プロ・クオリティのマイクプリを搭載した16chアナログ・ミキサー

MACKIE.1604-VLZ3

昔のミニ・カーというのは、おもちゃの域を決して超えることができませんでした。しかし、最近は安価でもかなり凝った作りのミニ・カーが存在します。そのディテールや質感は息をのむほどです。まさに大人のためのミニ・カーという感じ。そんな印象を受けたのが人気アナログ・ミキサー、MACKIE. 1604-VLZ Proの後を引き継ぐ新モデル、1604-VLZ3です。基本構造は前モデルを踏襲していますが、新マイクプリのXDR2を搭載している点が特長とのこと。自分が学生のころ、プロ用コンソールは当然ながら雲の上の話でした。もちろん当時もアマチュア用の安価なミキサーは存在しましたが、ラインナップも少なく、それほど安くはなく、なおかつクオリティは低く、業務用とは明らかに違うものだった記憶があります。しかしこの1604-VLZ3は違います。本当に驚きます。まさに業務用コンソールの精密なミニチュア版です。

全チャンネルにマイク/ライン入力搭載
AUX×6とサブグループ×4も装備


本機は非常に多機能なので、詳細は後にして、 まずは簡単に全体像を説明します。入力は16chでそれぞれにマイク/ライン入力を持ち、各chにマイクプリ、インサート、3バンドEQ、ローカット・フィルター(75Hz、−18dB/oct)、6系統のAUXセンドを装備しています。マイク入力はファンタム電源対応で、各chにはミュート・スイッチ、ソロ・スイッチ、フェーダー、信号をメイン・ミックスと4つのサブグループのどのバスへ送るかを選択するL/R/1-2/3-4という3つのスイッチがあります。そのほかパネル右下にサブグループ用として1〜4の4つのフェーダーと、それらの信号をメイン・ミックスL/Rのどちらへ送るかを選択するLとRのスイッチがあり、その隣にメイン・ミックス用のマスター・フェーダーがあります。またパネル右上部にはAUX 1&2のマスターつまみと4系統のステレオAUXリターンつまみも用意されています。端子類は、全chにマイク入力(XLR)、ライン入力(TRSフォーン)、インサート端子(TRSフォーン)を備え、6系統のAUXセンド(TRSフォーン)、4系統のステレオAUXリターン(TRSフォーン)、サブグループ用である4つのサブアウト(TRSフォーン)を用意し、ch1〜8にはダイレクト・アウト(TRSフォーン)もあります。メイン・アウトはL/R(TRSフォーン)のほかにモノラル・アウト、インサート端子L/R(TRSフォーン)も装備しています。ここまでが主な信号の流れに沿ったセクションですが、マスター・フェーダーのすぐ上にいわゆるモニター・セクションも存在します(写真①)。ここは大きなポイント。これによりレコーダーやCDプレーヤーなどを接続でき、モニター・レベルを調整するわけです。本機ではステレオのテープ・イン/アウト(RCAピン)が1系統あり、基本的には1台のレコーダーを常に結線しておくことができます。またメイン・アウトのほかに、ヘッドフォン出力と同内容で、モニター・スピーカーなどを接続するためのコントロール・ルーム・アウトL/R(TRSフォーン)があり、モニター・ソースをテープ・イン、サブグループ1-2、サブグループ3-4、メイン・ミックスの4つから選択可能。ほかにソロにしたチャンネルのAFL/PFLの選択なども行えます。

▲写真① 上部がAUXセンド 1/2のマスターつまみや4系統のステレオAUXリターンつまみが用意されたセクション。下部がモニター・セクションで、左下の4つのボタンでテープ・イン/サブグループ1-2/サブグループ3-4/メイン・ミックスの中からモニター・ソースを選択、上のつまみでレベルを調整できる。ほかにソロやテープ・インのレベルつまみも装備

PAからレコーディングまで
オールマイティに使える設計


紹介内容が煩雑になってきたので違う方向から話をしてみましょう。それは本機の使い方についてです。メーカーとしてはレコーディングとPAの両方を視野に入れているようです。確かにオールマイティに使えそうですが、そのために使い勝手という面から考えるとかなり複雑になっているのは事実と言えるでしょう。今回のレビューに関しても、実際に使うときにはかなり頭を使いました。つまり本当に幅広く使える設計なのです。ここに趣味性を大きく感じてしまうのは、エンジニアという悲しいさがでしょうか? とにかく、本機を使いこなせればレコーディングの概念が分かっているというバロメーターになると言っても過言ではないと思ったくらいです。では、どんなシチュエーションに向いているかというと、編成がそれほど大きくない場合の簡易的なPA、あるいは8trレコーダーとセットで使うためのミキサー、もしくはモニター・ミックスを視野に入れず“16chマイクプリ”として使うといったことが考えられると思います。マイクプリとして使う場合には、ダイレクト・アウトは8chなので、残りは4つのサブアウトとメイン・アウトのL/R、そしてAUXセンドなどを使うことが考えられます。その際、DAWならコンピューター上でミックスした音をテープ・レコーダーのインプットに戻せば、スマートにコンソールとして使えるでしょう。また、AUXも有効に使えば、演奏時のモニターの返しにも使えるはずです。

