楽曲制作の下準備で最重要なのは、飼い猫を寝かしつけることだと痛感しているジェッジジョンソン藤戸です。最終回である今回は、より一歩踏み込んだ“コンサート/ライブ用トラックの構築方法”を解説いたします。
楽曲=チャンクごとにフェード・アウトを設定してDJミックスのようなライブ・セットに
前回の記事を読んだ同業の音楽家の方々(年齢問わず)から、Digital Performer(以下DP)でライブ用トラックの構築に関するご質問をガンガンいただいております。デビューを控えたミュージシャン(ソロが多かったかな)からご連絡いただいたほか、マニピュレーターの方々も意外と知らない内容だったとのこと。そうなんです。DPは便利で、視覚的に配置できて、自由度が高いんです! ライブ現場のプロの方々からは、前回説明できなかった最重要とも言える質問もいただいたので、さらに詳細な部分について触れていきます。
前回までのあらすじは、トラックごとのオーディオ・データを楽曲単位=チャンクでDPファイルとして保管しておけば、いつでも新規プロジェクト・ファイルに読み出せて、視覚的に並べられる!すぐにライブ・トラックが構築できる!というお話でした。
DPでは1つの楽曲を“チャンク”としてまとめ、そのチャンクを視覚的に並べる“ソング”ウインドウで、それぞれの楽曲のスタート/エンドも思いのままに配置可能です。ソングウインドウでは個々の楽曲のエンド・ポイント、もしくは楽曲に設定したマーカーが反映されるので、チャンク単位でマーカーやエンド・ポイントをあらかじめ設定しておけば、微調整の必要もありません。
前回の連載を受けて、“フェード・アウト”に関する問い合わせが非常に多かったです。便利な方法としては、ライブ・トラック上ではなく、楽曲ごとにフェードを設定しておくことです。そして曲の最後、フェードの開始位置にマーカーを付けておけば、ソングウインドウにもマーカーが表示され、まるでDJミックスのようなライブ・セットを簡単に作れます。ライブの度に新たなフェードを作らなくて済むので、時間を大幅に短縮できるでしょう。
昨今のコンピューターのスペックの向上によって、DAW共通の問題であった、“高負荷”“遅延”“処理落ち”は大幅に改善されました。ただプロの現場では、確実、安定、再現性が常に求められます。そのためにも、ソングウインドウからさらに“再びチャンクに書き出す”という作業を行い、より不安がない状態でライブができるようにしていきましょう。
方法としては、まずソングウインドウ上ですべてのチャンクをドラッグして選択し、ウインドウ右上のメニューから“チャンクをマージ...”を行うと、チャンクの順序、マーカー、テンポを保持したままの“新しいチャンク”を作成可能です。
その際、ダイアログ・ボックスが出現します。
これは、チャンクの中のトラック(オーディオもMIDIも)をそのままコピーするか、または同名トラックは1つのトラックにまとめるかの確認です。これが目的や状況よっては超便利な機能! 例えば“Kick”や“Snare”など、すべての楽曲で共通の名称でトラックを作成しておくと、なんと1トラックに自動でまとめてくれるのです。1トラックでまとめて調整したいパートを結合したり、反対に曲ごとで個別に扱いたいトラックだけを表示したりと、さまざまな使い方が想定できます。
いずれかを選択してOKを押すと、チャンクウインドウに“シーケンス1”という新しいチャンクが生成されます。これをダブルクリックして開くと、すべてのチャンクを内包しているトラックが、シーケンスプロジェクト上に集約されます。
前回のソングウインドウにチャンクを並べた段階からもうひと手間かかりますが、この状態で再生することによって、CPUへの負荷が圧倒的に軽減され、それによりSSD/HDDへのアクセス・エラーの発生も防ぐことができます。また、こうして作成したライブ・トラックは、楽曲単位でフォルダ分けしておくと、さらに視認性が向上します。
実際のところ、現行のコンピューター/ラップトップであれば、まずエラーが発生することはありません。ただ、この“再チャンク化”によって、オーディオ・データのプリロードが安定し、DAWで“まれに”見受けられるような、冒頭部分の再生が欠ける、プラグインが遅延するなどの“事故”を防げます。ひと手間かかりますが、“より安定した、再現性の高いライブ・トラック”となるため、お勧めいたします。
ガイド・メロディ・フォルダを準備しアーティストのパフォーマンスをサポート
またライブ・トラック構築の余談として、アーティスト、グループなど、人数や構成に限らず、ライブ・トラックには必ず“歌メロのガイド”“クリック”そして“カウント”のオーディオ・トラックを作成することをお勧めします。昨今はイアモニで歌メロとテンポをアーティストのモニターに返すことで、観客に意識させることなくアーティストのパフォーマンスをサポート可能です。またカウントは、小節の歌い出し、サビに切り替わるポイントなど、アーティストに限らずPA、照明など“場面転換のきっかけ”が必要なスタッフのために準備しておくと、ワンランク上のステージを構築できると考えています。
筆者がコンサルタントとしてステージ環境の制作などに携わる場合、上記の3つは必ず準備し、かつ現場の状況を判断して、“ガイドのベース・ライン”“ハーモニー用のMIDIデータ”“MIDIコントロール・チェンジ対応機材用のMIDIデータ”も準備します。
オーディオだけに留まらず、あらゆる“コンサート現場支援”のデータを統括管理するのが“ライブ・トラック”であるという考えを、今後も提唱していきます。ライブ・トラックを作り込めば、たった一人のステージでも、自分が思い描いたサウンド、思い描いた照明、思い描いたVJ映像がコントロールできる。それらを可能にし、完全な形で構築できる要素を持つのがDPなのです。
4カ月にわたり連載したDigital Performerによるライブ・トラック構築方法、いかがでしたでしょうか。プロフェッショナルとして(当然ながら)現行のすべてのDAWソフトに触れ、扱う人間ですが、ライブ/コンサート現場でのトラック準備は、DPがナンバーワンだと言い切れます。現在、プロとして現場に携わる方、そして何よりも、“これからライブ・ハウスで自分のライブを構築したい方”が、この連載を参考にしてより革新的なライブ活動を行っていただけると光栄です。ありがとうございました。
藤戸じゅにあ
【Profile】1990年代からライブ・シーンにDTMを持ち込んだ草分けの一人として、バンド・サウンドに電子音楽を融合させた音楽スタイルの先駆者として活動。2008年にキングレコードからメジャー・デビュー。2018年リリース作品はiTunesオルタナ・チャートで1位を獲得。自身の活動と並行して坂本美雨、緒方恵美、寺島拓篤、羽多野渉など多くの楽曲提供を担当。近年はプラネタリウムの音楽/音響監督やプロデュース、ライブ・コンサルタントと活動の幅を広げている。
【Recent work】
『ストライク・リビルド【ダウナー】』
ジェッジジョンソン
(ベルウッド)
MOTU Digital Performer
オープン・プライス
LINE UP
Digital Performer 11(通常版):60,500円前後
*オープン・プライス(記載は市場予想価格)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS X 10.13以降
▪Windows:Windows 10(16ビット)
▪共通:INTEL Core I3または同等のマルチプロセッサー(AMD、Apple Siliconを含むマルチコア・プロセッサーを推奨)、1,024×768のディスプレイ解像度(1,280×1,024以上を推奨)、4GB以上のRAM(8GB以上を推奨)