平沢進『オーロラ』(1994年)

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『サウンド&レコーディング・マガジン』のバックナンバーから厳選したインタビューをお届け! 1994年4月号、平沢進『オーロラ』のインタビューを公開します。1991年にP-MODELを“解凍”。1993年までの活動を経てからリリースされたのがこのソロ作『オーロラ』でした。インタビュー内では、単体シーケンサーからコンピューター(Amiga!)への移行、そして現在の活動に連なるインタラクティブ・ライブについても言及されており、平沢の独自の視点と先見の明が伺えます。

 

 

オーロラ

オーロラ

  • 平沢進
  • ポップ
  • ¥2139

 

 

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キーストーン・スタジオでのミックス・ダウン。エンジニ アの鎮西正憲氏(写真右)とコーラスの微妙なレベルを決定

P‐ MODELとしての活動を一段落させ、通算4作目となるソロ・アルバム「オーロラ』をリリースした平沢進。ゲスト・ミュージシャンを入れず、Amigaを駆使してたった1人で作り上げたというものであるが、決してコンピューター臭くなることなく、彼独特のメロディと声が存分に堪能できる好盤である。制作プロセスについてじっくりと語ってもらう機会を得たので、ここに紹介することにしよう。

 

いい声が録れたかどうかを
一番気にしている

 

−歌をフィーチャーしたアルバムを作るというのはいつごろから考えていたのですか?

平沢 前作の『ヴァーチュアル・ラビット』が終わった時点で、大ざっぱな方向性としては考えていました。P‐MODELでアグレッシブな音作りにウェイトを置いたものを作るだろうから、ソロの方は歌ものにしようと。

 

−これまでのソロ作品と比べると、バックの音数が少なくなったと思うのですが。

平沢 ソロ活動を始めた時点では、今までP-MODELというバンドをやっていた人間がリスナーにショックを与えるにはどうすればいいのかっていうことを考えて、徹底的に音数を多くするという形を取ったんです。でも、今回はショックはいらない……音がどうのこうのとか、手段がどうだとかより、いい歌なのかっていうところから始めたわけです。それに、過去の作品で聴き返すのは、大体が歌ものなんです。細かいギミックみたいな音作りは、やってる最中しか面白くないんです。1度聴けばそれでいい(笑)。

 

−自分はギタリストでもなく、シンセサイザー弾きでもなく、ボーカリストだと自覚したわけですか?

平沢 いや、自分がボーカリストであるという認識はあまりないんです。私の歌は難しい歌ではないけれど、上手な人が歌ったら成立しない歌というか、多分違うものになるだろうと思うんです。じゃあ何かというと、私は“声”だと思っているんです。ボーカル録りのときにも、ディレクターやスタッフが何を気にするかというと、声なんです。いい声を出してるかどうかということを気にする。おいしい声ってあるじゃないですか……瞬間瞬間にね、そこにこだわって歌を録っていくんです。

 

−曲の中でボーカル処理がいろいろと変化しますが、最初からそういうアイディアで曲作りがなされていたのですか?

平沢 ええ、デモの段階からそうするつもりでした。私はデモの際、ボーカル・パートをS1100にフレーズ・サンプリングしておくのですが、そのとき既にパートごとにキャラクターを変えて作っておいてました。そのデモをスタジオでエンジニアの鎮西(正憲)さんに聴いてもらい、イメージをつかんでもらってから本チャンのボーカル・トラックを作った。私は鎮西さんのボーカル処理っていうのをものすごく高く評価しているんです。派手なものではなくて、地味なものの積み重ねなんですけど、仕上がりがとても素晴らしいんです。

 

シーケンス・システムは
Amiga2500とBars & Pipes Pro

 

−具体的なサウンド作りに関してですが、ストリングス・サウンドがかなリフィーチャーされていますよね。

平沢 とにかくロックっぽいビート感からはずれたものにしようと思ったんです。リズムにはまっていく感覚よりも、潮の流れに身を任せて漂っていく仕上がりにね。それでストリングスが増えて、ビートものが減って、ギターも減った(笑)。ストリングスの清涼感と暗さと重さはすごく好きですね……さわやかなだけじゃなくて、暗く重くないと駄目なんですけどね(笑)。

 

−ストリングスは生ではなくPCM音源ですよね?

