昨年、『It's the moooonriders』で完全復活ののろしを上げた“現存する日本最古のロック・バンド”=moonriders。メンバー全員が卓越したコンポーザーでありながら、最新アルバム『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』は、なんと全編インプロビゼーションでのセッションで構成された作品だ。ミニマルやアンビエント、さらには即興にボーカルを乗せた歌モノまで、ハプニングを力にするライダーズでしかなし得ない仕上がり。鈴木慶一(写真左)と白井良明(同中央)、もはやメンバーとも言えるサポートの佐藤優介(同右)に、録音からミックスまでを、そしてリリース直前に急逝した岡田徹への思いも語ってもらった。
20分のセッションを2日で10回録った
—インプロでアルバムを作るというアイディアは、『It's the moooonriders』のエンディング曲「私は愚民」の後半に収録された、ルールを決めないインプロにあったのでしょうか?
鈴木 マネージャーがね、“2日くらいで録ってなんとかアルバム出しちゃいませんか”と言ったんですよ。曲を作って2日で録るとなると、どう考えてもアルバム1枚にはならない。『It's the moooonriders』の最後がインプロだから、そのつながりとしてはインプロがいいんじゃないのということになって、1回20分くらいのセッションを2日間で10回録った。「私は愚民」のエンディングは、3テイク録って、どれをもう1回聴きたいかで決めたんですが、今回は録音した後に毎回20分以上聴くわけだけど、10セッションとも面白かった。
—その収録が昨年6月だった、と。
鈴木 で、それをずっと寝かせておいた。その後、Billboard LIVE TOKYOでの『マニア・マニエラ』40周年再現ライブ(7月)があったり。人見記念講堂でのライブ(9月)では、お客さんの退出BGMを緞帳の後ろで生でずっとやったり。ライブが続いている中で、録ったものを寝かしていたんだけど、これをどうミックスしたらいいのか……あまりにも長いから。
—今回、「Jam No.2 in Z Minor and Major (Session10)」は、まさにBillboard LIVE TOKYO公演でPAを手掛けていたDub Master Xさんがミックスされていますよね。
鈴木 そう。最初はDubさんに全部お願いしようとしたんだけど、さすがに“お手上げ”って。
白井 びっくりするよね、来た音源が怪物だらけだからさ。
—長尺インプロの中から選び出すのは大変そうです。
鈴木 もう1つ問題があって、いろいろな楽器……ティンパニのような大きい音のする楽器や、グロッケンのような小さな音の楽器が1つのフロアの中にあって、そこで同録してるわけで。それを分離してDubさんの得意技を使うのは、難しかったってことだな。だから、我々も自分でミックスするから、Dubさんにもやれそうな曲を選んでもらおう、ということにしたんですよ。録音では、Session 8までは無調でノーリズムを目指していたんだけど、マネージャーが、“最後にリズムとかコード感のあるものを録りませんか?”と言ったんだよ。ファンが、これまでの8つのセッションを聴いたらどうなるんだろう?と心配になったんじゃないの? 私たちも心配していなかったわけでもない(笑)。で、その最後のジャムっぽいセッションを見事にDubさんは選んだわけだ。
—最後のセッション以外はノールールだったのですか?
鈴木 時々あったけどね。少人数で始めようとか、室内楽的な楽器でスタートしようとか。あと、今回は入っていないけど、まだ使っていないセッションが残っている。だからVol.2をすぐ出すぞという意気込みではいる。
—ルール無用であっても、moonridersでしかあり得ないサウンドになっていると思いました。
鈴木 恐らくね、我々がビブラフォンとかチューブラー・ベルズに飛び回っている中で、白井さんがギターだけに専念しているんだよね。これは大きいと思うよ。
白井 僕は、ジャズ界の巨匠たちとギターでインプロをやったりしてるし、ギターだけの方が深くあらゆる場所に飛んでいけるので。あと、ブースに入っていたので出て行くのも面倒でしたから(笑)。
鈴木 白井さんは、今回裏ボスみたいな感じで。先行して出るというのはあまりしていないよね。
白井 今回は受けて反応するポジションだったかもね。
—その、受けて出るフレーズがその後の流れをリードしたりもしていますよね。「Jam No.2〜」も、武川雅寛さんのバイオリンと良明さんのギターのコール&レスポンスみたいな感じで。
白井 ピンク・フロイドみたいだよね。なんか(デヴィッド)ギルモアの雰囲気が入っちゃったんだよね。
鈴木 角度を変えるときにガンって入ってくる。ハンドルを切る感じだね。
Recording Session 28&29 June 2022 @ Sound Crew
小節番号が7,500とかになっちゃう
—録音はどちらで行ったのですか?
