているテーマですが、iTunes Musicでアルバムが解体され、定額制ストリーミング・サービスではそれがさらに進むという指摘もあります。ダウンロード販売を展開するOTOTOYではその辺りの状況はどうなのでしょうか?

OTOTOYは単曲買いがすごく少ないです。それはOTOTOYの特色というよりはむしろ弱点から始まった。OTOTOYがもともと旧譜のカタログを持っていなかったからそうなったんです。アップルは最初から旧譜のカタログ持っていたので、その中から何かを検索して懐かしい曲を買うというのが多かったんでしょう。OTOTOYはカタログがなかったから、それこそレーベルやアーティストに直接当たって“売らせてください”ってやってきた。そうすると当然、新作のアルバム中心になるんですね。シングルという形態自体がもはやビジネス的に難しく、テレビに出るアーティスト以外はほぼ機能していないですから、アーティストもレーベルもアルバムを売りたい。それでOTOTOYでは新作アルバムがなるべくたくさん売れるようにするため、力の入ったインタビューや記事を掲載するっていうのが基本になったんです。

──だとすると、定額ストリーミングにはシングル的なものだけを流し、新作のアルバムはダウンロード配信のみ、という形もありそうですね。

そうですね。実はOTOTOYの7月の売上げは好調なんです。OTOTOYに限らずダウンロード配信が売れるようになったというのは、どのレーベルも実感としてあるんじゃないですかね。ただ、OTOTOYの今後の課題は旧譜もコンスタントに売れるようにすること。気がつけばかなりの数の旧譜カタログができていたので、それらを何らかの形でプロモートしたり、検索システムとかで探しやすく、なおかつリーズナブルな形で提供したいんです。だけどそれがとっても難しい……それこそMP3でしかない旧譜もあって、それを全部WAVに切り替えたいと思っても、ひとつひとつレーベルと話してっていうのはすごく大変。現状ではそれをやるだけのパワーがないんです。

──現状ではパワーはどこに割いているのでしょう?

OTOTOYも含め、ダウンロード配信をやっているサイトってまだA&Rとかバイヤー機能が弱いので、それを強化しようとしてます。担当分けをするやり方ではなく、“このジャンルはどうなっている”というのを、なるべくみんなで共有する感じを作ろうとしています。どこに次の鉱脈があるか見えているわけではないのですけど、扱う音源のジャンルをもっと増やしていきたい。BiSや水曜日のカンパネラなどは、がっちり組んでOTOTOYも売上が上がり、アーティストの飛躍にもつながったんですが、さらに違う購買層でそうした可能性を開拓していきたいです。

──今後、OTOTOYがさらに発展するために考えていることはありますか?

OTOTOYは何年も前から予定していたプログラムをこの2~3年でかなりこなしたんです。サイトのリニューアルもしたし、iPhone用のアプリも作ったし、Android用のアプリでは販売もできるようにした。その結果として業績も上がってきたわけですが、とは言え、ダウンロード販売ってまだそんなにスケールの大きいビジネスにはなっていない。だからこの先のプログラムはよりスケールの大きなものを考えないと、さらなる右肩上がりは実現できないというところに来ています。そんなタイミングでちょうどApple Musicが始まった。ストリーミングが来たことで、ダウンロード販売が簡単に消えちゃうわけはないという手応えはある。日本にはiTunes Music、mora、e-onkyoというダウンロード配信サービスがありますが、OTOTOYのようなインディペンデント存在はなかなかない。だから僕らはそこでできるチャレンジを追求していきます。

OTOTOYの音楽配信、メディアの機能をスマートフォンで効率よく利用できるアプリ。購入した楽曲が「マイライブラリ」機能から、すぐにストリーミングで聴けるほか、毎週アップされるフル試聴やフリー・ダウンロード音源などを楽しめる。Android版ではこのアプリから楽曲の直接購入も可能 OTOTOYの音楽配信、メディアの機能をスマートフォンで効率よく利用できるアプリ。購入した楽曲が「マイライブラリ」機能から、すぐにストリーミングで聴けるほか、毎週アップされるフル試聴やフリー・ダウンロード音源などを楽しめる。Android版ではこのアプリから楽曲の直接購入も可能