平沢 生はコントロールが難しいんです。確かに出来栄えはいいんですけど、僕の頭の中にあるストリングスの音は、大きなホールで鳴らしたもので、スタジオの中でそれを再現するのは難しいんです。

 

−実際の曲作りの手順ですが、最初はデモを作るのですか?

平沢 今回は、何回もデモを作りました。最初はコード弾きだけで、それからだんだんに曲ごとのバリエーションを付けるためにアレンジをしていきました。でも基本は、最初に断片を作って、後でそれをまとめていくというものです。歌ものを作ろうと思いつつ、歌を作るのが一番最後(笑)。

 

−シーケンサーは何を使っているのですか?

平沢 Amiga2500とBars&Pipes Professionalの組み合わせです……リアル・タイムで打ち込んでます。

 

−Bars&Pipes Professionalの使い勝手はどうですか?

平沢 いいですね。名前の通りMIDI信号を水道管のようなものの中を流し、途中でいろいろと加工していくというものなんです。水道管を枝分かれさせて2階に水を運んだり、逆流させたり、隣りの家に配給したりするように、ボリューム情報を付け加えたり、ディレイを付けたり、分割して別のトラックに持っていって別の音色にしたり、トランスポーズしたりする。

 

−MIDl情報を加工するモジュールが用意されているわけですか?

平沢 ええ、ツールとして用意されてます。自分で作ったセッティングをとっておくこともできます。今回よく使ったのは、タンジェリン・ドリームがシーケンス・パートで使うディレイ・タイムを設定しておいたもの……“Tangerine Delay"って名前を付けてセーブしておきました(笑)。

 

−エディットもいろいろできるのですか?

平沢 ええ、MIDI情報がどう加工されているかは、水道管の配線としてディスプレイ上で一目瞭然なので、ここのクオンタイズが気に入らないとかいうときは、そのクオンタイズ・ツールを取り除いてしまえばいいんです。また、もともとの打ち込みデータそのものをエディットしたい場合は、蛇口を開けて、グラフィック、数値、譜面で見てエディットすることもできます。

 

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Bars&Pipes Professionalの画面。縦に並んでいるのが各トラック。それぞれのトラックに対して、さまざまなツールを付加することでMIDI信号を加工するができる。複数のツールを使い、信号を分岐したり複雑な処理を施すことが可能だ

 

−それまで使っていたYAMAHAのQX3と比べてどうですか?

平沢 やっぱり単体のシーケンサーの方がいい点もあります。例えばジョグ・ダイアルをぎゅっとひねればパッと飛んで行ってくれる、そういう物理的なインターフェース感っていうものが快感じゃないですか。コンピューターだとすべてが仮想スイッチだったりするわけで、全部マウスやトラック・ボールの感触でしかない。そこでストレスがたまることがあります。手を伸ばせばいいのに、マウスでぎゅーっとあっちまでいくのが面倒くさいとか(笑)。画面と全く同じインターフェースがあればいいんですけど、それじゃあコンピューターじゃなくてもいい(笑)。

 

−Bars&Pipes Professional以外にAmigaの音楽用ソフトは使いましたか?

平沢 ええ、自動アレンジ・ソフトみたいなものを使いました。曲まるごとでも小節単位でもビート単位でもいいんですが、自分の過去の曲のデータを入力して、新たに作り出したい曲のコードを入力していけば、自動的にメロディ、リズム・パターン、ベース・ラインなどを作ってくれるものです。
例えば「舵をとれ」のバッキングは実は「カムイ・ミンタラ」辺りが中心になってできています。でも、データを作るのに膨大な時間がかかるから、作った方が速かったりします(笑)。結局自分の発想が出てくるんですからね。

 

−最近はプログラマー任せで、自分で全てのデータを作るミュージシャンは少数派になっていますけれども。

平沢 私は自分でやらないと気持ちが悪いんです。でも、これって体質だと思います。実際にやってみると大変だから、本当に好きじゃないとできない。あこがれで始めても嫌になるだけ。コンピューターで音楽をやることがかっこいいとか、あこがれるとかいう状況にある以上、コンピューターは絶対に進歩しない……より複雑になっていくだけです。だから、もっと謙虚に楽器としてミュージシャンに接していけるようなものになってくれないと駄目ですね。

 

打ち込みでコブシを出すために
ベンド情報をオーバーダブ

 

−実際に使った楽器を教えてください。まずストリングスには何を使いましたか?

