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スピッツ『ひみつスタジオ』の制作をエンジニア髙山徹が語る

エンジニア髙山徹が語るスピッツ『ひみつスタジオ』の制作

真逆の要素が多く存在するのに、絶妙なバランスで成り立っているのが面白いです

30年以上にわたり珠玉の作品を生み出すスピッツが、17枚目のアルバム『ひみつスタジオ』をリリースした。ここでは、20年以上もの間、彼らのレコーディングやミックスを手掛け、今作でも手腕を振るったエンジニアの髙山徹氏へインタビューを敢行。前半ではメンバーとのレコーディングの様子や手法、後半は「美しい鰭」のミックス・テクニックを紹介する。人々を魅了し続けるスピッツの音が誕生する過程はいかに?

3カ月ごとに3曲ずつ2年半かけてレコーディング

左から、三輪テツヤ(g)、田村明浩(b)、草野マサムネ(vo、g)、﨑山龍男(ds)

左から、三輪テツヤ(g)、田村明浩(b)、草野マサムネ(vo、g)、﨑山龍男(ds)

──今回は、『ひみつスタジオ』のレコーディングが行われたサウンド・シティ世田谷でお話を伺います。

髙山 プロデューサーの亀田誠治さんから指定もあって『ひみつスタジオ』は全部ここで録りました。FOCUSRITEのコンソール(72イン/48アウト、72ch GML Automation Fader System)が入っていますが、もともと(草野)マサムネ君の声はFOCUSRITEが合うと思っていて、ここで録る前から僕が持っているISA 115HDのマイクプリをよく使っていました。

──亀田さんはアルバム全体をプロデュースしているのですか?

髙山 メンバーによるセルフ・プロデュースの「跳べ」「めぐりめぐって」以外は亀田さんプロデュースです。

──レコーディング期間はどのくらいでしたか?

髙山 最初は「紫の夜を越えて」「跳べ」を2020年10月に録って、2021年1月に「大好物」を録りました。アルバム制作を本格的に始めたのは2022年で、1月に「手鞠」「Sandie」と「アケホノ」(シングル『美しい鰭』収録)、3月に「未来未来」「オバケのロックバンド」「さびしくなかった」、7月に「ときめきpart1」「讃歌」と「祈りはきっと」(『美しい鰭』収録)を録り、今年1月に「美しい鰭」「i-O(修理のうた)」「めぐりめぐって」を録りました。約3カ月ごとに3曲ずつ録っていて、1曲につきリズム、ダビング、歌を半日ずつくらいのペースでした。マスタリングが終わったのが3月なので、期間は2年半。その前からプリプロがあったので、制作期間はもっと長いです。

──プリプロの音源はどのようなものでしたか?

髙山 事務所のリハスタでだいぶ仕込んできていたので、フレーズはほぼ固まっていました。『ひみつスタジオ』というタイトルが指すのは恐らくそちらのスタジオですね。

──レコーディングのディレクションはどのように?

髙山 亀田さんプロデュースの曲は亀田さん仕切りで、セルフ・プロデュースの曲はポリドール時代から一緒にやっているディレクターの竹内修さんとメンバーで録りました。テイクは本人主体で決めて、ドラムのサステインの長さや音程感、ベースやギターの種類やひずみ感などはみんなでいろいろ試して吟味していました。

FOCUSRITEのコンソールが鎮座するサウンド・シティ世田谷のコントロール・ルーム。コンソール右側の手前に置かれているのは、髙山氏の持ち込みのアウトボード類だ

FOCUSRITEのコンソールが鎮座するサウンド・シティ世田谷のコントロール・ルーム。コンソール右側の手前に置かれているのは、髙山氏の持ち込みのアウトボード類だ

髙山氏所有のアウトボード。ここでは、録音時と近いセットアップを再現してもらった。上から、EMPIRICAL LABS Distressor EL8-X×2、VINTECH AUDIO 609CA、TUBE-TECH LCA 2B、AMEK System 9098 EQ×2、CHANDLER LIMITED TG1、FAIRCHILD 670

髙山氏所有のアウトボード。ここでは、録音時と近いセットアップを再現してもらった。上から、EMPIRICAL LABS Distressor EL8-X×2、VINTECH AUDIO 609CA、TUBE-TECH LCA 2B、AMEK System 9098 EQ×2、CHANDLER LIMITED TG1、FAIRCHILD 670

上2段はSOLID STATE LOGIC XLogic X-Rackにモジュールを収納。上段はXR625(EQ)、下段はXR618(コンプ)をそれぞれ8ch収納している。その下はコンプのTUBE-TECH CL 1B×2

