2018年12月に6曲入りEP『草木萌動』を発表するや否や、独創的な音楽性で話題をさらった長谷川白紙(写真左)。ジャズ、現代音楽、フランク・ザッパ、ブレイクコアなどさまざまな素養を感じさせ、すべてを自らのボーカルとアレンジで唯一無二のパッケージにまとめ上げる異才だ。音楽大学で学びながらアーティスト活動を行っているという彼だが、その脳内世界はいかなるものなのだろう? 『草木萌動』に続き、昨年12月にリリースされた初のフル・アルバム『エアにに』でもミックスを務めたエンジニア、The Anticipation Illicit Tsuboi氏(同右)を交えて、プロダクションに関するインタビューを行った。
Text:Tsuji, Taichi Photo:Hiroki Obara(except*)
“曲の筋を通すアイディア”を設けて
構造的な作曲を行うこともある
ー大学で現代音楽などのアカデミックな分野を学ぶ一方、自身でポップ・ミュージックも聴いてきたわけですよね。
長谷川 音楽の情報源は主にインターネットで、ジャンルや時代がごちゃ混ぜになった中からランダムに選んで聴いてきました。エレクトロニカなども言葉だけは知っていたので、検索して好きなものを見付けたり。現代音楽については、高校3年の初めにクセナキスを聴いて知りました。古典はもっと前から聴いていましたが、中学のころとかはバッハやモーツァルトの良さが分かっていなくて。今はリファレンスとしてもたくさん聴くし、バッハの「ピース・ドゥ・オルグ」などは、すごく現代的にも聴こえるモジュレーションが起こっていたりするんです。リストやシューマン、サティとかドビュッシーも好きですが、クラシック音楽にも特別好きな時代というのは無くて。しいて言えば、ブーレーズが「レポン」を書いて以降くらいの音楽が一番好きですね。それこそグロボカールとかも。
ー楽器の演奏は日常茶飯事なのですか?
長谷川 幼少期にピアノを習い始めて、実家のアップライトをずっと弾いていたようなんですが、腕前はピアノ専門の方に比べると素人みたいなものだと思います。ただ、長谷川白紙名義の曲は半分くらい鍵盤の弾き語りから生まれているんです。構造から思い付く場合もあるんですけどね。
ー構造とは、曲の展開のことですか?
長谷川 “曲の筋を通すアイディア”みたいなものです。例えばメシアンのように、音の長さも強さも高さもルールに従って操作するんだ、というアイディアで1曲作るようなやり方です。でも歌が入ると、メロディとの兼ね合いからルールを無視した方が面白くなる部分も出てくるので、あまり厳密にやることは無いんです。
ー歌のメロディ・ラインは、歌らしく聴こえるところと器楽演奏的に感じられる部分がありますね。
長谷川 歌らしく聴こえる部分は歌いながら作っていて、器楽演奏のように聴こえるところは鍵盤を弾いて作ったものだと思います。弾きながら作る方が構造的なんです。メロディの動きに必然性が生まれるというか、音の配置などによって曲の構造をさらに明確化することもできる。これは、感覚的に気持ち良く歌うのとは種類が違うと思っていて。
ー作曲時は、どのようにメモを取るのでしょう?
長谷川 五線に記譜したり、STEINBERG Cubaseに記録したりです。Cubaseには良い機能があって、RECボタンを押していない状態でもMIDIの演奏情報が記録されるんです。例えば、ミス・タッチがたまたま面白い響きになったときも“どこを押さえたのか思い出せない”と困ることが無いので、すごく助かっています。
ーということは、MIDIキーボードを用いて弾き語りなどを行っているのですね。
長谷川 M-AUDIOのKeystation 88を使っています。オーディオI/Oは昨年末からRME Fireface UCXを使用していますが、アルバム制作時はAUDIENT ID14でした。tofubeatsさんが譲ってくれたもので、それまで使っていたI/Oが壊れたタイミングだったから救われたんですよ。
ーモニターはヘッドフォンで?
