春野のプライベートスタジオ|Private Studio 2024

春野のプライベートスタジオ|Private Studio 2024

レコーディングスタジオの“考え方”をミニマムな環境でシミュレーションする感覚

ジャズやソウルに根差す、洗練された感覚が持ち味のプロデューサー/シンガーソングライターの春野。防音仕様のホームスタジオには、ハイエンドな音響機器が散見される。

いかにケーブルを短くするか

 自身のホームスタジオについて「レコーディングスタジオの“ものの考え方”をミニマムな環境でシミュレーションしている感覚です」と語る春野。ソース本来の音が奇麗に録れる、見えることを重視し、意図せぬ音質劣化やノイズが生じないようにセットアップしている。

 「ハードウェアの音源を多用しはじめてから“録音”の機会が増えて、電源やケーブルに起因するノイズが気になってきたんです。録るのって、本来はレコーディングスタジオの仕事ですよね。裏を返せば、自宅でそこまでクリアにやろうとするものではないのが、ハードウェアが増えてくるとケーブルも増えてくるので、どうしても不要なノイズが乗ってしまう。それを分析する中で、ケーブルの長さや部屋のレイアウトについて考えざるを得なくなったんです」

 こだわりの一つは、音声系のケーブルを短くしていること。例えばパソコンとオーディオI/Oの RME FIREFACE UFX+、モニターコントローラー/AD/DAコンバーターのGRACE DESIGN m905を寄せて配置し、至近距離で接続している。インターネット用のLANケーブルは、シールド特性に優れるというACOUSTIC REVIVE R-AL1。「LANケーブルでノイズが生じて音声系に影響しないように、グレードの高いものを選びました。長さ1mなので、壁のLANポートの位置を考えるとパソコンの置き場所が決まってきますよね」と春野。そのパソコンを起点とし、FIREFACE UFX+やm905を収納したDTMデスクのPYTHAGORA .mudesk 2、パッシブモニターamphion One18、JamRacks製のアウトボードラック、楽器類などをレイアウトしている。また、電源ボックスのACOUSTIC REVIVE RTP absoluteが3台あり、デジタル機材とアナログ機材に分けて使っているのもポイントだ。

DTMデスクPYTHAGORA .mudesk 2上に構築されたスタジオの心臓部

DTMデスクPYTHAGORA .mudesk 2上に構築されたスタジオの心臓部。プログレードの液晶ディスプレイASUS ProArtには、Steinberg NUENDO 12が映る。立ち上がっているプラグインは、NEWFANGLED AUDIO SATURATE(画面左)とmoog moogerfooger MF-101S(同右)で、いずれもよく使うもの。パソコンは128GB RAMと4TB×3(計12TB)のストレージを備える自作のWindowsマシンだ。写真手前のMIDIキーボードはARTURIA KEYLAB61 mkII

.mudesk 2の向かって左のラックには、上からRME FIREFACE UFX+(オーディオI/O)とMellotron M4000D Rack(音源モジュール)をマウント。M4000D Rackの音色で特に気に入っているのは、オールドな質感のストリングス。ラック上のVUメーターはHAYAKUMO FORENOだ

.mudesk 2の向かって左のラックには、上からRME FIREFACE UFX+(オーディオI/O)とMellotron M4000D Rack(音源モジュール)をマウント。M4000D Rackの音色で特に気に入っているのは、オールドな質感のストリングス。ラック上のVUメーターはHAYAKUMO FORENOだ

パッシブモニターのamphion One18は、DMSD 60PRO(インシュレーター)およびACOUSTIC REVIVE YSS-90HQ(スピーカースタンド)と併用

パッシブモニターのamphion One18は、DMSD 60PRO(インシュレーター)およびACOUSTIC REVIVE YSS-90HQ(スピーカースタンド)と併用

JamRacksの竹製ラックには、上段にEmpirical Labs Distressor EL8-X(コンプ)×2をマウントし、その下のRUPERT NEVE DESIGNS R10(api 500互換モジュール用ラック)にはHeritage Audio 73JR II(マイクプリ/DI)×6、73EQ JR(EQ)×2を格納。Heritage Audioの製品について春野は「インプットゲインを低めに設定すると、比較的あっさりしていて自身の作る音楽のムードにもマッチします」と語る。Distressor EL8-Xの上にあるのはC LOUD Cloudlifter CL-1(インラインマイクプリ)で、後述するSHURE SM7B(ダイナミックマイク)の増幅に使用

