洋楽器を440Hz、和楽器を441Hzでチューニングして和楽器を少し浮かしている
和楽器バンドは、その名の通り箏、尺八、津軽三味線、和太鼓をロック・サウンドと融合する8人組。そんな彼らが7月26日に約3年ぶりとなるオリジナル・アルバム『I vs I』をリリースした。打ち込み主体で作られたボカロ楽曲を見事にリアレンジした前作『ボカロ三昧2』を経て制作された本作のテーマは、“戦い”。和楽器と洋楽器が見事に絡み合った激しいロック・サウンドが味わえる楽曲群について、作詞作曲編曲を担当したギター/ボーカルの町屋、作詞作曲を担当したボーカルの鈴華ゆう子とドラムの山葵、そしてアルバムの録音とミックスを担当した熊本義典氏から詳しい話を聞いた。
和楽器バンドは詩吟、和楽器とロック・バンドを融合させた新感覚ロック・エンタテインメント・バンド。国内外において精力的にライブを行い、2016年にはデビュー1年9カ月にして初の日本武道館公演を開催、海外においては北米単独ツアーを敢行し、ワールドワイドに展開。2018年には5thアルバム『オトノエ』が第60回“輝く! 日本レコード大賞アルバム賞”を受賞。よりワールドワイドな活動を本格的に始動させ、世界最大のレコード会社ユニバーサルミュージックとグローバル・パートナーシップ契約を締結。メンバーは左から黒流(wadaiko)、いぶくろ聖志(koto)、町屋(g、vo、prog)、鈴華ゆう子(vo)、神永大輔(shakuhachi)、蜷川べに(tsugaru-shamisen)、亜沙(b)、山葵(ds)。
打ち込み楽曲をカバーした『ボカロ三昧2』で得た胆力
——これまで以上に重厚感と迫力のあるバンド・サウンドで、“戦い”というテーマが非常によく伝わってくる内容でした。アルバム制作全体を通して意識したポイントはありますか?
鈴華 戦国を舞台としたアニメやゲームなどのオープニング・テーマやテーマ・ソングとなった力強い楽曲をアルバム前半に凝縮し、インタールードを挟んだ後半は、戦いの後の世界を描いて、どのようにアルバムを締めくくるかをかなり意識しました。また戦国系などの同じ系統の曲ばかりにならないように作曲面でバラエティ豊かにすることも考えて作っています。
山葵 ドラムの演奏面に関して言えば、前作『ボカロ三昧2』では、かなり速い曲に挑んだこともあり、テクニック的に限界を突きつめたので、今回はプレイヤーとして成長した自分で制作できたと思います。それでもレコーディングでは苦戦してメンバーに迷惑をかけた部分もあったかなと(笑)。結果的には、演者として最大限のパフォーマンスを表現できた作品にはなったかと思います。
——『ボカロ三昧2』は打ち込みで細かく作られたボカロ楽曲を人力でカバーするというすさまじい内容でしたよね。
町屋 『ボカロ三昧2』は、恐らくメンバー全員が自分にないものを頑張って背伸びして作った作品だったと思います。だからこそ、そこで得られたものは結構大きく、その経験で得た胆力で、今作は割と余裕を持ってプレイできました。
——町屋さんは本誌でも連載されていた通り、AVID Pro Toolsで楽曲を制作されていますが、鈴華さんと山葵さんはどのようにデモを制作されているのでしょうか?
鈴華 二人ともDAWはAPPLE Logic Proです。私は元々ピアニストなので、基本はキーボードで作ります。最初にキーボードと歌を別トラックに録っていくのですが、“ここはこうしたい”って思う和楽器の部分も打ち込んでいます。
山葵 僕はピアノもギターも人並み以下ぐらいにしか弾けないのですが、どちらかと言えばギターの方が得意なので、ポロンポロンと弾きながら鼻歌で作っています。
鈴華 それ聴くの好きです。なかなかない音源(笑)。
山葵 それをボイス・レコーダーに録音して、DAW上で形にしていきます。ドラム、ベース、簡単なギターと裏メロくらいまで作って全体的なイメージが出来上がったら町屋さんが和楽器を加えたりしてブラッシュアップしていくという流れが多いです。ドラムはROLAND TD-27KVのキックをKD-180L-BKに差し替えてCY-12CとCY-5を追加した独自セットで演奏して、MIDIで録ったデータを後から編集しています。
——アレンジは町屋さんが担当されていますが、町屋さん以外のメンバーが作詞作曲した楽曲はどのように詰めていくのでしょうか?
