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Mummy-D『Bars of My Life』〜うまくなっても近づけないんだよ、ヒップホップというものには

Mummy-D

30年以上のキャリアを持ち、日本のヒップホップを常に最前線で発展させてきたRHYMESTERのラッパー/サウンドプロデューサーのMummy-Dが、アルバム『Bars of My Life』を携え、ついにソロデビューを果たした。ラッパー“Mummy-D”であり、作編曲家“Mr.Drunk”でもあり、そして一個人の“坂間大介”でもある彼の信念や生き様が凝縮されたこのアルバム。参加したプロデューサーやミュージシャンとの制作背景や、レコーディング&プライベートスタジオの制作環境も交えてその音作りを掘り下げよう。

今は揺らぎを作るのが一番ぜいたくな時代

──まずトラックメイカー“Mr.Drunk”としてお尋ねしますが、普段の制作ではどのような機材を使っているのですか?

Mummy-D 最近はリアレンジとかリミックスの仕事が多いから、もらったボーカルやセッションデータをAvid Pro Toolsに貼り付けて、その上にシンセだったらNATIVE INSTRUMENTS MASSIVE、ベースならSPECTRASONICS TRILIANとかを弾いていくかな。ドラムはspliceのお世話になることが多くて、作りたい曲のテンポに合うループ素材を見つけて切り分けて使っています。AKAI professional MPC4000と音源モジュールで作ってた時代が長かったんだけど、Pro Toolsを覚えてからは決まった作り方はなくて、ビートもためてないから、実はまだ“Mr.Drunk流儀”はできてない。

──例えば、1曲目の「O.G.」はどのように作りましたか?

Mummy-D まずはテンポを決めてエレピで好きなコード進行を打ってから、spliceから引っ張ってきた30種類くらいのビートをどんどん入れ替わって聴けるように並べて、一番面白かったループを切って組み替えて作ったね。それから自分のルーツであるヒップホップらしく、アナログ盤からサンプリングするニュアンスを出したくて、レコードの針音を入れてる。針の音を録るためだけに使ってる汚いレコードがあるんだけど……7インチ盤がいいのよ! 傷つきやすいし針音もデカい気がする。それだけじゃ面白くないからキックをトリガーにして針音だけにサイドチェインコンプをかけていて。それと、日本のヒップホップっぽさを出そうと思って、ニューヨークだと“地下鉄”がすごくヒップホップの匂いがするから、日本の地下鉄のホームの音とか効果音を入れました。あとは田中義人君にワウギターを入れてもらっています。

──曲のテーマはどのように決めたのですか?

Mummy-D アルバムのイントロ的な曲にするとは決めてたんだけど“ラップじゃないんだ ヒップホップだ”ってワードが降ってきたから、そこから始めたら曲に謎の厚みが出て。

──そのワードが出てきたということは“ラップ”と称されたくないという思いがある?

Mummy-D やっぱり若い世代よりは“ヒップホップ”って言葉にこだわりがある。あまりLOVEがない人ほど、この音楽のことを“ラップ”って言いがちだなと思って。本国のアメリカでもジャンルとして“RAP/HIPHOP”って書いてたりして、そこに対する違和感があった。ラップは誰でもできるけど、ヒップホップと呼ぶにはLOVEとリスペクトがないと。

──続く2曲目の「マイク持つ者よ」はまた別の作り方を?

Mummy-D これはアルバムを作り始めた6年前ぐらいに、好きなトラックメイカーにトラックを頼んでボーカルまで録ったんだけど、そのトラックが使えないことになっちゃって。ほかのプロデューサーに頼んでアカペラに服を着せてもらうとリミックスっぽくなっちゃうし、アルバムの顔になる実質1曲目の曲だから自分でやるしかなくて。オリジナルをオリジナルとして作り替えるのは厳しかった。

──どうやってオリジナルとして作り替えたのですか?

Mummy-D サンレコで出てこない言葉かもしれないけど、“根性”だね(笑)。ドラムはspliceで一番フレッシュだと思った音色を使って、1曲目だから壮大で開ける感じがいいとか、ストリングスと真逆の電子音が入るといいみたいな漠然としたイメージをいちいちMIDIキーボードで弾いたんだな、根性で。シンセストリングスはいろいろ試して、Pro Tools付属のair XPand!2に入ってる“Big Hard Strings+”が昔の音源モジュールみたいでハマりが良かった。その上で、サビのラインをNATIVE INSTRUMENTS MASSIVEのオシレーター生出しみたいな音でわざと下手に弾いて、クオンタイズもかけないで自ら事故っていった。そうしないと面白くならないのよね、今の時代。クオンタイズをかけるのが一番簡単で、揺らぎを作るのが一番ぜいたくな時代だから。