長谷川 はい。今使っているのはSENNHEISER HD650です。学校ではPAの勉強などもしていて、モニター機器の大切さに今さら気が付いたんです。HD650を使い始めてからは、音の密度を結構正しく把握できるようになりました。密度で緩急を付けたり、密度自体を構造に取り入れることができるので、曲の作り方やアレンジが大きく変化したように思います。「悪魔」という曲で、それを実践していますね。
BFDのラウンド・ロビンを利用して
“生でも打ち込みでもない違和感”を出す
ーそのアレンジは、曲の端緒が弾き語りの場合、どのような手順で進めていくのですか?
長谷川 弾き語りのメロディやコード進行には短いものが多いので、それをCubaseでループ再生しながら音を重ねていきます。ドラムから何から、ほぼすべてのパートを鍵盤で作るんです。演奏し切れない部分はステップ入力しますが、基本的なドラム・パターンやベースのフレーズなどは大抵リアルタイムに記録していく。一つのセクションができたら、それを聴きながら展開を考えて次を作ります。“弾いて再生して”を繰り返して、積み上げていくイメージですね。
ードラムは生の録り音にも聴こえたのですが、Cubaseで構築していたのですね。
長谷川 基本的にはFXPANSION BFDの音です。BFDの面白い点はラウンド・ロビンで、各ベロシティに複数のサンプルが用意されているため、全ノートを同じベロシティで打ち込んだときに最も“生でも打ち込みでもない違和感”のようなものが生まれます。ベロシティがそろっているはずなのに、なぜか生っぽいニュアンスが出て、誰が演奏しているんだろう?みたいな。だから鍵盤を弾いてドラム・パターンを組んでも、あえてすべてのベロシティを同じ値にすることがあります。
ーホーンの音などもソフト音源で?
長谷川 BEST SERVICE Chris Hein Horns Pro Completeなどを使っています。「あなただけ」については、生で録ったトランペットとソフトの音をイーブンくらいのバランスでレイヤーしているんです。打ち込みっぽい感じにも、生っぽい感じにも寄せたくなかったからですね。
ーホーム・スタジオに生楽器を録れる環境がある?
長谷川 はい。歌もそこで録っていて、AUDIO-TECHNICAのAT4040をマイクプリのCHAMELEON LABS 7602 Wave Rider Modに立ち上げて使っています。私の声は、かなり高域の成分も含んでいるようで、I/Oの内蔵マイクプリだと高いところが目立ち過ぎてしまうんです。でも7602 Wave Rider Modを使うと、中域のリアリティみたいなものがとらえやすくて良いですね。
ミックスで重要になったのは
拍子/テンポ/小節を記録したMIDI
ーTsuboiさんは、長谷川さんから楽曲のデータを受け取った後、どのようにミックスを進めましたか?
Tsuboi 一度に鳴る音の数がものすごく多かったりするので、圧倒されるところから始まる……さぁてどうしようかなと(笑)。ただ、音の良しあし以上に主張が明確なので、どうミックスすれば良いのかというビジョンもはっきりと浮かぶんです。それに今回は、全トラックがパラで納品されました。EPのときはBFDのパラ書き出しがうまく行かず、ドラムの2ミックスに手を加えていたのですが、ブラッシュ・アップしたいドラム・パーツを単体で扱えるのは大きな喜びで。あと白紙君のドラムは、メインのパターンと裏で鳴っているもののバランスが重要なんです。ツイン・ドラムのような曲も多く、各パーツが出たり入ったりするし、それぞれの相互関係も精密にできている。そうした意図がよく分かるバランスで書き出されていたので、やっとスタート地点に立てたなと(笑)。たまに、作曲時のデータからプラグインを外したりして納品する人が居るんです。ミックスを見越しているのでしょうが、それでは意図がつかみづらいんですよね。
ー長谷川さんは、Tsuboiさんに何かリクエストを?
