〝面白くて、かっこよくて、新しい〟この3つの柱を同時に成立させたいです
ボーカリストのコムアイ、トラック・メイカーのケンモチヒデフミ、ディレクターのDir.Fによる3人体制で始動したユニット、水曜日のカンパネラ。2021年9月にコムアイが脱退するも、2代目ボーカリストとして詩羽を迎え新体制での活動をスタートさせ、2作目のEP『RABBIT STAR ★』を4月26日にデジタル、5月3日にCDでリリースした。今作の全曲で作詞作曲を行うケンモチに話を聞くとともに、後半ではミックスを手掛けた松橋秀幸氏にもインタビューを実施。最先端のビート・ミュージックに、ミステリアスさとポップさも併せ持つ楽曲制作の秘けつに迫っていこう。
何がバズるかは解明できない
——詩羽さんが2代目ボーカリストになって約1年半、今作が2枚目のEPとなります。ボーカリストが変わったことで楽曲制作においても変化はあったのでしょうか?
ケンモチ コムアイはどちらかというと角がないソフトな歌声で、その声質を生かした楽曲を作ったり、だからこそ逆にラップをさせると面白い、というバランス感覚で作っていました。詩羽はもう少し歌声がピンとまっすぐ伸びている。ベース・ミュージックの中でもバチッと上に抜けてくるような、エッジの効いた鋭さがあるので、そういった部分が生きるようなメロディ・ラインやトラックを作っています。
——コムアイさんとはまた異なる質感の魅力を感じます。
ケンモチ マインド的な話だと、コムアイが行ってきた音楽活動とかキャリアもあって、見せ方として“これを水曜日のカンパネラでやってもあまり面白くないかな……”という線引きもありました。詩羽は新しく2代目として入ってきて、“今の詩羽だったらこれをやったら面白いんじゃないか”と、ハマるところが若干違うんです。同じ水曜日のカンパネラという枠組みの中でも、詩羽に合う曲調というのを意識的に書き分けている部分はありますね。
——ただ詩羽さんになった後の曲からも、これまでと変わらず水曜日のカンパネラの曲だという印象を受けました。
ケンモチ 詩羽に変わって最初の4曲、「アリス」「バッキンガム」「招き猫」「エジソン」辺りまでは、今までのファンの方とこれから新しく聴いてくれる方の間、また2人のボーカリストの間を、いかにシームレスにつなぐかをすごく考えながら作っていました。今はそれが一段落して、何か新しいチャレンジができないかを考えています。
——その「エジソン」が大ヒットしていますね。
ケンモチ もちろん全部の曲がヒットしたらいいなとは思っていますが、同時に発表した「招き猫」の方がスタッフ間でも推し曲かな?となっていたのに、ふたを開けてみたら「エジソン」がバズった。いまだに何がバズるのかは解明できなくて、コムアイのときの「桃太郎」も、同時に出した「千利休」の方が絶対いける!と思っていたのに「桃太郎」がポーンと飛び出して(笑)。でも、本人が意図していない力の抜け具合が、逆に世間から見たら面白いのかもしれないです。ちょっと逆に質問してもいいですか?
——何でしょうか!?
ケンモチ よく「エジソン」について質問される機会があるんですが、いつも“シンプルに作ったので、あまりこだわりがないんです”という答えになってしまっていて。ほかの曲と「エジソン」が大きく異なる部分って何だと思います?
——ほかとの違いという観点だと、個人的には「バッキンガム」にすごく表れているかなと……。
ケンモチ そうなんですよ。「バッキンガム」は力を入れて作っているので幾らでも話すことがあります。「エジソン」はシンプルなハウスで、シンセはXFER RECORDS Serumのプリセットをちょこっといじったくらいで、何も奇をてらっていない。それで思ったのが、やっぱりみんなメロディを聴いているんだなということと、そんなに変わったことは求めていないということですね。
——「エジソン」がポップさにあふれていて、魅力的な楽曲であることは間違いないです。
ケンモチ コムアイのときだったら多分「エジソン」をリリースする判断をしてなかったと思います。“ここまでシンプルなポップでかわいらしい曲って、水曜日のカンパネラがやるべきことなのかな?”と考えていただろうなと。それが詩羽に変わってから、“もう新しく変わってもいいんだ、音楽も表現も”と思えるようになって。ようやく僕も新しい気持ちで書けた曲という気がしています。
新しい音楽に影響を受けて取り入れている
——本誌では2016年8月号で制作環境を公開していただきましたが、現在はどのようなセットアップですか?
