アフロジャックのプロダクション・レポート後編では、音楽制作において最もインスピレーションを受けた人物や制作方法のこだわり、お気に入りのソフト/プラグインなどを話してもらった。
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さまざまなグレードのスタジオを設置
キャリアの初期と比べて劇的に変化した環境の中、アフロジャックが学んだ教訓は、現在も彼の中で生き続けていると語っている。
「今でも実家の小部屋で音楽制作していたころを思い出すことがあります。懐かしさだけでなく、プロフェッショナルな観点からもです。Wall Recordingsではアーティスト育成にも力を入れているため、自分が駆け出しのころはどのようにモチベーションとインスピレーションを得ていたかを思い出すようにしています。これも重要な仕事の一つなんです」
過去の音楽制作を振り返り彼が強調したのは“最高の機材を使用することが必ずしも最良の結果をもたらすわけではない”という点である。
「音楽制作を始めた当初は、高級なモニターを使用していませんでした。スピーカーはALESIS MONITOR ONEで、ヘッドフォンはbeyerdynamic DT 880 PROを使っていたと記憶していますが、今でもこれらは素晴らしい機材だと思っています。その後スピーカーはDYNAUDIO BM15Aに乗り換えましたね。しかし、デヴィッド・ゲッタやマーティン・ギャリックスも、最初に曲を作ったときは最高のサウンドシステムを使っていなかったんです」
アフロジャックいわく、音楽プロデューサーとして未熟なうちにハイエンドなスピーカーを使ってしまうと、“どのような曲を作っても満足できない品質のサウンドになる可能性が高い”と話す。
「高級なスピーカーは何も圧縮せず、どんな周波数もマスキングせずに、作った音を正確に再生します。一方、エントリーレベルのスピーカーでは超低域を感じられず、高域も明瞭でないため、音質の悪いサウンドでも良く聴こえてしまうことがあるんです。つまり、音楽制作の初期段階ではこういう環境が満足感を得られます。これが制作のモチベーションを高めることにつながるんです」
Wall Recordings内には、さまざまなグレードのスタジオを設けているというアフロジャック。その理由は、以下の理由が関係しているという。
「経験が浅い場合は、ルームアコースティックが完ぺきでないスタジオで作業する方がいいと考えています。ノイズや部屋鳴りが少し聴こえ、高級でないスピーカーで作業する方がよりインスピレーションを得やすいんです。自分もデモの確認や簡単な作業をするときは、以前使っていたPMCのスピーカーがあるリビングルームで作業するのが好きなんですよ。新しいトラックを作りはじめる際も、ルームアコースティックが完璧でない部屋の方が適しています。今回ご紹介している新しいスタジオは、最終的な仕上げの段階で使用するんです」
実際に人が豊かな低域として感じる周波数帯域
音楽制作において“最もインスピレーションを受けた人物”を尋ねたところ、アフロジャックはこう答えた。
「フィリピン出身でオランダ育ちの音楽プロデューサーおよびDJである、レイドバック・ルークから多くを学びました。15年前のことですね。また、スウェディッシュ・ハウス・マフィアやエリック・プライズたちからも影響を受けました。特にエリック・プライズの音楽は非常に力強く、その面で彼から多くのインスピレーションを得ています」
しかし、彼の音楽制作における99%は、分析からの学びによるものであるという。
「プロジェクトに2ミックスデータを取り込み、それを聴きながらパラメトリックEQでピークを探ったり、フィルターをかけて低域がどの辺りにあるのかを見極めます。多くの若者たちは50Hz付近だと考えるでしょう。しかし自分が無料でアドバイスするなら、実際は100Hz付近にあります。なぜなら、人間が豊かな低域として感じるのは100Hz周辺であり、時折鳴る50Hzでパンチを感じるからです。つまり低域を50Hz付近に設定すると太く響くどころか、音抜けの悪い音になります。これをフェスティバルで再生すると、ダンスフロアの人々は非常に不快な感覚を覚えるでしょう」
アフロジャックは、このことを自身のレコードで経験したと話している。
「スタジオで“これは太いサウンドだ”と思っても、ダンスフロアでは“うわっ”と感じられてしまいます。つまり、ローエンドが強すぎるのが原因なのです」
シンセとサブベースの音量バランスにこだわる
彼のコンピューターには、数多くのソフトシンセとプラグインがインストールされている。それらの中で気に入っているものについて、アフロジャックは次のように語ってくれた。
