高木正勝〜ECLIPSE TD-M1ユーザー・レポート(1)

これまでECLIPSEの弱点だと思っていたところが全部改善され
作業をしていて間違いが無いと感じられる音がする

“タイムドメイン理論”に基づき設計されたECLIPSEのスピーカー、TDシリーズは、2001年に登場以来、正確な音の再現によりアーティストやエンジニアから高い評価を得てきた。このたび発売が開始されたTD-M1は、シリーズ初となるアンプを内蔵したモデル。しかも、24ビット/192kHzに対応したDAコンバーターを搭載することで、コンピューターからの音をUSBケーブル1本で高品位に再生するほか、APPLEのAirPlayにも対応したWi-Fi機能を搭載し、コンピューターやスマートフォン、タブレットと無線接続できるのも魅力だ。発売と同時に使い始めたというアーティストの高木正勝にその魅力を尋ねてみた。

この記事はサウンド&レコーディング・マガジン2012年12月号から編集・転載したものです。

ECLIPSEは楽器そのものが見えてくる

 高木がECLIPSEのスピーカーと出会ったのはかなり以前のこと。それこそ2001年に初代モデルの512が出てからそんなに時がたっていないころだったという。

「オーディオ・ショップではなくアート系のショップにあったのを見て、まずはその形状に引かれました。音が真っすぐに飛んで行きそうだなあと思ったんですね。それで2003年に東京都現代美術館で開催された「days おだやかな日々」というグループ展に参加したとき、音の再生用として512を使ったんです。美術館っていうのはたいてい部屋が真四角だから音を出すとわんわん響いてしまうんです。壁も仮設で空間としては閉じていないから、隣の展示の音は漏れてくるし、こっちの音も漏れていく。音の再生環境としては非常に厳しい。でも、その問題が512を使ったら解決できた。いかにもスピーカーから鳴っているというのではなく、映像に集中できる音を鳴らしてくれたんです」

 512を気に入った高木は、その後、自宅での音楽制作用にECLIPSEのスピーカーを導入する。

「実はそれまでモニター・スピーカーって使ったことがない……中学生のときに親に買ってもらったミニ・コンポをずっと使い続けていたんです。それでECLIPSEの508というユニットが8cmのモデルと、専用のアンプがセットになったものを買いました。だから、自分で購入した初めてのスピーカーがECLIPSEがなんです(笑)」

 さらに高木はカー・オーディオにもECLIPSEのシステムを導入。家で508を使ってミックスした音源を車で再生し、どのように聴こえるかを確認することでミックスの精度を高めていったという。このようにECLIPSEに信頼を置いていた高木だが、一方で508は再生する音楽を選ぶスピーカーでもあったという。

「ジャズのようなシンプルな編成の生演奏を聴くと、これ以上のものは無いんじゃないかと思うような音がします。“人がそこに立っているように聴こえる”っていう言い方がありますけど、それよりも“楽器がそこにある”という方が近い。でも、大編成による音楽や電子音は苦手でした。当時、僕は電子音だけで音楽を作っていたので、ほかの人が作っている電子音による音楽もよく聴いていたんですが、それらは超低域や超高域が含まれていることが多くて、508で鳴らすと聴きたい音がこっちに飛んでこない。正直、“このスピーカーで曲を作っていいんだろうか?”と、迷った時期もありました」

 だが、そんなECLIPSEの音が、高木の音楽に大きな変化をもたらすことになる。

「電子音を使って曲を作るようになるずっと前からピアノを弾いていたんですけど、それを人前に出すというのが恥ずかしいというか怖かったんですね。でも、あるときピアノでライブをやることがあって、その録音を家の508で聴いたんです。自分のピアノを初めて客観的に聴いたわけなんですけど、それがすごく良かったんですね。そのときのライブで弾いていたのが「girls」という曲で、“これはいい響き、ピアノ演奏の形でリリースしてもいい”と思ったんです。「girls」は今では自分の代表作になっているわけですが、もし、そのときのライブ録音を508ではなくほかのスピーカーで聴いていたら、今でも自分のピアノ演奏は恥ずかしくて、「girls」も世に出なかったかもしれない。ECLIPSEだからこそ“良い”と感じ取ることができたんだと思います」

 高木は2003年発表の『rehome』と『セイル』、そして2004年発表の『COIEDA』という計3枚のアルバムを508を使って制作した。エレクトロニカの文脈からシーンに登場した高木が、「girls」が収録された『COIEDA』でアコースティックに大きく舵を切った背景には、実はECLIPSEの存在があったというわけだ。

TD-M1は録った音をそのまま鳴らす

 2013年、高木は長らく住んでいた京都・亀岡から兵庫の山奥へと住まいを移した。新居は部屋数が多く、台所へ行くのに別の部屋を通らなくてはならなかったり、仕事場として使う部屋へ行くのに外に一回出なければいけないほどだという。

