マイク・ディーン インタビュー【後編】

マイク・ディーン

カニエ・ウェストの作品に長く携わり、5度のグラミー賞にも輝いたプロデューサー/エンジニアのマイク・ディーンが、1時間半にわたるオンラインでのインタビューに応じてくれた。カニエ・ウェストとの出会い、ミキシング手法、オリジナルの作品や膨大なシンセサイザー・コレクション、そしてこれからの夢についてなどなど、ディーンの恐ろしく幅広いキャリアをそのまま映し出したかのような、広範囲の内容にわたるインタビューを存分に楽しんでいただきたい。

Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko Photo:Jason Martinez

インタビュー前編はこちら:

お気に入りはSSL UF8

 現在、ディーンはヒューストンにスタジオを1つ構えているほかに、Studio Cityと呼ばれるロサンゼルスのマンション内に2つスタジオを持っていて、アーティストたちはこちらを好んで訪れるという。

 「マドンナは数日おきに立ち寄るね。いつでも面白い人物だよ。今は彼女のナンバーワン・ダンス・ヒットを51曲集めたコンピレーションのマスタリングを終えたところだ。そのほかにも「フローズン」のリミックスが進行中で、リミックスのリミックスなんて作業もやっている。曲作りも同時に進行しているよ」

 過去にはマドンナのアルバム『レベル・ハート』(2015年)や『マダムX』(2019年)にも参加している。これは女性ポップ・シンガーの作品にも幅広く参加している好例だ。ラナ・デル・レイの「ワイルドフラワー・ワイルドファイア」も同様で、こちらではコ・ライティング、コ・プロデュースに加えてミックスとマスタリングも担当。彼女の最新のアルバム『ブルー・バニスターズ』(2021年)でも彼の名前は見ることができる。

 「ラナは近所に住んでいて、頻繁に訪ねてくる。彼女のアルバム制作のセッションは面白かったね。彼女が思い描いているラフなアイデアを元に1~2日かけて曲を作り、コードを重ね、そして全体をまとめたんだ。上の階のピアノがある部屋で俺がピアノを弾き、彼女がカラオケ・マシンで歌って作業したよ。それからSONY C-800GとSHURE SM7Bでレコーディングした。彼女の声にはC-800GよりSM7Bの方が良かったね。ポップ・ガード無しで録ったんだけど、実際、ラナはずっとSM7Bを使っていることで知られている。マイクプリは大体1073で、ビンテージのNEVEかBAE AUDIOのどちらかを使っている。もう一つのスタジオにはRUPERT NEVE DESIGNS Shelford Channelも置いている。録りでのコンプはTUBE-TECH CL 1Bだけ、できるだけシンプルに録っているんだ。それ以外に持っている機材は全部シンセとギターだな」

シングル発売もされた「ワイルドフラワー・ワイルドファイア」をマイク・ディーンがプロデュース。ラナは彼のスタジオの近所に住んでいるとのこと。

 ボーカルの作業ではAVID D-VerbとWAVES H-Delayが活躍するとのこと。

 「D-Verbは良いね。本当に部屋の中で歌っているようなサウンドにしてくれる。そのほかに何か必要かい? VALHALLA DSPのリバーブも同じく多用している。これもシンプルで使いやすい良いプラグインだな。大体は普通のプラグインを使うことが多く、変なプラグインを使うことはほぼないね。何をしているのかよく分からないプラグインは好きじゃないな」

 シンセサイザーへの絶大な愛情を鑑みると、ディーンがアナログの信奉者だという印象を受けるかもしれない。だが実際には、彼は昔ながらの巨大なコンソールと宇宙船のようなアウトボードに囲まれたスタジオでのハードウェア主体の作業よりもモダンでミニマリストなアプローチを好んでいる。

 「よりシンプルな方が好きでね。どちらのスタジオでも最近出たばかりのSOLID STATE LOGIC UF8を使っていて、これはとても気に入っている。特別な機材はこれぐらいだな。先に言ったレコーディング用のマイクやアウトボード類を除けば、ハードウェアはRUPERT NEVE DESIGNS 5060 Centerpiece、SPL MixDream、それからMCDSP APB-16を2台、UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satelliteを4台持っているのと、後はANTELOPE AUDIO 10MXがあるくらいだ。5060は俺のセットアップの中核だね。NEVEのコンソールと非常によく似ている。数千万円はするコンソールと5060を比較すると毎回5060の方に軍配があがるんだ!」