町屋 まず理想の構成表をもらいます。“ABサビ”みたいな。その中で、緩急を付けたり、トラック数を整理したりといったことを行っていくやり方ですね。
——鈴華さんが作詞作曲を担当された「そして、まほろば」はとても複雑な構成が印象的でした。
町屋 この曲はデモからかなり変えましたね。3拍子の展開や、ジェントっぽいところ、それにサビの疑似8分の6拍子とかも、僕が最終的に出したアイディアです。
鈴華 出来上がったアレンジを聴いて、“こうすればより格好良くなるんだな”とテンションが上がったのを覚えてます。
和楽器隊の音が埋もれないようにEMPIRICAL LABS Distressor EL-8を使用
——和楽器と洋楽器という多種多様な音を力強いサウンドにまとめ上げている熊本さんのエンジニアリングも素晴らしいと感じました。録音やミックスで意識した点はありますか?
熊本 テーマが“戦い”なので、さまざまな音が“塊”としてパワーが出るようにミックスしました。レコーディングに関しては『ボカロ三昧2』よりハードな曲が多いので、ドラム、和太鼓、ベースなどのリズム隊は録りの段階からEQやコンプを攻めたセッティングにしています。レコーディングは主に青葉台スタジオ、prime sound studio formで、録りのコンソールにSOLID STATE LOGICのSSL 4000G+を使うことが多いのですが、それはSSLのEQが好きだからです。また、コンプはEMPIRICAL LABS Distressor EL-8で倍音を出すことで和楽器隊の音が埋もれないようにしています。
——山葵さんのパワフルなドラミングがバランスよく表現されているのも印象的です。どのようなマイキングを?
熊本 山葵さんのセットが多点で、クラッシュ・シンバルが3~4枚、スプラッシュ・シンバルが1~2枚、エフェクトのクラッシュ・シンバルとチャイナ・シンバルが1枚ずつ、といったように特にシンバルが多いんです。これを2本のトップで録音すると、ステレオ内のスネアやキックの定位が片方に寄ってしまうので、トップには3本立ててL/Rのバランスをとっています。マイクはNEUMANN KM 84です。キックやスネアには大体3本ずつ立てることが多く、キックはオンマイクにAUDIO-TECHNICA ATM25、オフマイクにNEUMANN U 47 FETとYAMAHA SKRM100 Subkick。スネアは表と裏にそれぞれSHURE SM57、あとは表にELECTRO-VOICE RE20を使用しています。タム類はAKG C 414 EB、オーバーヘッドはROYER LABS SF-24Vですね。
——迫力あるオケの中でもボーカルがしっかりと抜けてきますが、工夫された点はありますか?
熊本 SOFTUBE Harmonicsで、今までよりもひずみを足しつつ、原音とのバランスを調整しています。
——鈴華さんと山葵さんは、ミックスについて熊本さんにリクエストされることはあるのですか?
鈴華 “ここはもっとこれを聴かせたい”といった作曲者目線で思うことや、歌でこだわりのある部分は伝えています。
山葵 「BRAVE」に関してはシンガロングの部分を大事にしたかったので、“もう少し人数感やパワー感を出したい”といった部分をすり合わせたりしました。
——人数感はどのように出したのでしょうか。
熊本 WAVES Doublerでオクターバー処理をしたり、ずらしたりして量感を増やしています。
鈴華 町屋さんにDTMを習ってるんですけど、“これ習ったやつだ!”と思いました(笑)。
バリ島のケチャにヒントを得て作られた「The Beast」のイントロ
——アルバムの1曲目「The Beast」のイントロは、声の多重録音で荘厳な雰囲気が醸し出されていますね。あのイントロはどのように録音されたのですか?
町屋 あの声は、僕がデモのときに自分で歌って録ったトラックをそのまま使っています。キュー・ボックスのトークバックで録音したんですけど、“音質がハイファイじゃない感じがこの楽曲的にいいよね”という話になったんです。
熊本 すごい量のトラックでしたね。
町屋 17トラックありました。
——“チャッチャッ”といったリズミックな声はどのように?
町屋 あれも僕の声です。インドネシアのバリ島のケチャという民族音楽にヒントを得て、まずいろいろなリズム・パターンで自分の声をこれも17トラック分録音して、DAW上で組み合わせて作りました。
——デス・ボイス風の声も出てきますよね。
町屋 それも僕ですね。デス・ボイスやシャウトは、叫び声のキャラクターを変えて録音した3つぐらいの音域を重ねて作ってます。
鈴華 声がつぶれるから最後の最後に録ってますよね。
——和楽器バンド初となるインタールード曲「Interlude~Starlight~」から、シングル・バージョンとミックスを変えた「Starlight (I vs I ver.)」の流れは、素晴らしい構成でとても心地良かったです。
町屋 インタールードに関しては、アルバムの前半の激しい流れと後半を1回分けるという意味合いもあるんですけど、基本的には「Starlight (I vs I ver.)」のミックスがシングルと変わっていることに耳を持っていきたかったんです。
——その「Starlight (I vs I ver.)」は、ほかの曲に比べて和楽器の重心が少し低くなるように感じました。
町屋 ほかの曲は洋楽器を440Hz、和楽器を441Hzでチューニングして和楽器を少し浮かしているのですが、「Starlight(I vs I ver.)」は両者のなじみをよくするために440Hzに統一しました。ですから、和楽器の腰が少し低く聴こえるというのは、おっしゃる通りです。ほかの曲で和楽器を441Hzにしているのは、100曲以上レコーディングをしてきていろいろと試した結果、440Hzに統一すると和楽器が洋楽器の中に埋もれるということが分かったからです。
——鈴華さんはどの楽器に合わせて歌われているのですか?