Mummy-D's Private Studio

Mummy-Dのプライベートスタジオ

Mummy-Dのプライベートスタジオ。モニタースピーカーはADAM AUDIO A5X、モニターコントローラーにはMACKIE. BIG KNOBを使用している。Apple iMacの前には、MIDIコントローラーとしても使用する61鍵のキーボード、KORG microSTATIONを設置。デスク左のレコード棚上には、サンプラーやターンテーブル、DJミキサーのほか、カセットテープやCDプレイヤー、楽器入力などを備えたパーソナルPAシステムのPanasonic RX-PA7が設置されている

デスク下のラック群

デスク下のラック群。上段には、音源モジュールのE-MU PROTEUS 2000、Roland Fantom XRをセット。下段には、TASCAM AV-P25R MKⅡ(パワーディストリビューター)、Focusrite Scarlett 18i20 G2(オーディオI/O)、TASCAM DA-40(テープデッキ)が並ぶ

レコード棚上には、サンプリングにも使われたターンテーブルのTechnics SL-1200 MK2とDJミキサーのVestax PMC-05Ⅱが置かれ、その周りを囲むようにサンプラーのE-MU SP 1200やAKAI PROFESSIONAL MPC LIVE、NATIVE INSTRUMENTS MASCHINE STUDIOが置かれている

レコード棚上には、サンプリングにも使われたターンテーブルのTechnics SL-1200 MK2とDJミキサーのVestax PMC-05Ⅱが置かれ、その周りを囲むようにサンプラーのE-MU SP 1200やAKAI PROFESSIONAL MPC LIVE、NATIVE INSTRUMENTS MASCHINE STUDIOが置かれている

制作で愛用するAudio-Technicaのヘッドホン

制作で愛用するAudio-Technicaのヘッドホン。ATH-AD2000(写真左)はコンピューターにダイレクトに接続する際に使い、ATH-R70x(同右)は、モニターコントローラーのMACKIE. BIG KNOB経由で作業用モニターとして使用している(Nasoundra Palace Studioにて撮影/Photo:Hiroki Obara)

根性と執念のラップに乱れ打ちのドラムが加わる

──「Be Alright (Mr. Drunk Remix) feat. ミッキー吉野」は、ミッキー吉野さんのアルバム『Keep On Kickin' It』に続くお二人の共演曲ですね。どのように制作されましたか?

Mummy-D 元はNulbarichの曲で、JQが俺用に作ってくれたから結構ヒップホップなんだけど、もっとヒップホップにしたくてJQが弾いたエレピでブレイクビーツを作りました。大きめに出てるオルガンはミッキー吉野さんの演奏で、小学生の頃にゴダイゴを聴いて音楽好きになったところがあるから、40年越しの伏線回収です。基本的にデータのやり取りで作ったけど、ミッキーさんのスタジオで“こんな感じ?”ってバーッと弾いてくれたのがすごく狂ってて。左右で違うシンセソロを入れるって言ったり、アイディアがぶっ飛んでた。今回ミッキー吉野さん、斎藤ネコさん、DJ KRUSHさんと年上の先輩方をお呼びしたけど、やっぱレジェンドはイルですね。

──斎藤ネコさんがストリングスアレンジで参加した「虹色」はラップとストリングスが美しく響く素敵な一曲です。

Mummy-D 汚いビートに奇麗なものを乗せて対極なものをぶつけていくのはヒップホップっぽい作り方だと思うんですけど、自分としても生のストリングスのレコーディングにちゃんと関わるのは初めてでした。音響ハウスでのレコーディングのときにスタジオで楽器から来る生の音を直接聴かせてもらったらスピーカーを通した音と全然違って、バーッと涙が出てきて。スタジオで泣いちゃいました。ストリングスのディレクションは、ネコさんと今回のアルバムで相当力になってもらったタケウチカズタケ君にお任せしました。ミックスでは、エンジニアの土岐彩香さんに普通はリバーブを多めにかけるところを、指の動きが見えるようにドライにしてくださいとかはお願いしたかな。

──DJ KRUSHさん、DJ WATARAIさん、BACHLOGICさんといったヒップホップ界の大御所の名前も並びます。

Mummy-D BACHLOGICさんはRHYMESTER「ONCE AGAIN」以来の付き合いで、本当に尊敬するビートメイカー、プロデューサーです。サビのコード感はオリジナルを継承してほしいとお願いしたらばっちりなのが上がってきた。

──DJ KRUSHさんの「Bars of My Life」も強烈ですね。

Mummy-D KRUSHさんからは“やるからにはジジイの貫禄を見せつけようぜ”みたいなメールをいただきました。この曲は『Red Bull 64Bars』って企画で始まって、もらったトラックの中で一番狂ってたから“これだ!”って。

──このトラックに合うラップを作るにはどんな過程を?

