ドラムが入ってバンドが根本から変わった。4人でかなりの数の曲を作る必要がありました
櫻打泰平(p、k/写真左上)、佐瀬悠輔(tp/写真右上)、岩見継吾(wood bass/写真右下)、松浦千昇(ds/写真左下)の4人から成るバンド、賽(SAI)。3人編成のドラムレスバンドとして活動していたが、2023年に松浦が加入し、4人となって初のアルバム『YELLOW』をリリースした。メンバー全員が高い演奏力を持ち、ジャズをベースにしつつもさまざまなジャンルを取り入れた今作は、数々の試行錯誤を経て生まれた作品とのこと。櫻打に詳しく話を聞いた。
松浦千昇は音楽に対するレスポンスが速い
——本誌2023年3月号ではドラムレスとして取り上げさせていただきましたが、ドラマーの加入に驚きました。そもそもドラムレスだったのはどうしてなのでしょうか?
櫻打 近年の海外ヒットチャートの曲を聴くと、ビートと歌もしくはラップ、その間に何か少しの楽器、みたいな曲ばかりだなと。もちろんそれも好きですけど、そればっかりなんですよ。ビートとボーカルの間にある楽器だけでも良い音楽が作れるし、良い演奏をすればドラムやビートがなくてもお客さんの体が動く。そういった流れに対するカウンターとして、ドラムレスでどうしてもやりたかったんです。ドラムレスの時代から3人の中で、もしドラムがいたとしたらというイメージは共通して持っていて、ビートが鳴っていないのに感じさせるように演奏するのは面白かったですね。けど大変でした。
——そしてドラマーとして松浦千昇さんが加入しました。
櫻打 賽で2年ほど活動していて、あるとき“あれ、ドラムってめっちゃかっこいいかも”って気づいて(笑)。岩見さんと佐瀬にも、“2024年からはドラムを入れようと思うんです”って言ったら、2人とも“ありがとう”みたいな感じで(笑)。賽を始めた当初から、いつドラム入れるんだろうって思っていたらしいんです。
——松浦さんとはどこでお知り合いに?
櫻打 自分より若い世代のミュージシャンとつながりたいと思って、よくセッションバーに行ったりしていたのですが、その界隈ですごくウワサになっていたんです。知り合ってから1曲、何のお題も決めずに合わせてみたら相性も良かったし、何より耳がめちゃくちゃ良いなと。ドラム以外の楽器の音に対して、ドラムのレスポンスがむちゃくちゃ速い。理屈とかではなく、一緒にバンドをやったらきっとすごいことになると強く感じました。
——4人になってから制作に変化はありましたか?
櫻打 そもそもドラムレスで成立していたバンドにドラムが入るってすごいことで、バンドが根本から変わってしまいます。全然違うバンドをイチからやり直す必要があるってことに気づくまで時間がかかりました。何回かリハをやってみましたが、ただの上手な人たちが集まったセッションになっちゃって、バンドじゃなくなっちゃったんですよ。オリジナリティがないというか、曲として成立させることはすぐにできるけど、そういうことじゃないよねと。これはまずいと思って4人で曲をどんどん作りまくって、ようやくバンドとしての柱が見えてきました。その中のよりすぐりを『YELLOW』には収録しています。
——具体的にどういう部分が難しかったのですか?
櫻打 例えばベースが“ボン”と鳴った後に、ピアノが“ダ”って入ると、キックとスネアみたいになってリズムが生まれますよね。これまではそういうことを3人でやっていたけれど、ドラムがいてくれるのでもうやらなくてもよくなった。でも、ドラムにビートを任せて信頼した上で曲のストーリーを作り上げていくとなると、アプローチが180度違うんです。各楽器がリズム、ビートを生み出す必要がなくなったということでは決してないんですが。
——それを打開するきっかけになった曲はありますか?
櫻打 4人で最初にできた曲が「Speculate」です。音楽をディグりまくって、そこからいろいろなアイディアを持っていって、ドラムがいることで初めて表現できる曲たちを作っていきました。次にできたのが「Child's eye」で、この曲ができたくらいから“お、来たな”と。バンドとしての骨みたいなものが見えはじめた感覚があって、そこにたどり着くまでにかなりの数の曲を作りましたね。
ストリングスのおいしいところを録音
——「NAKE」にストリングスが入っているなど、今作にはセッション的なもの以外のアプローチも見られます。
櫻打 「NAKE」のストリングスは最後に入れました。今作は伊豆スタジオでレコーディング合宿を行っていて、「始」「ILa」「30」「Heee」「NAKE」の5曲は全員で一発録りした方がいいだろうというのが見えていました。ただ「NAKE」はどうやって録ろうかというときに、まだアレンジの方向性があまり決まっていなかったんです。実際に録ってみたら4人だけで成立させることもできたんですけど、ストリングスがあった方がより素晴らしくなると思い、追加でレコーディングしました。
——ストリングスのイメージはあったのですか?
櫻打 佐瀬と俺の大学の先輩に高木大丈夫さんというシンガーの方がいて、高木さんが昨年出したシングル「私を呼んだ 夏の空のような」を聴きながら、「NAKE」にこういうストリングスが入ったら最高だよなと話してたんです。結構スケジュールもギリギリだったんですが、そのシングルと同じメンバーで、アレンジをしてくれた兼松衆さんと、須原杏ちゃん(vln)と林田順平君(vc)に協力してもらって、STUDIO SUNSHINEでレコーディングしています。生のストリングスを自分のバンドで入れるのは初めてだったんですが、演奏者の2人とストリングスのおいしいところはどこなのかなど話しながら、微調整としてディレクションさせてもらいました。
——ストリングスのおいしいところと言うと?
