小さいレコード針が盤面にタッチして音が出るプロセスを含めて“触れる”音楽が好き
テイ・トウワが9月6日にアルバムを2枚同時にリリースした。2021年の前作『LP』の続編となる『TOUCH』と、自身初の全編インスト・アルバム『ZOUNDTRACKS』だ。編集部は、自然に囲まれた環境にあるテイの活動拠点、VU STUDIOでインタビューを敢行。アナログ・レコードへの愛情や、細野晴臣、高木完、小山田圭吾らとの制作エピソードを交えた『TOUCH』全曲解説、そして尊敬する音楽家、高橋幸宏や坂本龍一への思いなど、テイが何を思い、何を考えて2つの作品へ向き合ったのかじっくり読んでほしい。
自分でテーマを与えたライブラリー・ミュージック
──初のインスト・アルバム『ZOUNDTRACKS』、前作『LP』の続編となる『TOUCH』が同時に発売されますね。
テイ 『LP』は流行病が始まったころに作りだして、家にいる時間が長いことを含めて“LP=ロング・プレー”としたんですけど、僕はLPを作るプロセスがすごく好きで。今は1曲単位の配信が本流ですけど、自分的には12インチのレコード盤になってジャケットも付くことでやっと終わるというか。引き続き流行病が終わらず、当てもなく作ったのが「BEAUTIFUL」という曲で、アルバムの仮タイトルにしたんです。でも『LP』に続くワードが良くて。僕はレコードを手に取って、置いて、小さいレコード針が盤面にタッチして音が出るプロセスを含めて“触れる”音楽が好きというのと、相変わらず会う人といえばクロネコヤマトの人と佐川急便の人と日本郵便の人だけで、自分のコンサートはやりたいと思わないし、もう深夜すぎにDJはしたくないし、世の中とのタッチ・ポイントも限りなく自分の作るレコードに絞られてきたという気持ちもあって。だから自分の作る音楽=自分のレコードに触れてほしいという気持ちを含めて『TOUCH』です。
──全曲インストの『ZOUNDTRACKS』はどのように?
テイ 同時期に、アニメ作品の音楽を3曲作ることになったんですけど、あらすじを読んでこういうシーンの音があったらいいなと思った曲を、依頼されてないのにどんどん作ったんです。そういう制約がある中で作るのが面白かったのと、自分の曲がクイズ番組やグルメ番組で使われることがあるらしく、自分の意図と違う使われ方が面白かったので、自分で自分にテーマを与えて。ドローンの空撮シーンの曲として「FEATHER」を作ったり、「2BAD」ってあくどい人の曲を作ったり、「TOURIST RESORT」は軽井沢ローカルの不動産屋のCMに使われたらいいなとか(笑)。
──ご自身で作ったテーマに合うサントラを作っていった?
テイ そうです。架空のライブラリー・ミュージックで、音効さんにリスペクトを込めて、音効ライブラリーとしても使えるようにCDも作りました。『TOUCH』と『ZOUNDTRACKS』は二卵性双生児というか、“美大を出て、アメリカで美大の続きに行ったけどクラブにハマって、Deee-Liteで世に出て、プロになって、ソロになって……”という運命のパラレル・ワールドで、ずっと日本にいたらデザイン事務所か広告代理店で再発盤のレコードのチラシを作ったりして、家に返ってちまちま『ZOUNDTRACKS』みたいな作品を作ってたかなと。
細野晴臣さんの声は音の印鑑
──ここからは、さまざまなゲストも迎えた『TOUCH』収録の全12曲を1曲ずつ解説していただきたいと思います。
M❶ IMMUNITAS
テイ “免疫”は英語で“Immunity”で、ここ3年ぐらいウイルスに対しても情報に対しても“自己免疫”が最強だと思って。日々入ってくる膨大な情報をシャットダウンしたりスルーしたりする能力は大事ですよね。この曲はそれとほぼ真逆で、アジアのレコードからサンプリングした声が“無粋”って聴こえたんです。あと“ええ加減にして”って。無粋だなってニュースが多かったんで、空耳で曲作ろうと。要するに“空耳アワー”です。“無粋、無粋、ええ加減にして”って(笑)。無駄と思えるような時間って大事で、聴きたくないレコードも聴いてみたり、久しぶりに聴いたレコードがすごく良かったり。いつそれが必要になるか分からないので面白いです。
──ビートもすごくかっこいいですが、素材は何ですか?