驚くほど優秀なマイクプリ
多彩に使えるサブグループ


さて、このレビューのためにとてつもないテストを行いました。ホーム・グラウンドであるサウンド・ダリで、全く同じマイクとマイキングでドラム、ベース、ピアノ、ギター、ボーカルをそれぞれ何とNEVE 1073と本機で録音して比較したのです。ミックスでも同様に、NEVE V1と本機、それにDIGIDESIGN Pro Tools内を比べるという前代未聞の無謀なテストを試みました。結果を先にお伝えすると“1604-VLZ3のマイクプリはかなり優秀”ということは動かせない事実だということ。ではテストの結果を順を追って紹介していきましょう。まずは入力に関してですが、本機は幅広いインピーダンスに対応しているので、マイク/ラインともに何でも接続可能です。またゲインに関しても−15dB〜+45dBというレンジなので自在に使えます。使った感じも何のストレスも無くレベル設定ができました。ただし、Hi-Z対応の端子はないのでギター類などの接続にはDIが必要となります。ここで一つ不満を感じたのは位相の反転ができないこと。現実的には逆相のケーブルを使うか、レコーダー側で反転するかのいずれかになります。キュー・ボックスへAUXセンドから送る場合を考慮すれば、逆相ケーブルを使用することをお薦めします。問題の音質ですが、驚くほど優秀です、バス・ドラムやベースなどの低域の奥行き感、スピード感に関しては、さすがに若干のもの足りなさを感じましたが、あくまでもビンテージNEVEとの聴き比べなので当然と言えば当然です。その部分を差し引きすれば全く問題なく、S/Nも含め素晴らしい音色だと思います。若干ですが、中高域の4〜5kHz辺りに明るいカラーがあるので、そこが特色のある音色だと言えます。好き嫌いはあるとしても、ピアノなどには向いていると感じました。そのほかギターやボーカルに関しても、必要にして十分なプロ・ユースのクオリティを保っていると言えます。EQは、3バンドでハイが12kHzのシェルビング、ミッドが100Hz〜8kHzのピーク、ローが80Hzのシェルビングとなっています。ゲインはすべて±15dBです。このEQに関しては価格以上のクオリティは十分に持っていると思います。しかし、正直な意見としては残念ながら物足りなさを感じてしまいました。高価なEQ特有のナチュラルに変化していく感じはなく、倍音の濁りを感じます。特にブーストよりカットの方が苦手のようで、EQのゲインに関しても±15dBより実際の感じでは3割減のように感じました。このように辛口になった理由を説明すると、ナチュラルな音色を若干補正する分には十分なクオリティを持っているのですが、何らかの理由で音色に損失してしまっている部分があった場合、その損失部分を自然に補正するには力不足を感じてしまうという意味です。そのような目的以外のEQなら、かなり過激に音色を変化させることは容易だと思います。次はAUXセンドです。6系統あるのですが、パネルには1〜4までの4系統分のつまみが各チャンネルに用意され、スイッチで3/4を5/6に切り替える方式で、1つのチャンネルで同時に使えるAUXは最大4系統です。またAUX 1/2に関してはプリフェーダーとポストフェーダーを選択できます。これは特にPAで使用する際に必要になる仕様です。AUX 3〜6に関してはプリ/ポストは選択できずポストのみになります。各チャンネルの信号はフェーダーを経由して、4つのサブグループとメイン・ミックスへ送ることができます。このサブグループはさまざまな使い方ができるでしょう。各チャンネルを複数のサブグループへ分けてグループ・フェーダー的な使い方をする、あるいはサブアウトから出力するなど、多彩に使えます。ただし、レコーダーと組み合わせる場合には気を付けた方がいいことがあります。例えば、レコーダーからの返しをモニターするチャンネルでアサインしているバス(サブグループもしくはメイン・ミックス)と同じバスのスイッチを、録音用チャンネルでも間違って押してしまうと、演奏時にだけその音が大きくなります。またサブアウト経由でレコーダーへ送る際に、レコーダーからの返しのチャンネルで送りのバスと同じスイッチを間違って押せば、フィードバックしてハウリングを起こし、ヘッドフォンをしているプレイヤーは耳の損傷を受けるという事故が起きかねません。それにしても、この価格帯のミキサーでここまでいろいろな使い方ができること自体がすごいことですから、ネガティブに考えるのではなく、楽しんで使うことを切にお勧めします。総論ですが、マイクプリの音色のクオリティは本当に素晴らしいです。またこのサイズで、多少使いづらいことを除けば、本当に業務用ミニ・コンソールと言えるほどに機能が充実しています。そして何より、使って楽しいと思えるミキサーだと言えます。恐らく、ドラム録音できる環境を持っている人や、バンドの同時録音ができる人にとっては、目からウロコ的なミキサーだと思います。使いこなすにはそれなりの慣れが必要かと思いますが、そこを楽しんで使ってみましょう。

▲リア・パネル。上段左から電源インレット、電源スイッチ、ファンタム電源スイッチ、メイン・アウトL/R(TRSフォーン)、モノラル・アウト(TRSフォーン)、モノラル・レベルつまみ、メイン・インサートL/R(TRSフォーン)、テープ・インL/R(RCAピン)、テープ・アウトL/R(RCAピン)、コントロール・ルーム・アウトL/R(TRSフォーン)、サブアウト1〜4(TRSフォーン)、ステレオ・リターン1〜4(TRSフォーン)、AUXセンド1〜6(TRSフォーン)、ダイレクト・アウト1〜8(TRSフォーン)。下段はインサート1〜16(TRSフォーン)、ライン入力1〜16(TRSフォーン)、マイク入力1〜16(XLR)

MACKIE.
1604-VLZ3
134,400円

SPECIFICATIONS

■周波数特性/20Hz〜60kHz(+0dB/−1dB)、20Hz〜100kHz(+0dB/−3dB)
■最大レベル/マイク入力:+22dBu、その他の全入力:+22dBu、メイン・ミックスTRSフォーン出力:+28dBu、その他の全出力:+22dBu
■インピーダンス/マイク入力:2.5kΩ、チャンネル・インサート・リターン:2.5kΩ、その他の全入力:10kΩ以上、テープ・アウト:1.1kΩ、その他の全出力:120Ω
■外形寸法/445(W)×129(H)×440(D)mm
■重量/9.1kg