
存在感や押し出しがありつつも
伸びやかなプリセット音色
Mellotronは、1960年代にアメリカで発明されたキーボード。鍵盤の数だけ再生専用テープを内蔵し、あらかじめ録音されたサウンドを再生する仕組みで、いわばプレイバック・サンプラーの元祖とでもいうべき存在だった。代表的な機種では、3トラックのテープが使用されていて、機械的にヘッドをスライドさせて音色の変更を行う。さらに、テープの入れ替えも可能だった。
当初は、発明者の名前からChamberlinと命名され、間もなくイギリスで製造されたものにはMellotronと名付けられた。バイオリンやフルートなどの音色を自由に演奏できる楽器として、当時、表現を拡大しつつあったロック・シーンに歓迎され、さまざまな機種が開発されるとともにテープ・ライブラリーも充実した。ザ・ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」やムーディー・ブルースの「サテンの夜」で知られるMellotron MK IIは初期の名機で、1970年代になると、より扱いやすいMellotron M400(以下、M400)が開発される。独特の白い筐体はイエスやレッド・ツェッペリンなどのライブでも目を引き、シンセサイザーとともに時代の最先端を担う楽器になった。その音色のファンは今も多く、リプロダクト・モデルのMellotron MK VI(以下、MK VI)が製造/販売されている。そしてM4000D Rackは、歴代Mellotronのテープ・ライブラリーから厳選した100音色を24ビット・サンプリングした、デジタル音源モジュールだ。
MIDI鍵盤を接続し演奏してみると、状態の良いMellotronそのものだ。テープの“こすれ感”がある哀愁の漂うストリングス、中域の張り出した前に出てくるフルート、テープ・コンプレッションの効いたクワイア(合唱)といったサウンドが簡単に演奏できる。いずれも単なる生楽器の再現ではなく、Mellotronらしい存在感と押し出しの強さが魅力だ。と言っても、むやみにローファイだったりノイジーなわけではない。サンプリングは、最新のMK VIでマスター・テープを再生して行っているので、Mellotronとしては非常にクリーンで伸びやかなサウンドに仕上がっている。筆者もMK VIを使用したことがあるのだが、確かにそれを通したしっかりした質感がある。オーディオ・アウトのサウンド・キャラクターは、デフォルトではM400をモデルにしたものに設定されているが、よりレンジの広いChamberlin M1タイプのキャラクターに変更することもできる。
さて、先述の通りプリセットの100音色はMellotron MK I、M400、Chamberlin M1など歴代の機種からまんべんなく集められているので、同じフルートでも機種が異なる音色を選ぶことが可能だ。また、音色リストは音色名または機種名ごとに並べ替えられるので、機種にこだわった選択も簡単に行える。美しいTFTカラー液晶に表示される歴代モデルのグラフィックも楽しい(写真①)。さらに、本体のコンパクト・フラッシュ・カード・スロットによる音色の拡張も可能。現在、リズム・ループやSE、リード楽器などを収めたオプションのカードが発売されている。

テープの巻き戻しなど
実機さながらの挙動を再現
オリジナルのMellotronでは、テープ・ヘッドをトラックの中間位置にして、2音色のミックスが可能だ。そしてM4000D Rackでも、2音色の自由なレイヤーが行える。レイヤーはプレイリスト・モードに登録し、任意の順番に並び替えることもできる。なお、MIDI鍵盤を押した状態で音色を切り替えても前の音色を保持していて、次の打鍵時から音色が切り替わる仕様なので、ライブでもスムーズな音色変更が行えるだろう。
さらに、一部の機種に搭載されていた、テープの再生開始位置を後にずらす機能も装備。立ち上がりの遅い音色でも、打鍵とともに素早く立ち上がるよう調整できる。またオリジナルには無かったエンベロープ・ジェネレーターも装備し、アタック・タイムやリリース・タイムの調整が行える。そのほか、ベロシティによる音量のコントロールも可能だ。
オリジナルのMellotronは、鍵盤から指を離すとテープを巻き戻す仕組みだが、素早い連打などを行うと巻き戻しが間に合わず、テープの途中から発音する。これを利用して、スロー・アタックの音色でもある程度速いフレーズを演奏することが可能だった。M4000D Rackでは、この挙動も再現。巻き戻し時間も自由に設定できる。さらにオリジナルさながらのトーン・コントロールやバリ・ピッチなども備え、まさに音色だけでなく楽器としてのMellotronであろうとする強い意志を感じる。汎用機の“Mellotron音色”とは一味も二味も異なる専用機ならではの体験は、音楽制作の大いなる刺激となるだろう。

(サウンド&レコーディング・マガジン 2015年5・6月号より)