プロ向けコンソール・メーカーとしてだけでなく、最近ではアナログ・ミキサーのSixやオーディオ・インターフェースのSSL2など、宅録層にプラス・アルファな製品を提供しているSOLID STATE LOGIC(以下、SSL)が、満を持して2chアナログ・バス・コンプレッサーを発売しました。その内実は、伝統的なバス・コンプにプラスして、オールインワンなマスタリング・ツールとして機能するコンプととらえた方がいいかもしれません。
マスタリングで必須のクリック式ノブを採用
本機の心臓部となるチップは、ハイグレードなオーディオ製品でおなじみのTHAT製VCAの2181を惜しみなく使用しています。これにより同社コンソールのDualityなどに搭載されているSuperAnalogueバス・コンプと同様のクリーン・トーンから、SL 4000シリーズ直系の荒々しいサウンドまで幅広い自由な音作りを行えます。
アプローチできるパラメーターはスレッショルド、レシオ、アタック/リリース・タイム、メイクアップ・ゲインといったコンプレッサーとしての基本を押さえつつ、ドライ/ウェット信号のバランスを調整できるMIX、サイド・チェイン入力の低域量を調整可能なS/C HPF、2バンド・ダイナミックEQのD-EQ、さらにD-EQの低域や高域の音量を調整するLF/HF GAINなどが備わっています。
これらのパラメーターで特記すべき点を3つ紹介します。まずはクリック式のノブ。マスタリング用機材ではリコールできることが重要なのでノブがクリック式になっていますが、本機でもすべてのノブにクリック式が採用されています。次はリリース・タイムの新プリセットAUTO 2。伝統的なSSL製バス・コンプに用意されているAUTOは、歌やリズムにガッツを出すのに最適なプリセットですが、AUTO 2はサウンドのまとまりをナチュラルに仕上げてくれる優秀なプリセットです。最後はレシオのマイナス設定。−2.5、−1.5、−0.5と3段階で設定可能なため、より狙ったポンピング効果(弾むような音の動き)を生み出すことができ、MIX機能と併用してクリエイティブな効果を得られます。これらのパラメーター群により、従来までのバス・コンプには無い、広範囲なコンプレッション設定を生み出せます。
サウンド・カラーを変化させる3つのモードを装備
ここからは本機の特徴のひとつである3つのサウンド・カラー・モードについて深く見ていきましょう。パネルの右上と左上に4K MODE、F/B、LOW THDというボタンが用意されていて、これらでサウンド・カラーを変えられます。
まず4K MODEですが、これはハーモニック・ディストーションが付加されるモードで、全体的に厚みが増しハイエンドがシャープになる印象です。しかも、9段階からひずみ具合を選べるのも気が利いていて、4K MODEボタンを長押しで点滅させると左のF/BボタンとLOW THDボタンが+ボタンと−ボタンとして機能します。5を基準として1方向ではひずみが薄くなり、9方向ではひずみが濃くなりますが、1段階目でもクリーンながらもハイエンドが際立ってきました。余分なノイズが発生しないので、どの段階でも安心して使えます。なお、各段階は4K MODEボタンの色が白から黄色、赤へと変化することで確認できます。
次はLOW THDモード。リリース・タイムを速めたコンプでは低域がひずみがちですが、このモードではそのひずみ量を制限することができます。例えば低域が膨らんでしまっているソースに試してみると、全体がスッキリし、リズムが前面に浮かび上がる感じにまとまります。
最後はF/Bモード。サイド・チェイン回路を利用して、コンプレッションの特性を変化させるので、従来のSSLバス・コンプとは違った緩やかなコンプレッションが可能です。
4種類のコンプレッサー動作モード
本機は多様なソースに対応する4つのコンプレッサー動作モードが用意されているのも魅力です。まずCLASSIC STEREOモードは、ボーカルやドラム類をまとめてパンチを出すなど、伝統的なSSLバス・コンプが欲しい場合に適しています。両チャンネルはステレオ・リンクしているため、基本的にはパネル左側のノブ(チャンネル1)を使って操作し、LF/HF GAINなど一部の機能のみ右側のノブでコントロールします。
