前項「AIで進化する作曲&DTM|②プロが徹底検証!AIツールPt.1」では、作編曲家/キーボーディストのおおくぼけいにレビューしていただいた。そして、今回協力いただくのはエンジニアの渡部高士だ。彼らの目を通して、制作ツールの進化とクリエイティビティへの影響を考察してみよう。
渡部高士
【PROFILE】レイヴカルチャー吹き荒れる1990年代初頭のロンドンで録音技術を学び、同地で中規模スタジオのティーボーイとしてキャリアを開始。帰国後CM音楽、バンドやアイドルの方針転換時やデビュー時のお囃子としてなどプログラミング/ミックスを多数行う。
BABY AUDIO. TAIP
#ミックス #プラグイン
アナログテープ特有のサウンドや挙動をAIによって再現
柔らかく、ループしていない自然なノイズが特徴的
TAIPは、アナログテープ特有のサウンドや挙動をAIによって再現したテープシミュレーション・プラグイン。テープシミュレーション・プラグイン自体は割と早い時期からありましたが、初期のものは本質を捉え切れていなかった気がします。往年のアナログテープは原音忠実で、テープ特有の音を出さないよう設計されていました。初期のテープシミュレーション・プラグインは、こういった機種を再現していたので、少し方向がずれていたように思います。
しかし、TAIPは奇麗なテープの質感も出せるし、テープらしさを強調することも可能です。画面のリール部分がDRIVEノブとOUTPUTノブになっており、使いやすいUIで多様なひずみ方を簡単に調整できるようになっています。MIX(赤枠)値を100以下にするとテープフランジが起こります。これはテープに送った音と元音を合わせれば当然のことで、全体にコムフィルターが動いていく様子はまるで実際のテープに録ったような効果を生み出します。WEARを上げればはためき、GLUEを上げれば2ミックスにかけるようなコンプレッションが深くなるなど、テープに関連するさまざまな要素が詰まった分かりやすいエフェクトです。
実際、AIがどのようにこれらを再現しているのか、詳しいことまでは分かりません。しかし、少なくともテープシミュレーターとしては良質な部類であることは確かで、そのことはノイズを聴くだけでも分かるでしょう。帯域の広さを感じる、優しくてループしていない自然なノイズなのです。なぜそんなにノイズが重要かというと、DAWで作ったような奇麗すぎる音にノイズを加えることが非常に有効な手法だからです。ノイズ付加後にはコンプレッサーを通すと音像がにじんだり、EQの挙動が変化したり、空間系エフェクトの引っかかり方も変わります。つまり、加えるノイズの質もこれらの効果に大きく影響するため、TAIPが生成するノイズはかなり重宝するでしょう。それこそ、優れたゲートをこの後に挿したり、少しだけテープコンプレッションで低域を変質させたり、歌を滑らかにしたりと、いろいろな楽器に使える幅広い用途を持ったテープシミュレーターだと思います。
REQUIREMENTS
Mac:AAX/AU/VST/VST3対応のホストアプリケーション、macOS 10.7以降(Apple Silicon対応)
Windows:AAX/VST/VST3対応のホストアプリケーション、Windows 7以降
sonible smart:gate
#ミックス #プラグイン
AIが入力ソースの楽器を認識して自然なゲート処理を行う
アタック/リリースを極端な値にしても破綻しにくいです
sonible smart:gateは、3バンドのゲートプラグインです。一般的にはスペクトラムゲートと呼ばれる数百バンドものディノイザー(Denoiser)が普及しているため、3バンドでは物足りないと感じるかもしれません。しかし各帯域の範囲が正確に設定されるのであれば、バンド数は少ない方が自然な音になります。smart:gateではAIが入力ソースの楽器を判別し、3バンドそれぞれの開閉パラメーターを調整することで、音のカブリを除去することが可能です。とはいえ使用方法は難しくはありません。例えばマルチマイキングされたハイハットから周囲のノイズを取り除く場合、ターゲット(赤枠)を“Hi-Hat”に設定して音を流すと、AIがそれを聴いてゲートを開閉するキーを調整してくれます。単にハイハットといってもさまざまな帯域成分やエンベロープを持つものがありますが、smart:gateでは、AIが考える最適な設定を施してくれるのです。自分でゲートの帯域を調整するよりもはるかに優れた結果が得られますし(熟練の技術はどこへ行ったのでしょうか)、何よりプロセッシングの速度が非常に速いです。プラグインを挿し、ターゲットを設定し、音を流してスレッショルド値を決めれば、ほとんどの場合でターゲット設定した音だけが出力されます。ちなみにsmart:gateは、同時に鳴っている複数の音の中から特定の音だけを抽出するものではありません。ゲートが開くと、すべての音が出力されます。これが、製品名に“gate”が含まれる理由です。しかし、ニューラルネットワークが開閉にも関与しているのか、同じ音が続いても機械的に聴こえません。有機的な開閉が行われ、破綻することのない心地よい揺らぎを生み出します。
smart:gateはゲートとしての基本的な音質が非常に優れており、エンベロープが音楽的で柔らかなカーブを持っています。このおかげで、アタックやリリースを極端な値に設定しても破綻が少なくなっているようです。また、ゲートされている側の音を聴くこともできます。一般的な用途にとらわれずに使用すると、突如驚くような音が出力される面白いプラグインとしても使えるでしょう。ゲート好きにはたまらないプラグインです。
REQUIREMENTS
Mac:AAX/AU/VST/VST3対応のホストアプリケーション、macOS 10.13、intel Core i5以上のプロセッサーおよびApple Siliconに対応
Windows:AAX/VST/VST3対応のホストアプリケーション、Windows 10(64ビット)、intel Core i5以上のプロセッサーに対応
