ダンスミュージック界におけるトップDJ/プロデューサーの最新スタジオと音楽制作のこだわり
オランダ出身のDJ/音楽プロデューサー、アフロジャック。彼の音楽は、そのダイナミックなビートと革新的なサウンドで、世界中のダンスミュージックシーンを席巻している。また、彼はこれまでに1回のグラミー賞受賞と3回のノミネート歴を持ち、DJマガジンによる世界的人気投票“DJ Mag Top 100 DJs”では上位10位内に名を連ねるという輝かしい実績を誇る。本インタビューでは、そんなアフロジャックの最新スタジオだけでなく、彼が設立したレーベルWall Recordingsの施設群、そして自身のキャリアや音楽制作のプロセス、考え方などに迫った。
床のタイルはベーストラップとして機能
ピーター・ガブリエルが1989年に設立したリアル・ワールド・スタジオは、スタジオ設計に革命をもたらした。コントロールルームとレコーディングブースを統合し、スタジオに自然光を取り込むという設計ポリシーは、当時としては画期的だった。185㎡の広大な空間に満ちる自然光は、スタジオを訪れる人々を驚かせ、世界のスタジオ設計の一つの基準となった。
それから35年が経過し、スタジオの設計理念も大きく変化した。大型コンソールや多数のアウトボードの必要性は減少し、技術的な面よりも快適性やクリエイティブなバイブスのサポートが重視されるようになり、スタジオ自体の小型化も可能になった。かつては例外的だった個人的なユースに特化したスタジオも、今では普遍的な存在になっている。
そうした現代においても、目を見張るようなデザインのスタジオは存在する。ベルギーにあるWall Recordings本社内に設けられたアフロジャックの最新スタジオは、その良い一例だ。このスタジオは彼の出身地であるオランダとの国境に近く、高級ヨットのデザインにインスパイアされたユニークな要素が多く見受けられる。
例えばテーパー状に延長された部屋の形状は、大きな窓を備えた船室を連想させるだろう。また壁には重厚な木製のガラス窓付きキャビネットがあり、まぶしい照明と広いワークゾーン、そしてテーブルを囲むラウンジのようなオフィス兼ミーティングゾーンが並んでいる。アフロジャックが最初に語ってくれたのは、このヨットにインスパイアされた最新スタジオについてだ。
「4年前にこの場所を購入するまで、ここに来たことはありませんでした。購入後に、最適な施設のレイアウトを考えはじめたんです。建築デザインは自分の趣味で、自宅や事務所も、レイアウトからインテリアデザインまで自分で手掛けました。技術的なことは専門家に任せています。それはあまり楽しい作業ではありませんからね」
アフロジャックは、スタジオの設計についてこう述べる。
「どうすれば理想のデザインが実現できるかを考えました。ヨットを所有している友人がいたので、ヨットの内装については知っています。そこではすべてが完璧にフィットしているんです。つまり、空の棚や半端なクローゼットといった余計な物がないんです。以前からこうした要素にインスパイアされていました。そこで高級ヨットのデザイン設計を行うロンドンのウィンチデザインと、スーパーヨットを製造するオランダのフィードシップに連絡を取りました」
アフロジャックいわく、彼が所有するほかのスタジオを設計したのはオランダの音響工学/スタジオデザイン専門会社ピンナアコースティックスのデザイナー、イェレ・ファン・デル・フートだという。
「彼はマーティン・ギャリックスやデヴィッド・ゲッタのスタジオも設計しています。彼のアプローチは、各所に調音パネルを配置することでした。しかし、この方法では従来のような退屈なスタジオになってしまいます。そこで、彼以外にもウィンチデザインとフィードシップのチームを加え、スタジオの設計に取り組みました。目指したのは“紳士のラウンジ”のような空間で、居心地が良く、インスピレーションを感じられる場所にしたかったんです。そういう場所にずっといたいですからね」
次世代レベルのスタジオデザインを目指すことは非常に楽しいと話すアフロジャック。例えばスタジオの窓に使われたガラス板はそれぞれ600kgもあり、スタジオ用としては最大規模だという。
「以前のスタジオでは日光が全く入らなかったので、同じ間違いを繰り返したくありませんでした。ピーター・ガブリエルのスタジオは、自分のスタジオデザインのインスピレーション源の一つです。スタジオ設計でガラスを用いることは、高価でルームアコースティック的に難しいため通常は避けられるものですが、うまく設計すれば価値のあるものが出来上がります。ちなみに自分が一番好きな色はブルーとターコイズなので、それらも取り入れました。また、艶のある重厚な木材も多用しています。簡単に傷が付くし非常に高価ですが、その美しさは特別です」
アフロジャックはさらにこう続ける。
