Chester Beattyが使う Studio One 第5回

第5回 実機エフェクトの音響特性をデータ化し
サウンドに質感を与える音作り

加納エミリのアルバム・ミックスも佳境となりました。この連載で紹介しましたテクニックをたっぷり使っております。11月20日発売、ぜひチェックしてください。

実空間や実機の音響特性を
リバーブとして扱えるOpen Air

筆者のPRESONUS Studio One(以下S1)連載は今月で最終回。本稿ではリバーブの質感を使った、ちょっと変わったミックスの方法をお伝えします。その前に、ミックスにおけるリバーブの重要度について。ミックスって、お化粧に似ていませんか? すっぴんの素材を美しく飾るわけですから。例えばコンプレッサー。録音素材のバランスを整える感じは、乳液や保湿クリームといった基礎化粧品に近いかも。ならばリバーブは口紅やアイシャドウ。お化粧をしないので分かりづらい? ならば洋服ではどうでしょう。インナーウェアがコンプやEQなら、最初に他人の目に入るアウターがリバーブ。実はリバーブ、聴く人に最も強い印象を与えるエフェクトとも言えます。

ではお気に入りのリバーブが1台あればいいかと言うと、これも問題だったりします。例えば1980年代ファッションに最適なケミカル・ウォッシュのジーンズは、どれほどの着こなしテクニックをもっても、2020年のスタイルに仕上げるのには無理があります。リバーブも同じで、機種によって音の質感やスケール感、時代感が全く違います。例えばスタジオの定番LEXICONのリバーブは暗い印象で、主役に寄り添う名脇役。対してSONYのDRE-2000はゴージャスかつバブリーで、楽器を一回り大きくします。クリス・ロード=アルジが、ドラムに使う理由がよく分かります。AMS RMX16はリバーブ界のケミカル・ウォッシュ。通しただけでバック・トゥ・ザ80'sです。

▲1982年に発売されたデジタル・リバーブ、AMS RMX16。実際の空間では得られない音響特性を持つ“NONLIN2”などのリバーブ・タイプが搭載されています ▲1982年に発売されたデジタル・リバーブ、AMS RMX16。実際の空間では得られない音響特性を持つ“NONLIN2”などのリバーブ・タイプが搭載されています

これら実機リバーブの質感や違いを知ると、リバーブ・タイプで悩んだり、多くのパラメーターをいじる必要はなくなります。なぜなら、実機は通しただけで思い切り質感が付くからです。でも最低限のお約束事はあります。まず、リバーブ・タイプを選ぶときはプリセットの1番。各メーカーいろいろなリバーブ・タイプを作っていますが、最初のプリセットは一番コストをかけたお薦めのものです。次にモダンな音を作るならプリディレイは無し。“バック・トゥ”な音を作る場合は、その楽曲の16分音符の長さのプリディレイを設定します(120BPMの曲なら、4分音符の長さが500msなので、16分音符は125msとなります)。リバーブ・タイムは、曲を聴きながら決めます。2s辺りから始めるのがいいかもしれません。残りのパラメーターは無視。でもリバーブをすべて実機で買うわけにはいきませんよね……大丈夫、S1があれば既にそろっています。

Open Airというプラグインを立ち上げてみましょう。S1には3種類のリバーブが標準搭載されていますが、Open AirはIR(インパルス・レスポンス)を使用するコンボリューション・リバーブです。IRとは、実際の空間やハードウェア・エフェクトの音響特性をデジタル・データとして記録したもの。古今東西の有名ホールやスタジオ、名リバーブなどの響きをデータ化し、コレクション&プリセットできるのです。

▲S1のProfessionalグレードに標準搭載のコンボリューション・リバーブ、Open Air。実空間やハードウェア・エフェクトの音響特性をIR(インパルス・レスポンス)というデータにし、それをプリセットとして扱えます。コンボリューション・リバーブは、音響特性を標本化して使うことからサンプリング・リバーブとも呼ばれます ▲S1のProfessionalグレードに標準搭載のコンボリューション・リバーブ、Open Air。実空間やハードウェア・エフェクトの音響特性をIR(インパルス・レスポンス)というデータにし、それをプリセットとして扱えます。コンボリューション・リバーブは、音響特性を標本化して使うことからサンプリング・リバーブとも呼ばれます
▲S1にはPRESONUS謹製のIRが用意されています(赤枠)。チェックするのも楽しい1GB以上のコレクションです。これらがインストールされているかどうか、確認してからOpen Airを使いましょう ▲S1にはPRESONUS謹製のIRが用意されています(赤枠)。チェックするのも楽しい1GB以上のコレクションです。これらがインストールされているかどうか、確認してからOpen Airを使いましょう

例えばOpen Airのプリセット“480 Hall”は、LEXICON 480Lのバンク1.1にある“Large Hall”のIRを使ったもの。“Ams Nonlin”はRMX16のプリセットの8番です。お目当てのリバーブが無いなら、インターネットでIRを探しましょう。有志の方々がさまざまなIRを作成し、クリエイティブ・コモンズでシェアしていたり、有料で販売しているWebサイトもあります。それでも見つからないって? では自分で作るのはどうでしょう。

▲AMS RMX16のリバーブ・タイプ“NONLIN2”から作り出されたプリセットを収録。バリエーションとして2種類用意されているところも素晴らしい! ▲AMS RMX16のリバーブ・タイプ“NONLIN2”から作り出されたプリセットを収録。バリエーションとして2種類用意されているところも素晴らしい!

