宇佐美秀文が使う Studio One 第4回

第4回 マスター・セッションの
さまざまな活用法について

今回の原稿執筆の少し前にStudio One(以下S1)バージョン3.5がリリースされました。注目の追加機能の一つは、バーチャル・インストゥルメントのレイテンシー・マネージメントでしょう。プラグインやたくさんのトラックなど、込み入った状態でもバッファによるCPU負荷を気にせずに演奏できるのは素晴らしいですね! またコンプやEQが強化されたFat Channel XTも制作意欲を刺激してくれます。まだ新機能を研究している段階ですが、かなり頼もしいアップデートという印象です。

ステム・データを用意して
マスター・セッションのひな形を作る

過去回で少しだけ触れましたが、マスター・セッションとはライブで演奏する複数の楽曲データを1ソング上に並べたソング・データのことを指します。S1は複数のソング・データを開いておいてSongタブやショートカットで切り替えることができますが、マスター・セッション・データを作ることで切り替え時の待ち時間を無くし、スムーズに次の曲へ移れるというメリットがあります。反面、トラック数が増えるとCPUの負荷率が増したりデータ管理が煩雑になるのでまずは事前に準備をしておきましょう。

僕の場合、生演奏に置き換わるトラックも含んだオリジナルのソング・データ(パラデータ)を使ってリハーサル時に音色やバランスを詰め、内容が整理されたところで、実際に使うリズム&ループ、ウワもの、ストリングスやホーン・セクションといった、ある程度のグループに分けたステム・ミックスを作ってマスター・セッションに並べています。また、オリジナル・ソング・データの仕込み時に、系統別にBUSトラックを作ってまとめておくことで“ステムをエクスポート”のコマンドからすぐにステム・データを作ることが可能です。“1_Rhythm”“2_Synth”のようにBUSの名前の最初に通し番号を振っておくとエクスポート画面での選択も楽になりますし、移植時に便利に働きます。

▲ライブで演奏される楽曲のオリジナル・データから生演奏に変わるトラックをミュートし、系統別に用意したBUSへ該当トラックを送っている(赤枠)。そして曲頭から終わりまでを“ステムをエクスポート”のコマンドを選択してして書き出す(エクスポート範囲は適切なものを選択)。その際、BUSのトラック・ネームの先頭に数字を振ることで、選択場所を集中させることができる ▲ライブで演奏される楽曲のオリジナル・データから生演奏に変わるトラックをミュートし、系統別に用意したBUSへ該当トラックを送っている(赤枠)。そして曲頭から終わりまでを“ステムをエクスポート”のコマンドを選択してして書き出す(エクスポート範囲は適切なものを選択)。その際、BUSのトラック・ネームの先頭に数字を振ることで、選択場所を集中させることができる

オフラインで同時に複数のステム・ミックスが作れるのはS1の強みですね。このときテンポ・マップやマーカーなどもコピーすることで曲の流れも把握でき、マスター・セッションを使ったリハーサルでも“サビの2小節前からスタート”といったことが容易になります。また、トラックの設定を“タイムストレッチ”にすれば急なテンポ変更にも対応可能。アレンジ・トラックはループ・ポイントの設定用途(第2回参照)を除いて1曲分の長さに設定し、曲名や曲出しのキューなどのメモを書き込みます。マーカーでも同じことができますが、フォントが小さいのと、ズーム・アウトするとそれぞれが重なり合ってしまうので視認性の良いアレンジ・トラックがお薦めです。曲順が変更になってもドラッグして簡単に並べ替えることができるので便利です。

ステム・データが出来上がったらマスター・セッションとなるソング・ファイルにドラッグ&ドロップで並べていきますが、事前にPA(あるいは自分の外部ミキサー)へのアウトを割り振ったトラックを作っておくことで手間を省くことができます。先ほど付けたトラックの通し番号はこのときにも生きるのです。複数個のファイルを同時に放り込むと数字順にトラックが並ぶので、入れ込む先を一番上のトラックにすれば奇麗に並びます。時間が勝負となるライブ現場ではこのちょっとした時間短縮が重要です!

▲エクスポートしたステム・ファイルをマスター・セッション・ソングにドラッグ&ドロップでインポート。MacではFinder上で名前でソートすればの行程で振られた数字の順番に並ぶので便利だ。PAもしくは自分用の外部ミキサーに送るアウトプットを設定した同名トラックをあらかじめ用意しておくことでインポート後の手間を省いている(赤枠)。ちなみに筆者はトラックのアウトプットを使わずにそれぞれのセンドを利用 ▲エクスポートしたステム・ファイルをマスター・セッション・ソングにドラッグ&ドロップでインポート。MacではFinder上で名前でソートすればの行程で振られた数字の順番に並ぶので便利だ。PAもしくは自分用の外部ミキサーに送るアウトプットを設定した同名トラックをあらかじめ用意しておくことでインポート後の手間を省いている(赤枠)。ちなみに筆者はトラックのアウトプットを使わずにそれぞれのセンドを利用

トラックのレイアウトは、“曲ごとにフォルダにまとめる”“1曲目はA、2曲目はBといった具合に順番に割り振る”“すべてを同種トラック上に並べる”……など、そのときのプロジェクトに合うものを適用しましょう。