上2段はSOLID STATE LOGIC XLogic X-Rackにモジュールを収納。上段はXR625(EQ)、下段はXR618(コンプ)をそれぞれ8ch収納している。その下はコンプのTUBE-TECH CL 1B×2

マサムネ君の声の高域がサラサラと奇麗になる

──レコーディング環境について教えてください。

髙山 サウンド・シティ世田谷のAPPLE Mac Pro、AVID Pro Toolsを使いました。録りではプラグインはほとんど使わず、アウトボードで音を作ります。レコーディングではドラム・テックの蔡健治さんとギター・テックの飯室“KAPPA”克己さんが素で良い音を作ってくれるので、録音しやすいですし、メンバーも演奏に集中できていると思います。

──バンド収録はどのように行いましたか?

髙山 ドラム、ギター、ベースは全部別の部屋に分けて一斉に録りました。歌とベース以外はオフマイクも立てて、ギターや上モノのオフマイクは無指向にすることが多かったです。

──使用されたマイクを教えてください。

髙山 ドラムのマイクは、キックにSENNHEISER MD 421-ⅡとNEUMANN U 47 FET、スネアの上下にMICROTECH GEFELL UM70S、ラック・タムにMD 421-Ⅱ、フロア・タムにAKG D112、ハイハットとライドはAKG C 451 EB、シンバルにSCHOEPS CMC 5U+MK 41、オーバーヘッドにNEUMANN M 49 B、アンビエンスにROYER LABS SF-1とNEUMANN U 87を立てました。ベース・アンプはU 47 FET、ギター・アンプにはSHURE SM57とU 87です。オフマイクはほぼU 87で、ドラムにはSF-1も使いました。

──ボーカル・マイクは何を使いましたか?

髙山 TELEFUNKEN Ela M 251です。透明感があり、上も下も奇麗に伸びて適度に倍音が出ます。Ela M 251は男女問わず使えるマイクで、マサムネ君の声は女性的な部分もあり、高域がサラサラと奇麗になるので気に入っています。

──そのほかマイク以降の処理はどのように?

髙山 基本的にコンソールのマイクプリとEQを使い、コンプはアウトボードで音を作り込んで取り込みます。具体的にはドラムにSSLのXR625(EQ)とXR618(コンプ)をインサートし、それらをまとめたものにグルーブが調整しやすいFAIRCHILD 670、CHANDLER LIMITED TG1、AMEK System 9098 EQを通しました。ギターはEQの後にピッキングのアタックがおいしく出るEMPIRICAL LABS Distressor EL8-Xを通します。ベースのコンプは音が痩せないVINTECH AUDIO 609CAやUNIVERSAL AUDIO 1176を使いました。楽器はFOCUSRITEだけだと奇麗すぎるので、少しざらつく質感のコンプをよく使います。ボーカルはFOCUSRITEのEQで調整し、コンプはソフトな曲だとTUBE-TECH CL 1B、激しい曲はさらに1176も加えました。

最も広いメイン・フロアでは、﨑山のドラムのほか、バイオリンやホーン・セクションを収録

最も広いメイン・フロアでは、﨑山のドラムのほか、バイオリンやホーン・セクションを収録

草野のエレキギター、アコースティック・ギターを収録した幅4.1mのBブース。収録時はグランド・ピアノをブース外へ出したという

草野のエレキギター、アコースティック・ギターを収録した幅4.1mのBブース。収録時はグランド・ピアノをブース外へ出したという

草野のボーカルと三輪のギターを収録した幅3.2mのAブース。取材時には、草野のボーカル収録のセットアップを再現してもらった

草野のボーカルと三輪のギターを収録した幅3.2mのAブース。取材時には、草野のボーカル収録のセットアップを再現してもらった

幅2mのCブースでは、田村のベースを収録

幅2mのCブースでは、田村のベースを収録

ボーカル収録に使用したTELEFUNKEN Ela M251。全曲の草野のボーカルのほか、「オバケのロックバンド」のメンバー全員のボーカル録りにも使われた

ボーカル収録に使用したTELEFUNKEN Ela M251。全曲の草野のボーカルのほか、「オバケのロックバンド」のメンバー全員のボーカル録りにも使われた

キャラクターを変えて共存できる範囲を広くする

──楽器のすみわけはどのように行っていますか?

