石若駿によるポップス・プロジェクトの最新作『Songbook6』

石若駿によるポップス・プロジェクトの最新作『Songbook6』

くるり、CRCK/LCKS、KID FRESINO、君島大空、millennium Paradeといったアーティストの作品、ライブへの参加だけでなく、自身のリーダー・プロジェクトとしてAnswer to Remember、SMTKなども率いるドラマー、石若駿。そのライフワークの一つとも言えるのがポップス・プロジェクトのSongbookで、6作目となる『Songbook6』がリリースされた。作編曲を自ら手掛け、ピアノなどドラム以外の楽器も演奏し、さらに初めて自身のボーカルを披露したという今作は、音楽の美しさが凝縮された一枚となっている。その制作について、詳しく話を聞いた。

地図を描くように作曲

Songbookシリーズは、今作含め全6作品をリリースされていますが、始めたきっかけは何でしょうか?

石若 学生の頃からジャズ・ドラマーとして活動しているうちに、だんだん歌のある曲にも参加するようになり、歌の音楽を作るのがすごくリアルになっていたんです。ジャズ・クラブでオリジナルのジャズを演奏するという活動も行っていたのですが、自分で作ったメロディをインストのジャズ・バンドで演奏したときに、“自分が好きな音楽として成立させるのが難しい”とも感じていて。でも、もしかしたらこのメロディに歌詞を乗せて録音物にすることで、自分が思い描くメロディの強さを表現できるんじゃないかと考えていました。

最初の曲はいつごろ?

石若 2013年に、東京藝術大学の先輩でもある角銅真実さんとBUN Imaiさんのパーカッション・デュオのライブを見に行ったら、アンコールで角銅さんがマリンバを弾きながら歌っていて、その曲がすごくかっこよかったんです。自分の音楽をまっすぐ表現しているのを見て憧れました。その後すぐに大学の練習部屋で作ったのが、1枚目に入っている「Asa」という曲です。メロディとピアノのデモを録ってすぐ、角銅さんに歌詞と歌をお願いして、それが新しい音楽体験で面白くて。自分で作ったメロディに歌詞が付いて、角銅さんの歌が入るという過程にワクワクしました。角銅さんとは同じ打楽器科で、周りの学生が聴かないような音楽……レディオヘッドの話とかをしていて、共鳴する部分もあり頼みやすかったんです。一緒に音楽を作るならやっぱり近い存在がいいなと。それから、次はこの曲ならどんな人の歌が合うかを考えるのが楽しくなり、今に至るという感じです。

歌のある音楽は昔から好きだったのでしょうか?

石若 子供の頃はジャズ小僧で(笑)。でも高校3年のとき、2009年前後ってインターネットが発達して、いろいろな音楽が気軽に聴ける時代になったので、くるりに出会ったり、星野源さんや青葉市子さんなどの音楽にどんどん触れるようになりました。実家では昔の歌謡曲なんかをディグったりもしていて。あと同じ時期に海外のジャズでも、グレッチェン・パーラトのアルバムとか、ゴリゴリのメンツだけど歌のある作品が増えていて、その頃自分が好きになったり興味を持つ音楽には、歌が入っていることが多かったですね。

『Songbook6』は、シリーズとしては2年半ぶりのリリースですが、制作にはどれくらいの期間を?

石若 『Songbook5』が出てすぐ、2020年の冬から録りはじめています。1年に1枚という目標でやってきたんですが、時間がかかってしまったのはコロナ禍の影響ですね。家から出られないし、スタジオにもあまり出向けない。それなら道が照らされるままに進もうという気持ちで、ゆっくり吟味しながら今回は作っていきました。ただ曲自体は割とスラスラと書いていた記憶がありますよ。

作曲方法を教えてもらえますか?