平沢 結局、AKAIのS1100に落ち着いています。生をサンプリングしたものが何パターンかありますので、それを使ってます。Proteus/2も手に入れたんですが、ピチカートに使うことの方が多かったですね。

 

−ブラス系は?

平沢 M1です。M1のブラスは素晴らしいです。

 

−モジュレーションのかかったパッド系の音色が多用されていましたが。

平沢 JD‐ 800です。昔のアナログ・ポリシンセのような、ちょっとモワモワした、フィルターが動くような音をかなり使いました。JD-800は好きです。

 

−リズムは?

平沢 大体はROLANDのR-8とS1100です。ベースはほとんどIMlですね。

 

−コブシの利いた笛の音が多用されていましたが。

平沢 M1を使っているのですが、コブシを出すためにベンド情報のオーバーダブということをやっています。ベンド情報用のトラックを2つ用意して、まず1つに普通にベンドを入れる。そして次にそれを再生しながら、さっきベンドを入れた箇所に、微妙に逆のベンド情報を入れるんです。最初ポジティブにかけたとすれば、今度はネガティブにかける。分量とかタイミングは経験でしかないんですけど、うまくやると生の笛を吹いているときと同じような、微妙な倍音変化の感じが作れるんです。そもそもはピンク・フロイドの「エコーズ」の中間で聴ける“ヒューンヒリヒリ〜"っていう感じの音をMIDIでやろうとしたのが発端で、最初は手で素早くベンドを反転させてやってみようとしたんですが、とても人間の手で追いつける速さではなかった。もっと細かい解像度でポジ/ネガ〜ってならなければいけないんです。でもデータ上で1行ごとに入れ替えるやり方だと機械的になるから、じゃあ、逆のベンド情報を重ねたらどうだろうってやってみたらうまくいったんです。

 

RPG仕立ての
インタラクティブ・ライブ

 

−アルバムの発売に合わせてインタラクティプなライプを行なうということですが。

平沢 ええ。大阪、名古屋、東京の3カ所でやります(大阪、名古屋は既に終了。東京は3月21日渋谷公会堂/2020年注:当時の情報です)。これまで私はインタラクティブとかマルチメディアとかは、売る物が無くなった電気屋さんが新しく売りつける物を作ろうとしているものだと考えていたんですが、突如その意義に目覚めまして、そういうものをやることにしました。コンサートの進行がロール・プレイング・ゲームのようなストーリーを持っている……とらわれのオーロラ姫を、シャーマン平沢をガイド役に観客が情報の武者となって救出に行くというものです(笑)。いろいろな登場人物がCGで現れたり、また文字による情報が示されたりして、観客はその都度進路を決めていくのですが、進路決定は観客の音声や動きをデジタル信号化して行なえるようになっています。進路を間違えるとコンサートがその場で終わってしまったりします(笑)。

 

−昨年、行なわれたコンサートのように、ステージに立つのは平沢さん1人だけなのですか?

平沢 そうです、Amigaによる打ち込みサウンドとALESISのADATを使って1人でやります。でも、テレビ電話を使ってその場にいないミュージシャンを仮想空間に連れてきて、 リアル・タイムで取り込んだ私自身の映像とセッションするということもやります。

 

−コンサート後の予定は?

平沢 P-MODELに取り掛かります。インディーズとしてリリースするつもりなんですが、ひょっとしたらメジャーから出ることになってしようかもしれません(笑)。新メンバーは2人まで決定しましたので、あと1人を探してます。

 

−レーベルも始めるということですが。

平沢 DIW/SYUNというのを始めます。第1弾を5月25日に発売します。私が80年代にやっていた“旬"というユニットが当時ソノシートなどで出した音源のCD化と、去年の日比谷野外音楽堂でのP-MODELのライブの2タイトルですね。それ以降も、今まで発表されなかった過去のいろいろな音源を出していくつもりです。

 

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