音楽家のsasakure.UKです。ボカロPとしての活動のほか、楽曲提供やバンド“有形ランペイジ”のプロデュースも行っています。Digital Performer(以下DP)は私が長年愛用するDAWソフトで、個人的には打ち込みをメインに音楽制作を行う方にとって特に相性が良いと感じています。この連載をきっかけに、DPユーザーが増えたらうれしいですね。
ボーカルはセクションごとにグループを分ける
今回も、私の最新アルバム『未来イヴ』収録曲の「ÅMARA(大未来電脳)」を題材にお送りします。テーマはボーカル制作。ボーカルは特にこだわって作り込んでいて、私が楽曲の中で最も時間をかけて調整するパートです。この曲では、ボーカロイドのCRYPTON FUTURE MEDIA 初音ミクとKaitoを主なボーカルとして使用し、DPの機能も駆使して仕上げました。後述しますが、視覚的にボーカルを調節できるのが、私がDPを楽曲制作に使用する一番の理由かもしれません。
まずは完成形のボーカル・プロジェクトを見ていただきましょう。前回もお伝えした通り、ボーカルは専用のプロジェクトを作成してます。
イントロなどで使用しているボーカル・チョップ、Bメロのコーラス、しゃべりパート、Aメロとサビのメイン・ボーカルというようにグループ分けを行っています。トラックを分けているのは、ボーカルの質感がそれぞれのセクションによってかなり異なっているためですね。
どのようにこれらを作っていったかの前に、歌詞作りについて。私は小説や映画などから着想を得ることが多く、物語性を持った楽曲にすることを意識しています。この曲を作っていたときは、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『A.I.』の原作小説『スーパートイズ』を読んでいたので、楽曲のアイディアや歌詞などインスピレーションを受けているところがあるかもしれません。
前回モチーフ作りについてお伝えしましたが、モチーフをたくさん考えていくうちに“サビはこのフレーズを”“ここは展開部になるだろうな”というのが定まってくるので、それを元に、イントロ〜Aメロ、サビ〜アウトロを制作します。それぞれのモチーフをつなげるBメロを作成して、ワンコーラスを作ります。この曲はサビ部分の“文明と”から“花束を”までの歌詞が最初にできたので、そこから膨らませて歌詞を仕上げていきました。同じメロディの箇所は“回廊↔︎回路”など、韻や母音の相性を意識したりしながら制作していきます。歌詞を先に作って、オケに合わせてメロディを作ってゆくこともありますし、モチーフの時点でメロディができている場合はそれに合わせて歌詞を作ります。
モチーフで作っていたメロディに対して言葉が奇麗にハマるように、歌詞を基準にメロディを変えることもあります。例えば“脈打つ”という言葉の場合、“みゃ”にアクセントがあって下がっていくようなメロディだと、実際に言葉として使われるときと発音が異なります。下から上がるように“脈打つ”と発音する方が自然ですよね。ちゃんと言葉として映えるように、メロディを微調整していきます。
また、この曲には神聖なパッドやベルの音色が合いそうなど、歌詞から想像しながらほかのパートの音も作っていきました。このように、歌詞とメロディ作りと、オケでどの音を使うかというのを同時進行的に決めていくこともあります。
2つのトラックのピッチを同時に表示して調声
ではDPを使用した実際のボーカル制作について、まずはイントロを題材にしてみていきます。イントロは、ボーカル・チョップのようにしてランダムでメロディを打ち込んで作成した初音ミクのボーカルを、さらに手動で調整していきました。
このとき、初音ミクで打ち込んでいく時点ではテンポを115BPMに、つまり本チャンの230BPMの半分で作業していました。その後DPのタイム・ストレッチ機能を使い、倍速のテンポに合うように波形を調整しています。
これはアタック感を増やすために非常に効果的な手法です。ほかのボーカル・パートでもよく行っていて、基本的には伸ばすよりも縮めるためにタイム・ストレッチを使います。ボーカロイドのパキッとしたアタックが好みで、サ行やタ行などの子音が短くなってそれがより強調されます。カッチリした縦の線がある曲にボーカルをうまく乗せるには、ボーカルの立ち上がりが速くないといけないですからね。
DPのピッチ機能も多用していて、ボーカル・エディター(CRYPTON FUTURE MEDIA Piapro Studio)の方でもラフに調声を行っていますが、最終的にはDP上で仕上げていきます。ポイントは、お手本としてのボーカル・トラックを用意している点。
有形ランペイジのmamiさんなど、 ボーカリストの方に歌ってもらい、人間の歌のピッチ波形と比較しながら、ボーカロイドのピッチを調声していきます。ボーカロイドらしさを残しつつも、人間味のあるボーカルになっているかと思います。人間のボーカルもそのままではなく、アタックやリリース、ピッチなど機械的に調整してから使っています。
この方法を行うようになったのは、ボーカロイドをどうやって面白く歌わせられるだろうかと考えたときに、人間と異なる部分がどこなのかを調べ始めてからですね。当初はアナライズ目的で始めたのですが、“もしかしたら逆輸入できるのでは?”と思い、作品でも用いるようになりました。
人間はきっちり歌っているようでも、意外とリズムのヨレが大きかったり、若干フラット気味になったりと癖がありますが、それを聴いて心地良いと思うのだという気づきがありましたね。ボーカロイドはカッチリしていて、グリッドに沿っている。それをそのまま人間っぽくしても面白くないというか、ボーカロイドらしさも残る調声を考えながら作っています。有形ランペイジの楽曲では、mamiさんのボーカルを逆にボーカロイドっぽい調声の仕方にしていたりもしますよ。
DPは2つのトラックを上下に並べて同時にピッチ機能を表示できるので、お手本のトラックを聴きながら、視覚的にも簡単に作業できます。またピッチを書いていく際のペンシルツールには、フリー、ストレートライン、フラットなど、書き方の種類が複数用意されているので、フリー・ハンドでお手本に似せるように書いていくだけでなく、さまざまな調声を行うことが可能です。
と、ここまででスペースが尽きてしまいました。ぜひボーカル制作の参考にしてみてください。次回もお楽しみに!
sasakure.UK
【Profile】インターネット上で自身のサイトを拠点に、オリジナルのインスト楽曲を発表する活動の後、初音ミクなどの音声合成ソフトYAMAHA Vocaloidにインスピレーションを受け、作詞にも挑戦。これらの楽曲を動画サイトに公開すると、その作品性の高さから一躍注目を集める。時代を越えて継承されてゆく寓話のように、物語の中に織り込められた豊かなメッセージ性を持つ歌詞と、緻密で高度な技術で構成されたポップでありながら深く温かみのあるサウンド、それらを融合させることで唯一無二の音楽性を確立する。
【Recent work】
『未来イヴ』
sasakure.UK
(ササクレイション)
MOTU Digital Performer
オープン・プライス
LINE UP
Digital Performer 11(通常版):79,200円前後
*オープン・プライス(記載は市場予想価格)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS X 10.13以降
▪Windows:Windows 10 & 11(16ビット)
▪共通:INTEL Core I3または同等のマルチプロセッサー(AMD、Apple Siliconを含むマルチコア・プロセッサーを推奨)、1,024×768のディスプレイ解像度(1,280×1,024以上を推奨)、4GB以上のRAM(8GB以上を推奨)