〝英語圏の持つグルーブも日本語の美しさも好き〟というわがままを研究して今の表現にたどり着いた
“世界中の毎日をおどらせる”をコンセプトとして掲げる6人組バンド=Lucky Kilimanjaroがアルバム『Kimochy Season』をリリース。アップテンポな4つ打ちからメロウなソウルまで網羅する多様なダンス・ミュージックと、四季の移ろいをほうふつさせる美しい歌詞が混ざり合う一枚に仕上がっている。その制作の裏側を探るべく、サウンド・メイクの中核を担うボーカリストの熊木幸丸(メイン写真)にインタビューを敢行。そこでは、独自の作詞/作曲の手法やバンド・サウンドと打ち込みを融合するライブの構想などが語られた。
Omnisphereで自作した数千音色のライブラリー
——『Kimochy Season』の制作が始まったきっかけは、どのようなものでしたか?
熊木 去年『TOUGH PLAY』が完成して、次のLucky Kilimanjaroをどう表現しようか考えていたタイミングで、ロシアとウクライナの戦争があったり、僕自身が結婚したり“変化”に向き合う時間がすごく長かったんです。その“変化”にどうアプローチするか考えてできたのが「ファジーサマー」と「地獄の踊り場」でした。その後はABLETON Liveでラフを作ったり、言葉を書き留めたりしながらアイディアをたくさんためて、それらを元に昨年9月ごろからまとめていきました。
——ラフ・スケッチはどのように行っているのですか?
熊木 SPECTRASONICS Omnisphereを起動してスケッチを始めます。Omnisphereで毎日3音色作っていた時期があったり、日々自分で気になるシンセの音色をコピーしたりしていて、自分のライブラリーに数千音色できているんです。そこから音色を選んで作った曲をリアレンジしたり、サウンド・デザインし直します。僕はOmnisphereで生きてますね。
——今回は『Kimochy Season』というアルバム・タイトルの通り、季節感のある曲が多いですね。
熊木 季節は日本人が自然に変化を感じられる文化だと思って。ダンス・ミュージックは年中無休なので、「一筋差す」では冬でも踊らせる曲を書こうと意識しました。でも実は季節に注目したのは最初からではなく、できてみたら季節モノが多かったんです。だからコンセプトに沿わせたというより、グラグラしながら“季節”に集約された印象が強いですね。
——「一筋差す」の冬らしいサウンドの作り方は?
熊木 冬の寒さや空気のキレをどう出すかが肝だと思い、歌詞にサ行の単語を多く使って寒さを感じさせたり、キラキラしつつ冷たさのあるシンセ・デザインをしたりしました。僕が思う冬っぽいサウンドの一つがSPECTRASONICS Keyscape内のROLAND MK-80の音色で、その音色をエディットしてメロディやコードを作っています。
——シンセとリズムをなじませるためのコツはありますか?
熊木 エンジニアの土岐彩香さんにミックスしてもらうので、まずは僕の段階でサウンド・デザインやアレンジ、エンベロープをちゃんと作って、楽器がどういうグルーブを出して演奏するかを大事にしています。それでも調整が必要な部分は、サチュレーションでつぶしてなじませたりしました。
アレンジでベースが動ける場所を作ることが大事
——今作のバンド演奏と打ち込みのバランスはどのように?
熊木 今回はほぼ自分のプロダクションで、バンド演奏はメンバーのレコーディング・サンプルを使って作っていて、ギターも自分で弾いているので、意外とトラック・メイカーと変わらないようなバランスでやっていたかもしれません。
——特に4つ打ちに力を入れた仕上がりに感じました。
熊木 ハウス・ミュージックは昔から好きでしたが、去年は特に聴いていて。ダンス・ミュージックにおけるグルーブの作り方が自分の中でクリアになって、どうフィールすればアレンジにグルーブを持たせられるのかが見えてきたので、より4つ打ちに挑戦したいという欲求が出た気がします。
——そのグルーブの作り方で重要なことは何ですか?