テイ レコードの音を1音ずつ切り分けています。サンプリングは技術的な自由度が変わりましたよね。IZOTOPE RXとかDe-Clickの性能もどんどん上がって、昔だったらバチバチ言うから諦めていたレコードのノイズも今は大体取れるので、昔サンプリングしたものもまた録ったりしていますね。
M❷ EAR CANDY
テイ ようやく流行病が終わりかけて、そろそろ人混みにも行けるって気分から楽しい曲が作りたくなったんです。喉あめが売り切れってニュースから、耳あめってあるかなと思って「EAR CANDY」と付けて、そこからビートとかを探りました。
──どうやって作ったんですか?
テイ インドのレコードにあった“いやいや”って声に引っ張られて“いやいや、耳にあめ入れないでください”ってイメージで始めました。歌ってもらったのは友達の娘のキシャンで、中学生で子供っぽさが残ってて、英語もネイティブで良いんです。その声との掛け合いは原田郁子ちゃんの声が合うかなと思って、23年ぶりくらいに仕事しましたね。KASHIF君は前回もギターを弾いてもらったんですけど、臨機応変に録ってくれました。あとラップを入れたくて、(高木)完ちゃんとは1回も曲は作ったことなかったんですけど、昨年末に小山田(圭吾)君と3人で飯を食ったり、坂本龍一さんがシャンパンのために作った音楽を聴く会にいたり、最近急に会うことが続いたので、“歌詞とか一緒に考えてくれない?”って声をかけました。自分の残り時間と楽しいこととのせめぎ合いとか、好きなレコードほどこすれて音が変わるとか、そういう“変化”をうまく言いたいと話したら、言いたかったことを全部入れてくれました。自分のアルバムで日本語のラップが入るのは初めてで、気分的に雑談しながら作るようなことをしたかったのかもしれません。まさに“TOUCH”です。
M❸ HOLD ON!
テイ テレビでニュースを見てて“ちょ待てよ”ってことが多かったんで、細野(晴臣)さんが言うと説得力があると思って、“Hold On”と英語で言ってもらったんです。清水靖晃さんのサックスを入れたときはエチオピア系のレコードにハマってたので、エチオピアなスケールでやってもらいました。
──細野さん、すごく素敵な声をされていますよね。
テイ アンディ・ウォーホルのシルク・スクリーンがファイン・アートになるように、細野さんの声は音の印鑑というか、このためなら幾らでも出すよって感じです。会ってこういう感じが欲しいって説明して、送ってもらった素材にグラニュラー系エフェクターのOUTPUT Portalを試したり、テレフォン・ボイス用にはAUDIOTHING Speakersを使いました。
肝心なときは会わないとなって思いましたね
M❹ O.P.A.
テイ “Old Public Artist”ってワードが浮かんで。自分が好きな音楽は先輩のものが多いので、そういう人たちに敬意を表して曲を作りたかったんです。途中で歌を入れたくなってドイツ人のタプリック(・スウィージー)に頼んで。最後にギターを小山田君にお願いしました。
──テイさんにとって小山田さんのサウンドの魅力は?