IR Makerを活用して
自前のIRを作り出す

S1には、IRを作るための優れたプラグイン=IR Makerが標準搭載されています。これを使えば実機リバーブのIRを作り出し、Open Airのプリセットにすることが可能です。IR Makerは、音響特性を測定するためにスウィープ信号(ぴゅ〜んという音)を出力します。これを実機のリバーブに送ると、そのリバーブが鳴るわけなので、鳴った音をIR Makerに戻せば、計算を経てIRが作成されるという理屈です。ざっくり言うと、IR MakerをS1のオーディオ・トラックに立ち上げ、オーディオI/Oの出力をリバーブの入力に、リバーブの出力をI/Oの入力に接続し、スウィープ信号のセンド&リターンを行う要領。実際にはレイテンシーや入出力レベルの設定など、より多くの手順があります。S1の取扱説明書を熟読してみましょう。

▲自分の好きな空間やハードウェア・エフェクターのIRを作成するためのユーティリティ・プラグイン、IR Maker。︎S1のProfessionalグレードに標準搭載されています。IR Makerはオーディオ・トラックに立ち上げて使用し、自ら放ったスウィープ信号により、対象の音響特性を測定します。例えば、ある部屋の測定をするときにはスウィープ信号をオーディオI/O経由でスピーカーから鳴らし、それをマイクで拾ってI/O→IR Makerに入力する要領。詳細はS1のリファレンス・マニュアルを参照しましょう ▲自分の好きな空間やハードウェア・エフェクターのIRを作成するためのユーティリティ・プラグイン、IR Maker。︎S1のProfessionalグレードに標準搭載されています。IR Makerはオーディオ・トラックに立ち上げて使用し、自ら放ったスウィープ信号により、対象の音響特性を測定します。例えば、ある部屋の測定をするときにはスウィープ信号をオーディオI/O経由でスピーカーから鳴らし、それをマイクで拾ってI/O→IR Makerに入力する要領。詳細はS1のリファレンス・マニュアルを参照しましょう

もちろんリバーブ以外のIRも作成可能で、弊社ラダ・プロダクションでよくやるのはディレイのIR。例えばLEXICONのモノラル・ディレイPCM42を使用する場合、通常ならBPMから4分音符の長さを計算し、それをタイムとして設定するのですが、たまに異なる2種類のタイムをステレオで扱いたいときがあります。でも弊社にはPCM42が1台しかありません。そんなとき、IRを作成すればOpen Airで2台使いすることができますね。テープ・エコーのROLAND RE-201もしかり。ボーカル向けのスラップ・ディレイとして活用していますが、随分古い機材なので中のテープが止まってしまったり、スプリングが不調だったりすることも。しかしIR MakerでIRを作っておけば、いつでもRE-201の特性を再現することができます。

▲LEXICON PCM42のようなモノラル・エフェクトも、IR化してOpen Airで使用すれば何台でも使えます。PCM42に関しては、インプット部のアンプに味があると言われているため、その音響特性をIRにしてOpen Airで扱い、ディレイ成分はS1 Professionalに標準搭載のGroove Delay(画面右)などで付加します ▲LEXICON PCM42のようなモノラル・エフェクトも、IR化してOpen Airで使用すれば何台でも使えます。PCM42に関しては、インプット部のアンプに味があると言われているため、その音響特性をIRにしてOpen Airで扱い、ディレイ成分はS1 Professionalに標準搭載のGroove Delay(画面右)などで付加します

空間系エフェクトだけでなく、ハードウェア・サンプラーやデジタル・レコーダーのALESIS ADAT、各種コンパクト・エフェクターの特性もIRにすることが可能。例えばE-MUのサンプラーSP1200のザラザラした質感が、サンプリング・タイムに縛られることなく使えるって素敵だと思いませんか?。筆者が作成したSP1200のIRを無料配布していますので、ご関心ある方はダウンロードして使ってみてください

▲IR MakerにてE-MU SP1200のIRを作っているところ。画面右下に、処理の過程を表すウィンドウが出ています。IRを作るのにはちょっとしたコツが必要ですが、慣れればサクサク作り出すことができます。本文でもご案内した通り、最終回記念にSP1200のIRを差し上げます。こちら雰囲気を楽しむものなので、過度な期待はしないでくださいね ▲IR MakerにてE-MU SP1200のIRを作っているところ。画面右下に、処理の過程を表すウィンドウが出ています。IRを作るのにはちょっとしたコツが必要ですが、慣れればサクサク作り出すことができます。本文でもご案内した通り、最終回記念にSP1200のIRを差し上げます。こちら雰囲気を楽しむものなので、過度な期待はしないでくださいね

大滝詠一『A LONG VACATION』を初めて聴いたときに感じた、何とも言えない広がり。あわてて読んだライナー・ノーツからミックス・エンジニアという職業を知りました。以来、音楽を聴くとリバーブを気にするようになり、使い方が分かると欲しくなり、弊社スタジオには実機がゴロゴロしています。しかし、それらもIR Makerに取って代わられつつあるのです。

5回に渡ってお付き合いいただき、ありがとうございました。いつも変わった使い方を紹介しているにもかかわらず、読んでいただいた読者の方々、遅れがちな原稿をチェックいただきました編集部には、とても感謝しております。

*Studio Oneの詳細は→http://www.mi7.co.jp/products/presonus/studioone/