スピッツ「美しい鰭」エンジニア髙山徹のミックスを徹底解剖〜『名探偵コナン』劇場用とCD/配信用の作り分け〜

スピッツ「美しい鰭」エンジニア髙山徹のミックスを徹底解剖〜『名探偵コナン』劇場用とCD/配信用の作り分け〜

スピッツ『ひみつスタジオ』のミックスは、エンジニア髙山徹氏が主宰するSwitchback Studioで行われた。ここでは『ひみつスタジオ』収録曲であり、劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』の主題歌に起用された「美しい鰭」を題材に髙山氏のミックスを徹底解剖。劇場用にPro Tools上で5.1chサラウンドでのミックス後、CD/ストリーミング配信用に2ミックスへダウン・ミックスされたという氏の手法を、具体的に解き明かしていこう。

Pro Toolsセッションの構成

 ミックスには、APPLE Mac StudioにインストールされたAVID Pro Toolsを使用。5.1chミックスは合計124ボイスで構成されている。三輪テツヤのギターと草野マサムネのギター、草野のボーカルはセクションごとにトラックを分割し、サビはさらに高音部と落ちサビ部分を別にしてEQなどの設定を個別で調整している。

スピッツ「美しい鰭」Pro Toolsセッションの構成画面

劇場用とCD/配信用で広がりに変化を付ける

 劇場用はスクリーンの外に音が広がらないよう寄せて、CDや配信ではヘッドフォンやスピーカーの外へ広がるように定位を設定。

劇場用(5.1ch)

 劇場用はPro Tools付属のパンナーで調整。Aメロの三輪のギターは、オンマイクを右前方に設定。オフマイクで拾った音は左横に定位し、オンマイクとオフマイクを対称的な位置に設定。マイク間の距離を出すことで、空気のディレイが強調され、立体感が出るという。髙山氏いわく「オンマイクを光、オフマイクを影のようなイメージ」で配置。後方へ配置可能な5.1chサラウンドだからこそできる手法だ。

 オンマイクは右前方へ 

Pro Tools付属パンナー。Aメロの三輪のギターのオンマイクは右前方へ配置(左上黒枠内の●マークがマイク位置)

Pro Tools付属パンナー。Aメロの三輪のギターのオンマイクは右前方へ配置(左上黒枠内の●マークがマイク位置)

 オフマイクは左横へ 

Aメロ部分のギターのオフマイク。オンマイクと対称に、左横にパンニングさせている

Aメロ部分のギターのオフマイク。オンマイクと対称に、左横にパンニングさせている

CD/配信用(ステレオ)

 CD/配信用には、2ミックスへダウン・ミックスした後に、マスター・トラックへPLUGIN ALLIANCE Shadow Hills Mastering Compressor Class Aをインサート。右下に位置するパラメーター“STEREO WIDTH”を上げることでスピーカーの外まで広がるよう調整している。これは、劇場用5.1chミックスでは使用していないとのこと。

 音像をスピーカーの外へ広げる 

Shadow Hills Mastering Compressor Class Aの画面下部、右から2番目のパラメーター“STEREO WIDTH”でステレオ感を調整

Shadow Hills Mastering Compressor Class Aの画面下部、右から2番目のパラメーター“STEREO WIDTH”でステレオ感を調整

リバーブ&ディレイで空間を段階的に広げる

 楽曲前半では定位を狭めた小さい空間で、後半に向けて空間が広くなるように音作り。Aメロは短めのリバーブ、BメロではAメロよりもリバーブ・タイムを長くしてディレイを付加。サビでは、“美しい鰭で”と高音で歌う部分でさらに長いリバーブをかけ、ディレイはこの部分のみステレオに設定し、ディレイの戻りが広がるように処理されている。

