名機1073にDSDフォーマット対応の高品位A/Dコンバーターを搭載

AMS/NEVE1073DPD

DAW市場は各社がしのぎを削り、日進月歩の毎日である。もはや、どこのスタジオに聞いてみても“SONYPCM-3348とアナログは全く稼働していない”と言う。全面的にデジタルがアナログをしのいだわけではなく、現時点では何らかのマイナス要素を感じながらも、クリエイティビティと利便性を重視してDAWと格闘する毎日なのだろう。いつの日か、デジタルのマイナス面を全く感じさせないDAWが出てくることを祈りつつの日々なのだ。アナログが完ぺきだったというわけではなく、何事も利点と欠点は背中合わせということだ。こういう感覚で日々を過ごしていると、マイク、マイクプリ、コンプ、AD/DAなどを、よりアナログ的な質感を感じさせる方向の製品から選択することが多い。そんな日常に絶妙のタイミングで、AMS/NEVEのマイクプリ、1073DPDが登場した。

24ビット/192kHzのほか
DSDフォーマットにも対応


この製品は、絶大な人気を誇る、NEVE伝統の1073マイクプリにADコンバーターを内蔵したものである。まず内蔵ADコンバートは、16〜24ビット/44.1〜192kHzまでのPCMに対応しているだけではなく、何とDSD(DirectStreamDigital)にも対応している(写真①)。B&Kなどのマイクを1073DPDに直結し、EQなど施した後、MERGINGTECHNOLOGIESPyramixやTASCAMDV-RA1000などに直録り……などということが可能なわけだ。非常にワクワクする話であるし、またそれを目標に開発されたモデルだということは明らかだ。

▲写真①サンプリング周波数は、24ビット/192kHzまで対応し、さらにDSDコンバーターも搭載されている。写真は44.1kHzフォーマット上でHI(4倍)にセレクトされているので、176.4kHzのランプが点灯している 本機はマイク入力とライン入力を2系統持ち、ファンタム電源と位相反転スイッチを装備している。マイク入力はインピーダンス切り替えスイッチ(1,200Ω/30Ω)が付いているので、リボン・マイクなどへの対応も可能だ(写真②)。デジタル系の出力としては、PCM対応としてAES/EBU兼S/PDIF端子(BNC)を備え、DSDは同軸ケーブルによるSDIF-3またはDSDRAWに対応している。大体の機種に問題なく接続できるはずだ。一方、2系統のアナログ出力(XLR)のほか、アナログ・インサート端子も装備されているので、マイクプリの部分のみ使用することも可能。しかし、アナログ出力で使うならマイクプリのみのモデル、1073DPA(522,900円)を買えばいいだけの話。本機を使うならば、やはりデジタル伝送を活用したいところだ。
▲写真②マイク入力のインピーダンスは、1,200Ω(HI)と30Ω(LO)の切り替えが可能。リボン・マイクなどを使う際にも便利だ

ジリジリとひずむ
弾力のあるサウンド


気になるサウンドをチェックしてみよう。世間で定着しているNEVE製品の評価は“太くガッツがある音”というものだと思うが、筆者の印象は“シルキーで扱いやすい音”である。自分の作る音との相性で、そういった全く逆の評価が与えられるのは珍しいことではない。とにかく僕の印象としては、“NEVEってのは普通のNEUMANNU87などをつないでも、なかなか高級感のある音がするなあ。低域も膨らみ過ぎないし、タイトで明るい中域が気持ちいい。でも、ちょっと高域は地味かも”という感じなのだ。果たして本機の音はいかに……。今回のようにDSDや192kHz対応のADコンバーター付きマイクプリをテストするときは、生音やミックス時のコンソール・アウトなどのフレッシュなソースを使いたいところだ。しかしながら、絶好の機会と言える葉加瀬太郎の音響ハウスでのセッション時には、DIGIDESIGNProToolsとのデジタル・コネクトに失敗し、実地を兼ねたテストができなかった。後日、STRIPSTUDIOで検証してみて分かったのだが、PCMモードのAES伝送時、192kHzダブル・ワイアーの信号を扱う場合においては、192kHzワード・クロックではなく、ProToolsからAESクロックを1073DPDのAESSYNC端子に入れる必要があったのだ(または96kHzワード・クロックを使うのだが、それはProTools側が対応していないので、この方式しかないと思われる。もしくは、マスター・クロックを導入するかだ)。この状態でライン入力の音質チェックを始める。ブロック・ダイアグラム(図①)を見ると、ライン入力の状態では、アンプが一段少なくなるばかりか、インプット・トランスも通らないことになってしまうので、本来の音色からするとややノーマルな方向になるかもしれない。
▲図①1073DPDのブロック・ダイアグラム DIGIDESIGN192I/Oと厳密に比較するため、まずはレベルを合わせなければならない。1073DPDは、レベル0でトリムがセンター(クリック付き)の場合、−21dB程度にアジャストされている。一般的なプロ用デジタル機器は−16dBが標準なので、その状態までトリムを上げる。やや操作感の悪いトリムを操作し、−16dBに合わせた状態では、ピーク・インジケーターが非常に多めに点灯する。マイクを直結して録音するような状況をメインに考えての設定だろうが、音がひずんでいなければOKだ。試しにどんどんゲインを上げていくと、ADコンバーター特有の“バリッ”というひずみではなく、NEVEのライン・アンプのようなひずみが聴こえてきた。すなわち、ゆるやかな音は“ジリジリ”とひずみ、アタックの早い音はオーバー・ドライブさせてピークを取ることができる。ドラムのオーバー・ヘッドなどに使ってみたい特性だ。通常の−16dB状態での音は、筆者が思っていたままのNEVEのサウンドだった。以下は、192I/Oとの比較である。
●超低域がロールオフされて扱いやすい
●中低域の弾力があって音程が聴き取りやすい
●高域は自然(ザラザラしない)
●超高域はロールオフされた感じ
やや甘めの音だなあ……と思っていたが、電源ケーブルを変えてみると高域が伸びてくるので、いろいろと楽しめそうだ。とはいえ、音によっては高域が伸び過ぎていない方が扱いやすいのも確かで、全体的にややナロー・レンジになったとしても、楽器っぽい存在感がうれしい。192I/Oが、やや明るめな方向に振られているということを考えると、こっちの方がノーマルと言えるのかもしれない。