▲マスター・セッション上のステム・ファイルの並べ方の一例。フォルダ別(左)は曲データが独立しているので管理しやすく、一曲ずつ交互に配置する場合(右上)はズームアウト率が稼げるのでふかんで把握しやすくなる。そして前の曲の終わりに次の曲が被る場合にも簡単に対応できる。横一列に並べる方法(右下)はさらにシンプルだ ▲マスター・セッション上のステム・ファイルの並べ方の一例。フォルダ別(左)は曲データが独立しているので管理しやすく、一曲ずつ交互に配置する場合(右上)はズームアウト率が稼げるのでふかんで把握しやすくなる。そして前の曲の終わりに次の曲が被る場合にも簡単に対応できる。横一列に並べる方法(右下)はさらにシンプルだ

イベントFXを活用して
マスター・セッションの手間を省く

ステム・ミックスを作る際、リバーブなど空間系エフェクト込みで書き出すことは少なくありませんが、カット・アウトして終わるストリングスや脅かし系のSEに深く掛けたロング・リバーブなどは、その余韻が終わるまで再生を止めることができなくなります。この余韻中に任意のタイミングで次曲へ行きたい場合はあらかじめドライの素材を用意して必要なプラグインを掛けることになりますが、FXチャンネルを使うとなると曲ごとにリバーブ・タイムのオートメーションを書いたり、必要なプラグインごとにFXチャンネルを用意しなければいけません。マスター・セッションとしての見た目や手間が煩雑になるのが嫌だな……というところでイベントFXの登場です。やり方は該当リージョンを選択してインスペクター下部にあるイベントFXの“有効化”を押し、必要なプラグインを選択するだけ。

▲波形には出ていないが、赤枠部分はディレイで音が飛んでいる。当然ながらこのゾーン内で再生を止めれば音は途切れてしまう。そこで左下(黄枠)のイベントFXを有効化する ▲波形には出ていないが、赤枠部分はディレイで音が飛んでいる。当然ながらこのゾーン内で再生を止めれば音は途切れてしまう。そこで左下(黄枠)のイベントFXを有効化する。

トラックに直接挿すのと同じことなので、プラグインの効果に対して下がる原音の音量レベルが聴感上同じになるように、同インスペクター内のゲインで調整します。ここで気をつけないといけないのは、ディレイなどテンポ追従するSync機能があるプラグインは、マニュアルで長さを設定することです。SyncがオンになっているとBPMの違う場所にロケートした瞬間にディレイ・タイムが変わって意図しない挙動になってしまいます。

▲該当個所を独立したリージョンに分割しイベントFXでディレイを挿入した図。赤枠分の時間はリアルタイム処理されたディレイ音が流れるので再生を止めて次の曲へロケートしても問題ない。ただしテンポが変わる場合に備えてSync機能はオフするのを忘れずに(緑丸)。聴感上の音量感が同じになるようにゲインも調整しておく(黄枠) ▲該当個所を独立したリージョンに分割しイベントFXでディレイを挿入した図。赤枠分の時間はリアルタイム処理されたディレイ音が流れるので再生を止めて次の曲へロケートしても問題ない。ただしテンポが変わる場合に備えてSync機能はオフするのを忘れずに(緑丸)。聴感上の音量感が同じになるようにゲインも調整しておく(黄枠)

ほかによく使う機能としては優秀なオートメーション。オリジナル・ソングのデータに戻らなくても対応できるものは、積極的に使っています。メイン・ウィンドウ左上に手のアイコンがありますが、左隣にAのマークがある場合、手のアイコンの右欄にある項目に対してオートメーションを書くことができます。EQのポイントでもディレイの長さでもクリックしてAマークが点けばエディット可能の合図なので、手のアイコンをトラックが並んでいる場所へドラッグ&ドロップしてレーンを作りましょう。

▲Pro EQのLF Q幅のオートメーションを書くためにQノブをクリックすると(赤枠)、メイン・ウィンドウ左上にAマークと“LF-Q”の表記が出る(黄枠)。その隣の手のマークを任意の場所にドラッグ&ドロップするとオートメーション・レーンを作ることができる。適用するリズム・トラックに重ねてトラックのエンベロープ内に作ることも可能だ ▲Pro EQのLF Q幅のオートメーションを書くためにQノブをクリックすると(赤枠)、メイン・ウィンドウ左上にAマークと“LF-Q”の表記が出る(黄枠)。その隣の手のマークを任意の場所にドラッグ&ドロップするとオートメーション・レーンを作ることができる。適用するリズム・トラックに重ねてトラックのエンベロープ内に作ることも可能だ

ライブは演者とお客さんとの間で起こる、その日その瞬間の“素敵なアクシデント”です。生演奏と同じく楽曲を奏でる1パートとして、ほかのプレイヤー、そしてお客さんとアンサンブルできるように準備し、反応していくことがマニピュレーターのプレイではないかと思います。

全4回お付き合いいただきありがとうございました。それではまたいつか、どこかの会場で!

*Studio One 3の詳細は→http://www.mi7.co.jp/products/presonus/studioone/