アニメ『LAZARUS ラザロ』の音作りを監督・渡辺信一郎にインタビュー 〜カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツら参加の楽曲制作を深掘り

渡辺信一郎

音一つで違う世界へ連れて行く 
そんなアーティストにお願いしたかった

4月より放映をスタートしたアニメーション作品『LAZARUS ラザロ』(以下ラザロ)。『カウボーイビバップ』をはじめ、『サムライチャンプルー』『坂道のアポロン』『残響のテロル』など、世界で評価され続けるアニメーション作品を手掛けてきた渡辺信一郎が監督を務めていることも話題だが、本誌として特に注目したいのは楽曲制作陣だ。カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツという錚々たるメンバーが本作に参加。作品の世界観を独自のサウンドで拡張させている。そんな『ラザロ』の音作りについて、渡辺に話を聞いた。

ボノボへのインタビューはこちら ※会員限定

Story:『LAZARUS ラザロ』

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舞台は西暦2052年。脳神経学博士スキナーの開発した鎮痛剤ハプナが“奇跡の薬”として世界中に広まり、人類を苦痛から解放した。しかし、その開発者であるスキナーは突如姿を消す。それから3年後、再び現れた彼は“ハプナは服用者を3年後に死に至らしめる薬”であり、“30日以内に自身の居場所を見つけだせば人類は生き延びられる”と語る。スキナーの陰謀に対抗すべく世界中から集められた5人のエージェント・チーム“ラザロ”は、人類を救うことができるのか?そしてスキナーの真の目的とは?

未来的な雰囲気にフィットするサウンド

──渡辺さんの音楽の原体験は? 

渡辺 子どものときは昭和歌謡曲の全盛期だったので、普通にテレビで流れる歌謡曲を聴いていましたね。特に好きだったのは1970年代後半の沢田研二、あと山口百恵。どちらも曲ごとにガラッとコンセプトを変えて、衣装や振り付けも含めて面白かった。大人になってから、作詞家の阿久悠と阿木燿子が競い合うように作っていたことを知るんですけど、今思えばすごい時代だった(笑)。“次は一体どう来るんだ?”みたいなワクワク感があったんです。そういう先が読めない、次に何が来るか分からない感じは、自分の作品に影響を与えたかもしれないですね。その後、小学5年生のときに聴いたキッスに衝撃を受けて洋楽を聴くようになりました。今みたいな音楽マニアになったのは、中学2年生のときにYMOと出会ったからですね。それ以来、耳を皿のようにして一つ一つの音を聴き逃すまいという感じで音楽を聴いたり、メンバーが参加している作品を調べてそっちまで聴くようになったり、すっかり音楽マニアの道を歩むようになって、マトモな道を踏み外しました(笑)。

──YMOのメンバーと面識は?

渡辺 (高橋)幸宏さんには、結局一度もお会いできなかったです。坂本龍一さんは、『サムライチャンプルー』の曲に参加してくれたShing02さんを通じて知り合い、メールのやり取りをけっこうしていました。坂本さんは自分の『残響のテロル』を気に入ってくれて、“次は一緒にやりましょう”と話していたんですけど、残念ながら叶わずでした。細野(晴臣)さんはついこの間、ラジオ番組『Daisy Holiday!』で初対面させてもらいました。 

── 『カウボーイビバップ』や『サムライチャンプルー』ではジャズやヒップホップのサウンドがフィーチャーされていますが、そういった音楽もずっと聴いてきたのでしょうか?

渡辺 音楽マニアにもいろいろあって、例えばロックだけ、ジャズだけしか聴かないって人もいるけど、自分は雑食系の音楽マニアだったので、どんどん新しいジャンルに手を伸ばす感じでした。古いジャズとかソウル、最新のテクノとかハウスみたいなダンス・ミュージック、それにヒップホップも、当たり前のように並行してゴチャ混ぜに聴いていましたね。今のサブスク世代だとそういうのは普通かも知れないけど、当時はやっぱり一つのジャンルにこだわっている人が多かったから、こういうヤツは珍しかったと思います。

──カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツにオファーした理由は? 