JamRacksの竹製ラックには、上段にEmpirical Labs Distressor EL8-X(コンプ)×2をマウントし、その下のRUPERT NEVE DESIGNS R10(api 500互換モジュール用ラック)にはHeritage Audio 73JR II(マイクプリ/DI)×6、73EQ JR(EQ)×2を格納。Heritage Audioの製品について春野は「インプットゲインを低めに設定すると、比較的あっさりしていて自身の作る音楽のムードにもマッチします」と語る。Distressor EL8-Xの上にあるのはC LOUD Cloudlifter CL-1(インラインマイクプリ)で、後述するSHURE SM7B(ダイナミックマイク)の増幅に使用

赤いLANケーブルは、インターネットに使っているACOUSTIC REVIVE R-AL1。その右には、パソコンに使用中の同社電源ケーブルPOWER STANDARD TripleC-FM-MG、白いラインケーブルのWAGNUS. 6300F* WAGNUS. Special Customなどが見える

赤いLANケーブルは、インターネットに使っているACOUSTIC REVIVE R-AL1。その右には、パソコンに使用中の同社電源ケーブルPOWER STANDARD TripleC-FM-MG、白いラインケーブルのWAGNUS. 6300F* WAGNUS. Special Customなどが見える。6300F* WAGNUS. Special CustomはマイクプリとオーディオI/Oの接続に使用。「BELDEN 88760をWAGNUS.がカスタマイズしたもので、外来ノイズに強く、音の硬さが和らいでいます。すごく良い」と春野

 「これがないと作れない……と思うのはm905です。良いヘッドホンアンプを探す中でAD/DAコンバーターの性能に着目し、m905をレンタルしてみたところ薄皮2枚はがれたような音がして。返却後は音の輪郭が信じられないほどボケて見えたので、“情報量が全く違う”と思い導入しました。ヘッドホンはULTRASONEのSignature MASTERを愛用しています。僕は作曲をするとき、どちらかと言えばセンターの音に集中したいんです。左右の音がオーディオ的に豪華過ぎると、作曲中なのに“どう定位させようか?”というミックス的なことまで考えてしまって集中できなくなる。それが嫌で、いろいろなヘッドホンを試してきたんですけど、どんな環境でリスニングしても同じように再現できる正しい音であること、そして作編曲に最低限、必要な豪華さであることからSignature MASTERに落ち着いています」

GRACE DESIGN m905(モニターコントローラー)のメインユニットとFURMAN P-1800 PF R J(電源コンディショナー)の手前にあるヘッドホンは、左からAUDEZE MM-500とULTRASONE Signature MASTER

GRACE DESIGN m905(モニターコントローラー)のメインユニットとFURMAN P-1800 PF R J(電源コンディショナー)の手前にあるヘッドホンは、左からAUDEZE MM-500とULTRASONE Signature MASTER。MM-500について春野は「開放型ヘッドホンの美点を凝縮したような一台。音像の左右、奥行き、上下をきちんと捉えられるので、プリミックスに使っています」と語る。Signature MASTERはセンター定位の音に集中できるため、作曲に愛用中

新しく導入したHEISERMAN H251は、TELEFUNKEN ELA M 251Eを再現したコンデンサーマイク

新しく導入したHEISERMAN H251は、TELEFUNKEN ELA M 251Eを再現したコンデンサーマイク。オリジナルよりもハイエンドが透き通った印象で、モダンな音質だそう。「自身の音楽のスタンスにマッチするから導入しました」と春野

SM7Bは、仮歌の録音やショート動画の制作に使用

SM7Bは、仮歌の録音やショート動画の制作に使用

コンパクトで機能性の高いDTMデスク

 春野は自らの楽曲にミックス的な音作り=プリミックスを施してから、エンジニアにデータを渡すという。

 「直近の3~4作はm905を導入してから作ったもので、いつも自身の楽曲でお世話になっているミックスエンジニアの染野拓さんから“ローが正しく見えているんだろうなって感じがした。以前は勘に頼っているような部分が多かったけれど、だいぶ制御できていてミックスしやすかったです”と言ってもらえたんです。Signature MASTERやOne18も効果的なんだと思います。One18は、ローにフォーカスしたチューニングではありませんが、家で鳴らす分にはブーミーにならず、ちょうど良いローの見え方をする。こういう業務用の機器って、クリエイターでも自らサウンドデザインをしたい人であればあるほど、導入の価値が高いと思います」

