2000年に結成したロック・バンド、椿屋四重奏のギター&ボーカルとしてデビューした中田裕二。2011年のバンド解散以降はシンガー・ソングライターとして活動し、自身のルーツである歌謡曲やニュー・ミュージックを軸とした楽曲を制作してきた。4月15日に発売されたオリジナルとしては9作目となる『DOUBLE STANDARD』では、さらにビンテージ感のあるサウンドを追求。シンセなどを駆使した近年のJポップで聴けるきらびやかさとは対極にある作品と言えるが、ひずみによる倍音感が心地良い音像を生み出し、淡い色彩を感じるようなアルバムに仕上がっている。制作について、録音&ミックスを手掛けたSound DALIの大野順平氏とともに語っていただいた。
Text:Yusuke Imai Photo:Hiroki Obara
マーヴィン・ゲイのマルチトラックを聴いてグルーブの本質に気付いた
—中田さんは自宅でデモ作りをされていますが、宅録は長いのですか?
中田 子供のころ、家にあったCDコンポにカラオケ用の入力端子が付いていて、それを使って友達とレコーディングっぽいことをしていました。2ch分の端子があったので多重録音ができたんですよ。その後、中学1年生くらいでバンドを組んで、デモ・テープを作ろうと買ったのがTASCAMのMTRでした。4trの録音ができたので、YAMAHAのリズム・マシンやベース、歌などを録っていましたね。
—現在ではSTEINBERG Cubaseを駆使してデモ作りをしているそうですね。
中田 Cubaseは3年くらい前から使っていて、それまではABLETON Liveユーザーでした。Liveで作るような電子音楽をやっているわけではないんですが(笑)。Liveは編集がやりやすく、シンプルな操作性だったので曲の組み立てが簡単だったんです。でも、だんだん動作が不安定になってきてしまい、そんなときにCubaseは安定して動いてくれると聞いて、導入しました。実際にとても安定した動作で、音も良いです。それとAVID Pro Toolsはデモ作りではなく、レコーディング用として長らく使っています。
—ギターは自宅で本チャンを録音することも多いと聞きました。
中田 今作でもリード・ギターは家で構築したものが多いです。音作りはNATIVE INSTRUMENTS Guitar Rigを使っています。
—今ではアンプ・シミュレーターを使ってギターを録音する人は多いですが、中田さんは以前からLINE 6 Podを使ったりしてラインで録っていたそうですね。
中田 椿屋四重奏の後期は、事務所に自分のコンピューターやオーディオI/O、Podなどを置いて録っていましたね。
大野 椿屋四重奏の『CARNIVAL』(2009年)のときに、“ギター・アンプを鳴らさなくなった”って言っていた気がします。
中田 あのアルバムではPodで録っていました。今聴くと独特な音ですけど、なかなか使いやすかった。名機ですよ。
—アンプ・シミュレーターを使うようになったのは、やはり自宅で音作りを詰めていきたいから?
中田 ええ、時間をかけて音を作りたいんです。でもスタジオでは人を待たせてしまうし、僕自身がそういうプレッシャーにすぐ負けてしまって(笑)。気を遣ってしまって集中できなかったんですよ。だからなるべく自分の家で作業できるようにして、今では自宅で録って編集もしています。聴いた印象的には一発録りでやっているような雰囲気を出していますが、実はちまちま編集しているんです(笑)。
—そういう細かい編集作業は好きな方ですか?
中田 そうですね。一時期は波形をグリッドにぴったり合わせまくっていました。全パートを気にしながら編集していたので、病気だと言われていましたね(笑)。でも、今はあまり気にしなくなりました。たぶん音楽の良い部分が本当の意味で分かってきたのかなと。以前、マーヴィン・ゲイ「ホワッツ・ゴーイン・オン」のマルチトラックを解析する動画を見たんですが、トラック単体で聴くとかなりタイミングが揺れているのに、全体で聴くと面白いグルーブになっているんです。DAWを使っているとどうしても音を視覚的にとらえがちですが、そのマーヴィン・ゲイの音を聴いたことでグルーブの本質に気付けました。今回のアルバムでも、各演奏者には“もっと緩く演奏してください”みたいな注文が多かったです。
—アンプ・シミュレーター以外のエフェクトもプラグインなのでしょうか?
