「STEINBERG Cubase Pro 8」製品レビュー:ユーザー目線で快適性を追求したDAWソフトの最新バージョン

STEINBERGCubase Pro 8
ATARI用のバージョン1.0が発売されてから26年という長い歴史を持つDAWソフト、STEINBERG Cubaseの最新バージョン8が発売されました。筆者も、画面がまだ白黒のMacintoshバージョンからという長い付き合いですが、Cubaseは常にユーザーの視点に立ったクリエイティビティ重視の姿勢が一貫しており、バージョン・アップのたびに楽しみが増えるところが人気の理由だと思っています。今回から上位版には“Pro”という冠が付いたので(Artist 8/オープン・プライス:市場予想価格30,000円前後もラインナップ)、かなり力の入ったバージョン・アップであることが伺えます。

レイアウト変更で作業効率アップ
作曲支援機能も充実

まず空のプロジェクトを立ち上げてビックリ!VSTインストゥルメント・ラックとファイル・ブラウザーのMediaBayがプロジェクト・ウィンドウの右側に表示されています(メイン画面)。“ラック・ゾーン”と呼ぶそうですが、これによりプロジェクト・ウィンドウ上でのファイル・ブラウジングやVSTインストゥルメントへの素早いアクセスが可能になりました。プレビューからエディットまでが一画面で行えるので、特にラップトップ・コンピューターのユーザーは作業効率が大幅にアップしそうです。そしてMixConsole、MIDIのキー・エディターなど各ウィンドウが、今回からプロジェクト・ウィンドウとは別タスクとして動いています。筆者はWindows環境で使っていますが、各ウィンドウが別アプリケーションのように独立しており、切り替えが格段に速くなりました。配置も自由自在で、Windowsの標準コマンドを用いて最大化/最小化/元に戻す/並べて表示/切り替えなどの操作が可能です。自分好みの配置をショート・カットに割り当て、一発で変更する“ワークスペース”というメニューも追加されています。ここは実作業の効率に一番かかわってくる部分ですので、かなりうれしいアップデートです。

次はコード関連の新機能です。Cubase 7から“コード・トラック”という非常に便利な機能が搭載されましたが、今回はそこがさらに強化されています。まず“コード・パッド”という新しい機能が追加されました。プロジェクト・ウィンドウの画面下にパッドが表示され、クリック一つで設定された各コードが鳴るようになっています。これは入力用の外部MIDIキーボードにもアサインできるようになっており、1オクターブもしくは2オクターブ分の鍵盤をコード・パッドのトリガーとして使用できます。つまり指一本で和音が演奏できてしまうのです。もちろんMIDIレコーディングも、和音で記録されていくと同時にコード・トラックにコードを記録していくことも可能。その曲に使うコードをあらかじめすべてコード・パッドにアサインしておけば、サクサクと打ち込みが進められるでしょう。各パッドへのコードの設定はコード・エディターから記号で指定、もしくはMIDIキーボードで自分で押さえたコードもアサイン可能です。記号で指定する場合でもルート音をどうするかなどのボイシングやテンションを細かく設定できますし、ピアノとギターのボイシングの違いも設定可能です。さらにパターン・モードもあり、MIDIループを読み込むと任意のパターンでそのコードが演奏されるようになるなど、至れり尽くせりの充実ぶりです。ギタリストやDJなど鍵盤演奏が苦手なユーザーには強力な助っ人になると思います。もちろん鍵盤が弾ける人は弾いてしまった方が早いでしょうが、付属のMIDIループにはさまざまなジャンルに適したパターンが数多くそろっているので、使い慣れたシンセでも普段弾かないようなパターンを鳴らすと新鮮に聴こえます。アレンジに煮詰まった際に新しいアイディアのヒントになるかもしれません。

そして“コード・アシスタント”にも新しい機能が追加されました。これまでのコード提示方法に加え、コード進行をさらに視覚的かつ理論的に選択できるよう、近接コード表示と五度圏表示が可能になっています。これは現在設定されているコードの周りに近接コードが提示され、近いコードは自然なコード進行で、遠いコードになるほど大胆な進行になります。作曲理論を深く理解していなくても多様なコード進行を試せるので、作曲の大きな味方になってくれることと思います。この機能は先ほどのコード・パッドとも連動しており、この提示されたコードの中からパッドにドラッグ&ドロップでアサインしていくことも、リアルタイムにパッドでコード進行を鳴らして試していくことも可能です。これは非常にDJ的な感覚というか、パズルっぽくアイディアを試せるので、偶発的な進行も曲に取り入れられるでしょう。なお直接MIDIトラックにドラッグ&ドロップして構成を作ることもできます。

インプレイス・レンダリングなど
オーディオ関連も使い勝手が向上

オーディオ関連での新しい機能としては、筆者が個人的に一番待ち望んでいた“インプレイス・レンダリング”が追加されました。ソフトウェア・インストゥルメントのMIDIパートやオーディオ・パートを簡単にバウンスする新機能です。イベントを選択してコマンドを実行すると、新しいオーディオ・トラックにレンダリングされたオーディオ・イベントが自動作成されます。もちろんレンダリングは実時間ではないので短いフレーズなら瞬時です。レンダリング前のMIDIパートやオーディオ・パートはミュートされた状態で残っており、エフェクト違いなどもいろいろ試せます。これまでも範囲を設定してミックス・ダウンしオーディオ・トラックに読み込むことで同様の操作はできましたが、コマンド一つで瞬時にオーディオ化し即編集作業に入れるこの機能は、使い勝手が段違いです。昨今の楽曲制作においては、MIDIだけでは不可能なオーディオ編集による斬新なエディットがアレンジの重要な位置を占めていますので、この機能は本当にありがたいですね。レンダリングする際にマスターにかかっているエフェクトをバイパスするかどうかなどの細かい設定も可能です。