Mummy-D 一番大きい要素はテンポで、どういうアプローチができるか考える。普通に歌うと16分刻みだけど、トラップっぽいやり方で三連符を入れるとか、このテンポなら倍速も行けるとか、それを組み合わせるとか。最近のトレンドは70〜80BPMくらいだからいろいろできるし、逆にいろいろなことをやらないと持たない。このトラックもそういうテンポだったから、俺が根性と執念でやったら、KRUSHさんがさらにとんでもない乱れ打ちをしてきて。

──そんな応酬があるとは! トラックとリリックがバチンとハマっているのはそれぞれ合わせにいったからなんですね。

Mummy-D KRUSHさんは俺がやったラップのリズムと同じパターンでドラムを打ってきたりとか、昔からリリックに合わせるのがすごく得意だね。

──64小節を使って、数字を交えながらご自身の誕生から64歳までを書いたリリックも面白いです。

Mummy-D 基本的にラップは16小節が1単位だから、64小節だと4番分を歌い切らなきゃいけない。役者で言えば超長ぜりふみたいなもので、俺はいろいろな曲の歌詞が頭に入ってるから、1曲作るたびに“メモリがいっぱいです。上書きしますか?”って頭に聞かれるの(笑)。だから、今何小節目を歌ってるか分かるようなリリックを書きました。

──DJ WATARAIさんプロデュースの「同じ月を見ていた」は、ILL-BOSSTINOさんとの衝撃の共演の2曲目です。

Mummy-D BOSSとは、結果的に20年以上ずっとビーフがあって。去年「STARTING OVER」って曲で和解したから、次は俺のアルバムに参加してもらおうと思って、トラックをワタさんにお願いしました。フルートが印象的なトラックで“寒さ”を感じたから、俺は初めて札幌に行ったとき、BOSSは初めて東京に来たときの話を書いて、当時会ってないけど“同じ月を見ていた=同じヒップホップを目指していた”みたいな曲にして。BOSSの曲はフック(サビ)がない曲も多いから、ワタさんの“ドヒップホップだけどちょっとしたポップ”みたいな分かりやすさにちょっと巻き込みたかったんだよね。

Mummy-D

ジャズとヒップホップはほとんど一緒の構造

──今作はキーボーディストの方の参加が多いですね。

Mummy-D そうなんだよ。キーボーディストって打ち込み体質の人が多くて、彼らが作るジャズが入ったようなコード感とか、作り込まれた緻密なトラックが好きなんだと思う。

──ジャズとヒップホップの親和性の高さはRHYMESTERの活動からも感じますが、ジャズに乗せるときとヒップホップのトラックに乗せるときでラップの仕方は違いますか?

Mummy-D ジャズって“メインテーマ→サックスソロ→ベースソロ→メインテーマ→ドラムソロ”みたいな作りで、ヒップホップは“サビ→ラッパーソロ→ゲストのラップソロ→サビ”みたいな感じだから、ジャズとヒップホップはほとんど一緒の構造で、俺もソリストとして歌ってるような感覚かな。楽器になろうとしてると思う。相手がやったことに自分がリアクションして一体化して作っていくところは打ち込みの音とは違うよね。一緒になってうねりを作る感じでやってます。

──さかいゆうさんとの「Kiss Your Life」はどのように?

Mummy-D さかいゆうは俺に対して忌憚ない意見を言ってくれる信頼するミュージシャンだから、一緒に曲をやりたいと思ったし、今後も一生一緒に曲を作っていきたいと思ってる。前々から“もっとDさんは歌った方がいいです”って言ってくれてて、この曲はゆうが俺に歌わせたかった音像なんだけど、どうしても歌えなくて、ゆうに歌ってもらいました。

──「Spread Love」の曲中では、MAKI THE MAGICさん、DEV LARGEさん、Big-Oさん、TOKONA-Xさんに呼びかける歌詞にグッときます。どんな思いで作られたのですか?

Mummy-D 最初はマキ君たちが登場する予定もなかったんだよ。ヒップホップって攻撃的なところとか拝金主義的な側面もあるけど、この年になるとでっかいLOVEみたいなものを歌いたいなって。多分、俺の役割はもうそういうことだろうなと思いはじめたら自然とマキ君たちの名前が出てきた。“俺はまだやってるよ、見ててね”みたいなところだと思う。

──ヒップホップを多様な形で体現してきたDさんの思いが詰まった本作、ご自身ではどんな作品だと感じますか?