中田 今回はレコーディングの途中からコンパクト・エフェクター熱が高まって、ELECTRO-HARMONIX Big MuffやMXR Dyna Compなど、ギターにさまざまなエフェクターをつないでかけ録りをしました。ディレイやリバーブなどの空間系もかけていましたね。
—ギターの音はエフェクトがかかった状態で大野さんへ渡るのですね。
大野 以前からエフェクトをかけた状態で受け取ることはしていましたが、今回は僕の方でさらにエフェクトを加えて、“追いリバーブ”“追いディレイ”をしていきました。
—リバーブを重ねていくと音像がボワボワしてしまい、処理も大変になるのでは?
大野 リバーブの低域の成分の処理が重要です。リバーブを追加するとやはりボワついてくるので、EQと定位で整えます。また、1つのリバーブを多めにかけるのではなくて、複数のリバーブを少しずつかけました。使ったのはVALHALLA DSP VintageVerbやSOFTUBE TSAR-1、WAVES H-Delay、Abbey Road Reverb Plates、AVID Revibe IIなどです。プラグインだけでなく、プレート・リバーブのEMT 140をブレンドするということも行っています。
—リバーブをレイヤーするときは、それぞれのリバーブ・タイプを統一する?
大野 場合によってさまざまです。スプリング・リバーブにプレート・リバーブを混ぜたりすることもあります。中田さんの場合は、歌にもスプリング・リバーブをかけることがあるんです。でも、スプリング・リバーブのみでは歌とリバーブ成分が分離し過ぎることがあり、接着剤としてプレート・リバーブや短いタイムのテープ・エコーを加えたりしています。
中田さんは倍音が多い声なのでひずませたときの変化が刺激的
—自宅でギターを録音するときはオーディオI/Oに直接入力するのですか?
中田 ギターを含め、ほとんどの楽器はプリアンプのFOCUSRITE ISA428に入れてから、オーディオI/OのMETRIC HALO ULN-8へ入力しています。ボーカル録りでのマイクプリはCHAMELEON LABS 7602 MKIIです。ISA428はクリアな音で、ベースでは中域が締まってくれるイメージ。プリアンプの中には、レンジが広過ぎるが故にぼんやりと録れてしまうものがあります。でもISA428はレンジが広過ぎない感じがあり、それが気持ち良いんです。7602 MKIIはNEVE 1073を参考に作られていると聞いて、それだけの理由で買いました。価格もリーズナブルですし。
—ボーカルに7602 MKIIを使うのは、やはりNEVE的なひずみ感が欲しいためですか?
中田 大野君いわく、僕は“ひずませた方が良い声”らしいんです。
大野 ひずませると色っぽくなるんですよ。もともとすごく倍音が多い声なので、ひずませたときの変化が刺激的で。我々エンジニアは特にそうですが、本来は歌をひずませるというのは怖いことなんですけどね。“歌がひずんでいる”と言われたら失格の烙印を押されるような感じですから。
中田 声に関しては自分の好みが変化していて、使うマイクも変わりましたね。椿屋四重奏時代は高域が立っていて、シャキッとした音を使いがちでした。ギター・ロックだったので、どうしてもギターの高域が前に出てくるじゃないですか。だから歌もある程度立たせないとオケになじまないので、マイクもシャッキリ系のものを使っていました。でも、だんだんとビンテージなトーンのマイクが好きになってきましたね。
—今作ではボーカルも自宅で録音を?
中田 コーラスは家で録ることが多かったですが、ほとんどはスタジオでレコーディングしています。
大野 今回はNEUMANN U47が活躍しましたね。
中田 昔は好みではなくて歌いづらい印象があったんですが、歳を重ねて声が変わってきたのか、良い感じにU47へ声が乗るようになってきたんです。逆にU87が合わなくなってきましたね。
大野 U47以外には、SAMAR AUDIO DESIGN VL37やVIOLET DESIGN The Amethyst、ROSWELL PRO AUDIO Mini K47も使いました。
中田 Mini K47は橋本(まさし/Sound DALIチーフ・エンジニア)さんがサンレコでレビューしていましたよね。僕も店頭で試して買ったんですよ。新しいマイクですけどすごくビンテージなトーンがして、ミックスもやりやすかった。
大野 Mini K47はリップ・ノイズが少なく、シビランスが薄かったりと、すごく扱いやすい。今回は歌を結構ひずませていたのでリップ・ノイズと歯擦音が目立ちやすく、その処理が大変だったんですが、Mini K47で録った「UPDATER」でのミックスは楽でしたね。
中田 コーラスはMini K47で録った曲が多いです。すごく抜けが良いのも特徴的ですね。中域寄りのサウンドですが、ミックスではすごく前に出てくる。
大野 不思議ですよね。高域が特出して伸びているわけでは無いのに抜けてくる。中田さんの声に合っているのかもしれないですね。
デジタル領域が進化したことでアナログ機器の魅力を記録できるようになった
—Sound DALIでボーカルを録るときのマイク・プリアンプはNEVE 1073ですよね。歌のひずみ感は1073で作り出したのですか?