「作業デスク下に位置する床部分には巨大な世界地図を描き、天井には星をイメージした照明を入れました。DJとして世界を旅しているので、これらは自分にとって意味深いものです。床と天井の円形の形状がフラッターエコーを引き起こしていたためルームアコースティック処理を施し、床のタイルは別のものに敷き直してベーストラップとして機能するようにしました」
思いついた瞬間、音にできるようにする
アフロジャックのスタジオは、純粋に機能性だけを見れば21世紀型のスタジオの最たるものである。デスクの上は完全に片付けられ、20万ポンド(約3,695万円/為替レートにより変動)もする巨大なPMC QB1 XBD-Aが唯一のモニターとして鎮座する。このスピーカーのほかには、デスクの左側にYAMAHAのシンセサイザーMOTIF XF8が置かれているのみだ。
「QB1 XBD-Aは、巨大なヘッドホンのようなものです。ニアフィールドモニターはもう必要ありません。70dB程度の音量でプロダクション作業が十分に行え、すべてをモニター可能です。プロとして20年間の経験がここに結実しています。スタジオは一見すると居住性に重点を置いたように見えますが、ルームアコースティックに関しても超一流で、細かい音までしっかりと捉えることができるんです」
そのほかの機材についてはこう語る。
「アウトボードなどは、すべて隣のマシンルームに置いてあります。当初はSolid State Logicのコンソールを導入することも考えましたがメインテナンスの必要性を考え、小さなミキサーと19インチラックを配置しました。Focalのモニタースピーカーも設置しています。大勢の前でDJをしていると、ハードウェアをたくさん用いて制作した音楽と、プラグインをメインに制作した音楽の違いについて、聴衆にとってはほとんど関係ないことが分かりました。もしアナログサウンドが必要ならサンプリングすればいいだけです。また、すべてのサウンドをいちから自分でレコーディングするつもりもありません。ただ座って音楽を作りたいだけなんです。アウトボードやハードウェアのシンセで面白いことをしたい場合は、あとからでもできますから。大切なのは、ビッグで明瞭なサウンドと、それらを簡単に扱えることです。思いついた瞬間、すぐ音にできるようにすることが重要なのです」
音楽制作時はFL Studioを使用
アフロジャックが音楽の道に入ったのは、ピアノを始めた5歳のころだ。そして11歳のとき、彼はTriton Fasttrackerという音楽編集ソフトを使用して音楽制作を始めた。その後MAGIXのDAWであるMUSIC MAKERを使うようになる。
「当初の自分にとって、MUSIC MAKERの使い方はあまり理解することができませんでした。ほかのDAWもトライしてみましたが、いずれもあまり続かなかったです。Image-Line Software Fruity Loops(現在のFL Studio)に出会ったのは2000年頃で、一瞬で“これだ!”と感じました。使い勝手が良く、すぐにいろいろなことができたんです。ソフトを立ち上げると既にキック、クラップ、ハイハットなどが用意されていて、直ちにビートメイキングを始められました」
アフロジャックにとって初めてのリリース曲「In Your Face」は、2006年のことだった。その後オランダでそこそこの成功を収めた彼が世界的な知名度を得たのは、2010年にリリースした「Take Over Control(feat. エヴァ・シモンズ)」がきっかけである。
これ以降、彼の成功は目覚ましく速く、2011年にはデヴィッド・ゲッタと共作したマドンナ「Revolver」のリミックスでグラミー賞を受賞した。またデヴィッド・ゲッタの大ヒット曲「タイタニウム feat. シーア」のコライター兼コプロデューサーとして参加し、ピットブルのメガヒット「ギヴ・ミー・エヴリシング」ではフィーチャリングアーティストとして名を連ねた。
アフロジャックのヒット作たち
アフロジャック名義でのヒットとしては、「The Spark」(2013年)や「Ten Feet Tall」(2014年)があり、ほかにもフィーチャリングアーティストとして参加したデヴィッド・ゲッタ「Hey Mama」(2015年)や、ゲッタとの共作である「Dirty Sexy Money (feat. チャーリー・XCX & フレンチ・モンタナ)」(2017年)などがある。
さらにアフロジャックはマイケル・ジャクソン、リアーナ、ジャスティン・ビーバーなどのリミックスを手掛け、クリス・ブラウンやティエストともコラボ。AJXJS、Never Sleeps、NLWという名義でも活動している。そんなアフロジャックだが、今でもなお音楽制作時はFL Studioを使っているという。
「DJとしてはAbleton Liveも使用しています。特にタイムストレッチ処理において、これに勝るものはありません。ただし、音楽制作時はFL Studioです。ソフトシンセやプラグインエフェクトがどうなっているのか、それらを一望することにたけているんですよ」
アフロジャックの愛用DAW
◎続いては…アフロジャックが語る音楽制作の手法〜お気に入りのプラグインエフェクトとは?