 展開を追うごとに長くなるリバーブ 

リバーブはAUDIO EASE Altiverb 7 XLで、「美しい鰭」では、デジタル・リバーブEMT 250のシミュレーションを選択

リバーブはAUDIO EASE Altiverb 7 XLで、「美しい鰭」では、デジタル・リバーブEMT 250のシミュレーションを選択

 サビ高域部のディレイはステレオ設定に 

ディレイMCDSP EC-300 Echo Collectionは、サビの高音部のみステレオに。そのほかはモノラルで設定している

ディレイMCDSP EC-300 Echo Collectionは、サビの高音部のみステレオに。そのほかはモノラルで設定している

透明感のあるボーカルの音作り

 ボーカルは透明感を出すために、EQで高域を上げるだけだと耳に痛いため、PLUGIN ALLIANCE Noveltech Vocal Enhancer(ボーカル・エンハンサー)で耳に痛くない帯域のみを強調し、中域のアタック感をUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのUA 1176 Classic Limiter Collection(コンプ)で調整。SONNOX Oxford SuprEsser(ディエッサー)で中高域の立ち上がりを少しゆっくりにすることで、ソフトな高域を出せるという。加えて、母音と子音が奇麗に聴こえるようフェーダーで細かく音量調整も行ったそうだ。

 耳に痛くない帯域のみを強調 

PLUGIN ALLIANCE Noveltech Vocal Enhancerで耳に痛くない帯域の倍音を付加。セクションごとのレンジに合わせ、Aメロやサビではエンハンスのパラメーターを強めに設定するなど、エンハンス具合とどの帯域の倍音を作るかを変えている

PLUGIN ALLIANCE Noveltech Vocal Enhancerで耳に痛くない帯域の倍音を付加。セクションごとのレンジに合わせ、Aメロやサビではエンハンスのパラメーターを強めに設定するなど、エンハンス具合とどの帯域の倍音を作るかを変えている

 コンプで中域のアタック感を調整 

UNIVERSAL AUDIO UADプラグインのUA 1176 Classic Limiter Collection(コンプ)で調整

UNIVERSAL AUDIO UADプラグインのUA 1176 Classic Limiter Collection(コンプ)で調整

 中高域の立ち上がりをゆっくりに 

SONNOX Oxford SuprEsser(ディエッサー)で耳に痛くなる中高域の立ち上がりを遅くすることで、ソフトな高域を出す

SONNOX Oxford SuprEsser(ディエッサー)で耳に痛くなる中高域の立ち上がりを遅くすることで、ソフトな高域を出す

セクション別ボーカルEQ

 PLUGIN ALLIANCE Three-Body Technology Kirchhoff-EQを使用。Aメロは音高が低いためすっきりさせるべく低域をカット。サビではレンジが上の方に広がるので、不足した低域を持ち上げている。さらに抜けを良くして存在感を上げるため2kHz、4kHz辺りをブースト。落ちサビはエンハンサーを抜き、高域を切って少しテンションを下げているそう。また高域部だけ別トラックにして痛いところを削って実音を出しているとのこと。

 音高が低いAメロは低域をカット 

ボーカルAメロはサビよりも音高が低いため、低域をカットしてすっきりさせる

ボーカルAメロはサビよりも音高が低いため、低域をカットしてすっきりさせる

 音高が上がるサビは低域を補う 

サビでは音高のレンジが上がってくるため、低域を上げる。抜けを良くするために2kHz、4kHzもブースト

サビでは音高のレンジが上がってくるため、低域を上げる。抜けを良くするために2kHz、4kHzもブースト

 サビ高音部のEQは別処理 

サビで高く歌い上げる“美しい鰭で”は耳に痛くなる部分をカット

サビで高く歌い上げる“美しい鰭で”は耳に痛くなる部分をカット

 落ちサビは高域を削って落ち着かせる 

楽曲後半の落ちサビでは、高域をカットすることでテンションを落ち着かせる

楽曲後半の落ちサビでは、高域をカットすることでテンションを落ち着かせる

●インタビュー前編はこちら:スピッツ『ひみつスタジオ』の制作をエンジニア髙山徹が語る

サンレコ バックナンバーで読める「スピッツ」の記事

 サンレコのWeb会員の方はサンレコのバックナンバーでスピッツの記事をお読みいただけます(バックナンバーサイトでログインが必要です)。

Release

『ひみつスタジオ』
スピッツ
ユニバーサル:UPCH-2256

Musician:草野マサムネ(vo、g)、三輪テツヤ(g、vo)、田村明浩(b、vo)、﨑山龍男(ds、vo)、斎藤有太(org)、豊田泰孝(prog、bell、glocken)、皆川真人(k)、山本拓夫(sax)、西村浩二(tp)、菅家隆介(tp)、今野均(vln)、朝倉さや(cho)、佐々木詩織(cho)
Producer:スピッツ、亀田誠治
Engineer:髙山徹
Studio:サウンド・シティ世田谷、Switchback Studio

関連記事