API T25 レビュー:真空管を取り入れたFETフィードバック式コンプレッサー/リミッター

API T25 レビュー:真空管を取り入れたFETフィードバック式コンプレッサー/リミッター

 APIは1968年にニューヨーク州で創業されたレコーディング・スタジオ向けのオーディオ機器を製造する歴史あるメーカー。通称“ランチ・ボックス”の500シリーズがなじみ深いが、新たにAPI Selectシリーズとして、持てる技術を最大限に投入しながらも入手しやすい価格に抑えた4機種が発表された。今回は、その中からコンプレッサーのT25をスタジオでテストしてみよう。

ボーカルの突発的なアタックを押さえ込むFET。レシオを変えても極めてナチュラルなリダクション

 T25は、真空管を採用したFETフィードバック・スタイルの2chコンプレッサー/リミッター。精悍なブルーのパネルには大型のVUメーター、10段階のゲイン・リダクション・メーターとピーク監視用LEDのほか、ディエッサーやTHRUST、IN、バイパス、リンクといったスイッチ類、そして内部の真空管が見て取れる。APIの特徴とも言える形状のツマミはスレッショルドが入力ゲイン、メイクアップが出力ゲインとなっており、いずれも31ステップのクリックが付いている。レシオは2:1/4:1/8:1/20:1の4段階で、適度なトルク感で小気味良く切り替えられる。アタック・タイムは20μs〜0.8ms、リリース・タイムは50ms〜1.2sで、それぞれ11ステップだ。

API T25 内部の真空管

VUメーターの下には、ディエッサー(D-S)、低域へのコンプを低減するTHRUSTフィルター回路、コンプレッサーのイン/アウト切り替え、ハードワイアード・バイパス・スイッチ、ch1、2をステレオで機能させるLINKスイッチが搭載されている

 APIは、500シリーズをはじめ小さな筐体の中にパーツを凝縮させる設計を得意とするが、API Selectシリーズには基盤設計にゆとりすら感じる。コンプレッサー回路にはFETを使用し、速い数値のアタック/リリースを実現。出力音量の増幅回路にある真空管にはロシア製ELECTRO-HARMONIXの三極管12AT7WCと12BH7を採用する。リア・パネルはXLRとTRSフォーンの入出力端子、電源インレットから成るシンプルな作りだ。

API T25のリア・パネル

リア・パネル。入出力は2系統で、インプット/アウトプットはそれぞれXLR、TRSフォーンを1系統ずつ備えている

 では、早速実戦で使ってみよう。まずはボーカル。今回も低音の魅力満載、バラードの王様、鈴木雅之氏にご登場願った。まずはいつものレシオ8:1、アタック/リリース共にやや速めのセッティングでスタート。実にナチュラルなリダクションである。さすがFETだけあって、ボーカル程度の突発的なアタックならきちんと押さえ込んでいる。レシオを変えてもリダクションされる音調は極めてナチュラル。うっかりするとオーバー・コンプレッションしそうだ。特に、マイクの近接効果によって低域が多くなりオーバー・コンプしそうな場合に役立つのが、THRUSTである。これは、APIが特許を持つ独自の回路で、入力ソースのスペクトラム・エネルギーに応じてコンプレッサーの低域の挙動を変化させる。リダクション・プロセスにおける低域のオーバー・コンプを防止できるもので、筆者はボーカル・ダビングのときは決まってこのような機能が付いたコンプレッサーを使用する。T25のTHRUSTもとても自然に低域をパスしたリダクションをしてくれて重宝しそうだ。また、歌詞や発音によってサ、シ、ス、セ、ソなどの歯擦音が気になる場合には、ディエッサーのD-Sスイッチを入れることによって、音色の変化無く奇麗にディエッシングをしてくれる。

FETで押さえ切れないドラムの速いアタックをアウトプットの真空管が見事にフォロー

 続いてはドラムのアンビエンス・マイク。演奏はパワフルかつ繊細なプレイで定評のあるベテラン・ドラマー阿久井喜一郎氏だ。アンビエンス・マイクはNEUMANN M49、マイクプリはAMS NEVE 4081を使用。ゲインをややオーバー気味にしてT25に送り込んでみた。これはお見事! FETのコンプレッサー回路とは言え、ドラムのように極めて速いアタックでは押さえ込むことができない部分をアウトプットの真空管が見事にフォローし、嫌な角が取れたパワフルなロック・ドラムとなった。これはまさにFETと真空管の“良いところ取り”のサウンドだ。THRUSTをオンにすればキックやフロア・タムの低音によって不自然にリダクションされることも無いし、ディエッサー機能を使えば、ハイハットやシンバルの耳に付く帯域も奇麗に処理することが可能だった。先に発売された2500 Stereo Bus Compressorがコントロール幅を選択できるのに対し、T25では低域のみのプロセスだが、ディエッサー機能と組み合わせて幅広い音作りが可能だろう。

 

 そして、インプットを上げればAPIならではのFETのサウンドを保ちつつ真空管の心地良い倍音も強調され、より幅の広いサウンド・メイクができる。かなりハードな音作りでも音調が破たんすること無くAPIサウンドを保つところは、さすが老舗メーカーだ。このドラムのサウンドは、multiple「Border」でぜひ聴いていただきたい。

 このT25、ナチュラルな音調であることが確認できたので、ミックスにおけるトータルのコンプレッサーとしてもテストしてみた。やはり、想像通りミックスの場面でもFETと真空管の恩恵はとても感じた。外部のピーク・メーターを見ていると嫌な音色変化は無く、実に自然にピークを取り去っている。しかも、コンプレッサー機能をバイパスすることにより、真空管独特の倍音を付け加える音色作りもできる。

 

 ただ、T25に搭載された31ステップのボリュームは慎重にレベル合わせをしても0.2〜0.3dBの誤差が出てしまう。このコンマの差はプロの現場ではマスタリング・エンジニアから指摘される重要な部分。各ボリュームにクリックが付いていると再現性に優れるが、それだけに精度も保てるとプロの現場でも“使える”機材になると思う。また、VUメーターはインプット・レベルのみを監視。せっかく視認性が良いので、リダクション量を確認できる仕様だとより使いやすかっただろう。

 

 今回使ってみて、T25は、APIが傘下に入ったATIの優秀なPAコンソール、Paragonの思想から大きく影響を受けているように思う。とてもナチュラルで汎用性の高いコンプレッサー/リミッターで、自宅録音やミックスでの使い勝手やコスト・パフォーマンスに優れた機材だと感じた。

 

山内"Dr."隆義
【Profile】井上鑑氏や本間昭光氏、服部隆之氏らがプロデュース/編曲する作品に従事し、長きにわたりJポップを支えるレコーディング・エンジニア。近年はその経験を生かした80’sサウンドに傾倒中。

 

API T25

286,000円

API T25

SPECIFICATIONS
▪周波数帯域:20Hz〜40kHz ▪入力インピーダンス:20kΩ ▪出力インピーダンス:75Ω ▪最大出力:+24dBu ▪レシオ:2:1/4:1/8:1/20:1 ▪アタック・タイム:20μs〜0.8ms ▪リリース・タイム:50ms〜1.2s ▪SN比:90dB ▪外形寸法:48.3(W)×8.9(H)×30.5(D)cm ▪重量:6.4kg

製品情報

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