鈴木 サウンドクルー。スタジオを借りると楽器もアンプも、頼んだものが全部ついてくる。これ以上スタジオに入んねえぞというくらい大量に楽器を借りて。録音担当はサウンドクルーのハウス・エンジニアの方で、録り音は良かったです。ミックスするとき、あまり何もしなくてもいい。もちろん、細かいことはいっぱいやってるけどね。
—どういう仕上がりになるか分からないから、録音時に凝った処理ができない、と。その分、サウンドがフレッシュに感じられたように思います。
鈴木 すべてのマイクを生かしておかないといけないんだよね。どこに誰がいくか分からないから。マイク・セッティングに3、4時間ぐらいかかったんだな。この曲はこういう方針でというドラムの音の作り方じゃないからね。だから、ドラムのトラック数がめちゃくちゃ多いんだよ。
白井 ドラムで50trくらいあったんじゃないかな?
—えっ? そんなに!?
白井 そこまではないか(笑)。でもハード・ディスク1個がまるまるドラムで、2つ目、3つ目がギターとかキーボードとか。小節番号がさ、7,500とか。
鈴木 全部を同じセッション・ファイルに録っているから、後のセッションは前のも一緒にしないと分からなくなっちゃう。全部データは夏秋(文尚)君(ds)が管理していて、AVID Pro ToolsからパラのWAVに書き出してくれるんだけど、書き出しで2日かかったって。
—例えば、慶一さんはSession 3のミックスを担当されていますが、その前のセッションももらうと。
鈴木 そう、Session 1~3をダウンロードするのに6時間くらいかかったかな。その後、Session 4は白井さん担当となると、1から4までダウンロードするから。
白井 だから、小節数が7,000とかになっちゃう。
ドキュメンタリーだけどフィクションでもある
—ボーカルが入っている曲もありますが、これは?
鈴木 録音数日前に、鈴木博文(b)さんが、歌が入ってもいいんじゃないかと。それで録音2日目に「SKELETON MOON (Session1)」の詞を持ってきた。じゃあ私も、詩の朗読を入れたいなと思って、初日に持ち込んでそれをダビングしたのが「Ippen No Shi (Session3)」。
白井 今回は、Session 1で慶一君が最初にギター弾いてさ、僕がそれに絡んでいく。あれは良かった。衝撃的な出だし。ジャンジャーン!って。
鈴木 つい私から出ちゃったんだよ。出ちゃったからしょうがない。
佐藤 本当にあれが最初ですもんね。Session 1なので。
—その「SKELETON MOON (Session1)」では、良明さんのギターもワイルドです。
鈴木 白井さんのギターはアンプを2台使っていて、それがステレオになっているんだよ。
白井 ルーパーの音を右のアンプにしておいて、もう1個のアンプはコーラスか何かで広げておいてもらったの。ミックスはみんな自由にやっていると思うけど。
鈴木 その定位が結構難しいと思った。私のギターもあるからね。ルーム・マイクとの関係もあって、10時と12時に置いて、私のギターは右にした。あと私のミックスではトニー・ヴィスコンティのEVENTIDE Tverbでキックのイン・マイクにリバーブをかけたり、アンビエンスをひずませたり。
白井 だから、ミックスもインプロに近いんですよ。
—この曲は優介さんがミックスを担当されています。
佐藤 もともとSession 1は30分ぐらいあって、それを丸々聴いても面白いんですけど、なんとか半分ぐらいにしたかったんです。最初はコラージュみたいな形を考えたんですけど、先に皆さんが仕上げたミックスを聴くとそうじゃないなと。やっぱり聴き手の感覚も持たないといけないなと思って、社会性を……。
鈴木 & 白井 (笑)
佐藤 ……社会性が働いて、これを半分にしようっていうのを、まず決めたんですよ。
鈴木 録音物だからね。
佐藤 だから、ドキュメンタリーなんだけど、フィクションでもあるっていうか。どこで切ったかは分からないんじゃないかなって思うんですけど、すごい細かく切ってますね。
鈴木 コードもリズムも無いわけだから、好きなとこに持っていっても成立する、というのをやってるんでしょ? 時間軸の縦列はそろったまま、切っていく?
佐藤 そうですね。それでギターだけちょっと先行して引っ張ってくるとどうなるかなとか、実験してやったりしていて。
白井 ちょっと位置を動かすだけで曲の表情が変わるよね。
佐藤 ミックスなんだけど、一緒にインプロしてるような感覚でした。
—優介さんは、そもそもこういう企画の録音についてはどう思っていますか?