ケンモチ 機材はあまり変わっていません。Windowsのデスクトップ・コンピューターと、MIDIキーボードはROLAND A-49、ヘッドフォンはAUDIO-TECHNICA ATH-R70Xを当時から使っています。モニター・スピーカーのGENELEC 8030B、オーディオI/OのRME UCX IIは新しく導入しました。2018年から新たな作業場としてエンジニアの松橋秀幸さんと同じスペースを借りていて、松橋さんの部屋は仮設防音みたいに一応施工していますが、僕の方は本当に普通の家の一室という感じです。
——その号でケンモチさんは、ABLETON Live上にさまざまな曲を並べ、それを参考にしながら構成や新たなフレーズを作っていく“マッシュアップ作曲法”で制作していると話していましたが、今もその手法ですか?
ケンモチ そうですね。この曲はイントロがすごくいいとかサビの雰囲気がいいなとか、この曲はベース・ラインがかっこいい、みたいにいろいろな曲を参考にして混ぜています。でも割と今はそういう風に作っている方が多いんじゃないでしょうか。ボカロP世代の方も全く何も聴かないで作っているわけではなく、憧れとか影響が集積されて、“このイントロ、自分でもやってみたい”という思いが変化してどんどん新しい曲になっている気がします。僕もそういう音楽にはすごく影響を受けて取り入れたりしていますね。
——最近はどういった音楽に影響を?
ケンモチ ピノキオピーさんの「神っぽいな」はすごい曲だなと、ただただ感心して聴いていました。あとはNewJeans。BLACKPINKが積み上げてきた、ガール・クラッシュの強くてかっこいい音を一切排除して、超スタイリッシュかつポップで、あのエッジのなさが超エッジだなと。またKポップが先に行こうとしているのを感じます。
——詩羽さんのボーカル録りはどちらで?
ケンモチ 僕の作業場をボーカル・ブースのようにして、マイク・ケーブルを松橋さんの部屋まで伸ばして録音しました。録ったデータをLiveのトラックに当てはめて、曲と合うように調整しています。
——作詞も全曲ケンモチさんが手掛けていますが、“こういうワードがあるのか”という発見があり面白いです。
ケンモチ 昔だと図書館で調べないとできなかったと思うので、今の時代じゃないと作れないです。最近ChatGPTも出てきたし、歌詞の作り方も今後は変わってきますよね。
——ケンモチさんの歌詞はAIには書けなさそうです。
ケンモチ 歌詞っていいか悪いか判別が付かないものですからね。「シャドウ」は道の名前を羅列していて、語群だとは認識できてもなぜこれが気持ちいいのかというのをAIが判断するのは難しいんじゃないかと思います。面白いことが書いてあるというより、組み合わせが面白いという感じです。
誰も使わない音をシグネチャー・サウンドに
——今作はどの曲にも低域に迫力があります。「赤ずきん」では強さとともに広がりのあるシンセ・ベースが特徴的です。
ケンモチ SerumとFUTURE AUDIO WORKSHOP SubLabを重ねています。今のソフト・シンセってベースでもステレオ感のある広めの音像で作られていて、複雑に刻むフレーズだと邪魔になってしまう。「赤ずきん」は主に拍頭で一発ベースが鳴ってあとは休みの部分も多いので、あれだけステレオ感があってもゴチャつかないんです。
——キックはどういった音源を?
ケンモチ サンプルをたくさん聴いて、これだというものをレイヤーして使いました。定番のプリセット・キットみたいなものを自分で用意しているわけではなくて、曲ごとに聴いて選んでいます。
——サンプルを選ぶ基準となる要素は何でしょうか?
ケンモチ BPMやベースの音色、フレーズによって、どんなキックが正解になるかが変わるじゃないですか。その絡みを毎回試しながら一番バチっとハマるものを見つけています。それからコンプなどでつぶして仕上げていますね。
——上もののシンセは?
ケンモチ ほぼSerumで、あとプラックのような音は、MIDIコントローラーEXPRESSIVE E Touché SE付属の音源です。木琴とかカリンバとか、一昔前のカシミア・キャットのような音色がたくさん入っているので重宝しています。
「赤ずきん」トラック・メイク解剖
ABLETON Live Project
Bass #1
Bass #2
Guitar
FX
Vocal
Chorus
——「金剛力士像」のようにギターがけん引する曲もありますが、ケンモチさんが弾いているのでしょうか?