櫻打 曲の中でその楽器がハマるおいしい帯域ですね。そこを収録するためには弾き方と録り方……マイクの種類、オンマイクかオフマイクか、ミックスでどういう音像感にするかをマイキングからイメージして作っていくことが重要だと思っていて。チェロのローミッドからハイミッド辺りとか、バイオリンの1~4kHzくらいのキンとなるところをもうちょっとマイルドにしたいと思って、オンマイクをNEUMANNのM 147からU 87にしてみるとか、いろいろ試しています。
——先ほど挙げられた5曲以外はどのように録音を?
櫻打 ドラムとベースは(川崎市)高津にあるスタジオハピネスでも録音して、その上に佐瀬と俺が自宅で上ものを重ねたりしています。そこからさらに伊豆スタジオでドラムやベースを差し替えたのが「Rabbit’s」です。あと「Orb」は、ハピネスと伊豆スタジオそれぞれでドラムを録っています。
——「Orb」も差し替えたということですか?
櫻打 いや、両方使っています。ドラムセットや環境が変わると録り音も変わるし、2人分の人数感が欲しかったので、もう1回伊豆スタジオでたたいてくれと。千昇の仕事が速くて、「Rabbit's」も「Orb」も一発で終わりました。むしろ曲によってのドラムキット選びとチューニング、マイキングに時間をかけていましたね。それから録ったデータを自宅に持って帰ってきて、「Rabbit's」は打ち込みのビートと千昇のドラムを、トラックメイキングするような感じでバスッと切ったりして編集しました。
——打ち込みも後から重ねているのですね。
櫻打 moogのmoog oneで作ったキックの音とか、生のキックじゃ出せない超低域を千昇のタイミングにピタッと合わせて重ねています。低域って結構位相を調整するのが大変なんで苦労しましたね。あとスネアに格闘ゲームのパンチの音みたいな、“ピシッ”というサンプルも重ねています。千昇が、“パンチの音を入れたらいいと思います”と提案してくれました(笑)。サンプルはSpliceで探すか、それっぽいのをシンセで山のように作るか、もしくは、例えばスタジオの床をデッキブラシでこすった“シュッ”という音にフィルターをかけて加工して重ねたりっていう、実験的に録った素材も使っています。
——ひと手間かけて作っていると。
櫻打 ミックスで作ることもできると思うんですけど、EQで加工した音ってあんまり好きじゃなくて。最終的にはEQで持ち上げると潰れて抜けが悪くなったりするので、なるべく避けるようにしています。あと「Rabbit's」のハンドクラップは、4人で録ったクラップを80人分くらいに重ねて1つにしたものを3~4パターン作って配置しています。同じパターンを貼り続けるとずっと目の前に居続けるけど、そこに波を作ることで、より人間らしさが出るようにしています。
シンセのリフやアルペジオも人力で演奏
——『YELLOW』はドラムレスの「始」で幕を開けて、疾走感のあるドラムソロから始まる「Ira」へとつながります。
櫻打 「ILa」は今作の旗頭になるパンチのある曲で、これから始まるアルバムも好きだけど何かイントロを付けようと。そうしたら千昇が、“導入はドラムレスで行くのどうすか”って。3人から4人の賽になる第2章の始まりとして、ドラムレスの「始」から「ILa」につながるというイメージです。実は「始」の最後にすごく小さいんですけど、スネアの上に置いてあるドラムスティックを千昇が取る音が入っています。
——そんなかっこいい仕掛けがあったとは!
櫻打 「Ira」は一発録りで、みんなバラバラの部屋にいるのによくできたなって(笑)。目線とかも合わせられないですからね。ドラムが入った方がかっこいいと圧倒的に聴こえるインパクトを出すために必要だった曲という意味合いもあります。「30」もほぼ一発録りです。
——「Rabbit’s」は4つ打ちの楽曲です。
櫻打 イギリスのクラブカルチャー好きな自分の趣味が出ちゃいました。生バンドで人力テクノをやったらどうなるだろうと思ってやってみたら、信じられないくらい難しかったです(笑)。リフもアルペジオっぽいのもシンセベースも、全部自分で弾いています。録った後にDAW上で編集もできますけど、人間の中に機械的なアルペジエイターが入ると全然グルーブしないんです。だからシンセのアルペジエイターでできたフレーズを耳コピして演奏しています。弾けないなら練習すればいい。おかげで演奏技術は上がりました。
——『YELLOW』をリリースしたことで、これからの賽はどのような活動を見せてくれるのでしょうか?
櫻打 2023年に1年かけて4人での新しい賽としての柱を見つけたので、今年はめっちゃライブをしていこうと思っています。いろいろなジャンルの曲があるので、その場所に応じたセットリストを組むことも可能です。ジャズバーからクラブのオールナイトパーティー、野外フェスとかでも全然いけますから。あとは、ラッパーやボーカリストと一緒に曲をやってみたくて、声をかけてほしいくらいに思っているし、何ならサンプリングされるのも大歓迎です。とにかく千昇が入ってくれてから本当に次元が変わりました。もう3人には戻れないですね。
Release
『YELLOW』
賽
(SAIKORO Records)
Musician:櫻打泰平(p、k、syn、org)、佐瀬悠輔(tp)、岩見継吾(wood bass)、松浦千昇(ds)、兼松衆(strings arrangement)、須原杏(vln)、林田順平(vc)
Producer:櫻打泰平、佐瀬悠輔、岩見継吾、松浦千昇
Engineer:奥田泰次、藤井亮佑、鎌田圭介、櫻打泰平
Studio:伊豆スタジオ、Mok’ Studio、STUDIO SUNSHINE、スタジオハピネス