熊木 結果的にはタイミングなんですけど、タイミングを絶対に気にしない。ワン、ツー、スリー、フォーと数えないことです。ずっと車輪を回している感じというか、音が回り続けているのを想像して、そこに乗って演奏する。意図的に縦のラインを合わせようと思うとどんどんずれていくから、流れのまま、ずっと平均台の上でダッシュしているような感覚でやるとグルーブのある音楽になるところがあって。
——「Kimochy」のような太いベースはどう作るのでしょう?
熊木 ベースが死んじゃうときって、ほかの楽器でリズムを支配しているか、ミドルにある楽器のリズムが支配している領域が強すぎるか、アレンジが詰まりすぎてベースが踊る場所がない状態なので、アレンジでベースが動ける場所を作ることを一番大事にしています。そしてLiveで言えばWavetableの基本的な波形など、ピュアなベース・サウンドを選ぶ。ボーカルがベースに乗れているかも大事ですね。ボーカルがグルーブしていないとどうしてもボーカルを前に出さざるを得ない。でもボーカルがグルーブしていないからほかの楽器もグルーブしていないように感じるんです。それでもボーカルを出すと、ベースがボーカルの背景になって“一緒に踊っている人”ではなくなるし、ベースがどれだけ踊っていても違和感がある。ボーカルが踊っていて、かつベースとの関係性を作ることが重要です。歌モノでは、ボーカルが低い帯域まで発声で出しつつグルーブしている必要があります。
リバーブ・トラックにはとりあえずHybrid Reverb
——ボーカルは誰がどうディレクションするのですか?
熊木 土岐さんとメンバーがコントロール・ルームにいて、“感情的にはもっとこう”“もっとこう動いた方がいい”などの調整を都度行います。「Kimochy」は、苦しさを感じず楽しく気持ち良く歌うのを心掛けていて、ボーカルに笑顔が乗っている感じが作れた気がします。特に大変だったのは2010年代のR&Bとエレクトロを融合させた「咲まう」で、少ない音の中でボーカルの表現を詰めるために、ギターとキックとスネアくらいの構成のワンループを流し続けて、その状態でも成立するようにボーカル・レコーディングをしたんです。ゆったりな曲だけど踊っている感覚を大事にしながらディレクションしたので、楽しかったけど大変でしたね。
——「咲まう」は、テンポやジャンル感などの面で、アルバム中で独自の立ち位置を持った曲のような気がしました。
熊木 Lucky Kilimanjaroでは、ハウスやテクノにすごくフォーカスを当てているというより、もっと広い範囲で“踊れる音楽”を捉えていて。今回ハウス・ミュージック的なアプローチがすごく増えたからこそ、「咲まう」のようなスローでソウルな音楽に踊る余地や面白さ、楽しさ、気持ち良さがあることを歌で体現したかったのですが、それが大変でした。
——曲頭のボーカル・エフェクトはどう作ったのでしょうか?
熊木 シンプルにLiveの付属デバイスで音高を1オクターブ上げています。曲によって、ピッチを変えるプラグインは結構違って、Liveでピッチを変えるとトーンのクリアさにあまり変化を付けずそのまま高くなる印象ですが、エフェクティブに見せたいときはデチューンやステレオなどを細かく調整できるPOLYVERSE Manipulator、粗さを出したいときはSOUNDTOYS Little AlterBoyなどを使います。
——そのほか使用したボーカル用プラグインはありますか?
熊木 土岐さんに出す段階でボーカル周りのエフェクトはほぼ解除するのですが、リバーブはかけたまま渡すこともあります。サンレコの連載(編注:2022年10月〜2023年12月のDAWテクニック Liveを担当)でLiveをもう1回見直してから、“やっぱLiveっていいな”と思う付属デバイスが多くて、中でもHybrid Reverbはすごく使いました。Prismというアルゴリズムを使うと普通のリバーブでは出ない質感になって、それが自分のシンセ・サウンドとハマることが多かったのでお気に入りでした。アーリー・リフレクション的な部分とエフェクティブなものを混ぜられるリバーブは意外となく、負荷もあまり高くないので、リバーブ・トラックにはとりあえずHybrid Reverbが立ち上がるようにしています。以前からいいと思っていたけど、こんな便利だったかなと。
『Kimochy Season』制作ツールを紹介!