石若 大体はピアノで、メロディとハーモニーを同時進行で譜面に書いていくというのが僕のやり方です。1つのメロディのフレーズを作って、そこにハーモニーを付けて、“じゃあ次はどっちに向かっていこうかな?“という、地道に地図を書いているようなイメージですね。書いているときは細かな部分しか見ていないけど、大きく見渡したら曲になっていた、という具合に楽しみながら作っています。

これまでのSongbook作品も含め、Aメロ、Bメロ、サビといった、いわゆるポップスの形式ではない曲も多い印象ですが、そういった作り方だったのですね。

石若 作っている過程では形式を決めていないことが多いです。曲によっては出来上がってくる過程で、“ここを繰り返してAメロに戻った方がいいな”というのを考えたりします。

その中でも、先行曲としてリリースされた「You」は、特にポップスの趣がある曲だと感じました。

石若 「You」のマニアックな話だと、2回あるサビで、1回目は1小節単位で2つのコードを使っているのが、2回目は同じコードだけど2小節単位になってメロディも伸びている。つまりタイム感は同じだけど、ストレッチすることで大サビ感を出しています。それは自分にとって新鮮な方法でしたね。

そういった実験を歌に落とし込めるのはすごいです。歌となると歌詞も必要になってきますが、今作の歌詞は角銅さん、細井徳太郎さんが手掛けるほか、「You」と「May 2nd」は石若さん自身も作詞を行っています。

石若 前作で「Semitori Shonen」を西田修大と共同で作詞したり、ほかでお願いされることもあったりして楽しいなと。今までは食わず嫌いというか、自分は歌詞を書けないと思っていたんですが、一歩踏み出せば楽しい世界でした。

Studio Dedéの音は血が通っている

今作には多くのミュージシャンが参加していますね。

石若 それも今回は赴くままです。前作が、角銅さんと修大とのトリオ中心だったのを、今作はあまりこだわらずに自由に作ろうと。それぞれの活動もありますからね。

西田さんは『Songbook2』からのレギュラーです。

石若 修大とは、2016年頃に対バンやレコーディングで会うようになり仲良くなりました。ある日、完成したばかりの1作目を渡したらその夜に連絡が来て、“めっちゃ良かった!”って。僕もギターは大好きなので、“ぜひ一緒にやろうよ”となって2作目から参加してもらっています。音楽的にも味方でいてくれる存在で、当時は角銅さんも修大も家が近く、空いた時間にリハーサルしたりもしていましたよ。

ミックス、マスタリングはStudio Dedéの吉川昭仁さんがクレジットされています。主なレコーディングはStudio Dedéで行ったのですか?

石若 そうですね。修大のスタジオとか、マーティ・ホロベックの家でベースを録ったりもしています。Dedéには高校2年の頃に初めて行ってから15年近い付き合いです。吉川さん自身もドラマーだしスタジオの機材も豊富で、サウンドに関しては一番なじみがあって落ち着く。“血が通っている音”という感じがして好きです。

確かに、どのボーカルも楽器も、温かみがある素晴らしいサウンドです。

石若 「あちらの空は晴れ」と「You」では、1回録ったドラムをアナログ・テープで録り直しているんです。しかも半年後に(笑)。ほかのパートを既に録っていたのですが、吉川さんが“録り直さない?”って。“ええ!”とは思ったんですが、テープで録るドラムの質感は最高でしたね。そういう、“面白いことをやろうぜ”っていう感覚は共通していると思います。

ドラムの録音についてこだわりはありますか?

石若 理想のドラム・サウンドは曲ごとにあるので、それを探るのが毎回大変ではありますね。テープで録り直した「あちらの空は晴れ」は、アルバムの中で一番吉川さんと実験した曲かもしれません。質感もそうですし、録り直したかと思えば急にドラムをフェードアウトしてみたりとか、ドラムの置きどころを探るのが特に難しかったですね。

石若さん自身はビンテージ機材への興味は?

石若 特にこだわりはないですけど、ビンテージ機材はやっぱり好きです。持っているRHODESは1978年製で、ドラム・セットも1960年代製です。当時の楽器を、現代の人が鳴らすっていうところに面白さを感じます。

レコーディングの際は、演奏者の方々にどういった要望を出しているのでしょうか?

石若 奏法についてですね。“もう少し強めのタッチで弾いてほしい”とか、“そのストロークもかっこいいけど、ちょっとゆっくりストロークした方がよく聴こえるよ”とか、演奏方法をディレクションすることが多いです。フレーズは作曲の時点でこれだけは弾いてほしいというのは決めていますが、あとは演奏者のセンスに任せています。

Studio Dedéにて。石若(写真右)と、今作ではバンジョーを演奏しているマルチ弦楽器奏者/シンガー・ソングライターの高木大丈夫(同左)

Studio Dedéにて。石若(写真右)と、今作ではバンジョーを演奏しているマルチ弦楽器奏者/シンガー・ソングライターの高木大丈夫(同左)