渡辺 まず、自分が大好きなアーティストであること。それと、そのジャンルに収まりきらない才能と可能性があること。ボノボとフローティング・ポインツは、基本的にはクラブ・ミュージックの世界にいるけど、そこからはみ出すような才能を持っていると感じていたんです。ボノボはオーケストラと共演したりする試みもしてるし、アンビエントな作風、メロディアスな歌モノからダンサブルなサウンドまで、かなり幅広い音楽性を持ってますよね。フローティング・ポインツも、ファラオ・サンダースと共演するなどスピリチュアルなジャズへ寄ったサウンドもできるし、打ち込みのダンスものから生バンドのジャズまで幅広い。彼は音楽学校にも行っていたので、ストリングス・アレンジまで自分でできるらしくて。カマシ・ワシントンも、ジャズの世界にいるけどいわゆるオーソドックスなジャズとは程遠い。スピリチュアル・ジャズを現代に再現して発展させたような音楽をやってるし、面白いんじゃないかと。あとは、彼らの出す音。『ラザロ』の未来的な雰囲気にフィットするサウンド・テクスチャーが欲しかったし、彼らのような“音一つで違う世界へ連れて行く力を持っているミュージシャン”にオファーしたかったんです。

時には心情に対して音を付ける

──渡辺さんが音楽プロデューサーとして参加した『LUPIN the Third ~峰不二子という女~』では、音楽を担当した菊地成孔さんに楽器やメロディのイメージを具体的に伝えたこともあったそうですね。自身の求める音を言葉で伝えることはよくあるのですか? 

渡辺 いや、それは作品によるんです。『ルパン三世』という作品は、これまでに築かれた世界観やこれまで携わってきた音楽家のイメージがある。一番最初のシリーズを手掛けた山下毅雄さんと、第2シリーズ以降を手掛けた大野雄二さんの路線がそれぞれ違うんですよね。『LUPIN the Third ~峰不二子という女~』はファースト・シリーズ以前の物語なので、菊地さんに自由に作ってもらいつつも、山下さん寄りになるようちょっと誘導しただけ(笑)。例えば、“FENDER Rhodesを入れて”とか“口笛を加えて”とかの指示を3、4曲で入れただけで、あとは自由に作ってもらっていましたよ。『ラザロ』に関しては、アーティストにほぼ自由に作ってもらっています。

── アーティストの発想に任せるわけですね。

渡辺 もちろん、発注するときに音楽メニューというのはあるんです。曲調のバラエティが必要なので、“スピーディな曲”“ゆったりした響き”など、ある程度の要望は伝えています。その要望さえ押さえてもらえば、あとは好きに作ってもらうような感じです。 

── 一般的に、アクション・シーンでは盛り上がりを分かりやすく表現する曲を使うことが多いと思います。しかし、『ラザロ』では静かなトーンの曲の中で激しいアクションを繰り広げる瞬間もあります。そういった定型でない音楽の使い方は、どういう考えのもとで決めているのでしょう? 

渡辺 やっぱり、ルーティンというかパターンに沿って音楽を付けてしまうと面白くないんです。でも、どこかそのシーンが内包してるものに沿わないと、単に合わないだけになってしまう。例えば激しいアクションであっても、それが悲しい気持ちで戦ってるのであれば、その気持ちに寄り添う感じで悲しい曲を付けることもあるし、錯綜してるときは錯綜した感じの曲を付けることもある。ほかにも、例えば第1話のパルクール・シーンでは、アクションするキャラクターがまるで踊っているかのような見立てをして、あえてダンサブルなトラックを採用しました。第4話は「DON’T STOP THE DANCE」というタイトルなんですが、クラブのシーンの後に続くアクションも含めて“ダンス”だという解釈で、ダンス・ミュージックを流し続けている。きらびやかな街をダンス・フロアに例えているわけです。そういうふうに、音楽の使い方は毎回模索しています。