佐藤 ノールールって自由っぽく聴こえるんですけど、実際はすごく大変なんですよね。だから、それがやっぱりすごいなというか、楽をしないんだなっていう。普通、50年も音楽をやってたら、結構習慣でできるもんじゃないですか。
白井 楽をしない習慣がついている(笑)。
佐藤 その習慣に頼らないっていうか。そんな人たち、ほかに居ないと思いますね。
鈴木 習慣や手癖から脱出するのは結構大変だよね。優介君が言った“自由”が大変なんだ。そこから何かを選び取るわけだから。弾いた瞬間に音が出ちゃう。それに誰かが何かをぶつけてくる。自由だけど、時間軸の流れとしては非常に緊張感がある。
白井 その緊張感がさ、好きになっちゃう。すごく楽しい瞬間がたくさんあったんですよ。大変だけど、楽しい。
—インプロは特に、弾いている方の興奮に反比例して、聴いている方は冷めていくこともありますよね。でも、このアルバムは不思議とずっと聴けます。
白井 ミックスした人それぞれが、飽きる手前でやめているから。プロデュースしてるってことですよね。
鈴木 あと録りたてホヤホヤではないから。ずっと放っておいて、何をやったかなんて覚えていない。
佐藤 そうですね。それもあって冷静に聴けました。
鈴木 あの2日で録ったものを翌日ミックスしていたら、また全然違うものになっていただろうね。忘れてしまったものをもう1回弾くって感じだな。
岡田君にはど真ん中で支えてもらった
—偶然ですが、良明さんがミックスした「Chamber Music for Keytar (Session4)」で、岡田さんがYAMAHA VBK-100を使ってボーカロイドで“さよなら”と演奏していて……。そんなシンクロニシティは、誰も予想もしてなかったわけですが……。
白井 岡田君が亡くなるのは全く予想していなかったから、そことは関係ないよね。シンプルに、いいプレイだった。岡田君のいきなり入ってくるところが長嶋(茂雄)的な唐突さで素晴らしいなと思って。自分としてはそこをフィーチャリングして、1つの楽曲になりましてね。
鈴木 今回、岡田君はすごくいいプレイをしている。『It’s the moooonriders』は怪我の影響で参加率が低くなっていたけど、ライブでは昔の曲とかを存分に弾いてたしね。
白井 多分ね、キーもリズムも決まってない、譜面を追わなくていいセッションが、このときの岡田君にはすごく合っていたんだと思う。
—意外ですね。岡田さんは、しっかりと決まったものをやる方というイメージがあります。
白井 フレーズもあまり変えないしね。
佐藤 決めてますよね。
—でも、今回のこういう決まりの無いセッションは、なぜかそのときの岡田さんにとってフィットした。
鈴木 このアルバムでは炸裂してるんだよね。
白井 なんか“決まったぜ!”って感じでね。
鈴木 岡田君のイメージだと、ポップな曲や凝ったコード進行があるけれど、だからびっくりしたんだよね。録音したときはよく分かってなかったけど、ミックスで聴いていたら。
白井 だからプレイ中はさ、みんな目が点になったと思うんだ。岡田君のフレーズを聴いて、それがアリなのかナシなのか。それがミックスの時点になって明白になった。
—50年一緒にやってきた人たちから見てもそうだとは……。
鈴木 隠されていたものが見えてきたのだろうか。もしくは何かが変わって、それが見えてきたんだろうか。それは分からないけどね。
白井 こっちも向こうも何かが変わっている。だから新しく感じる。
鈴木 岡田君の話、もう一つだけ最後にします。これまで岡田君の曲には、ど真ん中でしっかり支えてもらっていたな、って思うんだ。だからその分、私は変な曲に行ける(笑)。
—「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」とか……。
鈴木 「Cool Dynamo, Right on」「ダイナマイトとクールガイ」とか。
—「さよならを手に」「さよならは夜明けの夢に」……。
白井 “さよなら”が多いね。おしゃれな人だったから。きっと好きな言葉だったんだよ。亡くなったこととは関係なく。
鈴木 この時期にそれが録音物として出るっていうのは、偶然とは何なんだろう。何とも言いようがない。
佐藤 岡田さんって、バンドにおけるポップ・サイド担当みたいに思われがちですけど、実は思いきり過激な面もあるっていうのが、今回のアルバムを聴いてもらえると分かると思います。さっきのボーカロイドの音にしたって、普通のキーボーディストだったら、こういうライブ・セッションではまず使おうと思わないですよね。その音選びがすごいし、迷いなくポーンと出せるところもすごい。
白井 そうなの。それが長嶋的なところ。
鈴木 笑い声みたいな音を使っているじゃん? 誰がやってるんだろうと思ったら岡田君だったし。
白井 新人インプロ・バンドの良さですね。そういうのを平気で使うのは。
—そこはやっぱり、50年分の蓄積から生まれた度胸を持った新人だから、だと思いますね。
鈴木 ちょっとドキドキしてますよ。これが発売されてどういうふうに受け止めてもらえるのか。
Release
『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』
moonriders
日本コロムビア/BETTER DAYS:COCB-54351
Musician:岡田徹(syn、accordion)、白井良明(g)、鈴木慶一(g、k、syn、voice)、鈴木博文(b、p、voice)、武川雅寛(vln、voice、vib、perc)、夏秋文尚(ds、perc)、佐藤優介(p、ep、org、vib、perc、voice)、澤部渡(g、sax、voice、perc、他)
Producer:moonriders
Engineer:鈴木慶一、佐藤優介、白井良明、夏秋文尚、Dub Master X 、斉藤公平、深谷彬生
Studio:サウンドクルー、japan international sound and magic、Good Bad and Ugly、Potemkin、Subterranean Studio BUNKER Tokyo、DMX