
ボディ・カラーをブラックに一新
ギター出力はリアンプ時に便利
まずルックスですが、前の世代のEnsembleはシルバーのボディだったのに対し、今回はブラックになりました。フロント・パネルのデザインも完全に新しくなり、以前はメーターが並んでいるだけのシンプルなものでしたが、中央に有機ELディスプレイが搭載され、さまざまな情報が表示されるようになりました。表示はクリアで見やすく、ボタンやノブの操作感も良好。この辺りはさすがAPOGEEクオリティです。
次にフロント・パネルの各ボタン/ノブの配置と機能を見ていきたいと思います。まず左からギター/ベースなどを直接接続するためのハイインピーダンス対応IN/OUT×2系統。最近はほとんどのオーディオI/Oが楽器用の入力を備えていますが、出力する場合はいったんライン・レベルで出力し、リアンプ用のインピーダンス変換器などに通すのが一般的です。それに対し、Ensembleのギター出力はアンプやエフェクターに直接接続できる仕様になっており、ちょっとしたポイントではありますが、スタジオ作業では非常に便利ではないでしょうか。なお、このアウトプットはインプットのスルー信号も出力できます。
その右にあるのがINPUT SELECTボタンです。本機は8ch分のマイクプリを内蔵しており、先述のギター入力×2を加えた10個のボタンが並んでいます。このボタンを押すことでチャンネルが選択され、INPUTノブを使って操作できるようになります。各チャンネルはマイクプリ入力のほかライン・レベル入力を+4dBu/−10dBVで選択可能。この場合はボタンを長押しすることで選択画面に切り替わります。ほかに入力ソースの切り替えやソフト・リミッターのON/OFF、チャンネル・グループ、位相反転、ファンタム電源やローカット・フィルターのON/OFFが設定できるようになっています。
その右はディスプレイを挟んでOUTPUTノブを配置。アウトプットは、デフォルトではch 1/2がモニター出力となっており、ボリューム・コントロールを介して直接スピーカーへ出力できるようになっています。さらに、後述するコントロール・ソフトMaestroで設定することで、複数のスピーカー・セットを別のアウトプットにつないで切り替えることも可能。多少簡易的ではありますが、モニター・コントローラーとしての機能も果たすというわけです。なお、このOUTPUTノブは押し込むとミュートになります。その右にはマイクが内蔵されており、トークバックや簡単な録音にも利用できるようになっています。
内蔵マイクの右には4つのアサイナブルなボタンA〜Dがあります。出荷時の設定では、Aがトークバック、Bがメーター・クリア、Cがギター用アウトプットの切り替え(DAWアウト/スルー)、DがOUTPUTノブのミュート機能のスピーカー/ヘッドフォンの切り替えとなっています。これらのボタンはMaestro上でカスタマイズも可能。パネル右にはヘッドフォン端子×2とコントロール用ノブがあり、OUTPUTノブと同じく押し込むとミュートになります。駆け足での説明になりましたが、これらが操作子の概要となります。
リア・パネルに関しては、IN 1/2にセンド/リターン端子が付いているのが便利なところではないでしょうか。オーディオ・インターフェースのプリアンプを使用する場合は、内蔵の簡易的なコンプなどで録り音をならすケースが多いかと思いますが、本機ではアウトボートのコンプやEQを手軽にインサートして録り音を調整できるようになります。2ch分のみということでドラム・レコーディングには足りないかもしれませんが、ボーカル録音でハードウェアのコンプをインサートできるようになるだけでも大きいと思います。
デジタル入出力も充実しており、アナログと併せ最大で30イン/34アウトを実現。本機を多チャンネルのライブ・レコーディングで使用する場合も、外部ADコンバーターをうまく併用すれば、コンパクトなシステムでかなりのチャンネル数が録音できるのではないでしょうか。またこうした多チャンネル録音では、コンピューターと直接つながるオーディオI/Oがすべての情報を送信することになるので、帯域の容量オーバーが常に懸念されるところです。その点EnsembleはThunderbolt接続なので、動作の安定度という意味でも従来と大きく違ってくると思います。
シンプルなレイアウトで使いやすい
コントロール・ソフトMaestro
次にコントロール用のソフトウェアMaestroを見てみましょう。ソフト自体は従来のAPOGEE製インターフェース用に付属していたものと同じで、MacにEnsembleを接続すると自動認識し、専用のレイアウトで表示されるようになります。まず、先ほど説明したようなハードウェア上での操作は、すべてMaestroの画面上でも可能です。もちろん実際の操作ではハードウェアのボタンを押す方が使いやすいことも多いので、どちらを使うかはオペレーションのスタイルやスタジオのレイアウトにもよると思いますが、仮に本体が手の届かないところにある場合でも、すべてMaestroからオペレート可能です。また録音時のインプット設定(位相反転やフィルターのON/OFF)などはMaestro上からのコントロールする方が圧倒的に快適なので、作業によって併用するのがいいでしょう。
ほかにMaestroでのみ可能な設定としては、アウトプットのライン・レベルの固定、クロック・ソースの切り替え、トークバック・マイクのルーティング、ボタンA〜Dの機能割り当てなどがあります(画面①)。