「家の中を移動しながら生活する感じですね。そうなるとどこかにどっしり構えて音楽を聴くというよりは、それぞれの部屋にスピーカーが欲しくなる(笑)。何かいいものがないかなと思っていたら、ECLIPSEからWi-Fi経由で音が鳴らせる新製品が出るというニュースを聞いて、楽しみにしていたんです」

 その新製品こそがTD-M1。2013年11月に発表され、2014年2月に発売が開始された。

「家に届いたTD-M1を箱から出し、早速Wi-Fi経由で音を出したらびっくりしました。これまでECLIPSEの弱点だと思っていたところが全部改善されていたんです。複雑な編成の音楽も苦手じゃなくなっているし、高域も低域も伸びている。何よりも“違和感の無い音”が出てきたことに驚きました。あら探しをしなくてすむというか……今までは新しいスピーカーを買って初めて家で鳴らしたときは、必ず“あー、ここがダメだ”と気になる個所が出てきて、その違和感に3カ月くらいかけて慣れてから、やっと作業に使える感じだったんですね。でも、TD-M1ではそういう違和感がまったく無かった」

 高木によるとこれまでの小さなスピーカーは録音された音をそのまま鳴らすというよりは、“そのスピーカーの音”を鳴らしてしまうそうだ。

「大きなスピーカーで本当にいいものだと、作業をしていてもあまり何もしなくていい……録った音が良ければそのままでいいと判断できるんです。でも、小さなスピーカーで作業していると無理した感じの音がするので、すぐにコンプやEQが使いたくなり、触っていくうちに痛い音になってしまうんですね。それが、TD-M1はユニットのサイズが8cmという、僕が最初に買った508と同じ小さなスピーカーなのに、音の出方が大きなスピーカーと変わらない。これで作業をしていて間違いが無いと感じられる音なんです」

 そもそもECLIPSEの開発コンセプトとして掲げられているのは“正確な音”。ミュージシャンやエンジニアが作り上げた音に、何も付け加えないことを目指して作られたスピーカーなのだ。

「録った音をそのまま聴かせるスピーカーが一番いいんです。僕はよくフィールド・レコーディングもやるんですけど、録音されたものにはいろいろな情報が入っている。TD-M1はそれをとらえたままの姿でちゃんと出してくれる気がします。引っ越して山で生活を始めたら、情報量ということにものすごく敏感になって……今まで都会は情報が多いと思っていたんですけど、実は少ないと感じるようになった。確かにコンビニに行けばいろいろな種類の水が買えますけど、山の中を流れる川の水は、それこそくみ上げる場所ごとに味が違う。都会にある情報の多さっていうのは一定の幅の中でのものであって、世界はもっと多様な圧倒的なまでの情報量に満ちているんです」

 ときどきに高木正勝の音楽性に影響を与えてきたECLIPSE TDシリーズ。新しい環境に身を置き、世界に対してまた違ったまなざしを向ける彼に、TD-M1は果たしてどんな道を照らしてくれるのだろうか。

takagimasakatsulistening▲窓の外に山が見える新しい作業スペースにTD-M1を設置した高木。TD-M1はワンタッチでスピーカー部を上方向に3段階調整できるので、リスニング・ポイントに最適化可能

 

【高木正勝 PROFILE】 自ら撮影した映像の加工やアニメーションによる映像制作と、長く親しんでいるピアノを中心に用いた音楽制作の両方を手掛けるアーティスト。CDやDVDのリリース、美術館の展覧会でのコンサートなど、分野に限定されない多様な活動を展開している。2012年には細田守監督によるアニメーション映画『おおかみこどもの雨と雪』のサウンドトラックを手掛け話題に。細田監督2015年作品『バケモノの子』にも音楽で参加。

TD-M1

TD-M1_BK_LR

■スピーカー・ユニット:8cmコーン型フルレンジ ■方式:バスレフ・ボックス ■再生周波数:70Hz〜30kHz ■定格出力:20W(T.H.D 1%/片チャンネル駆動時) ■最大出力:25W(T.H.D 10%/片チャンネル駆動時) ■高調波ひずみ率:0.08%(1kHz/10W出力時) ■S/N:90dB以上 ■入力インピーダンス:10kΩ ■消費電力:10W ■待機電力:2.7W(ネットワーク・スタンバイ時)、0.5W以下(完全スタンバイ時) ■外形寸法:155(W)×242(H)×219(D)mm ■重量:約5.3kg(ペア) ■価格:125,000円(ペア) ■カラー:ブラック/ホワイト

TD-M1R▲Rch用スピーカーのリア・パネルには、左から電源アダプター入力、AUXイン(ステレオ・ミニ)、USB A、USB B、Lchスピーカー用出力、そして付属Wi-Fiアンテナを接続するための入力が並ぶ(撮影:小原啓樹)

問合せ:富士通テン
http://www.eclipse-td.com/

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