髙山 マサムネ君のギターはKEMPER Profilerでひずみを作ったラインとそれをアンプで鳴らしたオフマイク、テツヤ君のギターは実機のアンプのオンとオフマイクを拾っていて、シミュレーターと実機のアンプでキャラクターを分けています。ベースはアンプとアンプ・シミュレーター、KEMPER Profilerの混ぜ具合を曲ごとに変えます。ラインだと超高域まで出るので音量を下げても聴こえるのですが、迫力が足りなかったりするので、それを実機のアンプで補ったりしています。「美しい鰭」のテーマ的なフレーズは、本来オルガン用のLESLIEスピーカーにギターをつないで鳴らしました。これはメンバーが長年培ってきたことの成果ですが、そうやって微妙にキャラクターを変えて共存できる範囲を広くすると、よりダイナミックな音像が作りやすくなります。

──皆さんのテクニカルな演奏がまとまるとフワッとした柔らかい雰囲気が出るのも不思議に感じます。

髙山 確かにインストで聴くと結構激しかったりしますが、マサムネ君の声質で歌を乗せるとホワッとしますね。

──「オバケのロックバンド」はなんとメンバー全員がボーカルで参加されていて、最初に聴いてとても驚きました。

髙山 全員であれほどソロで歌うのは少なくとも僕がやってる間では初めてです。マサムネ君が歌った仮歌を聴いて各々で練習してきていて、レコーディングではみんなゲラゲラ笑ってすごく楽しそうでしたね。亀田さんがすごく褒めてくれてすぐにOKが出ました。マイクはEla M 251で、みんな身長が近いので高さの調整は楽でした。声量は結構違うので、マイクプリとEQの設定は変えています。特にテツヤ君の声の抜けが良く、同じぐらいのレベルだとマサムネ君の声が溶けてしまうので音量を調整しました。定位はソロのときはみんな真ん中で、ユニゾンになるサビでは少しずつ開いています。このときの音量バランスは、あえて均一化せずにところどころ﨑ちゃん(﨑山)が聴こえる、田村君が聴こえる、みたいにわざとおいしいところだけぐっと突いて、メンバー4人が分かるようにオートメーションを書いています。

──『ひみつスタジオ』のミックスで特にこだわった部分はどのような点ですか?

髙山 全体的に空間をつぶさないようにして分離度を上げて、風通しの良い感じにしようと思いました。CDや配信の一定音量の中でも曲によって残響の量と質感を変えることで「跳べ」のように勢いのあるロック・サウンドは爆音で鳴っているように感じさせ、「さびしくなかった」のような温かみのある素朴な曲は近くで小さく鳴って聴こえるように幅を持たせています。あと、できるだけ生の質感を生かそうと思って、ドラムもワンショットのサンプルを貼るとかは一切行っていませんし、タイミングも機械的に修正するようなことはしていません。すべて人力でやっていることを強調して、いわゆる流行の音とは差別化しています。

──そのほか、制作中の印象的なエピソードはありますか?

髙山 リファレンスとしていつもはスピッツの過去曲を例に出してくれるのですが、「美しい鰭」は珍しく“ザ・ミーターズの初期みたいなドラムにしたい”とマサムネ君からリクエストが来ました。蔡さんに聴いてもらってチューニングしてもらい、バスドラのヘッドを変えたりミュートを詰めたりと細かい調整をいろいろしてもらって雰囲気が出るようにしました。

──スピッツの作品を手がけてきてサウンド面で変化を感じる部分はありますか?

髙山 僕は「夢追い虫」から23年間担当させてもらっていて、初めのころは“もっと迫力を出したい”という要望が多かったりしましたが、だんだん音数を厳選するようになり、今は良い意味で余裕を感じる音になってきたと思います。

──髙山さんが思うスピッツの音の魅力は何でしょうか?

髙山 歌詞はもちろん、音にもストイックなところとゆるいところ、ストレートなところとひねくれたところ、保守的なところと斬新なところ、そういう真逆の要素が多く存在するのに絶妙なバランスで成り立っているのがとても面白いですね。


●インタビュー後編に続く:エンジニア髙山徹によるスピッツ「美しい鰭」ミックス徹底解剖〜『名探偵コナン』劇場用とCD/配信用の作り分け〜

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Release

『ひみつスタジオ』
スピッツ
ユニバーサル:UPCH-2256

Musician:草野マサムネ(vo、g)、三輪テツヤ(g、vo)、田村明浩(b、vo)、﨑山龍男(ds、vo)、斎藤有太(org)、豊田泰孝(prog、bell、glocken)、皆川真人(k)、山本拓夫(sax)、西村浩二(tp)、菅家隆介(tp)、今野均(vln)、朝倉さや(cho)、佐々木詩織(cho)
Producer:スピッツ、亀田誠治
Engineer:髙山徹
Studio:サウンド・シティ世田谷、Switchback Studio

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