DUAL MONOモードの処理は、LchとRchでそれぞれ個別に設定できます。例えば、Lchに寄せたエレキギターが突然大音量になっても、Rch側へ不必要にコンプがかからないようにする設定などが可能なので、マスタリングではこちらのモードを使用します。MID SIDEモードは、ステレオ素材をミッド成分とサイド成分に分けて調整できるので、サイド部分を強めにリミッティングし、音圧感高めのクラブ・トラックのようなコンプレッションも可能です。
Σ S/C STEREOモードはMID SIDEモードに近いのですが、ミッドやサイドの一部、例えばサイドに寄せたギターだけ、あるいはミッドのボーカルだけにコンプがかかるイメージです。ステレオ・ソースが持っているワイド感を損なわず、センター定位のボーカルや楽器に対して細かく処理できます。
コンプのプリ/ポストを選べる“D-EQ”
最後は目玉であるダイナミックEQのD-EQを見ていきます。通常のEQはレコーディングやミックス時に音源を作り込むために使用しますが、ダイナミックEQは原音の印象を保ったまま細かく補正できるためマスタリングに向いています。本機のD-EQも精密な補正が可能でマスタリングにピッタリです。しかも、AUTOモードやエキスパンダー的な使い方もできます。
EQカーブのデフォルトはシェルビング・タイプで、周波数はLFが60Hz、HFは6kHzに設定されています。またHFはHF Bellボタンでベル・カーブに変更でき、周波数は4kHzにセットされています。また、これらはノブを押し込むことで周波数ポイントの変更が可能です。LFは20~170Hz、HFは2k~17kHz、HF Bellは0.7k~16kHzの間で設定できます。さらに、アタックやリリースの設定も3タイプから選択できるので多様なソースに対応できます。その上、コンプのプリもしくはポストに設定できるため、例えばポストで強くかけたコンプの低域やせの補正に使ったり、プリではサ行がキツくなりがちな女性ボーカルをHF BELLタイプで事前に処理できるなど微細なコントロールが可能です。
本機に音を通してみると、それだけでよく耳にするあのサウンドに早変わりすることにビックリしました。またクリーンな印象からハードなかかり具合まで、細かい処理を施せるところも魅力です。特にD-EQを駆使したマスタリング用途で歌モノを処理すると、歌が際立つイメージに仕上がり、一台でここまでできてしまうのかと思うほどです。もちろん、ミックス時にバス・コンプとしてリズム系を処理するときの相性は抜群です。
ハードウェアにあこがれつつもコンプやEQ、ディエッサーなどを個別に導入するのはコスト的に厳しいという場合もあるでしょう。しかし、本機はそれらを一台で完結できるのでコスト・パフォーマンスがとても良いです。ミックス・エンジニアからマスタリング・エンジニアの方まで幅広くハマる機材ですが、特にプラグインをメインに作業をしている宅録の方やミックスまで行う作家の方にとって、本機を導入する効果はかなり大きいと感じました。
當麻拓美
【Profile】360 Reality Audio専門のプロダクション・スタジオである山麓丸スタジオのチーフ・エンジニア。レコーディングやミックスのみならず、マスタリングやカッティングまで幅広く手掛けている。
SOLID STATE LOGIC The Bus+
オープン・プライス
(市場予想価格:346,500円前後)
SPECIFICATIONS
▪周波数特性:20Hz〜20kHz(バイパス時:±0.025dB、コンプレッサー使用時:±0.01dB) ▪全高調波ひずみ率:−95dB/0.0017%(バイパス時、1kHz@0dBu)、−106dB/0.0004%(バイパス時、1kHz@+20dBu)、−88dB/0.0004%(コンプレッサー使用時、1kHz@+20dBu) ▪ダイナミック・レンジ:122.5dB(バイパス時)、117.5dB(コンプレッサー使用時) ▪外形寸法:480(W)×88.9(H)×328(D)mm ▪重量:5.92kg