テイ 小山田君のギターは独特で、いつも想像の斜め上でくるので楽しいです。コーネリアスともMETAFIVEとも違った曲調で生き生きとやってくれました。METAFIVEでは、モニターで聴こえてくる幸宏さんのドラムとか、小山田君がエフェクターを使って弾く狂ったギターは聴いていてすごく楽しくて至福の時間でした。この曲の仕上げ頃に教授も幸宏さんもいなくなって……。Old Public Artistって、まさに幸宏さんとか教授とかをぼんやりイメージしてたよなと思いました。
M❺ HAND HABBIT
テイ 訳すと“手癖”で、シンセだけで鳴らしてたものがユーフォニウムとか管楽器で鳴ったらいいなと思って、メロディをゴンちゃん(ゴンドウトモヒコ)に。彼のスタジオで録ったんですけど、自分の思い描く音を言葉や身振りで伝えて、それをお互いに音で返すのが面白かったです。一緒に時間を共有して作るのも大事だなと思いました。持ち帰って編集してたら翌朝“リンディック(バリの竹琴)入れました”って送ってくれたのがすごく良くて。
──それはゴンドウさんのアイディアなんですね。
テイ そうなんですよ。頼んでないのに余計なことしやがって(笑)。メールやテレ会議で伝わらない情報ってすごく多いと思うので、肝心なときは会わないとなって思いましたね。それがもしかしたら『TOUCH』で一番言いたかったことかな。
M❻ SEA CHANGE
テイ グラニュラー・シンセで作った音が、水に潜って耳に指を入れたときのような音になったので、Seaが付く言葉を探したら“Sea Change”という言葉を見付けて、いいなと。
──リバービーなピアノが印象的でした。
テイ リバーブって、1980年代ならゲート・リバーブとか、良くも悪くもその時々の時代感が出る気がして、エンジニアにもなるべく使わないでって言ってきたんですけど、これはサンプリング元のピアノにもかかっていて、さらに加えました。
──サンプルを再構築する作業には何を使っていますか?
テイ UVI Falconがメインのサンプラー・ソフトです。MIDIキーボードも使いますが、弾けるコードが決まっちゃうので、なるべく耳を頼りに目をつぶりながらマウスで動かします。
M❼ BEAUTIFUL
テイ TOWA TEIの“Beautiful”ってなんだろうって考えて。一番多く繰り返した“Beautiful”ってサンプルはVHSから録って、カセットやレコードでも“Beautiful”って言葉に気付くと、ハンディ・レコーダーのEDIROL R-09とかMOTU Digital Performerで録ってコラージュしました。あとこの曲はハイハットを使いませんでした。やたらオルガンやエレクトーンのレコードばっかり聴いてた時期で、オルガンとかエレクトーンでパフォーマンスするTUCKER君に相談をして。「AKASAKA」が良かったから「BEAUTIFUL」もお願いしました。
人生の夕暮れ時にいるのを意識して作ったアルバム
M❽ MY BABY
テイ 戦争が始まる少し前に映像撮影で出てもらったIAちゃんがロシアと中国のハーフの女の子で、自分のボーン・アイデンティティの話をしていて。何か歌えることがあったら歌いたいって言ったんです。彼女はお父さん、お母さんにとっての“My Baby”なわけで、“My Baby”をロシア語と中国語と英語にして、APPLE iPhoneで入れてもらって使いました。それから、この曲は“KORGのプラグインで作ったろう”と思って、特にビートは結構KORGの音で作りました。
M❾ SNOW SLOW
テイ これは“雪がしんしんと時間をかけて積もっていく感じ”になりそうだなと思って作り出したんですよ。ROLANDのリズム・マシンTR-66かTR-330の音で始まってますね。この曲は無意識でできたに近いです。フレーズをスライスして、それを適当に鍵盤やマウスでずらしてフレーズを作ると、ある程度形ができるんです。それぞれの音のアタックやディケイをいじったり、音を短くしたり、ストレッチやフェードをしたりするブラッシュ・アップには時間をかけますけどね。
M❿ AKASAKA
テイ 今回一番好きだな。昭和バブル、80’sの元気のあった日本みたいなイメージで作りたかったんです。オルガンがハマると思って、TUCKER君のスタジオで3〜4時間話して、データを送ってもらって、それをかなり編集しました。この曲はTUCKER君がいなかったらできなかったですね。
──クレジットに“TOUKON”とありますが、これは……?