鈴華 私は441Hzに合わせています。元々クラシックの世界にいたので、442Hzぐらいが好きなんです。和楽器自体も結構442Hzにチューニングしたりするんですよ。なので441Hzのチューニングに対しては違和感がないですね。
——そうすると、440Hzで統一された「Starlight (I vs I ver.)」での歌唱は、いつもと感覚が違ったのでは?
鈴華 そうですね。やっぱりずっしりと下に落ちる感じがありました。ですから、自然と下の方からすくい上げるような歌い方になりましたね。
——「Interlude~Starlight~」や「時の方舟」では水の音も印象的でした。ひょっとして町屋さんは水の音がお好きなのでしょうか?
町屋 好きですね。「Interlude~Starlight~」は最初、エレピのコードと箏のフレーズぐらいしか決まってなかったんですけど、その時点で、途中の4分の5拍子になる部分で水の音はポチャンと入っていました。この“水ポチャ”の後にフロア・タムがドーン!と鳴ってバンドが入ってくる流れは自分の中で決まってたんです。
山葵 レコーディングのときは、そういう説明を受けていなかったので、なぜかは分からないままフロア・タムを“ドーン”とたたいていました(笑)。
——水の音はサンプリング・ライブラリーですか?
町屋 そうです。サンプリング・ライブラリーは定期的に買うようにしていて。アンビエンス系は割と多く所有しています。「時の方舟」には終始、アンビエンス系の音を入れています。5トラックくらいかな。風の音、水の音2種類、ホワイト・ノイズなどですね。持っているライブラリーの中身は大体頭の中に入っていて、“この音が欲しい”となったら、どこに入っているかを思い出して音を切り出しています。ライブのSE制作などにも重宝するんですよね。
鈴華 よく覚えられるよね。ちなみに私はアンビ系大好きなので、私の曲には必ず入れてくださいと言ってます(笑)。
——ライブのSEも町屋さんが作られているのですね。
町屋 何かしらの楽曲の没テイクをサンプリングして、回転数を変えたりして作ることが多いですね。
鈴華 信頼できるメンバーが作ってくれたSEは、すごくライブの雰囲気にはまるので、いつもありがたいと思ってます。
——夏から始まる全国ツアーでも、ライブ本編に加えて新たなSEを聴くことができるのが今から楽しみですね。
鈴華 はい。このアルバムを引っ提げてのツアーなのですが、3年間のコロナ禍を経て完成したアルバムをまず今年はしっかり生でお客さん含めた100%の状態でより多くの方に届けたいです。あと、和楽器バンドのサウンドを海外の人にもっと聴いてほしいですね。我々も外に向かっていきたいので、その辺の礎を築くタイミングだと思っています。
Release
『I vs I』
和楽器バンド
ユニバーサル:UMCK-7217(初回限定“ボカロ三昧2大演奏会”盤)、UMCK-7218(初回限定“vs”盤)、UMCK-1752/3(CD Only盤)
※初回限定“ボカロ三昧2 大演奏会”盤(7,700円):CD+Blu-ray『ボカロ三昧2 大演奏会』(全18曲)/絵柄Aのトレーディング・カード全9種類のうち1枚をランダム封入
※初回限定“vs”盤(6,050円):CD+Goods(『範馬刃牙』コラボ・ロゴ使用ミニ・タオル/アクリル・キーホルダー、ステッカー2種)/絵柄Bのトレーディング・カード全9種類のうち1枚をランダム封入
※CD Only盤(3,850円):2CD(一方は、全収録曲のインスト版を収録。インスト版はCD Only盤のみ)/絵柄Cのトレーディング・カード全9種類のうち1枚をランダム封入
Musician:鈴華ゆう子(vo)、いぶくろ聖志(koto)、神永大輔(shakuhachi)、蜷川べに(tsugaru-shamisen)、黒流(wadaiko)、町屋(g、vo、prog)、亜沙(b)、山葵(ds)
Producer:町屋
Engineer:熊本義典(prime sound studio form)
Studio:Aobadai studio、prime sound studio form