ラフ作りからミックス前の作り込みまで愛用するDAW 〜ABLETON Live
好みのサウンドを自作してストック 〜SPECTRASONICS Omnisphere
リバーブ・トラックに欠かせないLive付属デバイス 〜Hybrid Reverb
ボーカルの音高や音作りで活躍! 〜Live内ツールパネル&POLYVERSE Manipulator
日本語でグルーブするダンス・ミュージックの可能性
——5曲目の「掃除の機運」は着眼点が面白いですね。
熊木 『TOUGH PLAY』と違うLucky Kilimanjaroのスタイルに行きたいと思ったときに、前作の感覚を断捨離できる曲が欲しくて。同時期に見たジェイミーxxのライブがすごく良かったのもあって、軽快なハウスで“断捨離”を表現したいなと思って作った曲です。掃除ってエネルギーが要りますし、掃除中は掃除機がうるさくてリズム以外のサウンドがあまり聴こえないから、リズムに注力させようと思って作りました。
——熊木さんの作る曲は、トラックだけでなく歌詞も踊れる響きを持っていますよね。
熊木 歌い方によるところが大きい気がします。日本語は抑揚があまりないデジタル的な言語だけど、単語が非常に美しくいろいろな意味合いを持っている。韻を踏んだり、リズミカルに聴かせたり、譜割り的な速さを求めるだけじゃなく、それぞれの単語をグルーブに合わせ発声することで軽快に聴かせられるのかなと思います。その上で、言葉がハマるように選んで、歌い方を工夫して、合わなければまた言葉を変えて、作曲と作詞が常に密接にリンクし続ける状態を作っているんです。歌い方でリズミカルに聴かせるのは今も研究中で、一つ一つの言葉に丸みを感じて、例えば「咲まう」の“笑う顔が花のよう”という歌詞なら、フレーズを直線的に考えるのではなく“笑う”“顔が”“花の”“よう”とそれぞれに丸みを感じながら歌っています。僕は海外、特に英語圏の持つグルーブも日本語の美しさも好き、というわがままを研究した結果、何とか今の表現にたどり着いている感じがあって。まだスタート地点ですが、より日本語でグルーブするダンス・ミュージックの可能性を広げていけたらいいなと思います。
——ライブではバンド・サウンドに置き換えるのでしょうか?
熊木 最近のライブは、演奏するパートとシーケンスに任せるパートを明確に分けることで面白さが生まれると思って試行錯誤しています。例えば、ハイハットの裏打ちをシーケンスで再生することで、ドラムとパーカッションが違うことに注力できるようになりました。カリブーやボノボなどに影響を受けていて、楽曲をライブで再現するというより“楽曲を踏まえた上でアナログな部分とシーケンシャルな部分を表現するかっこよさ”を突き詰めたいんです。去年まで追求していた“楽曲の持つ部分をいかにアナログでパワフルにやるか”で良い感触を得たので、今は“より踊れてバンド・ミュージックとしても良い”という融合点を見せたいと思っています。
——『Kimochy Season』はどのような作品になりましたか?
熊木 自分の心を取り出して、みんなが心で踊れるアルバムができました。Lucky Kilimanjaroとしてまた別の世界に行けたと思いますし、お客さんも含めて、より“ダンスって気持ちいいね”という世界へ連れていけると思います。
Release
『Kimochy Season』
Lucky Kilimanjaro
ドリーミュージック:MUCD-1513
Musician:熊木幸丸(vo、prog、all)、ラミ(perc)、山浦聖司(b)、柴田昌輝(ds)、松崎浩二(g)、大瀧真央(syn)
Producer:Lucky Kilimanjaro
Engineer:笹本サトシ、土岐彩香
Studio:プライベート、他