テイ TACOMA FUJI RECORDSのナベちゃんと五木田(智央)君と飲んだときに、猪木のまねをしたり“アチョー”とか言ってたのをiPhoneで録ったんです。iPhoneで録った音も意外と使えて。プラグインでノイズを取ったりIZOTOPE Nektarで前に出したり、テクノロジーの恩恵を受けてます。
M⓫ RADIO(DJ)
テイ 幸宏さんが亡くなって、もう声が聴けなくなっちゃうんだなと思ったときに「RADIO」のマルチを聴いたら良くできていて。強いて言えばテンポが遅かったので、テンポを速くしたりして幸宏さんのご家族に聴いてもらったら、いいねと。アルバムはほぼできてたんですけど差し替えました。
──幸宏さんの声が流れてくるとグッときますね。
テイ 僕、幸宏さんに“一番影響を受けたシンガーは誰ですか?”ってぶしつけな質問もしたんですけど、ブライアン・フェリーが好きとか言ってて。ブリティッシュで伊達男的な歌い方はその影響かなって気はします。でも僕はブライアン・フェリーより先に幸宏さんの声を聴いて音楽が好きになったので、何ものにも変えようのない価値や思い入れがあるんです。
──11曲目に置いたのはどのような思いがあるのですか?
テイ アナログ盤って、物理的な溝の関係でビートが効いてる曲は前の方がいいんですけど、再収録ではあるし、ノスタルジックな気分も含め最後の少し手前かなと思ったんです。
M⓬ CREPSUCULE
テイ 流行病の終わりも見えてきたし、人生の夕暮れ時にいるのを意識して作ったアルバムだったので、“Crepsucule=たそがれ”と付けました。ビートのあるアンビエントで締めくくりたかったんです。CASIO MT-40を使いたくて作りました。ギターで参加した森俊二さんも同い年で、多分彼なりにたそがれを感じてると思うんです。独特なテクスチャーにこだわった音を入れてくれて、幾つかもらって編集しました。
肉体はなくなっても音楽は全く同じように響く
──『TOUCH』全曲解説、ありがとうございました。ミックスはGOH HOTODAさん、小日向歩さん、今本修さんですね。
テイ GOHさんには、僕が1人でやるには手に負えないものをミックスしてもらって。インスト寄りで展開が少ない曲は、小日向君と今本君に必要なところを調整してもらいました。2人ともDigital Performerで作ったまま渡せるので、バウンスする必要がなくて。最終的にGOHさんには全曲ステムで渡してプリマスタリングもしてもらいました。
──あらためて、今回の2枚はどんな作品だと感じますか?
テイ デザインだけじゃなく、打ち込みの人でもこういうアルバムはないという自負はあります。半分以上インストですが、声がいっぱい入っているので寂しくもないかなと。ミックス、マスタリング、デザインが全部2枚分だったから、思った以上にカロリーが高かったですけど、達成感はあります。次も作ってますけど、だいぶこの2枚とは気分が違いますね。もう人混みにも行けるけど、自分も確実に年を取って。自分にとって大きな存在だった幸宏さんや教授がいない世の中になって思うことはいっぱいあって、でも肉体はなくなっても音楽は全く同じように響くので、彼らの作ってくれた多大な名曲は本当に救いというか。寂しいのと同時に、自分にどれだけ時間が残されてるのかなって思うことが強くなりました。そもそも昔から迎合とかしてない……KOJI 1200とかやりましたね。売る気満々でしたね。そういうときもあったけど、自分が何を作りたいかということにすごく興味があります。自分が作らないと好きなアーティストがアルバムのためにジャケットを描いてくれたりとかもないわけじゃない? だからやるっきゃないなと。その繰り返しで前に進んでいく感じです。
Release
『TOUCH』
TOWA TEI
日本コロムビア: COCB-54360(CD) COJA-9480(アナログ盤)
Artwork:SUSUMU KAMIJO
Musician:テイ・トウワ(all、prog、k)、原田郁子(vo)、高木完(rap)、KASHIF(g)、細野晴臣(vo)、水原佑果(vo)、清水靖晃(sax)、TAPRIKK SWEEZEE(vo)、小山田圭吾(g)、ゴンドウトモヒコ(flugelhorn、rindik)、TUCKER(k)、高橋幸宏(vo)、玉城ティナ(vo)、シュガー吉永(g)、森俊二(g)、他
Producer:テイ・トウワ
Engineer:GOH HOTODA、小日向歩、今本修、高西和明
Studio:VU、ミキサーズラボ
『ZOUNDTRACKS』
TOWA TEI
MACHBEAT:MBCD-2311
Artwork:ON AIR
Musician:テイ・トウワ(all)
Producer:テイ・トウワ
Engineer:テイ・トウワ、小日向歩
Studio:プライベート