「fabfilterのプラグインが好きで、特にPro-QとPro-Lがお気に入りです。以前はマスターバスにiZotope Ozoneを使っていたこともありました。しかし、それらに頼らなくてもFL Studioに付属するEQやコンプ、リバーブといったエフェクトで、自分の望むサウンドを作り出せると信じています。デフォルトで付属するものでも適切に用いれば、求めるサウンドを手に入れることができるんです」
ソフトシンセについては、こう述べている。
「reFX Nexusは使いやすく、作業が素早く行えるので好きです。インスピレーションを得るためにはプリセットを使いますが、より複雑なサウンドを作るときにはReveal Sound SPIREやSONICCHARGE synplantを使うことがあります。ほかにはcakewalk Z3TA+やKORG Collectionなども持っていますよ。以前は大量のプリセットを試したり、パラメーターをいじったりして何時間もコンピューターとにらめっこしていたこともありましたが、現在は時間がないのでやりたくありませんね」
アフロジャックは、音楽制作において使用するソフトやプラグインの種類はほとんど関係がないという。
「例えばSPIREとLENNAR DIGITAL Sylenth 1は、ほぼ同じものです。“こっちの方がオシレーターが良い”などと言われるかもしれませんが、オシレーターはオシレーターなんですから(笑)」
ミックスについては、このように続ける。
「ミックスで最も時間がかかるのは、シンセとサブベースにおける音量バランスです。ベースは一本だけか、それともそこにサブベースが重なっているのか、シンセにはどのくらいレイヤーが重なっているのか、そしてシンセとベースのすみ分けをどのように処理するのか……といったことですね」
これらの小さな違いが、最終的には大きな違いになるというアフロジャック。キックやベースについてはこう話す。
「サブベースにはキックをトリガーとするサイドチェイン・コンプをかけないとサウンドがうまく聴こえないことが多いです。キックのサステインが短く、サブベースのアタックが遅くない限りはね。またRoland TR-808系キックベースを詳しく見てみると、最初はトップ成分があり、その後サブ成分が続きます。こうした細かい部分に配慮してミックスすることで、最終的な結果が変わってくるんです。こうしてできたミックスを第三者に聴かせたとき、“すごくいいね!”と言われるか“コンセプトは理解できるけど聴いてもよく分からない”と言われるか、それはまた別の話ですけどね」
アフロジャックお気に入りプラグイン3選
ここでは、アフロジャックがインタビューで特にお気に入りだと話したプラグインエフェクト/ソフトシンセをご紹介。
※画面内容はアフロジャックとは関係ありません
ファンが喜ぶ作品を作ることも大切
プロフェッショナルであるという自負を持って語るアフロジャック。実践的なアプローチに裏打ちされたビートメイキングには、それ相当のプライドを持っているという。また、ほかの著名なプロデューサーとのコラボレーションも定期的に行っており、その中にはデヴィッド・ゲッタやマーティン・ギャリックス、ディミトリ・ベガス&ライク・マイク、スティーヴ・アオキ、ハードウェル、フェデ・ル・グランド、リハブなど、著名なプロデューサーの名前が挙がる。一方で、このEDMシーンにはちょっとした問題も存在するようだ。
「エンジニアだけでなく、時にはゴーストプロデューサーを組み込んだ大規模なチームで活動するプロデューサーもいます。しかし、そういう人たちについてコメントするのは自分の役割ではありません」
アフロジャックいわく、音楽制作において重要なのは曲の基本的なアイディアやテーマ、音楽の方向性、楽曲の創造的なビジョンといった“コンセプト”であるという。
「ゴーストプロデューサーを使う人たちは、大抵このコンセプトを生み出してくれるので、そこには感謝しないといけません。大して何もせず、曲を発表して“これは俺が作ったんだぜ”なんて豪語しているのは本当に一部分の連中だけなんです。中には“デヴィッド・ゲッタは自分で何も作っていない”と言う人もいますが、彼は常に協力的な方法で音楽を作っています。彼は良い曲を作るために必要なものを見い出す“ビジョン”と“耳”とを持っているんです。自分にとって、彼は最高のA&Rだと思います。「タイタニウム」を共作したとき、彼は多くのアドバイスをくれました」
アフロジャックは、もし一人で「タイタニウム」を作っていたらただのクラブ用の曲になっていただろうと、当時のデヴィッド・ゲッタの貢献を振り返る。続けてアフロジャックは、制作方法のこだわりについて教えてくれた。
「現在のデヴィッドは、マーティンのようにほとんどすべてのプロダクションを一人で作っています。自分もほぼすべてを一人で行っていますが、常に他人の意見を求めるようにしているんです。完成した曲を若手プロデューサーに聴かせ、もし気に入らないと感じる人がいれば、それは曲を見直す理由となります。自分はアーティストであると同時に、ファンが喜ぶ作品を作ることも大切だと考えているからです。つまり、曲を作るに当たって毎回何か新しい要素を加える必要もありますが、自分の作品と分かるようなサウンドを保つ必要もあるということなんですよ」