長谷川 リズムの構造を説明した上で、こんな聴こえ方にしてほしいとかいろいろ言うんですけど、大抵は自分のイメージと相当違うものが返ってくるんです(笑)。
Tsuboi はははは。EPのときとかヤバかったよね。
長谷川 第一段階のミックスが上がってきたとき、めちゃくちゃ泣いてしまって……こんなふうになっちゃうんだと思って。山頂も見えなければ道も険しく、視界は雲だらけ。そんな山を登らないといけないような不安に駆られました。
Tsuboi エンジニアの中にはいろんなタイプの方が居ると思うんですが、僕はまずアーティストが思っているもの以上でも以下でもない、聴いたことのないようなものを提示してみるんです。それに対してオーダーが来たら、180度ひっくり返すことも何らストレスではありません。“俺はこう思う”といった石頭的な提示の仕方はしないんです。あと今回は、スターリング・サウンドのランディ・メリル氏がマスタリングしてくれることが決まっていたので、安心感もありました。
ーミックスには、どのような指針があったのでしょう?
Tsuboi 生音っぽい印象に寄せるとうさん臭い感じになったり、かと言ってエレクトロニックな方に振れば物足りなく聴こえたりもしたので、どこがベストなポイントなのかを考えました。また変拍子やメトリック・モジュレーション(曲中での拍子およびテンポの変化)が多いため、ミックスに際しては拍子とテンポ、小節の情報が記録されたスタンダードMIDIファイルを曲ごとに用意してもらったんです。
ー拍子やテンポの変化がミックスに及ぼす影響とは?
Tsuboi 僕はリバーブや付点8分などのディレイをうっすらと足すことが多いのですが、曲の途中で拍子やテンポが変わると、まずはタイムが合わなくなりますよね。あとディレイの減衰音にボリューム・オートメーションを描いたりもするから、それにも影響が出てくる。拍子の異なるハイハットが重なって鳴る部分などは、くだんのMIDIファイルが無いと大変で、どちらの拍子を基準にタイムやオートメーションを設定すべきか悩むことになる。EPのときは、MIDIファイルをもらわなかったんですよね。
長谷川 でも「它会消失」とかのミックスは、特に素晴らしかったですよ。ハイハットのリズムの出方にしても、これしか無いというレベルにしていただいて。あの曲は、途中でメトリック・モジュレーションが起こるんです。4/4拍子が11/4拍子に変わって、テンポが上がる。その後、スウィングしたリズムが元のテンポでうっすらと重なってくるという構造で。これは、DAWだからこそ実現できたことだと思います。モジュレーション後の11/4拍子は、元の4/4拍子とは絶対に拍の頭が合いません。つまり基準が無いわけで、人間が演奏するとただただフリーに聴こえるか、頭が合ってしまって必然性のあるポリリズムのようになると思うんです。生演奏って、腕が立つほどに違和感を違和感としてまとめてくる傾向にある気がして……。その点DAWなら、拍子もテンポも全く違う2つの音が影響し合わず、ただ並んでいるという状態が作れます。だからこそ、絶対に頭が合わないのに元のテンポを感じられるようにできたんだと思っていて。
ー今後、長谷川白紙の世界はどのような方向へと進むのでしょうか?
長谷川 Tsuboiさんたちエンジニアの方々と接する中で、自分に音響面の感性が足りていないことに気付いたので、そこを磨いていきたいです。曲をマキシマイズする方法も、音数を増やすだけでなく、和声や歌のコントロールに新しい境地があるような気がして。音の絡み合いの最大化みたいなものも含め、どんどん音響的な志向になっていくと思います。
『エアにに』
長谷川白紙
Musicmine:MMCD20032
1.あなただけ
2.o(__*)
3.怖いところ
4.砂漠で
5.風邪山羊
6.蕊のパーティ
7.悪魔
8.いつくしい日々
9.山が見える
10.ニュートラル
Musicians:長谷川白紙(vo、prog、key)、川崎太一朗(tp)、姫野たま(lyric)
Producer:長谷川白紙
Engineers:The Anticipation Illicit Tsuboi、zAk
Studios:RDS Toritsudai、ST-ROBO、Magicom、MECH、プライベート