 コンピューターやDAWの環境についてはこう語る。

 「最新のAPPLE Mac Proを2台持っていて、どちらもメモリーは384GB、SSDは8TBだ。DAWはAVID Pro Tools、ABLETON Live、APPLE Logic Pro、IMAGE-LINE FL Studioを使っていて、たまにREASON STUDIOS Reasonも使っている。ボーカル・レコーディングやミックス、マスタリングにはPro Toolsを使っているが制作には一切使わない。ドラムはLiveで作ることが多いが、FL Studioのサウンドが欲しいときにはそっちでやることもある。Pro Toolsを使う理由は、オートメーションが慣れ親しんだSSLのコンソールにとても似ているからだ。それにHDXのDSPがプレイバックやプラグインの負荷を大幅に受け持ってくれるのもいいね。オーディオ・インターフェースはメイン・ルームでANTELOPE AUDIO Goliathを2台、Bルームでは1台使っていて、こうすることでメイン・ルームでは64ch分のサミング、Bルームでは32ch分をキーボードの入力に使うことができる」

 2つのスタジオは基本的に同じ機材をそろえていて、違いはメインのスタジオにキーボード類が置いてあることと、モニター環境の違いとのこと。

 「メイン・ルームのモニターはTANNOY System 215 DMTとYAMAHA NS-10Mだ。BルームにはDolby Atmos環境をセッティングしてあって、スピーカーはAMPHIONで統一してある。Two18をフロント、One18をリアとハイトに配置していて、それとベース・エクステンション・システムのBaseTwo 25を使用している。モニター・コントローラーはDAD MOMだ。スタジオAではビート・メイクとステレオのミックスを行うが、それをスタジオBに持っていって、そのままDolby Atmosのミックスを続けることができるんだ」

 前述の5060と同じく重要な機材が、NS-10Mだという。

 「俺のワークフローには欠かせないスピーカーだね。8セット分を確保してあって、必要があればウーファーやツィーターをすぐに交換することができる。同様にSystem 215 DMTは6セット分をキープしてある。これはNS-10Mにそっくりなサウンドで、そのまま下に数オクターブ伸ばしたようなスピーカーだ」

マイク・ディーン

マイク・ディーンがロサンゼルスに持っているスタジオのメイン・ルーム。ディスプレイの正面にはSOLID STATE LOGICのコントローラー、UF8とUC1を配置。ディーンの右手のラックには上からBAE AUDIO 1073×2、TUBE-TECH CL 1Bが収められており、さらにその下にはROLAND VP-9000がセットされている。左手のラックには上段にサミング・ミキサーのSPL MixDream、下段にRUPERT NEVE DESIGNS 5060 Centerpieceを格納

奥に見えるキーボード類は、右側上段からENSONIQ Ensoniq ASR-10、SEQUENTIAL Prophet-5、 WURLITZER 200シリーズ、その手前はNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61。右から2列目は上からMOOG Minimoog Voyager XL、KORG Triton Extreme 88 Key。左列はMOOGのモジュラー・システムが圧倒的な存在感を放っている。ディーンの背後に見えるのはARP 2600

 

マイク・ディーン

メイン・ルームを別角度から見ると、部屋がシンセで埋め尽くされていることがわかる。上の写真にも写っていたMOOGのモジュラー・システム(写真右手)や、ARP 2600のほかに、2600の鍵盤の上には、ARTURIA Keystep Pro、そしてそれらの左手にはMOOG Memorymoogが見える。また、写真右手のスタンド下段にはMELLOTRON M4000Dがあり、MOOGのモジュラー・システムの鍵盤右にはTEENAGE ENGINEERING OP-1も見える

写真左側のスタンドには上からASHUN SOUND MACHINES Hydrasynth Keyboard、KORG Delta、ARTURIA MatrixBrute。写真の中央左側のスタンド上段には左からMOOG GrandmotherとMatriarchが並び、中段にROLAND Jupiter-8、下段にYAMAHA CS-80がセットされている

写真の中央右側のスタンド上段にはMOOG Moog One、その下の段右側には同社の16 Channel Vocoderがあり、その上にはDIGITECH Talker。その下の段にはMOOG Minimoogも見える。さらにその下にはRHODES Suitcase Piano 73 Mark II

 