ツヤと実在感のある
マイク・プリアンプ


やはりマイクプリを通した直結の音を聴いてみたい。しかし、テスト時はミックス週間で生音を録音する機会がない。仕方がないので、自分の声でテストすることにした。マイクはノーマルなものとして、U87を選択。ファンタムを送った後、パラボックスで2系統に分岐し、1073DPDとSSL+192I/Oに送った。1073DPDはProToolsのワード・クロックをAES/EBU端子を介して供給した。環境は24ビット/96kHzだ。状況を詳しく書いたが、残念なことに僕の声ではテストとしてふさわしくなかったらしい。あまり音質に差が出ないのだ。やや低域の食いつきが良く、高域のザワザワした感じが少ないようだが、やはりボーカリストの歌がオケに対してどういった振る舞いをするかを聴きたい。ただ、ヘッドフォンを付けて話していると、1073DPDの方がダイレクトに聴こえる感じはある。上記の2系統を同時に出し、それぞれ左右にパンしてみると、明らかに1073DPD側に音像が引っ張られる。恐らく、1073DPDの方が、レイテンシーが小さいのだろう。これは録音時に大きなアドバンテージと言える。後日、eufoniusのボーカル・ダビングがSTRIPSTUDIOの2Fで行われた機会に、面倒を承知で作曲/アレンジ/マニピュレーターの菊池君に頼み込み、RIYAちゃんのボーカル録りに1073DPDを使ってもらった。マイクはいつものAUDIO-TECHNICAAT4040である。僕は別室でミックスしていたので、その音を後ほど聴かせてもらった。見事に真っ当な音で録音されていて、非常に好印象だ。ここで同時に使われたのはUNIVERSALAUDIOの2-610である。ややオーバーロード気味に使われていた2-610に対して、1073DPDはノーマルなレベル設定。この2本を聴き比べてみると、やはりパワフルさでは真空管のオーバーロードにはかなわない。しかし、1073DPDのトラックは、ツヤと実在感のあるボーカルが録音されている。この後EQやコンプをかけたりすると、2-610よりもパワフルになる可能性を秘めた音だ。マイク入力の性能も、間違いなく良いものだと言えるだろう。

音量感が増す
上品な質感のDSD


次はDSDの音をテスト。75Ω同軸ケーブルを介してTASCAMDV-RA1000に結線してみると、こちらは一発で成功した。ソースはProTools|HDから192I/Oのアウト14系統とLEXICON224XLをミックス・バッファーに入れて、アナログ・マージしたもの。ProToolsは24ビット/192kHzだ。全体的にPCMのときと印象は同じだが、中低域の音量がアップした感じで音圧と弾力があり、非常に好ましい方向だ。上品な音で、アナログっぽい質感があり音程感なども良く出してくれる。試しに電源ケーブルを変えてみると、全体のガッチリとした印象はそのままに、超高域のエアー感が改善される。これはいい音だ。しばしテストのことを忘れ、どんどんミックスを続けていると、192I/Oに戻した音よりも高域の飽和感が少ないことに気が付く。全体にガヤガヤした感じが少なく、混ぜやすい印象なのだ。冒頭に書いたことにピッタリと符合する音色……この音に1073のマイクプリが付いているんだよなあ……うーん、欲しい!1073DPDは、クオリティのしっかりしたマイクプリ、ミックス時のライン・バッファーアンプ、ProToolsやPyramixなどのDAWに使うADコンバーター搭載のマイク/ラインプリ、DV-RA1000などのインプット系に使う高品質ADコンバーターなどさまざまな使い方が可能であり、非常に使用頻度の高い持ち物になるだろう。

▲リア・パネル。左からDSD出力フォーマット切り替えスイッチ(SDIF-2DSDdataonly、SDIF-3DSDdatawithembe
ddedclock)、ワード・クロック用インピーダンス切り替えスイッチ、DSD入出力(BNC)、ワード・クロック入出力、デジタル出力L/R(XLR)、AESSYNC(XLR)。そしてインサート入力、ライン出力(XLR)、ライン入力(XLR)、マイク入力(XLR)×2

AMS/NEVE
1073DPD
659,400円

SPECIFICATIONS

■周波数特性/20Hz〜20kHz(60dBgaininto600Ω±0.5dB)、20Hz〜40kHz(60dBgainint
o600Ω−3dB)
■サンプリング周波数/44.1kHz、48kHz、96kHz、192kHz
■入力インピーダンス(マイク)/300Ω、1.2kΩ(切り替え)
■入力インピーダンス(ライン)/20kΩ
■全高調波歪率/0.07%以下
■外形寸法/482(W)×45(H)×254(D)mm
■重量/5kg