Multiphonics CV-1(以下CV-1)は、APPLIED ACOUSTICS SYSTEMS(以下AAS)の製品。AASと言えば、筆者も愛用する物理モデリングを採用した新しい発想のソフト・シンセChromaphoneやStrum GS-2があります。そんなAASのソフト・モジュラーということで、期待を込めてレビューします。
ハイエンド系アナログ・シンセの質感
CV-1はMac/Windows対応でスタンドアローンでも動作するソフト・モジュラー・シンセです。起動するとファクトリー・プログラムが読み込まれ、すぐに音が出せますが、好みの音色に変更することも可能。プログラムはFactoryとUserがあり、それぞれ別カテゴリーに分かれていますので、素早く呼び出しができます。早速音を出してみたところ、リードやベース、ストリングスといったタイプの音色などはほとんど無く、“これぞモジュラー!”という音が中心。どれもため息が出るほど面白いです。そして、その音がハイエンド系のアナログ・シンセのようで、すごく好きですね。この質感はAASに通底するもので、これこそ筆者が愛用する理由でもあります。
ということで、ここからは実際に音を作ります。まずは画面右上のNEWボタンで、空のラックを呼び出します。
空と言えど実際は4つの常設モジュールが表示され、これらは削除できません。内訳は、MIDI鍵盤や画面下中央の簡易鍵盤からの信号でCV-1のモジュールを操作する“KEYBOARD”、コンピューターやDAWのためのオーディオ信号の窓口“OUTPUT”、主にクロックを制御する“MASTER CLOCK”、そして信号変換ができる“MACROS”です。
音を構築する手順は極めてシンプル。新規で音を作るなら、左側のブラウザーにある30種類のモジュールから空のラックに必要なものをインストールして、ケーブル接続するだけです。最もシンプルな例は、まず“VCO”と“VCA”をラックに読み込み、VCOのOUTとVCAのINを接続。VCAのOUTと前述した“OUTPUT”モジュールのLかRにケーブルを接続します(片方しか接続しない場合、自動的にモノ出力になる)。“KEYBOARD”のPitchとVCOのPitchを接続すると、MIDI信号で音階を付けられます。最後に“KEYBOARD”のGateとVCAのCV INを接続すれば完了。テキストだと煩雑に感じるかもしれませんが、慣れれば数秒で組めます。
また、1つのジャックにケーブルを複数使えるのはソフト・シンセならでは。ハードのモジュラーだとマルチプルというパラるためのモジュールが必要になります。例えば1つしかない“KEYBOARD”のCVで複数のオシレーターをコントロールしたいときに、必要な数だけ“KEYBOARD”のPitchから各VCOへケーブルを配線できるわけです。また、モジュール間の接続が増えるとケーブルが邪魔になりパネルが見えづらくなりますが、そのケーブルの表示具合を薄く〜消してしまえるのは気が利いていると思います。パネルの位置を任意で変更できるのは、この上無く便利です。
AAS名物の物理モデリング・フィルターを収録
さて、次はどのようなモジュールがそろっているか紹介します。まずオシレーターで“Classic VCO”と“Compact VCO”、“Noise”、“Pulse”。VCOは減算合成のみならず、FMや加算合成などさまざまなシーンで活躍するでしょう。“Pulse”は、例えばKEYBOARDのモジュールからトリガー信号を矩形波に変えられるという変わったもの。変換結果にフィルタリングもできます。
フィルターは“Objeq Filter”と“State Variable Filter”です。“Objeq Filter”はAASのObjeq DelayのObjectとFilterをモジュール化したようなもの。AASのお家芸とも呼べる物理モデリングを使ったフィルターは、強力な武器になるはずです。“Pulse”と組み合わせると“パチッ”という信号がカウベルや鐘、木琴の音になったりしますからぜひとも使いこなしたいですね。“State Variable Filter”はマルチモード・フィルターで、ローパス/ハイパス/バンド・パスを個別で出力する端子が装備されている上、ノッチ・フィルターとして使うことも可能です。
ローパスのスロープは12/24dBを用意。ローパスのみ自己発振させてオシレーターとして使えるためか、FM INも搭載しています。ちなみにとても野太い発振音が出ますから、ADSRのエンベロープ・ジェネレーターを併用すればパンチのあるドラムも作れます。
シーケンサー、LFO、ディレイなどおなじみのモジュール以外だと、信号を変化させるものが15種類と多め。例えば、Gate/エンベロープ/LFO/Audioの波形の位相を変換するインバーター、CV極性を任意で変更できる“Polarizing MIX5”。Gate入力にAND/OR/XORで結果を返す演算モジュール“LOGIC”。この辺りは“どう使うの?”と思うかもしれませんが、実は結構使います。
最近の鍵盤型ソフト・シンセにもこうした演算系の機能があるものの、やはり理解度に合わせてバラバラに組み合わせることが、モジュラーならではの楽しみ。敷居が高いと思うかもしれませんが、実は初心者こそモジュラーで、理詰めから始めた方が後々楽だと思います。
CV-1はそんな初心者も非常に使いやすく、先述の通り驚くほどマニアックな信号変換モジュールなども装備しているので、作れる音は無限。まだVer.1でこの充実度。この先、一体どうなるのか……未来が楽しみでなりません。
H2
【Profile】音楽家/テクニカル・ライター。劇伴、CM、サントラ、ゲーム音楽などの制作に携わる。宅録、シンセ、コンピューターに草創期から接してきており、たまった知識を武器に執筆活動も行っている。
APPLIED ACOUSTICS SYSTEMS Multiphonics CV-1
13,200円
REQUIREMENTS
▪Mac:OS X 10.11以降、AAX/AU/VST対応のDAW(64ビットのみ動作)
▪Windows:Windows 10以降、AAX/VST対応のDAW(64ビットのみ動作)
▪共通項目:INTEL Core I5以上のCPU