Mummy-D “坂間大介”を濃縮還元しない原液のままで出してるから、若干希釈して聴いてくださいって感じ(笑)。恥ずかしさもあるけど、これをやらないと先に行けないから。

──今後のソロ活動はどのように?

Mummy-D 俺の側面として常にある形で、RHYMESTERをやるからソロは休む、とは考えてない。もう53歳だから、これからどれだけ作品出せるか分からない。去年自分にとってのレジェンドが亡くなりすぎて、時間は永遠じゃないって考えるようになって。常に音楽を作り続けたいし、好きなことしかやりたくない。俺がやりたいのはヒップホップだから、ヒップホップを追求することに全力を注ごうと思ってます。

──先日武道館で行われた『King of Stage Vol. 15』では“もっとラップがうまくなりたい”と話されていて驚きました。

Mummy-D 俺もまだまだうまくなりたいよ。結局何がヒップホップなのかも、自分がヒップホップできてるのかもまだ分からない。音楽とノイズの中間みたいなところで、洗練されても遠くなっちゃう。どんどん形が変わるし、うまくなっていっても近づけないんだよ、ヒップホップというものには。“次はもう少し近づけるんじゃないか、もう1曲作ってみるか”みたいな思いでやってるだけなんです。

Recording Studio:Nasoundra Palace Studio

 約6年かけて完成した『Bars of My Life』。Mummy-Dのラップレコーディングは、下北沢のNasoundra Palace Studioで行われた。エンジニアのReinolds Maedaに話を聞く。

写真右がNasoundra Palace StudioのエンジニアReinolds Maeda。RHYMESTERの楽曲でも多くエンジニアリングを手掛けてきた

写真右がNasoundra Palace StudioのエンジニアReinolds Maeda。RHYMESTERの楽曲でも多くエンジニアリングを手掛けてきた

Nasoundra Palace Studioのコントロールルーム

Nasoundra Palace Studioのコントロールルーム。モニタースピーカーはmusikelectronic geithain RL901K、Fostex NF-01Aを採用

 「基本的にマイクはSONY C-800Gで、マイクプリのNeve 1066を通してUREI 1176 Rev.Hでコンプをかけました。長いプロジェクトになりそうだったので、どのスタジオでも対応できそうな定番の機材を選んでいます。Dさんの歌い方だと録りの段階ではコンプはなくてもいいくらいで、意図的な音作り以外では、メーターがほぼ振らないくらいしかかけません。コンプをプラグインでかける場合は、Plugin AllianceのPurple Audio MC77を使うことが多かったです」

 レコーディング機材 

マイク:SONY C-800G

マイク:SONY C-800G

マイクプリ:Neve 1066

マイクプリ:Neve 1066

コンプレッサー:UREI 1176 Rev.H

コンプレッサー:UREI 1176 Rev.H

 マイク選びについても変遷があったという。

 「RHYMESTER『ダンサブル』(2017年)のときは、宇多丸さんのマイクがSOUNDELUX MICROPHONES E49で、そのバランスを考えてDさんはTELEFUNKEN U 47で録っていたので、ソロの初期でもU 47を使っていました。制作が進む中で、BACHLOGICさんのハイファイなトラックなどにはC-800Gが合っていたので、そこからはメインで使っています。Dさんの声は低音に魅力があるので、レンジが広く録れるマイクを選びます。そして何より、良いテイクを良いバイブスで安心して録れるマイク選びを心掛けています」

Mummy-Dのラップレコーディングは、地下1階に構えるボーカルブースで行った

Mummy-Dのラップレコーディングは、地下1階に構えるボーカルブースで行った。マイクはTELEFUNKEN U 47やSONY C-800Gを使用

Release

『Bars of My Life』
Mummy-D
starplayers Records:DDCZ-2305

Musician:Mummy-D(rap、prog)、ILL-BOSSTINO(rap)、Jeremy Quartus(vo)、田中義人(g、prog)、ミッキー吉野(k)、タケウチカズタケ(k、prog、cho)、さかいゆう(k、vo、g)、H ZETT M(k)、H ZETT NIRE(b)、H ZETT KOU(ds)、斎藤ネコ(Strings Arranged)、他
Producer:Mr.Drunk、BACHLOGIC、DJ KRUSH、DJ WATARAI、H ZETTRIO、NAOtheLAIZA、Sweet William、タケウチカズタケ、SONPUB、さかいゆう
Engineer:Reinolds Maeda、D.O.I.、龍田譲、英保雅裕、土岐彩香、高村政貴、SONPUB
Studio:プライベート、Nasoundra Palace Studio、Daimonion Recordings、SMASH、MECH、EELOW、音響ハウス、Phoenix Players

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