MixConsoleもいろいろと強化されています。まずトラックの“リンク・グループ設定”。リンクさせたいトラックを複数選んでリンク・ボタンを押せば、ボリュームなどの各パラメーターをリンクさせることが可能になりました。リンクに名前を付けることもできます(画面①)。これは待ち望んでいた人も多いのではないでしょうか。

▲画面① MixConsoleでのリンク・グループ設定。複数トラックを選択した状態でリンク・ボタンを押すことで、ボリュームなどをまとめて操作できるようになった。別途表示されるウィンドウでリンクに名前を付けたりVCAフェーダーを設定することも可能 ▲画面① MixConsoleでのリンク・グループ設定。複数トラックを選択した状態でリンク・ボタンを押すことで、ボリュームなどをまとめて操作できるようになった。別途表示されるウィンドウでリンクに名前を付けたりVCAフェーダーを設定することも可能

似たような機能として“VCAフェーダー”も追加されています。複数のトラックを一括で管理できるフェーダーなのですが、従来のグループ・チャンネルでまとめるのとは異なり、オートメーションのカーブを損なうことなく相対的に音量を変化させられるようになっています。

さらに“ダイレクト・ルーティング”という機能も追加されています。これは先にNuendoで実現していた機能で、複数のチャンネルやバス、ステムのルーティング先をワン・クリックで設定/切り替えが可能になるというものです。Nuendoマスターの渡部高士さんによると、何十トラックあってもステムにまとめて、ミックスの状態を壊さずにレンダリングすることが一発でできるようになる便利な機能で、マスターに行くものを分岐して5.1ファイルとステレオ・ファイルを同時に書き出したり、インストとアカペラ・バージョンを同時に作るといった目的のためにデザインされたものだそうです。エンジニア向けの機能ですが、最近は自宅でミックスまで手掛けることも当たり前になってきているので、こうした機能も重要ですね。しかもその切り替えをオートメーションすることも可能なので、アイディア次第ではアレンジにも応用できそうです。

Quadrafuzzの新バージョンほか
ユニークなプラグイン・エフェクトを追加

最後に、新しく搭載されたエフェクトを幾つかチェックしてみましょう。Quadrafuzz V2は最大4つの帯域を個別にひずませ、ハーモニック・ディストーションのコントロールとディレイを併せ持つスペシャルなファズです。オリジナルのQuadrafuzzはCubase VST時代のプラグインですが、今回新たに生まれ変わり、強力なひずみを提供してくれます。ひずみ系のプラグインは良いものが少なく、うるさくなるだけで心地良いひずみが得られないものも多々あるのですが、これはかなりいい感じです。帯域別の処理ができるので、フィルター的な使い方も可能ですし、内蔵のメロウなディレイと相まって、とてもアナログライクな“使える”ひずみです。ギターやベースに限らず、ボーカルやドラムとも相性が良く、その辺りのプリセットも充実しています。

Multiband Envelope Shaperはドラム・ミックスのサウンドを際立たせたり、マスタリングや斬新な音加工のために活用できるマルチバンド・エンベロープ・シェイパー。入力信号を最大で4つの周波数帯域に分割し、それぞれのアタックとリリースの特性を自由に変更して、音のトランジェントを再構成することができます。ドラム・ループにかけるとループの中のキックだけ、ハットだけなどパーツごとのエンベローブや音量を変えられるので、ループの活用範囲が広がります。マスタリング時に2ミックスのグルーブ感を変えてみたい、なんてときにもいいですね。

Multiband Expanderはトラックのダイナミクスを変更できるマルチバンド・エキスパンダーです。4つの周波数帯域を個別に設定してダイナミック・レンジを拡大したり、不要なノイズを減らすことができます。かなり大胆にかけても効果が自然で、これもループの処理やマスタリング時などに威力を発揮してくれそうです。

以上、駆け足で新機能について紹介してきましたが、ほかにもバージン・テリトリー・オートメーションやASIO-Guard 2などなど細かな機能向上/改善点がたくさんあります。今回のバージョン・アップの特長を一言で言うと“快適化”だと思います。ユーザーの視点に立って、実作業において本当に役に立つこと(これ重要です!)を磨き上げ、使うことがより楽しくなるという、素晴らしいバージョン・アップではないでしょうか。

サウンド&レコーディング・マガジン 2015年3月号より)

STEINBERG
Cubase Pro 8
オープン・プライス (市場予想価格:55,000円前後)
▪Mac:OS X 10.9/10.10(32/64ビット対応)、INTELデュアル・コア・プロセッサー、Core Audio対応デバイス ▪Windows:Windows 7/8/8.1(32/64ビット対応)、INTEL/AMDデュアル・コア・プロセッサー、Windows対応デバイス(ASIO推奨) ▪共通項目:4GB以上のRAM(8GB以上推奨)、15GB以上のハード・ディスク空容量、1,366×768ピクセル以上のディスプレイ(1,920×1,080推奨)、USB端子(USB-eLisencer用)、インターネット環境(アクティベートなど)