再生環境に合わせてマスタリングを作成
アフロジャックは、この業界で最も多様な作業を自ら行っているプロデューサーの一人かもしれない。現在は自身の楽曲のミックスまで行っているという。
「ミックスは常に自分でやっています。自分はミキシングに関しては非常にこだわりを持っており、ミックスが完璧にできるまで曲から離れることができません。ドロップがインパクトを感じさせなければ、修正しないと気が済まないのです。しかし、マスタリングは自分では行いません。マスタリングについては、クラブやフェス向けにはロンドンのワイアードマスターズのキャス・カーヴァインに、ラジオ向けにはニューヨークのマスタリングプレースのデヴィッド・クッチに頼んでいるんです」
ここでアフロジャックは、自身でプロダクションとミックスをしながらマスターまでを手掛けるのは“ほぼ不可能”だと話している。
「なぜなら聴き慣れすぎて、気付かない部分が多くなるからです。例えば同じ写真を何度も見ていると、その内容を完全に覚えてしまいます。リスニングに関してもそれと同様なんです。作り手は曲のあらゆる面を知っているため、細かな要素を聴き分けることができます。しかし、マスタリングエンジニアは全く異なる視点から聴いてくれます。例えば聴いた瞬間に“120Hzの帯域が多すぎるな”といったことに気付いてくれるんです」
“良い曲”ではなく“すごい曲”でなければならない
Wall Recordingsの施設の一部はまだ建設途中で、外ではブルドーザーやトラックが活発に動いている。大きな建物もいくつかあり、そのうちの一つは以前、屋内型乗馬施設だったという。このスペースは現在グリーンバックを備えた撮影セットに変身している。このほかWall Recordingsの施設には、レコーディングスタジオ、事務所、ミーティングルーム、食堂などを完備。まるで小さな国のようだが、これらはすべてアフロジャックが音楽制作に集中するために設けられたものであるという。
「スタジオに入る前に“自分はどこを目指しているのか。何をやりたいのか。どうしたらうまくいくのか。逆に何をしたらダメなのか?”といったことを考えます。曲作りの前に方向性を決めておかないと良いものができる可能性は低く、時間を無駄にすることになるからです。そして何かフレーズを作って、“これは良い。これはダメ。このジャンルは好きでこっちは嫌い”などを決めた上でさらに曲作りを進めます」
15年前はやりたいことを何でもやっていたが、現在は自分の作品に関わるすべての人に対して責任を感じているというアフロジャック。
「彼らが生活でき、成長できるようにしたいですし、面倒を見られるようにしたいですね。アフロジャックの作品はただ“良い”だけではなく“すごい”でなければなりません。勢いを維持し、若いプロデューサーのために会社を成長させるには、この“すごい”が必要なんです。自分が気に入る作品を作るだけでなく、第三者が聴いても興奮するようなものも大事なんですよ」
またアフロジャックは別の名義を使い、アーティストとして面白いことにも挑戦しているという。
「自分で作った音楽ならどんな名義でも構いませんし、自分の音楽を本当に気に入ってくれる人たちのためなら、さまざまな名義を使って彼らが求めるものを提供したいんです」
また“アフロジャック”という名義がもたらす商業的なアピールも重要だと本人は語る。そのため、彼は2022年にNLW名義でEP『Afrojack presents NLW』をリリースした。この作品は、彼の“原点回帰”を象徴したサウンドだと評価されている。
「NLWとしての目標は、10年前のアフロジャックを好きだった人々に、“今のアフロジャックは昔と違うぞ”と言わせることです。従って、よりハードな作品を発表します。一方のアフロジャック名義の作品については、Wall Recordingsに関わる全員にとって重要な意味を持ちます。レーベルや配給パートナー、契約アーティストを含む関係者全員が関与するからです。重要なのは“アフロジャック”というブランドにとって良い動きかどうか。最終的には、リリースされた作品が単に自分が好き勝手に作ったものなのか、チーム全体を大事にしながら作られたものなのか、ファンは聴いて分かると思いますけどね」
もはや“アフロジャック”という名義は本人だけのものではない。彼のインタビューからはWall Recordingsに関わるすべての人たちのことを考え、そしてファンのことも大切にしていることが分かる。アフロジャックのさらなる進化に期待し、彼の音楽の新たなチャプターを楽しみにしたい。
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