SPITFIRE AUDIO Polaris レビュー:ビンテージ・サンプラーなどで加工された独特な質感のオーケストラ音源

SPITFIRE AUDIO Polaris レビュー:ビンテージ・サンプラーなどで加工された独特な質感のオーケストラ音源

 オーケストラをはじめ高品質のサンプリング素材を使ったソフト音源を発表し続けるSPITFIRE AUDIOから、新製品のPolarisが発売されました。電子音楽アーティストのBTが開発に参加し、ロンドンのAIR Studiosで録音されたストリングスとクラシックなシンセ・サウンドをビンテージ・サンプラーやVHSなどのテープ・マシンで加工して作ったという、非常にユニークでモダンなオーケストラ音源です。僕自身も一聴して生楽器かシンセか分からなかったり、生よりも質感を強調したCGのようなハイパー・リアルな音が大好きなので、とても期待が持てます。

2つの“素材”をバランス良くブレンドしたプリセット

 Polarisの全体的な印象は、SPITFIRE AUDIOらしい派手過ぎない、重厚感と奥行きのある上質なサウンドというものです。例えば、Night Skyというストリングス系プリセットは中高域が非常に美しく、和音を適当に弾くだけで曲として成立してしまうくらいの存在感があります。PolarisのプリセットはAとBの2つの素材で構成されているのですが、Night SkyのAにはCarpenterというテープに通したような温かみのあるピッチの揺れが心地良いストリングスが、そしてBにはこの音色を補うかのように高域の質感のみが存在するようなChannel Islandsという素材がアサインされています。この2つがブレンドされて上質なストリングスとなっており、とてもよく練られたプリセットになっています。

1つのプリセット音色はAとBの2つのオシレーターにアサインされた音素材で構成される。各音素材は音量、ピッチ、フィルター、エンベロープ・ジェネレーターなどで音作りが可能だ

1つのプリセット音色はAとBの2つのオシレーターにアサインされた音素材で構成される。各音素材は音量、ピッチ、フィルター、エンベロープ・ジェネレーターなどで音作りが可能だ

 また、Always Crashing in the Same Ambulanceというプリセットは、重厚なシンセ・オーケストラが落下していくようなまさに海外映画、特にアメリカのSF系で使われるような音色です。これは僕がPolarisに期待していた通りのサウンドでテンションが上がりました。AとBの両方で同じ素材が使われているのですが、音程が変調しているのはAの方だけで、Bと合わさることによって不気味な感じが強調されています。“攻めているけど気持ちの良い”サウンドで、このようなバランスの音色を自力で作ろうと思うとかなり難しいと思われ、プリセット作りの勉強にもなります。

 Amethystというプリセットも不気味さと力強さのあるバリっとしたシンセ・サウンドで、単音を弾いただけでも作品になってしまうような存在感があります。ビンテージ・サンプラーの質感が加えられており、安っぽく聴こえる音域がなく低域から高域まで使えるサウンドに仕上がっています。

グラニュラー系素材も収録

 Polarisには多彩なアーティキュレーションも用意されています。例えば、String OrchestraカテゴリーのLongsではレガート系のロング奏法のほか、ロング奏法にハーモニック音が混ざっているものやピチカートに切り替えられるものがあります。また幾つかのアーティキュレーションは、モジュレーション・ホイールに強弱ではなくローパス・フィルターがアサインされています。さらに、これらの中にはグラニュラー・シンセシスで加工された音色に切り替えられるものがあるのもユニークで、Polarisの個性と言えると思います。

 Hardwareというプリセットにおけるアーティキュレーションは音色の切り替えと同義になっています。SEQUENTIAL Prophet-5やROLAND Jupiter-8、YAMAHA CS-80、OBERHEIM Matrix-12などの音色を、鍵盤上で設定したピッチやCC(コントロール・チェンジ)ナンバーなどで切り替えられるのです。これらの音色変化の幅は大きいにもかかわらずスムーズで、急に音量が大きくなったり、ブライトになったりしないため使いやすく、非常に実戦的に感じました。

 先述の通り、Polarisにはグラニュラー・シンセシスによって作られた素材も収録されています。その中の一つ、Distortion Grainsは非常に格好良いテープ的な質感を持った花吹雪のようなストリングス系グラニュラー音色で、これ1音色でも作品にできてしまうような完成度です。グラニュラー系サウンドは複数重ねると質感がマスキングされ、ぼんやりしてしまい、かえって普通の音キャラになってしまうことがよくあるので、1音だけで成立するという点がとても重要なのですが、それを難なくクリアするクオリティを持っています。

 さらに、素材とは別にMASTER FXとしてグラニュラー・エフェクトが搭載されているのもうれしいポイントです。しかも、このMASTER FXにはプリセットにレイヤーできるビンテージ・シンセやエフェクト、テープ、レコード・プレーヤーなどのハードウェアからサンプリングされたであろうノイズ音がなんと54種類もあり、プリセットとの相性で選ぶことができます。Polarisはこういった細かい部分の選択肢も豊富で、良い意味での“変態的なこだわり”を感じます。

MASTER FXセクションにはグラニュラー・エフェクト(画面の表示はGRAIN)も装備されている。ここでは“DELAY”“DELAY SPREAD”など10種類のパラメーターで多彩な音作りが行える

MASTER FXセクションにはグラニュラー・エフェクト(画面の表示はGRAIN)も装備されている。ここでは“DELAY”“DELAY SPREAD”など10種類のパラメーターで多彩な音作りが行える

 ここ数年は、映画のサントラのメイン楽器としてシンセが使われることが増えてきました。例えば『ブレードランナー 2049』(2017年)や『アド・アストラ』(2019年)、『TENET』(2020年)などでも重要な役割を担っています。またコンテンポラリー・ダンスの舞台でも、『アド・アストラ』を手掛けたマックス・リヒターの音楽などはよく使われているので、映画、ダンス、ゲームの分野でPolarisは非常に高い戦力となり得るのではないでしょうか。日本のポップスや映像作品において、そういった重厚なシンセ・サウンドの出番は多くないかもしれませんが、それだけにPolarisのような音源をうまく使いこなすことができればコンポーザーとして、サウンド・デザイナーとしてかなり強い立ち位置になれるのではと思います。

 

荒木正比呂
【Profile】中村佳穂の楽曲制作において作編曲からサウンド・プロデュースまで深くコミットしているほか、UAの最新作『Are U Romantic?』にアレンジャーとして参加。CM音楽も多数手掛けている。

 

SPITFIRE AUDIO Polaris

45,045円(価格は為替相場によって変動)

SPITFIRE AUDIO Polaris

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.13/10.14/10.15/11(INTEL CPU)または11(M1 CPU)/12(INTEL CPU)または12(M1 CPU)
▪Windows:Windows 8(64ビット)/10 (64ビット)/11
▪共通項目:64ビットのホスト・アプリケーションのみに対応、50GB以上のストレージ空き容量(インストール時は約2倍の空き容量が必要)、処理速度の速いCPUおよび十分に余裕のあるRAM、オーソライズ時にはインターネット接続およびE-Mailアドレスが必要

製品情報

sonicwire.com

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