音楽のエンジニアによるMAミックス

──アニメ作品ではBGMだけでなく、セリフや効果音も重要な音要素ですよね。 

渡辺 以前に作った『アニマトリックス』(2003年)では、『マトリックス』本編を手掛けたハリウッドのチームが効果音やミックスをやってくれたんですけど、そのやり方を間近で見て感銘を受けたんです。ハリウッドっていったら、とにかく派手とか迫力があるとかそういうふうに思われがちですけど、実はすごく繊細なんですね。例えば、10畳くらいの部屋で人が話しているシーンがあったとして、その声のデータを実際に10畳の部屋でスピーカーから再生し、それを再度録音していたんです。要するに、その部屋では声とか音はどんなふうに響くか、そのアンビエンスを再現してるんです。そういうことをどのシーンでもやっていて、“ここまでやるのか”と驚きましたね。あと、日本では音楽やセリフなどはMAミキサーが、効果音は効果音制作の人が、コンソールのフェーダーをそれぞれで操作するんですけど、アメリカではすべてをミックス・エンジニアが一人で担当しているんです。ほかのスタッフは口を出せない領域になっている。その一人が、シーンによって効果音や音楽が一番生きるミックスを使い分けたりする。そういう現場を目の当たりにして影響を受けましたね。そこで、『サムライチャンプルー』から今に至るまで、藪原正史さんという音楽畑のエンジニアと組んで、相談しながらミックスする形にしてるんです。

──映像作品のエンジニアとは違うミックスになるのでしょうか? 

渡辺 やっぱり映画とかテレビって、伝統的にセリフを聞き取りやすくするのが絶対条件で、セリフが入ってくると音楽のボリュームをガクッと下げてしまう。音楽はあくまで添え物というか、目立たないように作品をサポートするというのが普通だったわけで、自分はそれが不満だった(笑)。“せっかく音楽が盛り上がってきたのに、何でここでボリューム下げる?”って感じで。でも、音楽のエンジニアは音楽の聴かせどころも分かっているし、こちらの気持ちも汲んでくれる。また音楽のエンジニアは仕事柄、膨大なプラグインを持ってるから、音の加工一つとってもバリエーションを多く生み出せるんです。日本のアニメ作品でここまで音響にこだわってるのは、自分たちだけじゃないかなぁ(笑)。

── 『ラザロ』では音響効果にハリウッド映画を手掛けているフォルモサ・グループが参加していますね。このコラボも挑戦的に感じました。 

渡辺 フォルモサは、『トップガン・ マーヴェリック』『DUNE/デューン砂の惑星』『ゲーム・オブ・スローンズ』などのサウンドを担当している、ハリウッドの中でもイケてるチームなんです。普段はミックスまでやる人たちなんですが、今回は日本の現場が忙しくてそんなに何回もLAに行けないので、効果音だけ作ってもらって、いつもの藪原さんと日本でミックスするという流れでした。最初はミックスに対していろいろ意見も出してもらって修正したりしていたんですけど、最終的には“エクセレント! エレガントなミックスだ”と言ってもらえてうれしかったですね。

── こういったサウンド面でのチャレンジは今後も続けていきたいですか?

渡辺 そうですね。『ラザロ』でも、テレビで流れる作品としてはやり過ぎなくらいチャレンジしました。“普通のシーンの音が小さい”と思う視聴者もいるらしいんですけど、それだけダイナミック・レンジが広く、映画館で見るようなミックスになっている。だから、ぜひ良い視聴環境で見てほしいですね。サンレコの読者だったら、良いヘッドホンの1つや2つ持っていると思うので(笑)。あと、この記事のようなメイキングや裏話満載の本があるので、興味のある人は読んでみてほしいです。一つは、細野晴臣さんやカマシ・ワシントン、フライング・ロータス、ボノボ、サンダーキャットが登場する、アニメの本とは思えない感じですけど、アニメ制作の話もたくさん出ている『別冊ele-king 渡辺信一郎のめくるめく世界』です。もう一冊は角川から出た『渡辺信一郎の世界 『カウボーイビバップ』から『LAZARUS ラザロ』まで』という本で、こっちは絵コンテやアイディア・ノートなどの資料が満載です。それぞれの本で語っている内容が違うので、両方読むとより補完されて面白いと思います。ぜひ手に取ってみてほしいですね。

Staff:『LAZARUS ラザロ』

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キャスト:宮野真守、古川 慎、内田真礼、内田雄馬、石見舞菜香、林原めぐみ、大塚明夫、山寺宏一、ほか

原作/監督:渡辺信一郎
脚本:渡辺信一郎、佐藤大、小沢高広(うめ)、近藤司
アクション監修:チャド・スタエルスキ(87イレブン・アクション・デザイン)
音楽:カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツ
音響効果:ローレン・スティーブンス(フォルモサ・グループ)
音響制作:dugout
制作:MAPPA
企画プロデュース:SOLA ENTERTAINMENT

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