 「ワークフローの効率化につながった」と話す.mudesk 2も見逃せない。3Uラックを2つ備えるDTMデスクだ。

 「横幅120cmのコンパクトさに、機能がぎゅっと詰まっているんです。ラック付きのDTMデスクには、3Uラックを3つ備えるような大きいものが多く、日本では居住スペースを圧迫しがち。だから避けていたんですが、この.mudesk 2なら“大きいデスクは買えない”という人も検討しやすいと思います。やっぱり、手元にラックがあると配線が合理的になりますよね。オーディオI/Oやモニターコントローラーのほか、音源モジュールのMellotron M4000D Rackも収納しています。MIDIキーボードを弾きながらノブを回して音作りするようなことって、手元から離れているとなかなかできないので。MIDIキーボードと言えば、前の机には十分な設置スペースがなかったし、置いたとしてもパソコンのキーボードを狭いところに移さなければならず、しばらく使っていなかったんです。でも今は天板の下の引き出しに収納できるから、ソフトシンセのコントロールに活用しています」

楽曲のアイディア出しに用いるシンセ、teenage engineering OP-1

楽曲のアイディア出しに用いるシンセ、teenage engineering OP-1

キーボードラック上段にあるのは、デジタルシンセのSEQUENTIAL PROPHET X。2023年にリリースした楽曲で、M4000D Rackとともに多用しているという。nordのnord piano 5はステージピアノで、鍵盤演奏を出自とする春野にとって愛着のある一台

キーボードラック上段にあるのは、デジタルシンセのSEQUENTIAL PROPHET X。2023年にリリースした楽曲で、M4000D Rackとともに多用しているという。nordのnord piano 5はステージピアノで、鍵盤演奏を出自とする春野にとって愛着のある一台。「ハードウェアの音源には、それにしか出せないようなハイエンドの質感などがある。便利なのはソフト音源の方ですが、ハードに制約を受けつつ曲作りをすると、これまでにはなかった良さを出せるのではないかと思います」と春野

キーボードラックの足元には、RTP-6 absolute(電源ボックス)やPOWER STANDARD TripleC-FM-MG(電源ケーブル)、RCI-3HK(ケーブルインシュレーター)といったACOUSTIC REVIVE製品のほか、メイン使用の電源ケーブルaudio-technica AT-AC700の姿も

キーボードラックの足元には、RTP-6 absolute(電源ボックス)やPOWER STANDARD TripleC-FM-MG(電源ケーブル)、RCI-3HK(ケーブルインシュレーター)といったACOUSTIC REVIVE製品のほか、メイン使用の電源ケーブルaudio-technica AT-AC700の姿も。春野いわく「AT-AC700は、ハードウェアの音源やマイクプリに対して、音が分析的すぎなくて良いんです。一方、少しもノイズが乗ってほしくないようなデジタル機材にはPOWER STA NDARD TripleC-FM-MGを使っています」

SHINOSのSHINOS & Lシリーズ ROCKETはギター用の真空管アンプ。傍らのエフェクトボードには、写真左上から時計回りにVEMURAM BUTTER MACHINE(ディストーション)、ORGANIC SOUNDS Poseidon(ブースター)、strymon Ola(コーラス&ビブラート)、tc electronic polytune 3(チューナー)、VEMURAM Jan Ray(オーバードライブ)を置く

SHINOSのSHINOS & Lシリーズ ROCKETはギター用の真空管アンプ。傍らのエフェクトボードには、写真左上から時計回りにVEMURAM BUTTER MACHINE(ディストーション)、ORGANIC SOUNDS Poseidon(ブースター)、strymon Ola(コーラス&ビブラート)、tc electronic polytune 3(チューナー)、VEMURAM Jan Ray(オーバードライブ)を置く

 今後は、より本格的な仕事場を持ちたいと話す。

 「身の丈に合わないものを導入して後悔してもよいと思うんです。その機材を使っていた時期に制作した楽曲は、やっぱりその特性を感じさせるし、ある種その制約を受けた上で作られた曲は自身の記憶にも残るものです。あと“低い解像度で作るローファイ”と“高い解像度からあえて狙うローファイ”というのは、同じものができたとしても全く違う視点だと思います。そのためにも、音をきちんと判断できる環境は、自分の耳や感性をより早く育ててくれるはずです」

 

仕事の息抜き、何してます?

 パソコンでFPSやRPGなどのゲームをします。息抜きのときもスタジオにいて、デスクの前に座っているんです。本を読むときもそうだし、音楽を聴く際もスタジオの方が良い音なので、起きている時間はほとんどここにいる。昼間から遮光カーテンを引いて、落ち着いた暖色の照明をつけているのは、心地よく過ごせるようにするためです。


 Profile 

春野

春野:作詞曲、トラック制作、エンジニアリングまで自らこなすネット発のシンガーソングライター/プロデューサー。ジャズやヒップホップの素養を持ち、『IS SHE ANYBODY?』(2020年)でiTunes/Apple MusicのR&Bチャート首位獲得。今年5月には最新アルバム『The Lover』を発表

 Recent Work 

『The Lover』
春野
(ビクター)

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