レコーディングスタジオの“考え方”をミニマムな環境でシミュレーションする感覚
ジャズやソウルに根差す、洗練された感覚が持ち味のプロデューサー/シンガーソングライターの春野。防音仕様のホームスタジオには、ハイエンドな音響機器が散見される。
いかにケーブルを短くするか
自身のホームスタジオについて「レコーディングスタジオの“ものの考え方”をミニマムな環境でシミュレーションしている感覚です」と語る春野。ソース本来の音が奇麗に録れる、見えることを重視し、意図せぬ音質劣化やノイズが生じないようにセットアップしている。
「ハードウェアの音源を多用しはじめてから“録音”の機会が増えて、電源やケーブルに起因するノイズが気になってきたんです。録るのって、本来はレコーディングスタジオの仕事ですよね。裏を返せば、自宅でそこまでクリアにやろうとするものではないのが、ハードウェアが増えてくるとケーブルも増えてくるので、どうしても不要なノイズが乗ってしまう。それを分析する中で、ケーブルの長さや部屋のレイアウトについて考えざるを得なくなったんです」
こだわりの一つは、音声系のケーブルを短くしていること。例えばパソコンとオーディオI/Oの RME FIREFACE UFX+、モニターコントローラー/AD/DAコンバーターのGRACE DESIGN m905を寄せて配置し、至近距離で接続している。インターネット用のLANケーブルは、シールド特性に優れるというACOUSTIC REVIVE R-AL1。「LANケーブルでノイズが生じて音声系に影響しないように、グレードの高いものを選びました。長さ1mなので、壁のLANポートの位置を考えるとパソコンの置き場所が決まってきますよね」と春野。そのパソコンを起点とし、FIREFACE UFX+やm905を収納したDTMデスクのPYTHAGORA .mudesk 2、パッシブモニターamphion One18、JamRacks製のアウトボードラック、楽器類などをレイアウトしている。また、電源ボックスのACOUSTIC REVIVE RTP absoluteが3台あり、デジタル機材とアナログ機材に分けて使っているのもポイントだ。
「これがないと作れない……と思うのはm905です。良いヘッドホンアンプを探す中でAD/DAコンバーターの性能に着目し、m905をレンタルしてみたところ薄皮2枚はがれたような音がして。返却後は音の輪郭が信じられないほどボケて見えたので、“情報量が全く違う”と思い導入しました。ヘッドホンはULTRASONEのSignature MASTERを愛用しています。僕は作曲をするとき、どちらかと言えばセンターの音に集中したいんです。左右の音がオーディオ的に豪華過ぎると、作曲中なのに“どう定位させようか?”というミックス的なことまで考えてしまって集中できなくなる。それが嫌で、いろいろなヘッドホンを試してきたんですけど、どんな環境でリスニングしても同じように再現できる正しい音であること、そして作編曲に最低限、必要な豪華さであることからSignature MASTERに落ち着いています」
コンパクトで機能性の高いDTMデスク
春野は自らの楽曲にミックス的な音作り=プリミックスを施してから、エンジニアにデータを渡すという。
「直近の3~4作はm905を導入してから作ったもので、いつも自身の楽曲でお世話になっているミックスエンジニアの染野拓さんから“ローが正しく見えているんだろうなって感じがした。以前は勘に頼っているような部分が多かったけれど、だいぶ制御できていてミックスしやすかったです”と言ってもらえたんです。Signature MASTERやOne18も効果的なんだと思います。One18は、ローにフォーカスしたチューニングではありませんが、家で鳴らす分にはブーミーにならず、ちょうど良いローの見え方をする。こういう業務用の機器って、クリエイターでも自らサウンドデザインをしたい人であればあるほど、導入の価値が高いと思います」
「ワークフローの効率化につながった」と話す.mudesk 2も見逃せない。3Uラックを2つ備えるDTMデスクだ。
「横幅120cmのコンパクトさに、機能がぎゅっと詰まっているんです。ラック付きのDTMデスクには、3Uラックを3つ備えるような大きいものが多く、日本では居住スペースを圧迫しがち。だから避けていたんですが、この.mudesk 2なら“大きいデスクは買えない”という人も検討しやすいと思います。やっぱり、手元にラックがあると配線が合理的になりますよね。オーディオI/Oやモニターコントローラーのほか、音源モジュールのMellotron M4000D Rackも収納しています。MIDIキーボードを弾きながらノブを回して音作りするようなことって、手元から離れているとなかなかできないので。MIDIキーボードと言えば、前の机には十分な設置スペースがなかったし、置いたとしてもパソコンのキーボードを狭いところに移さなければならず、しばらく使っていなかったんです。でも今は天板の下の引き出しに収納できるから、ソフトシンセのコントロールに活用しています」
今後は、より本格的な仕事場を持ちたいと話す。
「身の丈に合わないものを導入して後悔してもよいと思うんです。その機材を使っていた時期に制作した楽曲は、やっぱりその特性を感じさせるし、ある種その制約を受けた上で作られた曲は自身の記憶にも残るものです。あと“低い解像度で作るローファイ”と“高い解像度からあえて狙うローファイ”というのは、同じものができたとしても全く違う視点だと思います。そのためにも、音をきちんと判断できる環境は、自分の耳や感性をより早く育ててくれるはずです」
仕事の息抜き、何してます?
パソコンでFPSやRPGなどのゲームをします。息抜きのときもスタジオにいて、デスクの前に座っているんです。本を読むときもそうだし、音楽を聴く際もスタジオの方が良い音なので、起きている時間はほとんどここにいる。昼間から遮光カーテンを引いて、落ち着いた暖色の照明をつけているのは、心地よく過ごせるようにするためです。
Profile
春野:作詞曲、トラック制作、エンジニアリングまで自らこなすネット発のシンガーソングライター/プロデューサー。ジャズやヒップホップの素養を持ち、『IS SHE ANYBODY?』(2020年)でiTunes/Apple MusicのR&Bチャート首位獲得。今年5月には最新アルバム『The Lover』を発表
Recent Work
『The Lover』
春野
(ビクター)