ケンモチ すべてサンプルか音源です。楽器を自分で弾くということに関してはあまりこだわりがなくて。演奏がすごく上手だったり、いい楽器を持っていたりするとこだわりを持つかもしれないですが、そうではないですから。
——かなりグルービーで演奏感もあり、実際に弾いて録音しているのかと思っていました。
ケンモチ アフロ系のギターみたいに、クリーンなギター・フレーズやミュート・ピッキングの刻みを裏に入れておくと、隙間があまり埋まらずにグルーブだけ出せるんですよ。サンプルのフレーズ的に要らない部分を切ってから、マーカーを打ってグルーブを追い込んでいます。その辺りの調整はLiveがすごくやりやすいですね。
——DAWらしいエフェクティブな効果として、「鍋奉行」のサビでのボーカルのリピートが面白いです。
ケンモチ あれはボーカルをぶつ切りにしてから、ShifterというLive 11.1からの新しいエフェクトをかけました。オートメーションを書いてピッチを変えています。「鍋奉行」のあの部分は、ライブだと音源をそのまま流していると思われるんですが、ボーカル・マイクをLiveに入力して、リアルタイムでエフェクトがかかるようにプログラミングしています。
——ボーカル・チョップなど、ボイス・サンプルがさまざまにちりばめられているのも印象に残りました。
ケンモチ 「七福神」に入っている、男性の“おー”っていう変なボイス・サンプルがあって、あれはフルームが何かの曲で使っていたものです。だから何か言われても、“これ、フルームも使っていましたよ”と(笑)。
——免罪符的な効果ですね(笑)。
ケンモチ 誰も使わないだろうという考えを逆手にとって変な音をたくさん入れるようにしていて。この音はこの人だと分かるシグネチャー・サウンドが、僕の中ではあの野太いボイス・サンプルを雑に使うことなんです。そのめちゃくちゃな感じがベイパーウェーブとかハイパーポップの、“文脈が全く合ってないのに急に入ってくるデジタル・ノイズ”みたいな、ああいった面白さに通ずるかと思い多用しています。
——詩羽さんの表現力とケンモチさんの独創性が合わさり、今の水曜日のカンパネラの楽曲が出来上がっていることを強く感じます。今後の展望を伺えますか?
ケンモチ トラック・メイカーとして気をつけているのは、“面白くて、かっこよくて、新しい”という3つの柱を、同時に成立させられるようにしたいなと。どれか一つは得意でも両立できる人ってなかなかいないですからね。自分の中でそれができていれば“何を言われても大丈夫だぞ!”と思えるので、バランス感を持って制作していきたいです。
エンジニア 松橋秀幸インタビュー 〜これからも期待を裏切り続けてほしいです
水曜日のカンパネラのほか、ヨルシカ、斎藤誠、戦慄かなのなど、数多くのアーティスト作品を手掛けるエンジニアの松橋秀幸氏。『RABBIT STAR ★』全曲のミックスを手掛け、ケンモチとは旧知の仲でもあるという氏に話を聞いた。
Seventh Heavenは歌にまとわりつくリバーブ
——ケンモチさんから同じスペースを借りていると聞きました。松橋さんの部屋はどのような作業環境ですか?
松橋 コンピューターはAPPLE Mac Studioで、オーディオI/OはAVID Pro Tools | MTRXです。スピーカーはATC SCM25A ProとサブウーファーのC1 Subのほか、同軸スピーカーのPELONIS SOUND Model 42や、ラジカセ・サイズのPHONON ML-2も使っています。SCM25A Proはミッドレンジの忠実さが好みというか……トラック・メイカーよりもエンジニア向きの音という印象です。ヘッドフォンはPHONON SMB-01Lで、APPLE AirPodsも使います。基本的にはSCM25A ProとModel 42を行ったり来たりしつつ、いろいろな環境で聴きながら進めていますね。
——詩羽さんのボーカル録りのマイクには何を?
松橋 今作ではTELEFUNKEN Ela M 251EとMANLEY Reference Cardioid XXX Anniversary Limited Editionの2本から選びました。
——曲によって2本を使い分けているのですか?
松橋 「鍋奉行」はReference Cardioid XXX Anniversary Limited Editionで、ハイパーポップな曲調に負けないような、スピード感があってパキッとしたボーカルにしたいなと。ほかの楽曲は高域の倍音を奇麗に録りたいという意図からEla M 251Eを使っています。
——マイクプリやコンプは何でしょうか?
松橋 マイクプリはチャンネル・ストリップのNEVE 1081かAVALON DESIGN VT737-SP、コンプはTUBE-TECH CL 1BかSHINYA’S STUDIO 1U76 Rev.Dで、それぞれどちらかのハマる方をチョイスしました。
——ミックス段階ではアウトボードを使っていますか?