西田修大のプライベート・スタジオ、521 StudioでSEQUENTIAL Prophet Xを弾く石若。こちらでは「空に逢う、朝を待つ」のボーカル・レコーディングなどを実施。なお、「You」のピアノは、西田のもう一つのスタジオ・スペース、W/M basementにて録音された

西田修大のプライベート・スタジオ、521 StudioでSEQUENTIAL Prophet Xを弾く石若。こちらでは「空に逢う、朝を待つ」のボーカル・レコーディングなどを実施。なお、「You」のピアノは、西田のもう一つのスタジオ・スペース、W/M basementにて録音された

歌うことで自分に刺激を与える

Songbookシリーズの魅力の一つに、石若さんが弾くピアノがあると思います。昔から弾いていたのですか?

石若 母がピアノの先生だったので、気づいた頃にはやらされていました(笑)。

影響を受けたピアニストは?

石若 ヒーロー的な人は何人もいますが、影響を受けているという点では、普段ジャズを一緒にやっているピアニストたちですね。学生の頃はピアノ科のコンサートを見に行くのが好きだったので、クラシックの影響もすごくあります。あと、現代音楽のような難しいハーモニーの曲をクラシックのアプローチで弾いている作品が好みです。

それは具体的にどういった作品ですか?

石若 グレン・グールドがヒンデミットのピアノ・ソナタを弾いている作品はすごく好きです。難しいハーモニーだけど、グールドに聴こえているところがここなんだ、みたいな。昔、大学の授業で、“倍音レベルでちゃんと和音が聴けているかどうか”という話を聞いたんです。和音の構成のどこに力を置くか、バランスを取るかを意識して弾くと、減衰したときに奇麗な倍音が出てくる。そういう音をちゃんと聴けるようになりましょうと。それから和音構成とかトップ・ノートの配分をかなり気にするようになりました。たくさん倍音が鳴っていると美しいけれど、それをちゃんと聴けて演奏できているかどうか、というのを感じるのが好きですね。

ピアノのほかにもさまざまな楽器を演奏していて、アルバムのラスト、「May 2nd」は全パートを石若さんが担い、初めて自身による歌も収録していますね。

石若 リズム・マシンのビートはAPPLE Logic Proの内蔵音源を使って作成したもので、エフェクティブな処理は吉川さんです。ギターは全然弾けないですが、ギター・ソロの作品も自由研究として作っていて、その一部を収録してみました。ボーカルは元々入れる予定では無かったんですけど、無理やり乗せています。

曲にマッチしたすてきな歌声です。

石若 “やってみるぞ”っていう気持ちをやっぱり忘れちゃいけないなと。1回やってみて分かること、学ぶことっていうのはたくさんあるので、そういう精神を忘れず、常にチャレンジングに音楽へ取り組む。歌うことで、自分に対して刺激を与えるのが必要だと改めて感じました。自分の歌が必要だなという曲が生まれたら、これからも歌うと思います。

西田修大が語る「You」のピアノ・レコーディング

西田修大が語る「You」のピアノ・レコーディング

 僕が今のスタジオに移ってすぐの頃に駿が遊びに来て、スタジオのピアノで「You」を弾いたんです。それがすごく良かったので、じゃあ録ろうと。アップライト・ピアノの天板を開けて、左右から狙うようにAKG C214をセットしたり、駿のすぐ横にC214を立てたりしてレコーディングしました。ただ、駿のピアノの音色は、弾き方によるところが大きいのかなと。どんなピアノの種類や環境でも、“駿の音”と言えるサウンドを奏でているんだと思います。

Release

『Songbook6』
石若駿
YoungS'tonesRecords/APOLLO SOUNDS:YS0006

Musician:石若駿(ds、perc、p、k、syn、tp、vo、他)、角銅真実(vo)、西田修大(g)、マーティ・ホロベック(b)、松丸契(Clarinet)、市川航平(horn)、市野元彦(g)、ギデオン・ジュークス(tuba)、佐藤采香(euphonium)、治田七海(trombone)、細井徳太郎(vo)、ermhoi(cho)、高木大丈夫(banjo)、櫻/Ying(vo)、苗代尚寛(g)
Producer:石若駿
Engineer:吉川昭仁、西田修大、マーティ・ホロベック
Studio:Studio Dedé、521 studio, W/M basement, KAKULULU

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