大野 はい。実は前作『Sanctuary』のときにも試してみたんです。中田さんが自宅で歌を録るときは必ずひずませるので、本チャンでもひずませてみようと思って。通常よりもインプット・ゲインを5~10dBほど突っ込んでいますね。“ここかな?”と思うポイントより1、2ステップ上げる感じ。
—やはりプラグインでひずませるのとは全く質感が違う?
大野 ドラムにはSOUNDTOYS DecapitatorやNOMAD FACTORY Magnetic IIなども併用しましたが、歌の場合はプラグインだと求めている質感にならないです。
中田 プラグインでひずませると、どうしてもシャリシャリする感じになってしまうんです。1073を使って音の腰からひずませていくイメージの方が、ちょっと洋楽っぽくなる。
大野 ミックス段階ではさらにひずみを加えました。FEDERAL AM-864/Uという軍用機の真空管コンプ/リミッターを使っています。バッファー的な使い方をしていて、レベルが変わらない状態で通すんです。ひずませるとどうしても飛び出してくる帯域があるので、そのときはプラグインのEQやマルチバンド・コンプで調整しました。
中田 このアルバムは、ひずみがミルフィーユ状態になっているんです。ドラムもベースも全部ひずませているんですけど、全体で聴いたときには“ひずんでる!”という印象はそんなに無い。昔のレコードの質感が欲しかったんですよね。その感じに少しでも近付けるためには、結局ハードウェアが一番だということになって。ギターにコンパクト・エフェクターを使ったと言いましたが、やっぱりその方が音が良かったんですよ。アナログ回路を通るだけで吹き込まれる魂みたいなものがあるのだと感じます。
—録音ではOTARI MTR100も使ったそうですが、それもアナログ・レコーダーのひずみ効果を狙って?
中田 ええ、だから言ってしまえば濁りまくっているサウンドなんですよね。
大野 でもテープで得ているサチュレーションは本当に少しです。それ以降のチェインでのひずみが大きいですから。サンレコ読者の方や自宅で制作されている方には、テープで録るということに大きな期待を持っている人もいらっしゃると思います。でもテープを使うことで劇的に何かが良くなるということではないですし、そういった期待を持って回しているわけではありません。単純に、テープで録っていたころの音楽の質感が欲しいから当然のように使っているだけ。僕も中田さんも、古い音楽が好きでよく聴いていますからね。
中田 最新の音楽でも、やっぱり古めかしいサウンドを作っているアーティストばかり聴いてしまいますね。リファレンスとなった作品も、そういうレトロなサウンドをうまく使っているものばかりでした。海外のアーティストたちもアナログに回帰している気がしていて、そのサウンドが大好きなんです。アナログ機器でしか得られない質感があって、それにみんなが気付き始めている。明りょうさよりも味わいに耳が行き始めている気がします。レコードを聴く人が増えているのもそういう理由かもしれませんね。
大野 Pro Toolsの進化も大きいと思います。デジタル領域が良くなったからこそ、前段のアナログ機器の魅力を昔より発揮できるんですよね。16ビットのころには記録できなかった部分が、味わいも含めてとらえることができるようになっている。だからより録音が大事になってきていると感じます。録る段階でいかにアナログ機器の魅力を入れていくのかが重要ですね。
日本のメロディと曲調は郷愁を覚えるような音像と合う
—テープやプリアンプでのサチュレーション効果のためか、丸みと温かみのあるドラムも印象に残りました。
中田 ドラム・サウンドはミュートでの音作りが大きいです。信じられないくらいミュートしましたね。ほとんど布で覆われた状態になり、「どこをたたけば良いか分からない」ってドラマーに言われました(笑)。
—物理的な処理なんですね。
大野 やはり楽器自体の音が命ですからね。
中田 ミュートを絶対にして録るということは最初からイメージしていました。そうしないと望んでいる質感は生まれないので。聴いた瞬間に邦楽だと分かるドラム・サウンドは嫌なんです。邦楽のドラムってビシャビシャとしている印象があって、コンプも結構かかっているからハイハットやシンバルがビシャーンと鳴ってしまう。一方、海外のアーティストはかなりミュートしているんですよ。ずっと大野君と試行錯誤してきましたが、やっと理想的なドラムが録れました。
—音作りのポイントはミュート加減?