マイク・ディーン

マスタリングとDolby Atmosミックスに対応したルームB。フロントはAMPHION Two18、リアとハイトはOne18、そしてサブウーファーとしてベース・エクステンション・システムのBaseTwo 25を使用していると思われる。デスクの左側のラックには奥からSPL MixDreamとRUPERT NEVE DESIGNS 5060 Centerpieceを設置。その手前にモニター・コントローラーのDAD MOMがある。右手のラックには奥からRUPERT NEVE DESIGNS Shelford Channel、TUBE-TECH CL 1B、SOLID STATE LOGIC UF8を収納

チューニングのズレこそがクール

 彼のキーボードのほとんどはメインのスタジオに設置されているが、一つの部屋にすべてを同時にセットするにはあまりに多すぎるため、入れ替えながら使用しているとのこと。キーボードの森とも言えるこの様子は非常に印象的だが、かさばる上に重くて取り回しも悪く、時にはチューニングが狂ったり故障したり、特殊なMIDIの設定を必要としたり、メインテナンスに多大な手間と費用がかかるそうだ。ちなみに、ディーンのキーボード類はすべて、ロサンゼルスのアナログ機材メインテナンスの権威であるローゼン・サウンドによってケアされている。

 「50台くらいのキーボードを持っているが、こいつらは本物のサウンドを出してくれる。どの機種もMIDIに対応できるようにアップグレード済みで、ソフト・シンセよりはるかに素晴らしいサウンドなんだ。例えばARP 2600はついこの間、15,000ドルで手に入れたんだが、あまりにも良いサウンドだったから1週間で元が取れたよ。ウォームで気持ち良いディストーションと素晴らしいオシレーターが特徴でね。ほかのメーカーのクローンも持っているし、中には良いサウンドを出しているものもあるが本物とは違うな」

 最近手に入れたのは2600だけではない。YAMAHA CS-80も入手したとのこと。

 「50,000ドルで購入した。これもほかのものでは絶対に真似できない最高のサウンドだね。CS-80と同じポリフォニックのアフタータッチを再現できるシンセは存在しないよ。ROLAND Jupiter-8も今年、20,000ドルで手に入れた。こうした古いキーボードについてはいろいろ言う人も多いが、実際に所有してみてそのサウンドを聴けば違いが分かるだろう。それにこうしたリアルのシンセを使っていると時折チューニングがずれることがあるが、それがクールさを出してくれるんだよ。ファンキーだが、これが個性につながるんだ! もちろんソフト・シンセもたくさん使っているし、否定するつもりは全くない。だがソフト・シンセは言ってみればANTARES Auto-Tuneが使われたボーカリストみたいなもんだ。ひどく退屈で、味がないんだよ!」

 ディーンは特にMOOG好きであり、こう語っている。「MOOGのシンセの中で特に使っているのはMatriarch、Grandmother、それからMinimoog Voyager XLは俺のベースのシグネチャー・サウンドと言ってよいだろう。MOOGの工場も何度か行ったことがあって、プロトタイプやそうした類のものを触らせてもらったこともあるな。Minimoog Voyager XL、ROLAND Juno-106、KORG Tritonと2台のノート・パソコンがライブでの中心機材で、片方のノート・パソコンは再生用、もう片方のノート・パソコンはギターやその他のサウンドのソースとして使っている。だがスタジオで作業をするときはNATIVE INSTRUMENTS Kontaktなどのサンプラーを使うことがほとんどだな。そのほかにARTURIAのオルガンなどのプラグインは多用しているよ」

 最後に、ディーンはミックス手法についてもほんの少しだけ教えてくれた。

 「ミックスをする際はサミング・ミキサーを通している。全体のサウンドがとても良くなるんだ。その後はすべてデジタルで完結させている。最初に言った通り、作業は手早く済ませるようにしていて、ミックスではなるべくデモに忠実になるようにしているね。プロデューサーの中にはデモに年単位の時間をかけている人もいるからな。そこからエフェクトの類を取り去って新しく再構成するのは時間の無駄でしかない。例えるなら、新車を買っていきなりトランスミッションを乗せ替えるようなものだ。特にラップの場合、皆それぞれに個性的なボーカルのエフェクトを使っていて、それは彼らのサウンドの一部だと思う。それは尊重しないといけない。マスタリングには特定のプラグインを使っているが、ここでは秘密にしておくよ!」

 

インタビュー前編(会員限定)では、 マイク・ディーンのこれまでのキャリアを振り返りながら、カニエ・ウェストとの出会いや自身のアーティスト活動についても語っていただきました。

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