また、先述したように複数のスピーカー・セットの切り替えも設定できます。2セットもしくは3セット、さらには5.1chサラウンドの設定も作ることができ、それぞれへの送りレベルの調整などもしっかり備えています。この辺りは非常に便利で、ユーザーの意見がよく反映されている印象を受けました。
Maestroにはさらにインプット/アウトプットやミキサー画面もあり、カスタム・ルーティングやダイレクト・モニタリングなどの設定が行えます。これらはオーディオI/O付属のソフトウェアにはおおよそ付いている機能ではありますが、Maestroのインターフェースは非常に整理されており、使いやすいと思います。
音の立ち上がりが速く
すっきりした低域のDAコンバーター
いよいよスタジオで音質と使用感をチェックしてみます。僕は普段、AVID Pro Toolsのインターフェースとして同じAPOGEEのSymphony I/Oを使用しているので、それとの比較試聴という形で行いました。DAWはAPPLE MacBook ProにインストールしたPro Tools 11で、EnsembleはThunderbolt、Symphony I/OはUSBでの接続となります。
まずはリファレンスの音源を使ってD/Aの音質チェックから行ってみました。まずEnsembleは音の立ち上がりが速く、鮮明な印象。低域が少しすっきりしており、逆に高域は強めな聴感です。Symphony I/Oの方はもう少し重心が低く、柔らかい印象でした。音像の広さなどは両者遜色ないといったところ。スピーカーで聴く再生音はSymphony I/Oの方が少しだけバランス良く感じましたが、“好みにもよる”という程度の差で、Ensembleは上位機種のSymphony I/Oに対して健闘していると言えます。
次にEnsembleのアウトプット・ボリュームを介したサウンドを試聴しました。最初の試聴時はNEVEのコンソールを通っていたので、そのキャラクターが無くなった分、やや細くはなりましたが、解像度は変わることなく、十分に聴きやすいサウンド。モニター用のアウトプットとして十分使用できるように感じました。
最後にヘッドフォン・アウトを試聴してみたところ、Symphony I/Oのヘッドフォン・アウトとほぼ同じ傾向のサウンドながら、Ensembleの方がややひずみ感が少なく、明りょうで聴きやすい印象でした。全体的なバランスも良いので、ヘッドフォンで作業することの多いユーザーは助かるところだと思います。
Thunderbolt接続により
多チャンネル録音時も動作が安定
続いてA/Dのサウンド・チェックです。まず2ミックスをA/Dしてみて、全体的なサウンドの傾向を見てみました。こちらもD/Aと同じく、音の立ち上がりが速く、低域がすっきりしています。同じくSymphony I/Oの方が少し落ち着いた重心の据わった音。これは録音したテイクを後でSymphony I/OのD/Aで試聴しても同じ印象だったので、Ensembleのキャラクターなのでしょう。この辺りは普段の仕事で使っているうちに自分の耳が機材のキャラクターに慣れてくるところもあるので、この傾向が良い/悪いというのはレビューで言えることではありません。一つ確かなのは、プロ・ユースでもトップ・クラスの機材であるSymphony I/Oと普通にキャラクターが比較できるEnsembleが、極めて高いクオリティを備えているということです。
次に、アコースティック・ギターとボーカルを実際に録音してみました。最も気になるのはレイテンシーの問題ですが、Pro Toolsでバッファー・サイズを64まで下げると、普段スタジオでレコーディングしているのとほぼ変わらない感覚で作業できました。DAWによってレイテンシーの具合も変わってくるでしょうが、少なくとも今回僕が行ったセッションでは、ダイレクト・モニタリングの必要はありませんでした。
通常、バッファー・サイズを下げると、今度は録音が止まるのが心配になります。その点も本機は優秀で、8ch分のインプットを24ビット/96kHzで数分間録音してみましたが、スムーズに動作しました。このときはハード・ディスクもThunderbolt接続のものを使用しており、速い転送速度の恩恵か、低いバッファー・サイズやハイサンプル・レートの録音でも動作が不安定になることは全くありませんでした。
インプット・ゲインの設定や、内蔵マイクによるトークバックも非常に使いやすく、使用感という意味でレコーディングを進める上でのストレスは全く感じませんでした。この際、内蔵プリアンプのサウンドもチェックしましたが、さすがに高級アナログ機材には及ばないものの、解像度が高くノイズも非常に少ないので、プロでも十分に使用できるレベルだと感じました。
やや機能解説に寄ったレビューになってしまいましたが、それだけEnsembleの機能は充実しており、Thunderbolt対応のMacと本機、モニター・スピーカーとマイクが1本あれば、ひとまずスタジオとして機能すると言っても過言ではないほどです。また、今回使用している上で全くトラブルが起こらなかった点も素晴らしいと思います。恐らく“多少高くてもいいから、できるだけ質の高いI/Oを導入したい”と考えている人に対して有力な選択肢になってくるかと思いますが、サウンド・クオリティ的にも、利便性/動作の安定性という点でも、そのニーズに応えるだけの完成度を誇る製品になっていると思います。

(サウンド&レコーディング・マガジン 2015年3月号より)