大野 はい、楽器のチューニングとたたき方ですね。今回はひずみを加えていったので、チューニングが悪いとビシャーンという音になりやすいんです。
中田 たたき方も“もうちょっと弱く!”って指示していました。例えば、NPR『Tiny Desk Concert』に出ているドラマーを見ていると、かなり弱くたたいているんですよ。
大野 今作に参加したドラマーはうまい人たちばかりですし、弱くたたいてもしっかり鳴ってくれるっていう前提はありますけどね。
—ひずみを加えることで楽器のレスポンスも変わりそうですが、調整はどのように?
大野 録りの段階からある程度フィルターとひずみ感をシミュレートしていました。その音を演奏者にモニターしてもらいながら、タッチをコントロールしてもらったんです。やはり素晴らしい演奏だったからこそ、良いひずみ感が最後まで保てました。
—ひずみだけでなく、フィルターでも質感を調整しているのですか?
中田 “高域をカットしてください”ってよく言っていましたね。そんなレコーディングはあまり無いと思いますが(笑)。
大野 良い音だとダメっていう(笑)。フィルターでの処理は難しいポイントもあるんです。例えば、ドラムに対して4kHz辺りのポイントでローパス・フィルターをかけたとします。そうすると、どうしてもカットするポイントでレゾナンスが立ってしまい、ハイハットやシンバル、スネアのスナッピーが耳に痛く聴こえて、逆に高域がきつく感じてしまうこともあるんです。フィルターだけでなく幾つかのEQを使い、狭いQ幅で目立ってしまったポイントをカットしました。
中田 いかに音をとがらせないか、どうやって研磨するのかは苦労して考えていましたね。
—全体的にかなり手間をかけた制作になったようですね。
大野 AIが進化している中で、こんなに人間味のあるレコーディングをしている人たちは珍しいかもしれません。手作り感が満載です。
中田 久しぶりにレコーディングが楽しいなと思いました。10年くらいをかけて大野君と制作してきて、ようやく理想の形になった気がします。初めて大野君にミックスしてもらったときは「うーん、20点!」とか言っていましたからね(笑)。
大野 ニコニコしながら鬼みたいなこと言われました(笑)。
—求める質感を追求し続けて、一つの完成形として今作ができたわけですが、今後もこのアナログ機器を生かした制作手法は続けていく予定ですか?
中田 さらにアナログ機器への回帰はしていくかもしれません。邦楽でそういったサウンドを追い求めている人って少ないんですよね。ネオ・ビンテージみたいなサウンドをやっている人はいますが、全体として見たときにはあまり居ない。日本のメロディや曲調は、そういうサウンドに合うと思うんです。日本は四季があって、景色にグラデーションがある。だから、郷愁を覚えるような音像が合うんです。そんなサウンド作りを続けていきたいですね。
『DOUBLE STANDARD』
中田裕二
インペリアル/テイチクエンタテインメント:TECI-1677
- DOUBLE STANDARD
- 海猫
- どうどうめぐり
- 蜃気楼
- グラビティ
- UPDATER
- 火影
- 愛の前で消えろ
- 長い会話
- 輪郭のないもの
Musicians:中田裕二(vo、g、prog)、トオミ ヨウ(k、syn、prog)、sugarbeans(k、syn)、千ヶ崎 学(b)、隅倉弘至(b)、小松シゲル(ds)、張替智広 (ds)、朝倉真司(ds)、神谷洵平(ds)
Producer:中田裕二
Engineer:大野順平
Studio:Sound DALI、Oden 、他