共通:4GBのRAM
WAVES CLARITY Vx DeReverb Pro
#ミックス #プラグイン
音声素材からリバーブ成分をリアルタイムに除去できる
よくある“シャリシャリした感じ”がほとんどありません
WAVES CLARITY Vx DeReverb Proは、音声素材からリバーブ成分を除去するプラグイン。リバーブを除去するのは難しい作業の一つだと思います。従来は、ゲートを使用して声の中で響きが目立たない帯域成分をキーにして開閉させる方法がありましたが、自然な仕上がりにするためには、ある程度響きが残る程度の効果で妥協する場合もありました。DAWの登場以降は、ゲートによる自動処理の代わりに波形編集を地道に行うことで、より良い結果を得ることができるようになりましたが時間がかかります。また、どちらの方法も熟練した技術が必要です。
CLARITY Vx DeReverb Proの特長は、人間のドライな声を大量に学習させたニューラルネットワークを使用し、細分化された周波数成分を制御して、ドライ成分と残響成分を分離すること。パラメーターは効果の深さを設定するコントロールノブ(黄枠)、テイルの長さを調整するTAIL SMOOTHING、各帯域で効果を調整する6つのバンドなどを備えています。ノイズ除去プラグインの使用経験があれば、操作に難しさを感じることははないでしょう。
使い方としては、まずコントロールノブで効果を深めに設定し、NEURAL NETWORK(赤枠)の種類を変更してみることで最適なものを判断できます。その後、STRENGTH MULTIPLIER(青枠)とコントロールノブで微調整すると、リバーブ成分のみを奇麗に除去することができるでしょう。設定がうまくハマれば、よくある“シャリシャリした感じ”がほとんどなく、リバーブ成分のみが美しく除去された状態になります。またTAIL SMOOTHINGやPRESENCEといったパラメーターは強調する帯域やエンベロープが巧みに設定されており、さすがWAVESのプラグインだと思いました。
ちなみに、日本語の音声よりも英語のほうがより奇麗にリバーブ除去できるように感じられました。これはAIが学習した素材の影響ではないかと推測します。今後もライブ配信や動画において、劣悪な環境で録音された声や残響の多い場所で録音された歌などを、CLARITY Vx DeReverb Proで改善できる場面は増えていくことでしょう。
REQUIREMENTS
Mac:AAX/AU/VST/VST3対応のホストアプリケーション、macOS 10.15.7、11.6.5、12.3.1、intel Core i7/i9/Xeon WおよびApple Siliconに対応
Windows:AAX/VST/VST3対応のホストアプリケーション、Windows 10/11(64ビット)、intel Core i5/i7/i9/Xeon(Gen 5以降)のプロセッサーおよびAMD Quad-Coreに対応
共通:8GBのRAM(16GB以上推奨)、16GB以上のディスク空き容量
zynaptiq INTENSITY
#ミックス #プラグイン
ダイナミクス/EQ処理を統合したマルチプロセッシングを実現
シンプルな操作で手軽に“良いサウンド”にできます
zynaptiqは、WORMHOLEやMORPHなど複雑で独特なアルゴリズムを搭載したプラグインを数多く作っており、ほかでは実現できないユニークなオーディオプロセッシングを可能にするブランドという認識があります。同社のタイムストレッチアルゴリズムは多くのDAWメーカーに採用されており、その音質の良さは折り紙つきです。
INTENSITYはダイナミクスとイコライジングの処理を独自のアルゴリズムで組み合わせたマスタリンググレードのオーディオプロセッサーです。Webには“バンド数無制限のコンプレッサーのようなもの”と書いてあり、一言では説明できないほどの変化を見せてくれます。考え方はEQみたいなもので、まずBIAS CURVE(赤枠)で曲全体に施すサウンドカーブを設定し、BIAS(青枠)でそのカーブに対して周波数特性をどの程度変化させるのかを定めます。
次にINTENSITY(黄枠)を上げて、エフェクト全体のかかり具合を調整しましょう。単にEQのように特定の帯域が変化するだけでなく、AIが各帯域のタイミングを有機的に制御するため、ドラスティックな変化は起こりません。ラウドネスの増減や、サウンドの明るさ/暗さを変化させるなど、高度なアルゴリズムに基づいた高品質なプロセッシングが行われていることは間違いないでしょう。出力レベルが上がりやすいため、簡易的なリミッターも組み込まれています(緑枠)。
INTENSITYを各チャンネルやステム、マスターバスなど、複数の箇所に用いればさらに安心です。“こもり感がないか”“低域が適切か”といった懸念を和らげてくれるでしょう。INTENSITY内に組み込まれたAIが“何をどう制御しているのか”を具体的に説明するのは難しいのですが、“INTENSITYを適用しておくと良い感じのサウンドになる”といった認識で使用するのがよいかもしれません。慣れてくれば、心地よいサウンドにするために用いる真空管コンプレッサーのように、安心感を得るためにINTENSITYを微量にかけるような使い方もお勧めです。INTENSITYは、手軽に調整するだけで“なんとなく良いサウンド”にしてくれる魔法のようなオーディオプロセッサーだと言えるでしょう。
REQUIREMENTS
Mac:AAX/AU/VST2.4/VST3対応のホストアプリケーション、macOS 10.15以降(64ビット)、intel CPU(2コア以上、Core i7以降を推奨)
Windows:AAX/VST2.4/VST3対応のホストアプリケーション、Windows 10以降(64ビット)、intel CPU(2コア以上、Core i7以降を推奨)
共通:インターネット環境(アクティベート時)、iLokアカウントまたはiLok 2/3ベースのアクティベーション