松橋 カンパネラでは使っていないですね。歌の処理でよく使ったプラグインは、SOFTUBE Tube-Tech Equalizers MK IIです。PULTECタイプのEQは元々好きなんですが、これは奇麗にかかってくれます。リバーブは、LIQUIDSONICS Seventh Heaven、VALHALLA DSP Valhalla VintageVerb、WAVES H-Reverbの3つのプラグインから選んで使っています。中でもSeventh Heavenはしっかりと歌にまとわりついてくれるので、重宝しているリバーブです。
Harmonicsで倍音をすみ分ける
——ボーカル以外の処理についても教えてください。キックやベースなどの低域はどの楽曲も力強いですね。
松橋 例えば「赤ずきん」だと、もらったデータからもう少しベース・ミュージックっぽくしたいなと思って、足りない部分もEQのFABFILTER Pro-Q 3でグッと補っています。Pro-Q 3はよく使うEQで、大体はモードをNatural Phaseにしています。あとは僕もケンモチ君と同じFUTURE AUDIO WORKSHOP SubLabを持っていて、リリースが長めのベースに若干アタック感を追加したいと思い、ケンモチ君の許可を得てROLAND TR-808系の音を足しました。
——「赤ずきん」の低域のコンプは?
松橋 あまり手を加えていなくて、FABFILTER Pro-C 2でリリースを調整したくらいですね。マスターで何段か処理をするので、個々のトラックでコンプをガチガチにかけても、結局ふくよかさや伸びやかさが失われてしまうかなと。曲のジャンルによってはパキッとかけることもありますが、そういう処理は元のトラックに直接かけず、パラレル・コンプでかけています。パラレル・コンプは低域だけでなく、歌や楽器パートでも行っていますよ。
——上ものにさまざまな音色がある中でも歌がはっきりと前に出て聴こえてきますが、どのような工夫を?
松橋 シンプルに、歌の邪魔になるところに置かないというだけかなと。Pro-Q 3でカットしたり、パンニングで逃がしたり、リバーブで奥にやったりというような組み合わせですね。あとは、サチュレーターを各トラックに挿して、それぞれの倍音構成を変えています。
——サチュレーターは何を?
松橋 SOFTUBE Harmonicsが好きでずっと使っています。サチュレーションのタイプを5種類から選ぶことができ、曲を聴きながら変えられるのでサクサク当てはめていけるのがいいですね。見た目のグラフィックもよく、高域/低域のフィルターもあって、コンプ的に使える機能もある。これだけ挿しておけばEQしなくてもいいかなというトラックもいっぱいあって、歌と倍音をすみ分けるための空間作りとしてとても役立っています。
「赤ずきん」ミックス解剖
Bass
Vocal
Chorus
Instruments
隣にいることでスムーズに相談できる
——そのほか「ティンカーベル」でのダッキング処理が心地よく印象的でした。ケンモチさんが処理したものか、それとも松橋さんの方でかけているのでしょうか?
松橋 元のトラックにもかかっていましたが、もう少し僕の方で強めて聴かせたいパートやセクションもあったのでNICKY ROMERO Kickstartを使っています。歌を重ねてから少しダッキングの印象が薄くなってきて、曲の意図をくみつつもっと強めに演出しても面白いんじゃないかと思ってアイディアを提案しました。
——ケンモチさんと話し合いながら作っていく部分も多いのでしょうか?
松橋 そうですね。今作ではなかったですが、ミックスを進める中で“ベースのフレーズ、こっちの方がいいんじゃない?”とか“コードの和声がぶつかっているのでは?”と提案することもあります。歌のあり方に関してもすぐに話ができたり、歌を乗せたことによる変化についてケンモチ君から相談を受けたり。そういったやりとりをスムーズに行えるので、扉一つで隣にいるのはとてもいい距離だと思います。
——前作『ネオン』はマスタリングも松橋さんが手掛けていましたが、今作もマスタリングを?
松橋 いえ、今作は僕がお願いしてみたい方にやっていただこうという考えで、スターリング・サウンドのランディ・メリル氏に依頼しています。やはり第三者からの目線というのは大事だなと感じましたね。
——松橋さんの視点から、今後の水曜日のカンパネラに期待することは何でしょうか?
松橋 正直なところありません、というと誤解を生むかもしれませんが、期待しても裏切られるような想像を超えるものが毎回出てくるので、それが続けば楽しいなと。期待するとすれば、“一生裏切ってください”ということですかね。
Release
『RABBIT STAR ★』
水曜日のカンパネラ
ワーナーミュージック・ジャパン
Musician:詩羽(vo)、ケンモチヒデフミ(prog)
Producer:水曜日のカンパネラ
Engineer:松橋秀幸
Studio:プライベート